その19
次々と紙袋から包みを取り出しているアリアに、ラトスは「それでこれは」と言いながら、小さな花束を差し出した。黄色のバラをメインにかすみ草などをあしらった、これまたかわいらしくおしゃれなブーケだ。
「……カイアからだ。ごめんなさい、とさ」
嬉しそうに菓子を眺めていたアリアの様子が、一気に硬化した。ぱっと両手を後ろに回し、かたくなな表情でラトスを睨む。
「受け取りませんよ、俺は」
「いや……頼むよ、渡しといてやるって言っちまった。な、俺の顔を立てると思って、形だけでも」
「いやです。受け取ってもゴミ箱直行ですよ、それじゃ花がかわいそうでしょう」
ラトスは、弱り切ったようななんとも情けない顔でセイアを見た。
「セイア、何とか言ってやってくれよ」
「すみませんけど、俺も同意見です」
間に入って困っているラトスには申し訳なかったが、面白くないのはセイアも一緒だった。ちゃんと謝れ、と言っただろう。こういうことじゃない。
「はいはい、じゃあここは、とりあえず私がもらっておくわ。いいでしょ、アリア。私が勝手に代わりに受け取ったってことで」
見かねた様子のシルヴィアが、明るい声で割って入ってくれた。ラトスは目に見えてホッとした表情になり、シルヴィアに花束を手渡した。
「いいんですか。すみません、押し付けて」
「いえいえ。かわいい花束だわ、お店に飾りますね」
シルヴィアはそう言うと、ちらりと横目でアリアの様子を伺った。不貞腐れてはいるが、シルヴィアが受け取ることにまで異を唱える気はないようだ。
「……できるだけ、俺の目の届かないところに飾って」
「分かったわよ。……それにしても難儀な子だわね。女には花でも贈っとけばいい、とか思ってるんでしょうねぇ」
シルヴィアがどこまで事情を知っているのか分からないが、彼女は苦笑いのような表情でそう呟くと、「ちょうどいい花瓶、あったかなぁ」と二階へ向かった。
黄色いバラの花言葉は何だっただろう。確か『友情』とかだった気がする。何が友情だ、色情魔め。
そんなことをセイアが考えていると、拗ねて横を向いているアリアにラトスが声をかけた。
「アリア、悪いが茶を入れてもらえるか。ちょっと、喉が渇いた」
「……分かりました」
アリアがキッチンへ向かうと、セイアとラトスの男二人が残された。ラトスは、セイアの向かいの席に座ると、
「おまえには、これな」
なぜか声を潜めて、薄い封筒に入った何かを手渡してきた。なんだろうといぶかしく思いながら、そっと封筒の中身を引き出してみて、セイアは思わず軽く息を呑んだ。
「え、これって、でも」「頑張れ」
いやそう言われても、と思いつつ、封筒とラトスの顔を見比べた。
「振られたんですよ、俺。言いましたよね?」
「見込みがあるから頑張れって言ってんだろ。だいたい、おまえは押しが足りないんだよ」
こそこそとそんなやり取りをしていると、大きめのティーポットにお湯をいれ、いくつかのカップをトレイに乗せて、アリアが戻ってきてしまった。彼女はトレイをテーブルに置くと、セイアの前にある封筒に目を遣り、分かりやすく眉をひそめた。
「ラトス様、セイアに何の賄賂を渡してるんですか。……ひょっとして、エロい写真とか?」
「ああぁー……よく分かったよ、おまえの俺に対する評価が底辺だってことが」
セイアは慌てて目の前の封筒を上着のポケットに入れ、「スープごちそうさま」と言うと、空いたどんぶりを持って厨房へ向かった。
(どうしたもんかなぁ、こんなものもらっても……)
流しにどんぶりを置き、思わず上を向いて考え込んでいると、軽く上着の裾を引かれた。驚いてそちらを見ると、もの言いたげな顔でアリアが佇んでいた。
「な、なに?いや、そんないかがわしいものはもらってないよ?」
「そうじゃなくて。……あのさ、セイ、あとで……少し、話せる?」
小声で、そう言われた。つられてセイアの声も小さくなる。
「ええと、それは、今じゃなくて?」
「うん。今はラトス様もシルヴァもいるし、その……二人きりで、話したい」
二人きりで、という言葉に、単純ながら心拍数が跳ね上がった。真面目な顔でセイアの答えを待つアリアを見て、心が決まった。
これはもう、勝負に出るしかないんじゃないだろうか。一度振られたのに未練がましいとか、言っている場合でもないだろう。むしろ、一度振られているのだから、もう怖いものなど何もない。
「じゃあ、今日の夜空いてる?」
なぜか告白の時よりもドキドキした。断らないでくれ、と祈りながら急いで続ける。
「年越し花火の観覧チケット、ラトス様にもらった。一緒に、行かない?」
今日は大晦日で、この町では大晦日恒例の年越し一大イベントがある。日付が変わった瞬間に上がる花火を楽しみに、多くの人が広場に集まるのだそうだ。いろいろな出店が出て、大道芸のパフォーマンスなどがあり、それだけでも楽しめそうだが、やはり目玉は花火。広場から少し坂を上った先に古いレンガ造りの瀟洒な館が建っており、普段はレストランなのだが、この年越しイベントの際にはチケットで人数制限をしたうえで、屋上やバルコニーから花火を見るための観覧席を設けている。
と、ここまではセイアもガイドブックなどで下調べをして知ってはいたのだが、西国に着いた時点でチケットはすでに完売していた。そもそも、昨日告白して振られた時点で、花火にも誘えないだろうと諦めていたのだが。
アリアは、セイアが封筒から取り出したチケットを戸惑うように見たあと、セイアをまじまじと見つめた。
「これはさ。デートに誘われてるって認識で、合ってる?」
「あ、合ってる」
声が上ずるのを何とか抑え、大きく頷いた。しかも、年越しデートだ。深夜と呼べるような時間帯に、長時間連れ回すことになる。
アリアは口元に手を当て、しばらく考え込んでいた。さすがに無理か、と思いかけたその時、彼女はおもむろに「分かった」と告げた。
「分かった、行こう」「え、ほんとに?」
思わず聞き返すと、意外なほど力強く「うん」という答えが返ってきた。
「時間って、何時くらいにする?ここに迎えに来てもらう形でもいい?」
「いいよ、もちろん。夕飯とかはどうする?」
突然の降ってわいたような幸福に、浮足立つような気分だった。少し早めに集合して、夕食は出店で適当なものを食べよう、という話に落ち着いた。
「楽しみだな、花火デート」
チケットを手に嬉しそうに笑うアリアを見て、何だかよく分からなくなってきた。
(ちょっと待て。俺、ほんとに振られたんだよな?)
だが、あまり掘り下げて考えることは、今はしたくなかった。アリアが話があると言ったのだ。デートの間に、アリアの方から話をしてくれるだろう。それまでは、せっかくの機会なのだから、思い切り楽しむべきなんじゃないだろうか。
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