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その6

 ラトスはアリアから視線を外し、大きくため息をついて、がっくりとうなだれた。


「おまえ、ちなみになんで今回俺がピンポイントでこの場所に来れたと思う?」

「え……いや全然分かんないです。目撃情報とか?」

 

 昨日カイアに会ったばかりなので、何かセラディ・ソーサラーズ本部に自分の情報が流れたのだろうと予想はできたが、それ以上は分からない。当惑するアリアに、ラトスは低く唸るような声で答えた。


「これだけ時間が経ってるのに、目撃情報なんかあるか。警察だよ」「……え?」

「罪を犯して拘留された魔術師についての情報が、月に一度本部に送られてくるんだよ。それこそ全国津々浦々の警察署からな。その中におまえの名前を見つけて、驚いたのなんの。急いでこっちの警察にかけあって、もう本当に、自分の持てるすべての権力を使って住所とか教えてもらって」


 アリアは呆気にとられてラトスの方を見た。うなだれた姿勢のままのラトスの顔は見えない。


「……探せないだろ、中央国ならともかく、西国まで来られたら。俺はもう、とっくにおまえは死んだと思ってたんだ。それでもずっと、新聞記事とか、名前が載ってそうなものには目を通してた。まさか犯罪者情報で、こんなに嬉しいと思う日が来るとは思わなかったよ」


 生きてたんだな、と呟いて、目を上げてアリアを見た。


「正直、おまえに言いたいことはいろいろある。だいたいおまえ、窃盗で捕まるとか、ファイアの墓になんて報告すればいいんだよ。……でもまあ、元気で生きててくれたから、もうその辺りはどうでもいい」


 どうでもいい、と言う割にはかなり恨みがましそうな声だった。アリアは少し肩をすくめた。ラトスの中のアリアは、十歳の愛らしい女の子のままだったのだろう。だとすると、確かに幻滅も甚だしい。

 そんなアリアの想像を裏付けるかのように、ラトスは「かわいかったのになあ、あの頃は」とぶつぶつ言いながら、上着の内ポケットを探り、皮の財布を取り出した。その中からおもむろに一枚の紙をぺらりと引き抜き、テーブルに置く。


「ん?なんですか……って、うわっ!」


 アリアは、シルヴィアとセイアがまだちゃんとそれを確認しないうちに、テーブルからひったくるようにそれを掴んだ。二人に見えないように自分の胸に押し当て、ラトスを睨む。


「やめてください、こういうの!」

「なんでだよ、かわいく撮れてるだろ。返せよそれ、俺んだぞ。そもそもおまえが、俺がちゃんと探してないとか言ったんじゃねえか。それを見ても、そう言うか?」


 不貞腐れたようにそう言われ、アリアは仕方なく、自分の手の中のものに目を落とした。チラリと他の二人に目をやると、シルヴィアもセイアも興味津々という顔でこちらを見ている。正直かなり恥ずかしいが、この二人にならまあ、見せてもいいだろう。ため息をつき、諦めてその一枚の写真をテーブルの上に戻した。


「うわー、これ、アリア⁉本当に?かっわいい―――」


 シルヴィアは大騒ぎしていたが、セイアはちょっと反応に困るように写真と実物のアリアを見比べていた。写真の中では、十歳くらいの長い黒髪の少女がはにかむような笑顔を浮かべ、裾が長めのエプロンドレスを着て、軽く両手を広げてポーズを取っている。


「……なんの写真でしたっけ、これ」

 ぽつりと呟くと、打てば響くように答えが返ってきた。

「俺が新しいカメラ買った時の試し撮りだよ。『なんか適当にポーズとれ』って言ってさ」

「あぁ、そんなんだったかも。服は覚えてるんですけど……お気に入りだったから」


 ぼんやりとした記憶を辿りながら、写真を眺めた。こうなるともう、本当にこれが自分なのか疑わしいような気持ちにすらなってくる。ラトスはテーブルに頬杖を突き、さらにぶつぶつと恨み言を続けた。


「これ見せて回ったところで、そりゃあ見つからんよな。それどころか、下手すると変態扱いされてさ。四年越しにやっと再会できた娘は冷たいし、俺はもう悲しいよ」

「………」


 手を伸ばして、写真の角に触れた。表面が少しめくれて、角が丸くなっている。丁寧に扱ってはいたのだろうが、何度も出し入れするうちに年季が入ったのだろう。ラトスの愚痴を聞くまでもなく、情景が目に浮かんだ。会う人ごとに写真を見せて歩き、その度に首を横に振られて、肩を落とすラトスの姿。探されているのは分かっていた。だから、見つけられないほど思い切り遠くへ逃げた。その決断が正しかったのかどうかは、今も分からない。


「……俺があそこに残ったら、ラトス様やシンシア様が、ファイア様と同じ目に合うんじゃないかと思ったんです。それが一番、怖かった」


 隣で、ラトスが軽く目を見開くのが分かった。彼がどう思っているかは知らないが、これはアリアの本音だ。無我夢中でとにかく遠くへ遠くへ逃げて、知っている人が誰もいないところで生きていこうと思った。自分のせいで誰かが死んだりするのを、もう二度と見たくはなかった。そして、ララン国王が病死した―――――本当に病気だったのかは疑わしいが―――――というニュースを新聞で知った頃には、もう窃盗グループに入っていたから、状況を確認に戻ることもできなかった。


「勝手にいなくなって……本当にすみませんでした」


 やっと、素直な言葉が出た。ラトスは肩の力を抜くと、軽くアリアの頭を小突き、写真を財布にしまい直した。


「……おまえな、そういう気持ちがあるなら、一番最初にそう言えよ」


 正直、もう会えないと思っていたし、合わせる顔もないと思っていた。四年間は、長かっただろう。その間、ずっと探してくれて、見つけたら迷いなく駆け付けてくれて。

(変わらないなあ、この人は)

 アリア自身も、ラトスと話していると少し子どもの頃に戻った気がする。あの頃も、ファイアやシンシアの前ではいい子を装っていたが、ラトスには常に生意気な口を利いていた。怒ると怖いけど、でもたいていのことはおおらかに笑って許してくれる、雑でいい加減で優しい人。本当にお父さんならいいのに、と思っていたことは、でも本人には絶対言わない。


「あら、もうみんなコーヒー飲み終わってる?何か飲み物入れ直しますね」

 シルヴィアがふと気付いたように立ち上がった。

「いや、おかまいなく。そろそろお暇しますんで」

「そう言わずに。せっかくの親子の再会なんですから、ゆっくりしていって」


 親子じゃねえし、と呟くアリアにはまるで頓着せず、彼女は軽やかな足取りでカウンターの方へ向かった。心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「いい感じの美人だよなぁ。独身か?」

 ふいにラトスに耳打ちされ、アリアはえっ、とばかりに身を引いた。ラトスの視線は、カウンター内部の厨房でくるくると立ち働くシルヴィアに向けられている。

「そうですけど……いや、やめてくださいよ。何考えてるんですか、年甲斐もなく」

「年甲斐って、おまえ、俺のこといくつだと思ってるんだよ」


 呆れたようにそう言われて、首を傾げた。改めてラトスの年齢など聞かれても、興味もないし全く分からない。


「さぁ……少なくとも、釣り合うような年齢じゃないでしょ。シルヴァ、二十八ですよ?」

「そうか、七歳差だな。俺は三十五だから、ほら、ちょうどいいじゃねえか」


 ちょうどいいかどうかは分からないが、思ったより不釣り合いな年齢ではないことに複雑な心境になった。ラトスには世話になったし、悪人でもなく、むしろ好人物で、見た目も決して悪くない。だがそれとこれとは話が別だ。


「どうかした?何か盛り上がってる?」

 言い返す言葉を思いつく前に、シルヴィアがお茶を入れて戻ってきた。

「いえいえ、別に何でも。おっ、いい香りですねぇ。これは、北国の特産茶ですか」

「そう、よくご存じですね。セイアがお土産に持ってきてくれたんです」


 他意のないシルヴィアの言葉を聞いて、アリアは思わず息を止めた。本来、何も緊張する場面ではないだろう。別に、ただの北国の土産だ。土産物としては、さほど珍しくもない。シルヴィアも、話題の一つとしてこの紅茶を選んだのだろう。

 だが、アリアの不安を裏付けるかのように、ラトスの声のトーンが少し変わった。


「へえ、じゃあセイアは北国出身か。どの辺りだ?」

 それを聞いて、今までのんびりと聞き役に回っていたセイアの表情も緊張の色を帯びた。

「……リズの町です。田舎町で、銀山くらいしか有名なものはないですけど」


 会話の流れとしては自然だが、嫌な展開だ。何か話を逸らしたかったが、焦るばかりでいい話題が浮かばない。


「リズの町はほら、銀の他にもあれがあるだろ。伝説の、『北国の悪魔』ってヤツ」

「あー……そうですね、あれはまあ、悪い意味で有名ですよね」

「そういえばさ、この紅茶のパッケージの女の子の衣装もかわいいよな。あれも北国の地方の衣装だろ?」


 やや強引だが、何とかここで話に割り込むことができた。セイアは驚いたように目を瞬かせたあと、少しだけ目元をほころばせた。

「うん、今でもお祭りの時とかは着てるの見られるよ。観光客がよく写真撮ってる」


 まだラトスが何か言ってくるかと思ってひやひやしたが、思うところがあるのか、それ以上は何も言ってこなかった。シルヴィアと世間話のような会話を交わした後、紅茶を飲み終えて、彼は席を立った。


「じゃあなアリア。とりあえず今日は元気な顔が見られたからこれで帰るが、また来るから。さっきも言ったが、一度こっちに来て組織の連中から話だけでも聞いてくれ。その気になるまで待ってる」


 そして、シルヴィアに向けてお邪魔しました、ご馳走様です、とにこやかに告げると、セイアの方を一瞥して、店を出て行った。

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