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その8

 アリアは伏せがちにしていた顔を上げ、だがラトスとは目を合わせないままに、二つ目の話題を切り出した。


「二つ目の、話ですけど……『北国の悪魔』の話、セイアの前ではしないでもらえますか」

 顔を見なくても、ラトスのまとう雰囲気がやや硬くなったのが分かった。


「なんでだ」

「なんでって……セイアは北国出身ですから、もしかしたら知り合いかもしれないですし」

「知り合いなわけねえだろ。―――――あいつは、本人だろうが」


 忌々しそうに言い捨てられ、言葉に詰まった。だが、予想通りだ。ラトスはややデリカシーに欠ける面があるが、回りくどくない分、こちらもあまり気を回さずに済む。


「その言い方だと、おまえも知ってるのか。なんで分かった」

「……セイアと、少しだけ覚醒の話をしたことがあって……セイアは『記憶がない』っていう言い方をしたんです。話したくないのかなってその時は思ったんですけど、その……『北国の悪魔』だとしたら、あり得ない話じゃない。生まれた年や、住んでる場所がリズの町っていうのも当てはまるし、もしかしたらと思って、調べたんです」


 魔力の覚醒は、精神もしくは肉体に大きなダメージを負った際に起こることが多く、ほとんどの場合忘れられない傷となって一生心に残る。それを『記憶がない』の一言であっけなく片付けられたのが、最初の違和感だった。だが、もしかして、とは思っても、アリアも本当にセイアが『北国の悪魔』だと思ったわけではない。


 違う、という確証が欲しくて、慣れない調べ物をした。図書館で、セイアが生まれた頃の北国の新聞を取り寄せてもらい、司書に手伝ってもらいながら『北国の悪魔』に関連がありそうな記事を調べた。

 ……その結果、分かった事実はただ一つ。


「まあ、おまえが分かってんなら話が早い。あんまりあいつに近付くなよ。おとなしそうな顔してるが、何考えてるか分かったもんじゃない」

 当たり前のようにそう言われ、アリアはやっとラトスの顔を真正面から見た。


「セイアは、普通にいいヤツです。たとえ『北国の悪魔』だとしたって……ラトス様だって、本人に非がないことは分かってるはずじゃないですか。どうしてそういうこと言うんですか」


 ラトスは自分を心配しているだけだ、と頭では分かりながらも、止められなかった。まっすぐに見たラトスの表情は、思ったよりも不機嫌そうではなく、ただアリアを気遣う様子が伺われ、逆にアリアを苛立たせた。


「あのな、百歩譲って向こうから打ち明けてきたんだったら、それは評価できると思う。だけど、おまえも自分で調べたから分かったんだろ。そんなでかい隠し事してるヤツを、おまえは信用できるのか」

 聞き分けがない子を諭すようにそう言われ、思わず強く睨み返した。


「秘密の一つや二つ、誰でもあるんじゃないですか。だいたい、そんなやすやすと人に話せるもんでもないでしょう」

「秘密とかいう可愛いレベルの話じゃないだろ。なんであいつのこと、そんなに庇うんだよ。……惚れてるのか、ひょっとして」

「そんなの、俺だって分かんないですよ!」


 自分でも驚くほど大きな声が出て、慌てて片手で口をおおった。それと同時に一気に頬と瞼が熱くなり、再びラトスから目を反らしてしまった。

(セイアが悪い訳じゃないのに、どうして)


そんなアリアにさらに追い打ちをかけるように、頭上から心無い言葉が浴びせられた。


「やめとけ、悪いことは言わんから。……確かに本人に非はないんだろうが、だとしてもあいつは―――――人殺しだぞ」


 熱くなった瞼から、堪えられずに涙があふれてぽろぽろと頬を伝った。それを見てぎょっとしたようにラトスが声を掛けてくる。


「おい待て、なんで泣く。そんなひどいこと言ったつもりは……いやひどいかもしれんが、でも、事実だろうが」

「―――――ラトス様は、セイアのこと何も知らないくせに!」


 叫ぶように、そう一息で言い切って、アリアは立ち上がった。反射的に伸ばされるラトスの手を逃れるように一歩前に出ると、そのままワープを使う。

 

……エメラルドの光が全身を覆い、次の瞬間にはアリアは『アルテミス』二階の寝室に移動していた。


 せっかくの再会だったのに、なんでこうなってしまうんだろう。手のひらで乱暴に涙をぬぐい、大きく息を吐き出して、アリアは自分のベッドに身を投げ出した。

 セイアは悪くない。ラトスが悪い訳でもない。誰も悪くないはずなのに、どうしてこんなに苦しい思いをしなくてはいけないのか。


 ベッドの上で、自分の右手を見るともなしに眺めた。あの日、アリアの手をおっかなびっくり握ってくれた、セイアのあたたかい手を思い出していた。


(………あいつが人殺しなわけ、ないじゃないか………)


 また涙で視界が曇ったが、もう拭う気力もなかった。枕が濡れるのも構わず、アリアはゆっくりと顔を伏せ、泣き声が漏れないようにきつく口を閉じた。

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