01話 闇の魔力を宿す左目
私は公爵令嬢マリス・モンストル。
浮気中のリオネル王子の、婚約者です。
ええ、どう見てもリオネル王子は浮気しているのですが……。
本人たちはそれを否定し続けています。
「リオネル様、メルルさんとの距離が近すぎるのではありませんか?」
リオネル王子は、王立魔法学院で知り合った男爵令嬢メルルさんと親密な関係になりました。
ピンク髪に愛らしい顔立ちのメルルさんは、美貌のリオネル王子ととてもお似合いです。
ですがリオネル王子の婚約者は私ですので、メルルさんとの親密な関係は不貞行為です。
リオネル王子は、学院を卒業したら立太子なさいます。
私は、王太子となるリオネル王子を支える未来の王太子妃として、醜聞となる行為をお諫めしなければなりません。
「すでにあらぬ噂が立っております。軽率な行動は控えていただきたく存じます。リオネル様、いずれ王太子となられるお立場をお忘れなきよう」
「マリス、君は勘違いをしている。メルルとの関係はそういうのじゃない」
リオネル王子はけろりとした顔で言いました。
「私とメルルは前世で、魔王を相手に共に戦った仲なのだ。魂友であって、マリスが誤解しているような色恋の関係ではない」
私がいくらお諫めしても。
リオネル王子は前世がどうのと、おかしなことを言い出して話をはぐらかします。
メルルさんもです。
「リオネル様の言うとおりです、マリス様。どうか誤解なさらないで」
メルルさんは愛らしい笑顔で私に言いました。
おかしなことを。
「私とリオネル様は前世でパーティーを組んでいました。リオネル様は勇者で、私は魔導士だったんです。戦友の関係なのです」
「マリス、メルルは全属性の魔法が使えるすごい魔導士だったんだ。メルルは魔物の集団暴走を広範囲魔法で一掃したんだ」
「あんなのごく普通の黒雷竜巻ですわ。大した技ではありません。リオネル様の地獄劫火剣こそ見事でしたわ。巨大魔獣ベヒーモスの鋼鉄の皮膚をバターのように切ってしまわれるんですもの」
「ベヒーモスを倒すくらい大したことない。魔法剣士ならできて当然さ」
リオネル王子とメルルさんは、頭の痛くなるような話で盛り上がり始めました。
「……お二人とも巫山戯ないでください。私は真面目な話をしているのです」
「マリス、これは真面目な話だよ」
「そうです、マリス様、信じてください」
「お二人とも、それほど魔法がお得意なら、ぜひ授業でその力を発揮してくださいませ」
王立魔法学院は、魔力量や実力によってクラス分けされています。
リオネル王子もメルルさんも、最低ランクのFクラスです。
ちなみに私は最高ランクのAクラスで、氷魔法の才媛と呼ばれています。
「マリス、残念だがそれは出来ない。私とメルルが実力を出したら学院が吹き飛んでしまう。だからこそ……」
リオネル王子は、眼帯で隠している左目を覆うようにして手を当てました。
「こうして闇の魔力を宿すこの呪われた左目を封印しているのだ」
そう、リオネル王子は、左目に眼帯をしているんですの。
もちろん怪我をしているわけではありませんよ。
「マリス様、私とリオネル様は力をセーブしているんです」
「解ってくれ、マリス。この苦悩を……」
「マリス様、リオネル様を理解してあげてください! リオネル様は魔力暴走を必死に押さえているんです!」
このような頭の痛くなる話をえんえんと聞かされるため、私はいつも根負けしてしまいます。
「……解りました……。解りましたから、二人とも、あまり体を近付けすぎないように。適切な距離をとり節度ある行動をしてください」
◆
私は、婚約した当初は、リオネル王子に恋をしていました。
リオネル王子は、美貌で優しい王子様ですもの。
たとえ至らない部分があったとしても……。
リオネル王子は珍しい白髪に紅目で、彫像のように整った美貌で、優しいおだやかな性格で、そして王子という高貴な身分を持っているのですから。
私に限らず、彼に恋をしてしまう女性は多いことでしょう。
私はリオネル王子を一目で好きになり、婚約者として、彼の至らない部分を支えられるように必死にお勉強をしました。
リオネル王子の至らない……足りない頭の部分を支えるために。
リオネル王子に憧れて、あるいは恋をして、近付いてくる女性が数多くいるだろうことは覚悟していました。
ですが、まさか……。
前世で出会ったなどと言って近付いて来る女性がいるなんて完全に想定外でした。
リオネル王子はメルルさんと急速に親しくなり、魂友だと言い張り、所かまわずおかしな妄想の話で盛り上がるようになりました。
それによりリオネル王子の、とても至らない部分が、浮き彫りになってしまったせいでしょうか。
それまでリオネル王子の周囲に群がっていた令嬢たちは、一人、また一人と、後退りをして、遠ざかって行きました。
(それでも私は、私だけは、リオネル様を支えなければ……)
公爵家の娘として生まれた私にとって、国王陛下の長男で、王太子となることが決まっているリオネル王子との結婚は義務であり仕事です。
その辺の町娘たちのように、愛だの恋だのを結婚に持ち込むのは愚の骨頂。
リオネル王子と結婚して、ゆくゆくは王妃としてこの王国を支えて行くことが私の責務なのです。
リオネル王子は、学院を卒業後には王太子に、そしていずれ国王になる身。
王国のために、私は至らないリオネル王子を支えなければなりません。
幸いリオネル王子は、私を嫌ってはいません。
愛人問題を丸く収めるための話し合いをする余地はまだあります。
……と、私は思っていました。
しかし事態は私の予想を超えて、急展開となりました。




