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その22

 花火を見るためのレストランは、思ったよりも大きな建物だった。絵本に出てくるお城のような外観で、雰囲気たっぷりだ。この日のために着飾った若者たちがバルコニーに出て思い思いに語らう様子は、それこそお城で開かれる晩餐会か舞踏会に集まったかのように思える。


「いらっしゃいませ、二名様ですね。ドリンクはフリーとなっております」


 建物に入り、受付でチケットを見せて通してもらうと、メイクを直したいというアリアの希望があり、一度二人とも化粧室へと別れた。化粧室を出てその場で少し待ったが、姿が見えない。近くを探してみたが、なかなか見つからず、レストランの中を十分くらい探し回ってしまった。ようやく窓際に立っているアリアを見つけ、ホッとする。


(これだけ人がいるんだから、あんまり歩き回るなよ)

 そう言おうとして、アリアの近くまで駆け寄り、ふと立ち止まった。


 アリアは、シャンパンの入ったフルートグラスを手に、外を見ていた。少女らしい華奢な身体の輪郭が、窓に映る青い夜の空気の中でくっきりと浮かび上がっている。身に着けた服の柔らかな緑が白い肌に映え、儚い花のようだった。


 しばらく見惚れていると、アリアの方が気が付いて声を掛けてきた。

「どうかした?」

「いや……きれいだなって、思って」


 できるだけ目を反らさないようにしてそう答えた。さっきディアと話した時、彼がアリアに向かって「きれいだよ」と言っているのを見て、少し羨ましかった。あんな風に自然に言えたらいいのに、言い慣れなくて照れくさくて、どうしても素直に口に出せない。でも、自分が言わなくてどうするんだ、とも思っていた。


 アリアは、セイアの言葉に、少しだけ恥ずかしそうに笑った。

「セイ、言ってくれただろ。女の子の恰好するなら、絶対見たいって。だから頑張ってみた」


 話す二人の邪魔にならないように、執事のような姿の青年が静かに飲み物が並んだトレイを持って近付いてきた。これがフリーのドリンクということらしい。シャンパンを一つもらい、アリアと小さくグラスの縁を合わせる。


 座って話そう、とアリアに言われて、窓から少し離れた小さなソファーに並んで座った。隠れた位置にあるせいで人混みからも少し離れ、こちらからは室内で語らう若者たちの様子がある程度見えるものの、他の人の目線からは守られているように感じる。


「遅くなってごめん。少し話していい?」


 そう言われて、緊張しつつ頷いた。もともと、アリアが話したい事があると言ったために決まったデートだ。楽しかったけれど、ずっと「話したい事」が気になっていた。セイアが頷くのを見て、アリアは心を決めたように話し始めた。


「……ちょっと、昨日の話をぶり返すようだけど。俺、実は告白されたのって、初めてなんだよね」

「嘘つけ」


 思わず、いきなり話の腰を折るような真似をしてしまった。アリアは軽く眉を上げた。

「ほんとだって。おまえがどう思ってるかしらないけど」

「だってさっきの、ほら、レミリアとかは」


 申し訳ないと思いつつ先ほどの気の毒な少年の名前を出すと、苦笑いが返ってきた。

「だから、だいたいああいう感じでさ。どこか遊びに行こうとかメシを奢るとか、そういう話はけっこうされるけど……なんて言うかみんな『あわよくば』みたいなところがあって。別に俺じゃなくてもいいんじゃねえの、ってどうしても思っちゃうんだよね」


 完全に納得したわけではないが、そういうこともあるか、と思った。中には真剣な人もいただろうとは思うが、軽いノリで誘えば気持ちも軽く思われるかも知れない。

 アリアは一口シャンパンを飲んで息をつくと、先を続けた。


「ちゃんと、顔を見て『好き』って言ってもらえて、すごく嬉しかった。だけど、だから余計に自分じゃダメな気がして。……それに釣り合うほど、俺はいい子じゃないし」

 これには、いらぬ一言かと思いつつも、つい言わずにはいわれなかった。


「いや、そもそも俺、そんなにアリアが『いい子』だとは思ってないよ?」

「……けっこう言ってくれるな、おまえも。いやまあ、それはそうなんだけど」


 二人で顔を見合わせ、少し笑ってしまった。こういう気安さも、アリアを好きなことの一つだと思う。

 見た目のきれいさや可愛さはもちろんだけど、気の強いところや意外と優しいところ、素直なところもずるいところも、ふとした時に遠慮がちに甘えてくる仕草も。


「いい子じゃなくてもさ。全部、好きだよ」


 心からそう伝えると、アリアはくすぐったそうに目を伏せ、小さく「ありがと」と呟いた。

「でもやっぱり、それでもさ。セイアがいくらそう言ってくれても、ほんとに俺でいいのかなって、思っちゃうんだよ。……でもさ、昨日の夜」


 そこまで言って息を吸い込み、呼吸を整えた。何を言われるのかと身構えていると、

「昨日の夜、言ってくれただろ。他のヤツに、触らせたくないって」

「い、いやあれは!酔っ払いのたわ言だから、聞き流してもらえるとありがたいっていうか」


 まさかこの話を蒸し返されるとは思わなかった。思い返しても、穴があったら入りたいような心持になる。そして言っていることがそのまま過ぎて、言い訳すらできない。

 顔が一気に紅潮するのを意識したが、隣を見ると、なぜかアリアまで頬を真っ赤に染めている。チークのせいでも、シャンパンのせいでもなさそうだ。


「違うんだよ。あんな風に言われて、気が付いちゃって。……俺も、同じだって」

「え?」


 同じ、の意味がよく分からず聞き返すと、アリアは少しの間黙った。沈黙が気まずく、手元のシャンパンに口を付けて次の言葉を待っていると、彼女はようやく目を伏せたまま、途切れ途切れに言葉を繋いだ。


「……このまま告白を断って、俺が完全に手を離したら、おまえは……その、違う子と、付き合うのかなって。さっきみたいに手を繋いだりさ、……キスとかその先とかするのかなって考えたら、何だかもう、嫌で嫌で嫌で」

 飲んでいたシャンパンを吹き出しそうになった。すんでのところでなんとか飲み下し、むせながら隣を見る。


(なんてこと言うんだよ、こいつは)

 軽く睨むように隣を見た視線は、思いのほか真剣な瞳とぶつかった。アリアは伏せていた目を上げ、顔を赤らめながらもまっすぐにセイアを見ていた。セイアも思わず息を呑み、アリアを見つめた。


「あのさ、セイ。告白の返事、保留にしてもらえない?」

「………ほ、保留?」

「うん。俺はやっぱり、今の状態では、おまえの彼女だって胸を張って言えない。でも、ちゃんとセイアの気持ちにふさわしいって思えるようになったら、……その時は、俺の方から告白したい。もう少しだけ、待ってもらえるなら」


 ダメかな、という付け加えるような言葉にかぶせるように、「ダメなわけないだろ」と即答していた。何ならもう、望むところだ、とまで言いそうだった。セイアの勢いに、むしろアリアの方が引いている。


「いや、でもさ。ずるいだろこんなの。ちゃんと気持ちに応えられないのに、他の子と付き合うなって言ってんだぞ、俺は」

「だって、アリアのこと諦めなくていいんだろ。いくらでも待つよ、そんなの。何なら、じいちゃんになるまで」

「さ、さすがにそこまで待たせようとは思ってない」

 たじたじとなりつつも、少しおかしそうにアリアが答えたその時。


 会場に、ひときわ大きな声が響き渡った。

「ハッピー・ニュー・イヤー!皆さま、新年おめでとうございます!」


 わっと皆が立ち上がり、大きな声で新年を祝う声があちこちで起こった。同時に外でドーンと言う大きな音が上がり、空がぱっと明るくなる。アリアとセイアも慌ててグラスを置いて立ち上がり、窓辺に近付いた。もう一度、大輪の花火が上がって見上げる人々を照らす。


 新しい年の始まりだ。セイアは窓の外を見ていた視線を巡らせ、すぐ後ろに立っているアリアの方を見た。そして、アリアの背後に立っている会場の人々の様子を見て、唖然とした。―――――会場のカップルたちは、なぜか皆、周囲をはばかることもなく、キスをしている。


「え?えっ、なに、これ?」

 声をひそめて尋ねると、アリアは肩を竦め、気まずそうに答えた。

「この地域の慣習っていうか。新しい年の始まりに、その年の祝福を願って、親しい人にキスを贈るんだよ。ここの会場がカップルばっかりっていうのは、まぁそういうこと」

 そんなの、ガイドブックには書いていなかった。当たり前か。


「……知ってたの、アリア」

「一応。ここに来たのは初めてだけど、話は聞いてた。俺は地元民だからさ」


(……………なんだよそれ)

 それを知ったうえで、セイアと一緒にここに来ている、という解釈でいいのか。それなら。


 勢いのままに、アリアの頬に手を添えた。手を振り払われたら笑って終わり、と思ったが、アリアは一瞬ためらうように目を泳がせた後――――セイアの方へ顔を向け、目を閉じた。


(うわー………どうするんだ、これ………)

 自分から触れておきながら、頭が真っ白になった。了承のサインということで合ってるだろうが、アリアはともかく、セイアは完全に初めてだ。


 これって、口にしていいものだろうか。付き合っているわけでもないのだから、頬か額にするべきだろうか。いや、それだと弱腰だと思われるか。そんな疑問がエンドレスに頭の中を駆け回り、早鐘のような心臓の音が鳴り響き、セイアはそのままの姿勢で石のように固まった。

 そのまま秒針が一巡りする間、二人は完全に一枚の静止画となっていた。


 ……不意に、アリアの片目がぱちりと開いた。セイアが思わずその目を凝視すると、彼女は器用に片目だけでこちらを睨みながら、一言言い放った。


「―――――あと五秒で、時間切れ」

「うわ、い、いや、ちょっと待って」


 慌てふためきつつも、覚悟を決めた。もうあれこれ考えている時間は与えられていない。

そっと顔を寄せ、できるだけ優しく、唇を重ねた。初めて触れたアリアの唇は、柔らかくて少し冷たく、甘いアップルシナモンの味がした。


 唇を離し、そのまま手を引いてぎこちなく抱き寄せる。細い背中に手を回して抱きしめると、アリアの方も無言で、ぎゅっと強く抱きしめ返してきた。髪の隙間から覗く尖った耳の先端が、真っ赤になっているのが見えた。


 なんだよ、これ。こんなのもう、ほとんど落ちてるだろ。早く好きって、言っちゃえよ。


 ドーン、と再び外で大きな音がした。合図のために最初数発上がって、しばらく間が空いたが、花火が再開したらしい。おそらく、この後は本格的に花火大会だ。アリアはパッと顔をあげてそちらを見ると、勢いよく体を離し、セイアの手を引いた。


「花火、せっかくだから屋上で見よう!」

 初めて見るような明るい笑顔に、引っ張られるように走りだしながら、花火が上がる音と共に運命が変わる音が聞こえたような気がした。


(命日とか言ってる場合じゃないな。俺のほうこそ、もっとしっかりしないと)

 一生振り回されるの、確定かもなぁ。そんなことを思いながら、翻るミントグリーンの裾を追いかけた。祝福に満ちた明るい一年が、今、始まった。


                             End


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