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06 褒められると嬉しい

 ライオネルの金髪が、朝日に照らされキラキラと輝いている。


 しかし、顔には昨晩と同じように、装飾品のついていない黒い仮面をつけていた。黒い軍服に包まれた体は逞しい上に、背が高いので威圧感がある。


 ディアナは、優雅な仕草で淑女のカーテシーをとった。


「第二王子殿下にご挨拶を申し上げます」

「具合はどうだ?」


 膝を少し折ながら頭を下げているディアナに、ライオネルは淡々と尋ねる。


「おかげさまで良くなりました。殿下には、大変ご迷惑をおかけしました」

「かまわない。それより、どうして顔を上げない?」


 この国では、王族から声をかけられると、お辞儀をやめて顔を上げていいことになっている。しかし、ディアナは今、顔を上げるわけにはいかなかった。


(どうしよう。涙でぐちゃぐちゃになっている顔なんて、見せられないわ)


 うつむいたままのディアナに気を悪くした様子もなく、ライオネルは話を続ける。


「たしか、あなたはディアナ・バデリー伯爵令嬢……だったか?」

「はい、そうでございます」

「なぜ泣いている?」


 驚いたディアナが顔を上げると、仮面の隙間から見える青い瞳と目が合った。


「なぜ泣いているのかと聞いている」


 そのときディアナの視界に、白い蝶が映った。


 白い蝶は、フワフワとライオネルの周りを飛びながら『心配だ』と囁いている。


 それを聞いたディアナは、ホッと胸をなで下ろした。


(そういえば殿下は、ケガをした私のことを、ずっと心配してくれていたわね。これ以上、殿下を心配させるわけにはいかないわ)


 指で涙をぬぐってから、ディアナはライオネルの質問に答えた。


「つい先ほど、長年仕えてくれていたメイドの不誠実さを知りました。自分の意志でメイドを解雇しましたが、なぜか涙が止まりません」

「悔いの残る選択だったのか?」


 そう聞かれて改めて考えた末、ディアナは首を左右に振った。


「いいえ、後悔はしていません」

「ならばいい。よくやった」

「え?」


 ディアナは、ライオネルをマジマジと見つめる。


「どうした?」とライオネルに聞かれたので、ディアナは戸惑った。


「殿下に褒めていただけるとは思いませんでした」

「どうしてだ? あなたは自分に不誠実な者を、自分の意志で遠ざけたのだろう?」

「は、はい。そうですが……」

「ならば、よくやった」


 ライオネルの白い蝶が『偉い!』と力いっぱい褒めてくれる。


(褒められたのは、久しぶりな気がするわ)


 婚約者のロバートには、貶されてばかりだった。胸が温かくなり、ディアナの口元に自然な笑みが浮かぶ。


「……嬉しいです」


 それは社交界用に作った笑顔ではなく、心の底からの喜びだった。


「ありがとうございます。殿下」


 その瞬間、またピンク色の花びらがヒラヒラと降ってきた。


(きれい……)


 相変わらず、ライオネルやカーラには見えていないようだ。


(まだ幻覚が見えていると言ったら、殿下を心配させてしまうわね)


 ディアナはクスッと微笑むと、「殿下はどちらに行かれるのですか?」と尋ねた。なぜかライオネルが動揺したように見えたのは気のせいか。


「……俺は騎士達に、正直にまっすぐ悔いなく生きることを命じている」

「はい、カーラ様からお聞きしました」

「だから、俺自身もそれを守るようにしているんだ」


 ライオネルの青い瞳が、まっすぐディアナを見つめている。


「俺は、なぜかあなたに会いに行かないと後悔しそうな気がした。だから、ここにはあなたに会うために来た」


 ザァアと花びらが風に吹かれた。


「私のことを心配してくださったのですね。殿下は、お優しい方ですね」

「そんなことはない」


 そのわりには、白い蝶がよく『心配だ』と囁いている。


「助けてくださりありがとうございました。日を改めてお礼に伺わせてください」

「礼は必要ない」


 そう言ったライオネルは「いや、やはり来てくれ」とすぐに言い直した。


「はい、必ずお伺いします」

「ああ」


 ディアナは再び淑女のカーテシーをしながら、ライオネルが立ち去るのを待った。しかし、なかなかライオネルは立ち去らない。


 ディアナがこっそりとライオネルを盗み見ると、何かを考え込んでいるようだった。


「ディアナ嬢」

「は、はい」

「馬車まで送ろう」

「いいえ、そこまでは……」


 戸惑うディアナにライオネルは手を差し出した。どうやらエスコートしてくれるようだ。第二王子からのエスコートを断れるわけがない。


 ディアナは、ためらいながらライオネルの手を取ると、ライオネルは慣れた仕草でエスコートする。


 始めは緊張していたディアナも、舞い散る花びらの美しさに次第に落ち着いていく。


(花びら舞う中を二人で歩くなんて、まるで結婚式のようだわ)


 ディアナが侯爵令息のロバートと婚約してから、すでに二年が経っていた。一年後には、結婚式を挙げる予定だ。


(結婚式の準備が始まる前に、ロバート様と婚約解消しないと……)


 ロバートの父であるコールマン侯爵は、ディアナの父が持つ土地で新しく事業を始めたいそうだ。両家に利益のある政略結婚のため、うまく立ち回らないと穏便に婚約を解消できそうにない。


(とにかく家に戻ったら、すぐにロバート様にお手紙を書きましょう。婚約解消のためにも、ロバート様と協力しないと)


 そんなことを考えているうちに、あっという間に馬車に着いてしまった。


「殿下、ありがとうございます」

「ああ。近いうちに必ず俺に会いに来るように」

「はい」


 ディアナが馬車に乗るまで、ライオネルはしっかり丁寧にエスコートしてくれた。


(こんなにも紳士で優しいライオネル殿下が、残虐王子と呼ばれ蔑まれているなんて……)


 カーラが、ディアナの荷物が入ったバスケットを馬車に積むと、馬車はゆっくりと動き出した。


 王宮がどんどん小さくなっていき、ディアナを乗せた馬車は貴族街へと入っていく。窓の外の流れゆく景色を眺めながら、ディアナはライオネルのことを考えていた。


(あんなに心配性で、戦場ではどうしていたのかしら? それに、殿下とお話していると、なぜか花びらが舞うのよね……)


 幻覚の蝶は、相手が強く思っている気持ちを教えてくれる。なのでピンク色の花びらも、ライオネルの見えない何かの可能性が高い。


「ライオネル殿下のお人柄の良さ……とかかしら?」


 そう呟いたものの、「だとしたらカーラ様と話しているときにも花びらが降ってくるはずよね?」と考えを改める。


 答えが出る前に、ディアナを乗せた馬車は、伯爵邸に着いてしまった。

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