その10
(※その10から、セイア目線でのストーリーとなります。)
アリアの様子がおかしい。セイアはぼんやりと考え事をしながら『アルテミス』までの道のりを辿っていた。
セイアは、二カ月ほど前にアリアと知り合った。西国のリスト大学を受験したセイアは、大学の不合格が分かるとすぐに生まれ故郷の北国へ帰ったのだが、アリアとは二カ月の間ずっと電話でやりとりを続けていた。だいたい一週間に一度くらい、こちらからかけたり、向こうからかかってきたり。親代わりの叔母には電話が長いだの電話代がかかり過ぎるだのと小言を言われながらも、それは楽しい時間だった。
(この間の電話の時には、わりと普通だったと思うんだけどなぁ)
できたら、今回の訪問で告白したいと思っていた。勝算は……正直、まあ五分五分くらいかとは思ったが、それでもそれなりの好意と手ごたえとを感じていた。あれは、自分の妄想だったのか。
今日の午前中、ラトスとの再会の後、財布を届けにラトスを追いかけて行ったアリアは、しばらくして『アルテミス』に戻ってきた。いつの間にかワープで二階の寝室へ戻っていた彼女は、『体調がすぐれない』という一言を言い訳のように告げた後、寝室に引きこもってしまった。体調がすぐれないのは事実かもしれないが、それ以上に、少しだけ顔を見せたアリアが明らかに泣き腫らした目をしていたことが気になる。
(悩みとかあるなら、俺に相談してくれたっていいのに)
西国にいる間は、できるだけ長くアリアと過ごしたいと考えていたのだが、こうなっては仕方がない。午後は、リスト大学を受験する際にいろいろアドバイスをもらっていた知り合いを訪ね、来年もう一度受験をしようと考えている旨を告げた。人のいい彼は、突然のセイアの訪問を驚きつつも歓迎してくれ、相談にも乗ってくれた。
「もう一回、リスト大で再チャレンジする気なの?」
「はい、できれば。今年の受験で、だいたいの傾向もつかめたと思うので」
セイアがそう言うと、彼は考えるように上を向き、やがてにっこりと笑うこんな予想外のことを言った。
「確かにそれはそうだけどね。でもセイア君は、大学で何を学ぶつもりなの?」
「それは……漠然とですけど、医学的なことが学べればいいかな、と」
「うん、前もそんなこと言ってたよね。でもリスト大は、医学系の学問は少し弱いよ。もちろん悪くはないと思うけど、そっち方面に進むなら、むしろスライディルの方がいいかも」
スライディル大学は、中央国屈指の大学だ。規模とレベルの高さでは、リスト大学と肩を並べる。セイアもその辺りは情報として知ってはいるが、生活にかかる負担が桁違いのため、最初から狙いの範囲外だった。
「スラ大、ですか。考えてもなかったですけど」
「まあね、中央国に行こうと思うと生活費もバカにならないし、そもそもスラ大は学費も高いしね。でもセイア君は、魔術師で治癒能力もあって、そっちの力を生かせる職種に就きたいんでしょ。だったら多少の負担はあっても、選択肢として考えるべきじゃないかなぁ」
うーん、と思わず腕を組んで考えてしまった。確かに、大学で学べること以外でも、先々病院に勤務すると考えると、勤め口は中央国の方が多いだろう。彼の言うことはもっともだとは思うが、あまり気乗りがしない。費用の心配ももちろんあるが、それ以上に引っかかることがある。
「それとも、西国にこだわる何かがある?あ、もしかして女とか?」
突然くだけた口調で、目下のところ一番気になっていることを指摘され、セイアは言葉を失った。頬の辺りに、熱が溜まっていくのを感じる。何か言わないと、と焦れば焦るほど、頭の中に何も浮かんでこない。
「あ、えーと……冗談だったんだけど、ホントに?セイア君、面白いねぇ。嘘も隠し事も下手なタイプでしょ」
「いや、まさかそんな。自分は学業優先で、色恋沙汰とかまったく何の縁もなく」
「あっはっは、もう遅いよー。そうかそうか、西国に女がいるのかー!」
めちゃめちゃ笑われた挙句、まあ受験はともかくそっちはそっちで頑張って、と大してアドバイスにもならないようなことを言われて放り出された。
……そして、今はその帰り道。こうやって彼とのやり取りを思い返していると、前にアリアに同じことを言われたことを思い出す。
(嘘も隠し事も下手そう、か)
ある意味、当たっている。基本的には、あまり得意ではないと思う。
でも、実はずっと大きな隠し事をしている。地元の人間には周知の事実なので隠すこともできないのだが、よその地で初めて出会った人たちは、多分何も知らないはず。
その大きな隠し事は鉛のように胸に沈み、だが離れることなくずっと胸の中にあるために、徐々に重さを意識しなくなっている。まるで、自分の一部のように。
アリアに告白するのであれば、この隠し事も話さなくてはならないだろう。これを黙ったまま、好きになってもらおうとするのは卑怯だ。だがいったい、どう切り出せばいいのだろう。実は隠してることがあるんだけど、って?
(そんな世間話みたいに言えるんだったら、今までの電話のどこかのタイミングで言ってるよなぁ)
思わず、大きなため息が出た。




