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20/22

その20

 いよいよデート本番。セイアは『アルテミス』の店内で、夕刊をめくりながら、アリアを待っていた。約束の時間を十分ほどすぎているが、二階にいるアリアはまだ降りてこない。


「女の子は、支度に時間がかかるからね。もうちょっと、待ってあげて」

 シルヴィアには意味ありげにそう言われたが、支度に時間がかかるタイプだろうか。


 セイアは、というと気持ちがはやって少し早く着いてしまい、かれこれ三十分近くこうしている。そしてこの三十分の間に、よく分かったことがある。アリアがモテる、ということだ。モテることは何となく分かってはいたが、思った以上だった。


 ♪ あなたじゃないとダメみたいって/あたしまだちゃんと口に出せない/

   でもわがまま言わせて/あたしがちょっと よそ見したって/こっちを見て ♪


 店内に設置されたラジオから、歌声が聞こえる。昨日も聞いた、ユラ・メティカの『甘いわがまま』が、控えめなボリュームで心地よく耳元まで流れてくる。


(これって、アリアも歌えるんだよなぁ。そんなに流行ってるのか)


 ぼんやり歌声に耳を傾けていると、突然、勢いよくバン!と入口の扉が開いた。驚いてそちらを見て、ちょっとげんなりする。

(またか……)


「こんばんは、シルヴィアさん。アリアって、今いますか?」


 立っていたのは、おそらく地元民であろう見知らぬ少年だった。皮のジャケットとブーツで身を固め、髪型もばっちり決めている。極めつけに、片手で肩に乗せるように持った、赤いバラの花束。世事に疎いセイアでも、さすがに赤いバラの花言葉は知っている。

 声を掛けられ、カウンター席に座っていたシルヴィアは困ったように少年に笑いかけた。


「こんばんは、レミリア。ずいぶん決めてるわねぇ」

「いや、ははは、それほどでも。今夜の花火を、ぜひアリアと一緒に見たいと思いまして」


 三十分ここで待っているセイアとしては、おまえは四番目だと言ってやりたい。セイア自身も入れれば、五番目だ。そしてそれは、セイアが分かる範囲での話だ。昼間のうちに誘えていて、本当に良かった。ラトスには感謝しなければ。


「……うーん、そうねぇ。アリアはいるけど、先約があるみたいよ?」

 シルヴィアが思わせぶりにセイアの方へちらりと目線を送りながらそう答えると、レミリアと呼ばれた少年は今初めて気づいたようにハッとしてこちらを凝視した。


「……どうも。一応、俺との約束があるんで、すみませんけど」

 さっきからこのやり取りを繰り返しているのだが、こういった役回りに慣れていないので、正解が分からない。なんでおまえなんかが、と言いたそうなあからさまな視線も地味に痛い。


「―――――もしかして、彼氏?」

「そういう訳でもないです。でも、今日の花火は俺から誘ってオーケーもらってるので」

 正解が分からないなりに、強気の雰囲気を出したつもりだった。今回のレミリアがそれまでの三人と異なるのは、ここまで言われても引こうとしなかったところだ。


「い、いやでも、彼氏じゃないなら、まだ可能性はあるんじゃね?アリアが来たら、どっちか選んでもらおうぜ。どうよ?」

 こちらを睨みながら必死の抵抗を試みてきた。それに比べれば、セイアはまだ余裕がある。

「まあ、いいですよ。じゃあ、アリアが来るまで待ちますか」


 そう答えたところで、二階から足音が聞こえた。そのまま足音は、ととと、小走りで階段を降りてくる。セイアとレミリアは、そろって階段を降りた先へと目を遣った。そして、そこにミントグリーンの裾がひらりと揺れたのを見て、一気にセイアの余裕が吹き飛んだ。


「ごめんセイア、遅くなった。いろいろ手順が、慣れないから分かんなくって」

(なんだこれ。死ぬのかおれ。今日は命日か)


 アリアの方をまともに見ることができない。何かこう、眩しい光が具現化してそこに立っているような感じである。


「セイ?……あのさ、変じゃない?ちゃんとこっち見て」


 そういうアリアの声も、少し緊張して聞こえる。だめだ、しっかりしないと。バクバク鳴っている心臓に手をやり、大きく深呼吸して、セイアはアリアの方を見た。見た瞬間、思わずごくりと喉が鳴った。


 きれいなミントグリーンのワンピース。スカートのサイドにプリーツの入った、シンプルながら特徴のあるデザインだ。袖がふんわりと膨らんでいて、淡いグレーのケープコートの下からちらりと袖口が見えるのが、とてもかわいい。そしてふくらはぎまであるスカートの裾から覗く足元には、コートと同じ色のショートブーツ。


「変じゃない。……似合ってるよ、すごく」


 何とか目を見て、そう言葉にすることができた。まさか自分が、女の子にこんなセリフを言う日が来るとは。一応自分も、手持ちの服で一番まともなものを着用してきて良かった。

そしてまともに顔を見て、またもや動揺してしまった。もともときれいな子だけれど、今日はちょっと雰囲気が違う。


「……アリア、メイクしてる?」

「ちょっとだけ。友だちに教えてもらって……でも難しいな、やっぱり」


 照れくさそうに下を向いて答えるアリア。その耳元にきらりと小さく揺れるものに気付き、思わずまた目を反らしてしまった。


(うわー……、ピアス付けてくれてる)


 女子のアクセサリーとか本当に全然分からなくて、友だちにアドバイスをもらいながら、悩みつつ何とか選んだピアスだ。これにして正解だった。というか、自分が選んだものを身に着けてくれることが、こんなに嬉しいものなのか。


 そして、目を反らした先にレミリアの姿を見つけ、少し慌てた。完全に存在を忘れていた。おまえまだいたのか、という感じだ。彼は、あんぐりと口を開けてアリアを見つめていた。そのアリアも、ようやく彼の存在に気付き、取ってつけたように声を掛けた。


「レミリア、来てたのか。おまえも今からデート?頑張れよ!」

 レミリアは、それを聞いてハッとしたように口を閉じた。アリアからセイアに視線を移し、その後もう一度アリアを見て、なんとも言えない表情になった。


「ち……っくしょ―――う!」

 そして勢いよく扉を開くと、走って外へ飛び出して行ってしまった。


「なんだあいつ……あーそっか、おれを誘いにきたのかぁ……」

 アリアが今日に限ってちょっと鈍いのは、彼女なりに緊張していることの表れだろう。一瞬気の毒そうな顔をしたものの、「まぁいっか」とセイアの方を見てちらりと笑った。


「じゃ、行こうか」

 まだ地に足が付かない状態ながら、ぎこちなくそう促すと、アリアは頷いてシルヴィアの方を向いた。


「分かってると思うけど、帰りかなり遅くなっちゃうからさ。先に寝てて」

 するとシルヴィアは、ふふっと笑って意外なことを言ってきた。

「……あら、私もこれからデートよ?自分だけがモテると思わない方がいいわよ、アリア」

「えっ、誰と⁉」「ひ・み・つ」


 そう言われてみると、シルヴィアもどこか余所行きの雰囲気だ。いつも付けているエプロンは外し、落ち着いたローズ系の服もメイクも、いつもよりどこか色っぽい。

「ほらほら、人のことはいいから、いってらっしゃい。すごくかわいくなったわね、アリア。どこのお嬢さんかと思っちゃうわ」


 半ば追い出されるようにして『アルテミス』を出た。年末の慌ただしさのあった昼間とは違い、夜の町はすでにお祭りの雰囲気にあふれていて、楽し気な音楽やライトアップされたショーウィンドウに気持ちが弾む。通り過ぎる人たちもみな思い思いにおしゃれをして、その表情も明るい。


「えー、何も言ってなかったのになぁ。俺はちゃんと、セイアとデートだって言ったのに」

 二人で並んで歩きながらも、アリアはシルヴィアの相手について、少し気にかけているようだった。不満そうに、ぶつぶつと呟いている。セイアは遠慮がちに、思いついたことを言ってみた。


「タイミング的に、ラトス様なんじゃない?」

「えー……、いや、あり得るかもしれないけど……」

「嫌なの?俺はお似合いだと思うけど。ラトス様、ちょっとガサツだけどいい人だし」

 素直な感想を口にすると、アリアは複雑な表情でセイアを見た。


「嫌ってわけでも、ないんだけどさ。でも俺、シルヴァには……なんて言うか、ちゃんと幸せになって欲しいんだよね。ラトス様にそれだけの覚悟と力量があるかなぁ」

「でもアリアがあれこれ言うことでもないんじゃない?二人とも、いい大人なんだし」

「それは、そうだけど」


 そんな話をしているうちに、少しづつ緊張が解けて、周りを見る余裕ができてきた。余裕ができると、思ったよりも周囲から見られていることに気が付く。アリアは目立って当然だが、隣を歩いているセイアに対しても、結構遠慮のない視線が向けられている。


(彼氏だったら、もっと堂々としていられるんだけどなぁ)


 絡まれたりしないか心配だったが、注目を集めたのは最初の方だけで、案外そんなことはなかった。広場へ向かうにつれてカップルが増えてきて、男どもはそれぞれ自分の隣を歩く彼女に夢中、そしてよそ見をしようものなら彼女から牽制が入る。そんなわけで、徐々に二人に集まる視線は減ってきた。周囲のカップルたちの様子を見ながら歩いていると、隣を歩くアリアに軽く脛を蹴られた。


「よそ見すんな。美人連れてんのに」

(……おお、俺にも牽制が入るのか)


 新鮮な驚きだった。思わず顔がにやけてしまう。すると、「何笑ってるんだよ」と睨まれた。そんな顔も、すごくかわいい。


 よそ見をするな、と言われたので、せっかくだからじっくりと横顔を拝見させてもらうことにした。暗いのであまりはっきりは見えないが、薄くメイクを施しているせいか、いつもよりも表情が柔らかく見える。顔を縁取るきれいな銀の髪も、ほんの少し毛先だけ巻いてあって、すごくかわいい。語彙力が足りなくて申し訳ないが、本当にかわいい。


「……あんま見んな」

「よそ見するなって言ったくせに」


 ここぞとばかりに言い返すと、む、という顔をして少し黙った。バツが悪そうに、視線を反らして髪を耳にかけたりしている。セイアとしては永遠にこんなやり取りをしていてもいいのだが、せっかくのデートで機嫌を悪くされてもつまらないだろう。

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