p.??-07 初雪の思い出も積もってゆきます
朝方より冬の薫りをまとわせていた雲は、昼過ぎになってちらちらと白い雪を落とし始めた。
そのとき魔女は窓辺の椅子に座り、手仕事をしながら何度も窓から空を見上げていた。気合いの入ったその視力により、外気に触れている家よりも早く一番雪を発見したのである。
*
「ふふ、こうしていっしょに集めれば、初雪の思い出も積もってゆきますね」
約束通りに魔術師と合流したところで魔女がはしゃいでいると、魔術師は木々の隙間から空を見上げながら「さてな」と薄い笑みを浮かべた。
思っていた反応と違うぞと魔女もいっしょになって見上げ、あることに気づく。
「わ……雲が薄くなっています……」
「すぐにやみそうだな。手分けして必要ぶんだけでも採集するぞ――おい、なぜマントを脱ぐ?」
「風を受けてしまうので、預かっていてくれますか?」
雪の採集は魔法を使っても可能だが、より自然な甘さを求めるならば、瓶で受けるほうがよい。そして長年初雪を集めてきた魔女は、まだどこにも触れていない雪の結晶を見極めて素早く小瓶へ納めることが大得意なのだ。
この雲の薄さでは手伝ってくれる雪の妖精もほとんどいないだろう。
つまり、どれだけ速く動けるかが大事だということ。
「わたくしの飛行技術をお見せする時がきたようです」
木の枝を組み合わせたような意匠のマントの下には、火の精に加護を込めてもらった桃色のセーター。これだけでもじゅうぶん暖かい。
長い髪も後ろで束ねれば、気合いもじゅうぶん。
箒にまたがり、艶やかな柄をしっかり握りこむ。反対の手の指には小瓶を挟んで準備は完璧。湿った落ち葉ごと、土を蹴る。
びゅん、と。突風が生まれた。
葉を落とした枝の茶色や、針葉樹の深い緑の中を、鮮やかな葡萄酒色が縦横無尽に飛び回る。森を司る魔女らしい傲慢さで、どんな木々も彼女の飛ぶ道を邪魔することはないと理解して。
あまりの速さに残像がにじみ、まるで果実の成ったよう。
あっというまに三つの小瓶を初雪でいっぱいにした魔女は、わずかに息を乱しながら魔術師に見せつけた。
「どうですか? とっても、速かったでしょう? ……っ、くしっ」
汗ばんだ体に森を抜ける風が当たり、反射的にくしゃみが出る。
唐突だった。
なぜか魔女は、暖かいものに包まれた。
「……魔術師さん?」
近すぎるがゆえに見上げることもできず、呼びかけてみるが返事はない。代わりに頭へ触れてくる手が、結わいていた髪をそほりと解いた。
魔女を包む暖かさは、そのまま。
「しゅ、収納されてしまいました……」
「握ったままだと溶けるだろ」
そこで魔女は、いつのまにか取り上げられていた小瓶に気づく。せっかく集めた雪が溶けてしまわぬよう、しまってくれたらしい。
(……っ、そうだけど、そうじゃないわ)
意を決し、今度は「ま、マントをありがとうございました」と、預けていたマントを返してもらうよう小さな声でせがむ。
が、応えは魔女を包む黒いマントに、力が込められただけ。
(な、な……なんて。なんて、熱いのかしら!)
どくどくと体中を駆け巡る音をどれだけ聞いていただろう。あるいは、一瞬だったのかもしれない。とにかく、あまりの展開に、魔女の頭が茹だる寸前だったことはたしかだ。
そうしていっぱいいっぱいになったところで、ふ、と柔らかな吐息がこぼされた。同時に魔女は解放され、預けていたマントも返される。
「慣らす必要がありそうだな」
なにを、と問うことなど、当然できなかった。
ただ無言で魔術師を見上げれば、曇天のもとに影はやわく落ち、彼の鋭い色彩や表情もいくばくかやわらいで見える。
そこへ、かすかな光が差し込んできた。
「あ……雪が、やんでしまいました」
「……間一髪だったな」
互いになんとも言えぬ顔で見つめあう。
小瓶三つぶんという貧相な成果を、その甘さはゆうに超えていた。