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10 ライオネルを訪問②

 失礼がないようにディアナは視線だけで可愛い物を探したが、周囲にそれらしい物は見当たらない。


(何が可愛いのかしら?)


 探るためにライオネルを見ると、相変わらず彼の瞳はディアナを見つめていた。


(もしかして……。可愛いって、私のこと?)


 一瞬、ディアナの胸が高鳴ったが、すぐに冷静な自分に戻る。


(そういえば、料理長ジョンの蝶も私のことを『可愛い』って言っていたわね)


 褒め言葉がすべて恋愛に繋がっているわけではない。可愛いはなんにでも使える言葉だ。


(無駄な期待はしないで、用件を済ませましょう)


 ディアナが「殿下」と呼びかけると、ライオネルはハッと我に返ったような仕草をした。小さく咳払いをしてから「なんだ?」と尋ねられる。


「ご無礼を承知で、殿下にご相談したいことがありまして」

「なんでも話してくれ」


 ライオネルの周りを飛ぶ幻覚の蝶が『嬉しい』と囁いている。その言葉に勇気をもらい、ディアナは思い切って口を開いた。


「実は、コールマン侯爵子息のロバート様と婚約を解消したいと思っています」

「それは……。まぁ、先日の夜会での態度を見る限り、あなたがそう思っても不思議ではないな」


 第三者から見ても、ロバートの態度はひどかったようだ。


(私のわがままだと言われなくて良かったわ)


 ディアナは、ロバートとの婚約が政略であることや、お互いに恋愛感情がないことを説明した。


「私の両親は、この婚約が成立することを望んでいます。ですから、婚約解消するためには、ロバート様以上に、家に利益をもたらす相手である必要があるのです」

「なるほど」

「それでですね……」


 ディアナがチラッとライオネルを見ると、白い蝶が複数の言葉を同時に告げた。聞き取れなかったので、ライオネルが何を思っているのか分からない。


「その、私と婚約してくれそうな方を、ご紹介いただけないでしょうか?」


 シンッと辺りが静まり返った。ライオネルも、白い蝶も何も言わない。それだけでなく彼の白い蝶は、急に飛ぶ力をなくしたように床に落ちていく。


 代わりに、部屋の隅に控えていたカーラの白い蝶の声がはっきりと聞こえた。


 ――頑張れ!


(私を応援してくれているのかしら?)


 そう思ったが、カーラの視線の先にはディアナではなくライオネルがいる。しばらくすると、ライオネルがようやく重い口を開いた。


「あなたの話は分かった。ちょうどいい男がいる」


 ライオネルの蝶が『緊張する』と囁いている。


(殿下のような方でも緊張するのね)


 勝手に親しみを覚えていると、ライオネルは紹介予定の男性の説明を始めた。


「ちょうど、結婚相手を探している男がいる。歳もあなたと、それほど離れていないようだ。爵位もロバート卿より高い」

「侯爵家より身分が高い方なのですか?」

「ああ、近いうちに公爵を賜る予定だ」

「まぁ……。そのような方なら、婚約者を選びたい放題なのでは? 私を相手にしてくださるでしょうか?」

「選べるどころか、一人も候補すらいなくて困っている」

「それは……訳ありの方ということでしょうか?」

「そうなるな。外見に問題があり仮面をつけている」


 仮面の奥から見える青い瞳が、ディアナを見つめている。


「仮面……。ライオネル殿下以外に、仮面をつけた方がいらっしゃるのですか?」


 ディアナの問いに、ライオネルは首を左右に振った。


「いや、いない」

「ということは、紹介してくださるお相手は、殿下ということになるのですが?」

「そうだと言うと、あなたを困らせてしまうだろうか?」


 ライオネルの蝶が『悲しい』と呟いたので、ディアナは慌てた。


「いいえ! むしろ、私でいいのですか? 殿下は尊いお方で、戦を勝利に導いた英雄です。それに比べて、私の実家であるバデリー伯爵家は、お金はあるのですが貴族としての歴史が浅く……」


 裏で「金ばかり稼いで商人崩れのようだ」とバカにされることもあった。その評価を覆すためにも、ディアナの父は、血筋がいい家との婚姻を求めている。


「殿下のご提案は、とてもありがたいのですが、殿下に利益がないのでは?」

「それは……」


 視線をそらしたライオネルは、「実は俺も、あなたと同じように、どうしても避けたい相手がいるのだ」とため息をつく。


「国王陛下から『敗戦国の王女を俺の妻に迎えるように』と命令を下されてな。兄が止めてくれているが、このままでは俺を殺したいほど憎んでいる敵国の姫と添い遂げなければいけなくなる」

「そんな……」


 この国では英雄でも、敗戦国からすればライオネルは死神のようなものだ。愛をはぐくむには、お互いの憎しみが強すぎる。


「兄に、急ぎ婚約者を連れてくるように言われている。身分は問わないから誰でもいいと」

「誰でもいい……」


 ディアナは、ロバートにも同じようなことを言われた。


 ――どうせ、女なんて誰でも一緒だ。だったら、私はおまえでいい。


 条件さえ合っていれば、お互いの気持ちは関係ない。それが貴族の政略結婚だ。


(結婚なんてこんなものよね。私ったら新しい出会いに、何を期待していたのかしら?)


 ディアナが俯いたそのとき、頭上からまた花びらがヒラヒラと降ってきた。花びらを見るために顔を上げたディアナは、ライオネルに見つめられていることに気がついた。


「誰でもいいのなら、俺はあなたがいい」

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