p.??-24 贈り物が渋滞しています
それは星よりもやわらかく、冷たく。そして儚く降っていた。
雪が降っていた。
可憐な旋律を紡ぐノイバラたちはほのかに白い化粧をまとい、りん、しゃらん、と鈴の転がるような声を聴かせる。
「こ、これは……?」
雪降りの祝祭がもつ幻のような灯光はこのうえなく美しい。
しかし魔女はいま、別のものに気を取られていた。
「防寒対策は任せろと言っただろ」
「防寒対策、なのですか」
旋律のノイバラの森の中、程よくひらけて祝祭の会場にちょうどよいと考えていた場所には。
なぜか、コテージが建っている。
宵の淡い空から夜の垂れるような、静謐で、それでいてかすかな艶めきを感じる石造りの建物。
さっそく中へ入ると、キッチンやダイニングだけでなく、大きな暖炉のあるリビングや、書斎に寝室、はてには浴室まで揃っている。広さはそれほどないが、内装や調度品から滲み出る設計者の感性はさすがといったところ。
魔女はすぐにでも引っ越したい気分に駆られた。
(なんて恐ろしい攻撃なのかしら)
「生活に必要なものは最低限、揃えてある。数日程度なら滞在もできるだろうな。祝祭が終わったら、たまの気晴らしにでも使えばいい」
「……贈り物が渋滞しています」
「勘違いするなよ。俺も使うからな」
だから贈り物ではないと言われ、魔女は首を傾げた。
(つまり、祝祭期間だけでなく、魔術師さんと過ごす時間が増えるということなのよね)
むしろそれのほうが贈り物なのでは。そう思わずにはいられないが、口にしてしまえば、彼はこの前みたいにぴりりとしてしまうのかもしれない。
魔女はその考えを心のうちにとどめておくことにし、「では本当の贈り物を楽しみにしていますね」と微笑んだ。
「さて、料理を始めましょう!」
「待て、その格好でするつもりか? これを着けろ」
気合いの入ったようすでキッチンに立つ魔女だったが、ここで料理人のチェックが入ることになってしまった。渡されたエプロンを着けているうちに、こちらはもう着用済みの魔術師が手際よく食材を洗っていく。
丁寧に折られたシャツの袖。自分の腕を見下ろせば、セーターを雑にまくっただけ。こちらもきちんとするべきかと迷っていると、ふよんと袖を留めるバンドが飛んでくる。
礼を言い、使い込まれた革の質感がこなれた雰囲気のそれを着けた。
「布巾はそこ、調理器具はこの中だ」「岩塩の種類が、こんなに……」「ほう、魔法だと筋をそう断ち切るのか」「オーブンを温めますね」「使わないならもう洗っておくぞ」
初めのうちはどこかぎこちなかったふたりの動きも、だんだんと連携がとれてくる。片方が下味をつけているあいだに次工程の準備を。またその隙間には不要なものの片づけまで済ませておく。
魔法と魔術は全くの別物だ。とうぜん、調理にもその違いは現れる。
食材の切りかた、火の入れかた、味の馴染ませかた。
そういった些細で大きな違いを考慮し、ときにはその場で取り入れてしまうのは、やはり魔術師のほうが上手なのだろう。
魔術の緻密な計算で折りたたんでいくパイ生地には、魔女と風の精とのお喋りを。
魔法であっというまにミンチにした豚肉の表面には、魔術的な乱数を付与して楽しい舌触りに。
ミートパイにビーフシチュー、チキンの香草焼き。肉料理は背徳の三種制覇で、仕込みを終えたら森野菜のテリーヌに鮮魚のカルパッチョと、口当たりのさっぱりするメニューに取り掛かる。もちろんデザートの果実タルトも忘れない。
それぞれが持ち寄った食材の由来について教えあうのも、なんて楽しいのだろう。
「身体魚というのは初めて聞きました」
「人間が独自に開発した品種だからな。異形の類いだが、その造形に目をつぶれば、味は特等だ」
「だからお家でカットしてきてくださったのですね。少し気になってもしまいますけれど……」
「やめとけ」
その名称からなんとなく元の姿が想像できてしまうが、世界には知らなくてよい見た目をした生き物がたくさんいるのだ。
魔術師は苦手な造形なのか、思い出すように眉をひそめつつ説明を続けてくれる。
「旨い食材は魔法の濃度の高いことも多いが、 耐性のない人間は口にできないからな。いかに魔法の要素を含まずに味の質を上げるかというのを軸に作られている。それを逆手に取ると――」
「好きな魔法の要素を込めやすくなるのですね」
魔女は、先日魔術師に頼まれていた夜の森の口笛をドレッシングに削り入れた。
*
「祝祭聖樹はどこにしましょう?」
必要な作業はあらかた終えた。あとは魔術師に任せてしまい、魔女は祝祭の飾りつけにとりかかることにした。
まずは全体の重心となる聖樹の位置を決めようと室内を見回す。
「その祝祭聖樹はどこにある?」
「家と同じことを言うのですね。ふふ、わたくしが森の魔女だということを忘れてしまったのでしょうか」
どう考えても魔女の忘れ物を指摘するような口調だったので、魔女がおかしそうに笑っていると、魔術師は若干バツが悪そうに魔女から目を逸らし、「生やすつもりならそう言え」と呟く。
その自分はコテージのことを内緒にしていたのだ。
どこか子供っぽいやり口であるが、また新たな一面を見られたということで魔女は許してやることにした。
かつ、と、靴底が床を鳴らした。
そこから夜の魔術はにじみ、石がひび割れていく。
「幹で穴を埋められるな?」
あっというまに作られた室内花壇に、魔女は「まあ……」と感嘆を漏らし、続いて「さすが、ぴったりの大きさです」と、幹の太さと天井までの高さまで考慮のなされた緻密な魔術を褒める。
「旋律の森の魔女さん、ノイバラの森の魔女さん。少しだけ、土をもらいますね」
もう夜の魔術師が手に入れ、今は森の魔女の土地となったのだから、ことわりは要らないだろう。
それでも魔法を含んだ声で宣言しておけば、繋ぎは確たるものとなる。
ふ、と。
魔女は花壇にささやくような息を吹き込んだ。
森の芽吹きは、森の魔女の息吹。
新たな生命はあえかにひらき、魔女の祝福を一身に浴びる。
贅沢な栄養を吸いあげて成長するその樹は、みるみるうちに枝を増やし幹を太らせ葉をつけた。ドレスの裾の広がるような樹形は剪定の必要もない見事さ。魔女は自分の仕事にうっとりする。
「霜柱の精さん、お願いします」
ぱきり。穴の縁と幹とのあいだ、ごくわずかな隙間から、霜柱の精たちが顔を出した。
えいさ、やいさと幹を叩き鍛えながらぱきぱきよじ登っていく霜柱の精。
「これでよし」
次は小物類だ。持ってきた包みを開けようと魔女が振り向いたところで、こちらを見ていたらしい魔術師と目が合う。
「魔術師さんもお料理が一段落したら、ほら。いっしょに飾りましょう?」
「……火の通り具合を確認したらいく」
テーブルや壁の飾りを終えるころには、祝祭聖樹は立派な氷像となっているだろう。
窓の外では、いつのまにか雪がやんでいた。




