その18
次の日、セイアは生まれて初めて二日酔いというものを体験する羽目になった。
昨日はあの後、ラトスに宿泊先のホテルの前まで送ってもらった。酔いと疲れで、自分だけではかなり心もとない状態だったのだ。二人乗りワープを使うと酔いが一気に加速してしまうので、何とか徒歩で辿り着いた。最後のアレが何だったのか、結局アリアに聞けずじまいだった。
(でも、酔った俺の幻覚かもしれないし)
とにかく朝起きたら頭がガンガン痛み、気持ちが悪くて動けない。水だけ飲み、ホテル側の好意で飲み薬を頂いて、午前中はひたすら寝ていた。昨日、飲んだ後あれだけ動くことができたのが不思議で仕方がない。
そうやって昼頃まで過ごすと、どうにか体が回復した。まだ食欲はないものの、頭痛も収まり、歩き回れるようになった。そうなってみると、またアリアに会いたい気持ちが当たり前のように湧き出てくる。
(振られたのに、しつこくないか、俺。でも『どう見ても惚れてる』とか、カイアのヤツに言われたし。……ほっぺにキス、されたような気がするし)
ぐるぐると考え続けた結果、また『アルテミス』まで来てしまった。こうなってはもう仕方がない。図太さの勝利だ。
「こんにちは……」
心なしか小さな声で呼びかけながら扉を開くと、思ったよりもすぐ反応があった。
「お、やっと来たな、酔っ払い」
キッチンから顔を出したアリアにそう声を掛けられた。そんなに酔ってない……と言いたいところだが、今まで二日酔いで寝ていたので、何の説得力もない。
「昨夜はごめん。いろいろ……迷惑かけて」
「ほんとだよ。っていうか、心配した。あんまり慣れないこと、するなよな」
軽く睨まれた。慣れないこと、はケンカなのかやけ酒なのか。何となく、振られたという実感があまり沸かない。こうやって話していても、すごく距離が近くて、睨んだ大きな瞳を縁取る長いまつ毛まではっきりと見える。
「シルヴィアさんは?」
「ちょっと出かけてる。おまえ、メシとかは?」
「いや……さすがに、食えなくて」
そう答えると、彼女は「だと思った」と頷いた。
「でも、消化のいいものとか、少し腹に入れた方がいいぞ。スープとか飲む?」
「え、それは嬉しいけど」
戸惑いながら答えると、
「じゃ、ちょっと待ってて。その辺に適当に座って」
と言い置いて再びキッチンに戻っていった。そう言われてみると、確かに何か店内全体にふんわりといい匂いがする。
テーブル席に座ると、それほど待たずに湯気の立つスープが出てきた。
「いただきます……」
アリアが作ったのだろうか。おそるおそる一口飲んでみる。大根とねぎと生姜の入った、香りが良く、すっきりとした優しい味わいのスープだ。食欲のない弱った胃でも受け付けてくれる。大きめのどんぶりだが、これなら全部食べられそうだ。
「何これ、すごくうまい」
「そう?なら良かった」
無心でスプーンを口に運んでいると、不意に入口の扉が開く音がした。首を巡らせてそちらを見ると、肩を寒そうにすぼめてシルヴィアが帰ってきたところだった。
「お帰りなさい、お邪魔してます」
「ただいま。セイア、来てたのね。聞いたわよー、昨日は大変だったわね」
あーあったかい、と薪ストーブに近付きながら、シルヴィアはセイアに笑いかけた。セイアは返事に困って、あいまいな愛想笑いを浮かべた。シルヴィアが、アリアにどこまで聞いているのか分からない。いろいろと、知られたくないこともあるのだが。
「なんだかおいしそうなもの、飲んでるわねぇ。アリア、わたしももらっていい?外が寒くて、あったかいものが欲しい」
「はいはい」
アリアがシルヴィアにスープを運んできたのとちょうど同時くらいに、出入り口の扉が開いた。
「シルヴィア、急にごめん!ハシゴ貸してくれる、高窓拭くのに使いたくて」
シルヴィアよりは少し年上の体格のいい女性が立っていた。おそらく近所の住人だろう。今日は大晦日だ。ホテルからここまで来る間にも、新年の準備のために忙しく立ち働いている人を多く見かけた。昼過ぎまで寝ていたセイアは、何となく肩身が狭い。
「いいわよ、今出すわね」
「いいよ、俺が行く。外の物置のやつでいいんだろ?シルヴァはそれ食べてて」
立ち上がろうとしたシルヴィアを制して、アリアが入口に向かった。
「悪いわねー、アリア。じゃ、ちょっと借りるわねー」
アリアが女性と一緒に出ていくと、シルヴィアが「ねえ」と声をかけてきた。
「……アリアと、何かあった?」
ドキリとしたが、平静を装いながらスープを食べ進めつつ、質問で返してみた。
「何かあったように、見えますか?」
「見えないんだけどね。でも、昨日の夜遅くなってから友達に電話かけて、だいぶ長い時間話してたのよ、あの子。何か相談でもしてたのかなぁって。かと思ったら、今日は朝からキッチンにこもって、レシピを見ながら一生懸命スープ作ってるし。おいしいわね、これ」
「………」
答えに困り、スープに目を落とした。食べていくうちに、ネギとは違う細い草のような野菜が入っていることに気付いた。レファ草だ。消化を助ける効果があることで知られていて、やや苦みがある。北国では珍しい香草だが、西国では一般的なのだろうか。
(俺のために作ってくれたって、思っていいのかな)
ぼんやりしていると、また扉が開く音がした。アリアが帰ってきたのかと顔を上げたが、そこに立っていたのは昨日知り合いになったばかりの壮年男性だった。
「こんにちは、お邪魔します。おっ、セイアも来てるのか、ちょうどよかった」
ラトスは、手に小さな花束と紙袋を持っている。セイアの顔を見て、少し相好を崩した。セイアは慌てて立ち上がって挨拶を返した。
「こんにちは。昨日は、いろいろご迷惑とご心配をおかけしました」
「まあ、座っとけ。昨日のことは俺の責任でもあるからな。無茶させて悪かった。大丈夫か、体調は」
「お陰様で、何とか持ち直しました」
「ラトスさんも座ってください。何か飲まれます?」
シルヴィアも立ち上がった。おかまいなく、などとラトスが答えているうちに、再び扉が開いてアリアが帰ってきた。彼女はラトスの姿を見ると、わざとらしく顔をしかめた。
「ラトス様、また来たんですか。何の用事ですか」
「おまえ、ご挨拶だなぁ。せっかく再会できた娘の顔を見たいと思うのは、親心だろうが」
微妙に面倒くさく絡んでくるラトスの言葉を適当に聞き流し、アリアはセイアの隣の席に座った。その彼女に、ラトスが「ほい」と紙袋を差し出した。
「……何ですか」
「ご機嫌取り。適当に友だちと分けて、食ってくれ。シルヴィアさんも、よかったら」
アリアは顔をしかめたまま、紙袋を開けて中の物を取り出した。とたんに、横で興味津々に見ていたシルヴィアから歓声が上がった。カットされたドライフルーツに半分ほどチョコレートを掛けたものが、透明セロファンとリボンでかわいらしくラッピングされている。包装は紙が当たり前だと思っていたが、これはずいぶんと洗練されておしゃれな印象だ。
「好きだったろ、これ」
「まぁ、好きですけど。よく覚えてましたね」
「うまいと思うぞ。俺は食ったことないが、中央国でも有名な菓子屋らしいから」
包みはフルーツの種類ごとに分けて、いくつも入っている。相場がよく分からないが、たかが菓子とはいえ、高級そうなことはセイアにも分かった。




