その21
セイアは、気分を変えるように出店の方へ話題を振ってみた。
「何か食わない?おすすめとかある?」
すると、すぐにパッと顔を上げたアリアから、嬉しそうな声が返ってきた。
「あ、おれチーズ饅頭が食べたい!でもおまえ、胃の調子とか大丈夫?」
「もうすっかり全快」
アリアのおすすめで買ったチーズ饅頭は、ふんわりした白い皮に柔らかく溶けたチーズとピリ辛のソースが入っていて、思ったよりも大きなサイズだった。
「んー、これ食べると、年末って感じがする」
ふかふかした大きな饅頭を両手に持って満足そうに食べているアリアを見て、セイアはふと、何とも言えない気持ちになった。
……初めて会った頃、アリアは彼氏と死別したばかりで、ほとんど何も食べられない状態だった。今でもかなり細身だけれど、出会ったばかりの頃のような不健康な痩せ方ではない。こうやって、おいしそうに何かを食べている姿が見られただけでも、今回西国に足を運んだ甲斐があったと思う。
饅頭を食べた後は、射的をやったりダーツをしたり、大道芸を見たりしてお祭りを楽しんだ。食べ物の出店もさまざまなものが出ていて、目移りしつつ、エビのフリッターと白ワインのセット、ソーセージの盛り合わせ、オニオンフライなどいろいろ頼んでは二人でつまんだ。
今回分かったことは、狙いを定めて当てるのはどうやらセイアの方が得意らしい、ということだ。アリアも決して下手ではないのだが、そもそもセイアの腕前が違う。ぐるぐる回転する的に向かって投げるダーツでは、一発で見事に映画のペアチケットを当てた。
「じゃあまたデートしなきゃ、な」
嬉しそうに笑っているアリアを見ていると、またしてもよく分からなくなる。
(俺、振られたんだよな?)
アリアの言っていた「話したい事」もまだ聞けていない。一度さりげなく水を向けたのだが、「もう少し待って」と言われてしまった。そう言われてしまうと、基本的に気の弱いセイアはもう何も言えない。
甘いものが食べたい、と言われ、探していると焼きリンゴの出店を見つけた。いろいろあるが、メインは小ぶりの青りんごをカットして串に刺したものらしい。『エメラルドの都』という西国では有名な品種で、甘酸っぱくて果肉のしっかりとした、製菓に向いたリンゴだ。
「いらっしゃいませー……って、あれ、アリア?」
出店の店員の少年が、アリアの姿を見て驚いたように目を丸くした。
「ディア?え、おまえ何やってんの?」
「こっちの友だちの手伝いでさ。バイト代出るっていうから、少しでも稼ぎたくて」
ディア、と呼ばれた少年は短めのこげ茶色の髪と同じ色の優しそうな瞳をしていた。アリアの姿をしげしげと眺め、
「アリアの女の子のカッコ、すごく久しぶりに見たなぁ。初めて会った時以来かな」
そう言って、目を細めた。
「きれいだよ、よく似合ってる。……隣りは、彼氏さん?」
急にこちらを向いて話を振られ、セイアは一瞬言葉に詰まった。アリアも慌てている。
「えっと、いや、そういうわけでもなくて」
「なんだよ、俺相手に照れなくてもいいじゃん。初めまして、アリアの泥棒仲間のディアといいます」
そう言われて、ああ、と思った。だが、言われなければ、まさかこの人のよさそうな少年が窃盗グループに属していたとは考えもしないだろう。
「……初めまして。セイアです」
「どうも。アリア、わがままなところもあるけどいい子ですよ。大事にしてあげてください」
ディアはそう言って少し笑うと、アリアに「注文は?」と尋ねた。
「あ……えーと、何かおすすめとかあんの?」
「人気なのは普通にシナモンだけど、紅茶のシロップで煮てあるヤツもそこそこ売れてる。一本ずつ買うのがおすすめだけど、どうする?」
「じゃあ、それで」
まいど、と慣れた手つきでリンゴを串に刺しながら、ディアはアリアに向けて話しかけた。
「そういえば、聞いた?ゼットのヤツ、また捕まったって」
「あー……それ、実は捕まえる現場にいたんだよ、俺。たまたま警察に協力してて。まさかゼットが関わってると思わなくてさ」
「えっ、そうなんだ。ゼット、どんな感じだった?」
「どんなって言われても……捕まってもどこ吹く風って感じだったな。そうそう、結構でかい刺青入れてて、自慢してた」
「刺青!あー、似合うかも。でも……そうかぁ、俺はもう二度と警察のお世話にはなりたくないけどな。なにやってんだか、あいつは」
実は、この話はセイアにも分かる。アリアと一緒に現場にいたからだ。それでも、親し気にディアと話すアリアを見て、少しだけ遠い距離を感じた。
「はい、出来上がり。少しおまけしておいた。二人で仲良く食べて」
「ありがと!またな、ディア」
代金と引き換えに、焼きリンゴの串を二本手渡された。出店から遠ざかりながら、セイアは何となくアリアの様子を伺った。
「もっと話さなくて良かったの。久しぶりだったんだろ」
「いいよ、あっちだって仕事の邪魔になるし。俺も今日は、デートなんだから」
どっちがいい、とリンゴを見せられ、セイアは紅茶の方を選んだ。並んでリンゴを食べながら、ゆっくりと歩く。紅茶のシロップが香ばしく、思ったよりもしっかりと歯ごたえが残っていて、口の中でシャクシャクと気持ちのいい音がする。
「そっちのやつ」「え?」「一口、ちょうだい」
なるほど、食べさせろということか。これがあるから、一種類ずつ買うことをおすすめされたのか。でもこれは間接キ……いや、もう何も考えるまい。
自分の串をアリアの口の傍に近付けると、嬉しそうにぱくりと口に入れた。お返し、とアリアのリンゴも一口もらう。
「どっちがうまい?」
「うーん、どっちもうまいけど、紅茶の方が好みかなー」
正直、交換して食べたシナモンのリンゴは、味とか良く分からないくらいだった。そっと、隣を歩くアリアの横顔を覗く。広場に飾られたたくさんの提灯に照らされて、唇がほんのりとリップの光沢を帯びているのが見えた。ぱくり、ともう一口、リンゴが彼女の口の中に消えていく。
食べ終わってぶらぶらしていると、不意に近くで子どもの声がした。
「あー、おねーさんだ!おにーさんもいる!」
圧倒的にカップルが多い中ではあったが、家族連れの姿もちらほら見かけてはいた。だがまさか、ここで二人の共通の知り合いに会うとは思わなかった。二カ月前に知り合った小さな少女――――ヒメアは、お祭りにふさわしいゴージャスなピンクのドレスを着て、髪にも小さな冠を模したものを乗せている。隣りに立つヒメアの母親も、ヒメアに合わせたような明るいピンクのスカート姿だ。
「こんばんは、ヒメア。ヒメアママも」
「こんばんはーっ。おねーさん、すっごくきれいねぇ、ヒメアびっくりしちゃった!」
「ほんと、アリアちゃんがそんな格好してるの初めて見たわ。でもすごくかわいい。セイアさんもお久しぶりです」
アリアは「ヒメアもすごくかわいいよ」と言いながら、少女の髪を撫でている。セイアも挨拶を返しながら、アリアがヒメアママと仲良くなっているのを見て、内心かなり驚いていた。二カ月の時の流れを感じる。
「……それにしても、ヒメアのブレスレット、すごいわ。ね、そう思うでしょ」
突然、アリアとセイアを見比べていたヒメアが、意味ありげな微笑を浮かべながら、そんなことを言った。ブレスレット?セイアはまったく意味が分からなかったが、アリアはセイアの様子を伺いつつ、少し慌てている。
「そうだ、ヒメア。あのブレスレットさ、毎日付けてたら切れちゃったんだよ。直すから、あとで作り方教えて?」
小声でヒメアにそう頼んでいるのが聞こえた。ヒメアはかくん、と首を傾げてアリアを見た。
「もちろんいいけど。あれ、見た目よりは簡単よ?」
「……よく言うわ。ママが大分手伝ってあげたの、忘れたちゃったのかしら」
隣でママが何か言っているのは聞こえない振りで、ヒメアはにやにやと笑った。
「でももう、ブレスレットはいらないと思うわ。おまじないの効果、バッチリみたいだし」
疲れたからそろそろ帰る、という二人に手を振って別れた。ヒメアは五歳だし、あまり夜更かしできないのだろう。二人の姿が見えなくなってから、セイアはアリアに尋ねてみた。
「ブレスレットって、何のこと?」
「………さあ、何でしょう」
「いいよ、あとでヒメアに聞くから」
まあそんな機会はないかも知れない。隠し事多いよな、と思いつつ、仕方ないのか、彼氏じゃないんだし、と思い直す。
そろそろ花火を見る場所へ移動しようか、という話になり、場所を確認してそちらの方へ歩き始めた。だが、だいたい皆考えることは同じで、チケットを持っている人たちが移動を始め、先ほどまでよりも人の密度が高くなった。この広場は結構広く、目的の建物にはそれなりの距離があって、うっかりするとはぐれてしまいそうになる。
軽く手が触れあった。そのまま、アリアの左手がセイアの右手の中に滑り込む。
「…………」
ぎゅ、と強めに握ると、同じくらいの強さで握り返された。横顔を覗こうとしたが、うつむいて横髪に隠れ、あまり見えない。
さっきから、何を考えているのだろう。嬉しくないことはないけれど、でも。
「あのさ。好きだって、言っただろ。こんなことされると諦めらんなくなるよ、俺」
「……うん。わざと、やってる」
小さな声が返ってきた。問い詰めることもできなくて、手をつないだまま、黙って歩いた。




