p.??-04 伝えたいことがあると気づきました
その日、魔女は祝祭の贈り物について頭を悩ませていた。
(わたくしが旋律のノイバラの森を使いたいと言ったとき、魔術師さんはちょっぴり嬉しそうだったわ)
相手を思って贈り物をするとき、そこにはいくばくかの期待が添えられる。
もちろんそれが相手にとって必ずしも幸いなものになるとは限らないが、自分と夜の魔術師のあいだに、無粋な邪推はいらないのではないかと思えた。
最初の祝祭で贈った宝石を、彼がブローチにして時おり着けていることを知っている。
去年贈った魔法のペンは、日常のふとしたサインに使われていることを知っている。
人間が髪の毛を食用にしないと確信できたのは、魔女の髪へ向けられる魔術師の視線、それが彼からの贈り物である髪飾りの有無を確認するためだとわかったからだ。最近では、いつもの白い小花の髪飾りとあわせて着けることも増えた。
(贈り物を貰うことだけでも嬉しいけれど、それを使うときだって、なんども嬉しい気持ちになれるのだわ)
でも、と魔女はため息をついた。
哀愁のこもった息はかすかにきらめく。ちょうど窓の向こうを飛んでいた雀がその光につられよそ見をして、大きなトウヒの樹にぶつかったのを、魔女の家が「やれやれ」と見ていた。
「ほら。君が悲しんだら、世界じゅうの森もやつれてしまうよ」
「……そう、ね」
何度も、なんども。自分が魔女で、夜の魔術師は人間なのだと自分に言い聞かせてきた。
たった数十回の贈り物に、なにを込めたらよいのだろう。
残忍な夜の魔術師に森を損なわれないよう願ったときとも、彼の温かさを知り、もっと仲良くなりたいと感じたときとも違う。
(わたくしは、わたくし自身がどうしたいのか……わからないのね)
これまでも、魔女の物語はその先の空白になにがあるのか、わからなかった。それでもただ漠然と進んでいれば、魔女の歩んだところに 物語は生まれたのだ。
けれども今は違う。はたして終わりはどこにあるものか。魔術師の物語が終わったあと、自分の物語は?
――きっと変わらず、続いてゆくのだろう。
それがとても。
とても、悲しいことだと思った。
「君がそうやって悲しんでいることを、あの夜の子は知らないんじゃないかな」
ひんやりした声色の、けれど魔女にだけは甘く垂らされる家の言葉に、魔女は「教えてしまって、いいのかしら」とテーブルに突っ伏した。
掬いあげるような、笑う気配が降ってくる。魔女もつられて笑った。
以前は人間の心など書き換えてしまえばいいと考えたことすらあるのに、今は、彼が純粋なままに見せる心を知りたいと思うのだから。
『最近はどうしても祝祭のことばかりを考えてしまいますね。今日は、魔術師さんに伝えたいことがあると気づきました』