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その13

 なぜ声が出たかと言うと、それがあまりにもベタな感じのカップルだったからだ。


 特に男の方は、まさに絵に描いた様な美少年だった。淡い金髪に青い瞳、洒落た細いフレームの眼鏡をかけた彫の深い顔立ちには、いかにも女性を虜にするような甘い微笑が浮かんでいる。連れの女性は彼に夢中らしく、しなだれかかるように隣に張り付いて熱い視線を彼に注いでいた。年末の寒い時期だというのに、あまり品のいいとは言えない薄いセクシーな服を身に着けた女性は、柔らかなバストラインを惜しげもなく晒して、こちらにまで届くような甘ったるい香りを漂わせている。


「すごいなぁ。ああいう男の妄想を具現化したみたいにモテる人、実際にいるんですねぇ」


 セイアは酔っていることもあって、馬鹿正直な感想をラトスに向かって述べた。大して興味もなさそうにそちらを眺めたラトスは、そこにいる少年を見て「げっ」とカエルのような声を漏らし、一気に酔いが覚めたような表情になった。


「―――――最悪だ。おまえ、あんまりあっち見んな」

「え、まさか知り合いですか?」

「……擦れて根性曲がったろくでもないヤツだよ。こら、あんまり見るなってば」


 そう言われて目を反らそうとしたが、その前に少年の方がこちらへチラリと視線を送り、一瞬目が合った。彼はセイアから、顔を隠すように隣に座るラトスの方へと視線を動かし、軽く目を見開くと、何やら意味ありげにニヤリと笑った。


「あ……すみません、気づかれちゃったかも」

「ほらみろー、どうすんだよ。絶対こっち来るぞ、あいつ」


 ぼやくラトスの言葉を裏付けるように、少年は女性に向かってにこやかに何かを告げ、密着していた身体を離した。女性は抗議するように彼の腕に取りすがって何か訴えている。それなりに距離があるのでよく分からないが、『用事ができた、また今度』『嫌よ、行かないで』というような三文芝居じみたやり取りに見えた。すると、彼は困ったように微笑みながら、外套のポケットに手を入れると何か取り出し、女性の腰の辺りにそれを押し付けて、耳元で何か囁いた。


(うわー……嫌なもん見たなぁ)

 慌てて、今度こそちゃんと目を反らした。もちろん、よく見えないし聞こえないので『何か』としか言えないのだが……手渡したものは、畳んだ紙幣か、それともホテルのルームキーだろうか。これがもう少し大人の男性なら見方も多少変わるだろうが、セイアと同い年くらいの少年にしては、あまりにもすべてが手慣れていていやらしい。


「誰なんですか、あれ」

 小声で問いかけると、ラトスがそれに答える前に、後ろから声がかかった。


「ラトス様じゃないですか。奇遇ですね、こんなところで会うなんて」

 振り返ると、金髪の美少年がすぐ背後に立っていた。近くで見て、少し驚いた。……耳が、尖っている。ラトスを様付けで呼んでいるなら、セラディ・ソーサラーズ関係の魔術師だろうか。


 出入口の方からドアベルの音が響き、どうやら連れの女性は店を出たらしい。ラトスはげんなりした顔で仕方なさそうに振り返り、少年の方を見た。


「奇遇とか、よく言うよ。おまえ、今夜の女を現地調達中だろ。いいのか、ほったらかして」

「いや、だってこっちの方が面白そうでしょ。なかなかラトス様と飲む機会なんてないですし。大丈夫、彼女には先にホテルで待ってるように言いましたから」


 いかにも作ったような笑顔でそんなことを言い、彼はセイアの隣のスツールに腰かけた。セイアより身長が高く、長い脚を見せつけるような姿勢がいちいち癪に障る。

「どうも、初めまして。俺はカイア・トリス、君は?」

「……セイア・バトルです。初めまして……」

 あまり名乗りたくなかったが、向こうが名乗っているのに無視もできない。セイアの名を聞くと、彼はわざとらしく驚いた様子を見せた。……これは、正体を知られているだろうか。


「カイア、おまえセイアにからむなよ。一杯だけおごってやるから、それ飲んだらさっさと女のところへでも戻れ」

ラトスは苦い顔をしてカイアと名乗る少年に声を掛けると、追加で酒の注文をした。

「え、冷たくないですか。せっかくラトス様のこと追いかけてここまで来たのに」

「……さっきは奇遇とかいったくせに、変わり身が早いな。だいたい追いかけてないだろ、おまえ。先回りしてこっちに来たんだろうが。俺の耳に入ってないでもと思ったか」


 すごむようなラトスの言葉に、カイアは悪びれた様子もなく「怖いなぁ」と笑って、出てきた酒を受け取った。

「ラトス様がもたもたしてたんでしょ。俺はほら、フットワークが軽いから。……セイアはさ、ラトス様とはどういう知り合いなの?」


 ふいに話を振られ、セイアは戸惑いながらそれに答えた。

「どういうって言われても。知り合いに紹介されて」

「へーえ。共通の知り合いがいるんだ?もしかしてアリア・コーダ?」

「……えっ?」


 思わず、声が裏返った。なぜアリアを知っているのか、そしてなぜここでアリアの名前が出てくるのか。グラスを口に運びながら、意味ありげにずっとニヤニヤ笑っているのも気になる。問い詰めようとしたが、ラトスがそれを遮るようにセイアの腕を掴んだ。


「ちょっと抑えろ、セイア。……カイア、一応言っておくが、おまえが何したか俺は知ってるぞ。セイアとケンカでもする気か?」

「いや、まさかぁ!俺だってこいつが誰だか知ってますよ?あははっ、こいつとケンカなんかしたら、俺殺されちゃうじゃん」

「――――――!」

 立ち上がりそうになったが、何とか堪えた。物理的にも精神的にも、ラトスに片腕を掴まれていたことが大きい。


「あ、もしかして君、アリアの彼氏とか?いや、そういう感じでもないかな。美人だよねぇ、彼女。俺はもっと、胸とか腰とかでかいのがタイプだけど」

「黙っとけ、カイア。なんでおまえは、いつもこう……」


 ラトスは疲れたようにそこまで言った後、ふと言葉を切り、「待てよ」と呟いた。セイアの腕を離し、思案するように手を口元に当てる。


「そうだなぁ……そういうことなら、やるか?ケンカ」


 え、と思ってラトスを見ると、大真面目な顔でセイアの方を見返した。ケンカ?自分が?

「い、いえ、なんで俺が。そもそも俺、攻撃魔法とか使えないですよ?」

「捕縛とワープはできるだろ。他にも、自分が使えないと思ってるだけで、隠れた能力とかあるかも知れん」


 急な話の展開に、隣のカイアが慌て始めた。今までは余裕のある様子だったが、やっと妙な笑い方を止め、不満そうにラトスの方に向き直った。


「ちょっと待ってください。俺だって嫌ですよ、ケンカなんか。だいたいなんでこいつと」

「うるさい、もとはと言えばおまえが余計なちょっかい出してきたんだろ」

「いや、俺も別にケンカするつもりはないですけど」

 セイアが言うと、ラトスはチラリとセイアの方を見てため息をつき、カイアに向かって顎をしゃくって見せた。


「じゃあ教えてやる。……こいつはな、昨日の夜、アリアに手ぇ出したんだぞ」


 ガタン、という大きな音がした。自分が椅子を蹴って立ち上がった音だと気づくのに、一瞬だけ時間を必要とした。


(……こいつかー……)


「いや待ってくださいよラトス様。手出したとか、オーバーだなぁ。ちょっとあいさつ代わりにキスしただけでしょ」

「ご丁寧に捕縛かけてな。言っておくが、俺もかなり怒ってるぞ」


 焦ったようなカイアの声と低いラトスの声が、少し遠くに聞こえた。先ほど目にした、アリアの寂しそうな後ろ姿を思い出す。元気のない横顔と、傷ついたような大きな瞳も。

 他にも何かあるのかもしれない。振られた自分にも、何か理由はあるのかも。でも、アリアにあんな顔をさせていた原因の一つは、間違いなくこいつだ。

 気付いた時には、生まれて初めて人の胸倉をつかむという行為をしていた。


「―――――キスだけとか、どの口が言うんだよ」

「はぁ?別に、おまえの女じゃねぇんだろ。そっちこそ何様だよ。あ、『北国の悪魔』様か」


 胸倉をつかまれ、カイアの口調と態度ががらりと変わった。こっちが素か。

 一歩詰め寄ろうとしたところ、間にラトスが割り込んだ。

「よし、二人ともやる気は十分だな。移動するぞ、ここでやらかすと店に迷惑がかかる。おい親父さん、この近くに空地とかあるかい?」

 セイアはカイアから手を離すと、彼を睨み据えたまま、大きく息を吐き出した。ラトスは、地元民と思われる他の客から、広そうな空地の場所を聞き出している。

 ケンカなんて、したことない。でも、ここは絶対に引けない。今まで感じたことのない怒りと高揚感で、指先が震えた。


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