その9
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今を遡ること、十七年前ーーーーー
北国のリズという町に、一組の夫婦がいた。妻は魔力を持たない普通の女性、夫は魔術師だった。だが、夫は自分が魔力を持って生まれたことを、あまり好ましく思ってはいなかったらしい。できるだけ人から隠れるようにして、ひっそりと生活していたそうだ。
夫は美しい妻を溺愛していた。妻の体には新しい命が宿っていたが、妻はもともとあまり体が丈夫ではなく、無事に子どもを産めるかどうか怪しい状態であった。夫は出産に強く反対していた。子どもなどいらない、堕ろしてしまおう、君が死んでしまったら俺は生きていけない。そう懇願する彼に対し、だが彼女は首を横に振り続けた。生ませてちょうだい、私はあなたとの子どもが欲しいの、どうしても。
そうして、妻の強い希望によってついにその日を迎えたのだが、そのお産は難産を極めた。いつ終わるとも分からない長い分娩の末、何とか赤ん坊はこの世に生を受けたものの、大量出血により、妻は待望の子の顔を見ることもなく、あえなく死亡。
夫は、生まれたばかりの赤ん坊を連れ、産院から家へと帰った。産院の助産婦たちは、ただならぬ彼の姿を記憶していて、周囲にもその時の彼の様子を話している。妻の死に打ちひしがれた彼は、言葉もなく、ずっと赤ん坊を睨み据えていたそうだ。
次の日、叫ぶような赤ん坊の泣き声が彼の家から聞こえてきた。隣家の住人は、赤ん坊が泣くのは珍しいことではないだろうとしばらく様子を見ていたが、いつまで経っても泣き止む気配がない。あやすような声も聞こえない。異様なほどあまりにも長く激しく泣き続ける声に、隣家の住人は不審感を覚え、近くに住む夫の妹に連絡を取って、彼の名を呼びかけながら二人で家の中へ入った。
二人が家に入った時、そこには血の匂いが立ち込めていた。血だまりの中で、小さな赤ん坊が、身を震わせて泣き叫んでいた。そしてその隣では、その子の父親が、体中の骨が砕けてその骨が内臓に刺さり、絶命した状態で見つかったという。
すぐに警察の捜査が入った。だが、いくら調べても、赤ん坊とその父親以外の人物が部屋に入った形跡が見られない。そして、隣家の住人と共に家に入った女性――――死んだ父親の妹であり、赤ん坊の叔母である―――が、あることに気付き、近くにいた警察官にそれを伝えた。
その小さな生き物は、魔力を持つ者の証である、尖った耳を持っていた。
その後も、さまざまな調査や検証が繰り返されたものの、最終的には最初の捜査のとおり、部屋には父親と赤ん坊の二人だけしかいなかったと結論付けられた。これが何を意味するのか。何らかの出来事が引き金となって、赤ん坊の魔力が覚醒し、暴走して一人の成人男性を死に至らしめたのではないか。
魔術師が覚醒する時には、通常よりも激しい力を発揮する場合がある。覚醒時の暴走は珍しいことではないが、生まれたばかりの子どもが覚醒するというのは、前代未聞の出来事である。
疑いの声はあったものの、この事件は北国全体に、ひいてはオズ全体に波紋を呼んだ。赤ん坊は『北国の悪魔』と呼ばれ、半ば都市伝説のように人々の口にのぼり、語り継がれることとなった。特に覚醒前の幼い魔術師の親の中には、子の覚醒を恐れ、そして恐れるあまりに、我が子をどうにかして手放そうとする者が現れ始めた。施設に預ける者や、山中に遺棄する者が後を絶たず、大きな社会問題となった―――――
これが、『北国の悪魔』の全容である。赤ん坊の名前を、セイア・バトルという。
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