02話 婚約破棄、行方不明
「マリス、君との婚約を破棄する」
ある日、リオネル王子は、私にそう言いました。
浮気相手である男爵令嬢メルルさんと連れ立って。
王立魔法学院の廊下でのことでしたので。
周囲にいた生徒たちは足を止め、私たちに好奇の目を向けました。
人だかりができていることなどお構いなしに、リオネル王子は言葉を続けました。
「父上にマリスとの婚約解消を願い出たのだが、聞いてもらえなかったんだ。だからマリスに直接、言うことにした」
リオネル王子の『父上』は国王陛下です。
「リオネル様、国王陛下のご許可がないのであれば、婚約破棄は不可能であると愚考いたします」
私は淡々と正論を述べました。
しかし、リオネル王子のいつものアレが始まりました。
「闇の魔王が復活したのだ。私は魔王討伐の旅に出なければならない。何年かかるか解らない旅だ。だから私は、王子の位は返上すると父上に伝えた。父上は納得していないが、いずれ解ってくださるだろう」
リオネル王子は眉を歪め、苦悩を表現する大げさな身振りをしました。
「だから、マリス、君との婚約も破棄する。魔王討伐の旅に出る私は、いつ戻るとも知れない身だ。君は、私を待っている必要はない。君にふさわしい男を見つけて幸せになると良い」
リオネル王子はきりりと表情を引き締め、言い放ちました。
「私は、君たちの幸せを守るために、魔王と戦いに行かねばならない! 解ってくれ!」
リオネル王子が半ば叫ぶようにそう言うと、メルルさんも祈るように両手を組んで私に訴えました。
「マリス様、お願いです。リオネル様を理解してあげてください。私たちには世界を救う使命があるんです!」
「メルルの言うとおりだ。マリス、解ってくれ!」
「マリス様!」
「……」
私はもう、呆れ果ててしまって、言葉もありませんでした。
人だかりが出来てしまっている中でのことでしたので、二人の恥ずかしい発言が、まるで我が事のように恥ずかしく思えて……。
顔から火がでるほど恥ずかしかったです。
羞恥と混乱に茫然としている私に、リオネル王子は良い笑顔を浮かべて良いました。
「さらばだ、マリス。幸せになれよ」
そしてそれが、私がリオネル王子の姿を見た最後の日となりました。
◆
「リオネル様が消えた?!」
その日、私は父に書斎に呼ばれました。
そして事の顛末を聞かされました。
「うむ。どうやら出奔なさったらしい。『前世の仲間とともに魔王討伐の旅に出る』という書き置きが残されていたとのことだ。国王陛下はすぐに捜索隊を出したが、リオネル王子はまだ見つかっていない。王宮は今、てんやわんやだ。ついでにリオネル王子が懸想していた男爵家の娘もいなくなっていたそうだ」
リオネル王子の姿は王宮から消え。
男爵令嬢メルルさんも一緒に消えた。
「それ……」
私は込み上げて来る怒りに、血が沸騰する思いでした。
今までずっと溜め込み、押さえ込んでいた怒りです。
「それ、それを……、『駆け落ち』って言うのよ……!」
私は激情を押さえきれず叫びました。
「ただの『駆け落ち』でしょおおぉぉっ!」
「マ、マリス、どうした。落ち着きなさい……!」
「お父様! これが落ち着いていられますか! 私が! いいえ! 我が公爵家が虚仮にされたんですのよ!」
「それはそうだが……」
「もっと怒ってください! 忌々しい! あの馬鹿王子!」
「と、とにかく落ち着きなさい!」
「なーにが魂友よ! ただの浮気じゃないのよぉ! どこからどう見ても愛人だったでしょぉがぁ! 何、駆け落ちなんかしてんのよ! ばっかじゃないのおぉぉ! 馬鹿なのよ! あの人は本物の馬鹿なのよぉ!」
今まで溜め込んでいた鬱憤を、私は吐き出しました。
「浮気者のクズ馬鹿王子! ばーか、ばーか! リオネルのばーか! リオネルもメルルも野垂れ死んでしまえぇぇ!」
「マリス、落ち着きなさい! 落ち着くんだ!」
◆
リオネル王子と男爵令嬢メルルさんが駆け落ちしたという噂は、燎原の火のごとく広まりました。
王立魔法学院の廊下で、リオネル王子が私に婚約破棄を突き付けたという話と共に。
「伏せられているけれど、本当は駆け落ちよね」
「リオネル様は、マリス様に婚約破棄を宣言していたもの」
「身分を捨てて駆け落ちするなんて……。リオネル様とメルルさんは本気で愛し合っていらしたんだわ……」
「真実の愛だったのね」
国王陛下はリオネル王子の行方を捜索させ、懸賞金まで掛けましたが。
リオネル王子と男爵令嬢メルルさんの行方は知れぬまま。
月日は流れて行きました。
◆
リオネル王子が出奔した事件から一年後。
リオネル王子の弟、第二王子エルネスト様が立太子なさいました。
そして私は、王太子となったエルネスト様と結婚して王太子妃となりました。
子宝にも恵まれ、王子と王女を授かりました。
私は王太子妃として、幼い王子と王女の母として、忙しくも充実した幸せな日々を送っておりました。
しかし……。
平穏な日常は、突然の事件により破壊されました。
王国に異変が起こったのです。




