p.??-23 なんだか眠れません
怪我をしたり、病気をしたり、なにかよくない場所に繋がったりということがあってはならない。
そう考え、余計なことはせずできるだけ静かに過ごした一日だった。
気をつけすぎたのだろうか。
とろりとした触り心地の素晴らしいお気に入りの毛布。冬至に干したばかりの、陽光の要素を多分に含んだふかふかの羽毛布団。香草のペーパーショップの店内を真似、落ち着く香りを振りかけた枕。
素晴らしく快適な就寝環境は整っているはずなのだ。
(どうして、眠くならないのかしら)
目を閉じても、瞼の裏ではきらびやかな祝祭の光がちらついてならない。
降り注ぐ星明りに、焚火のような暖炉。そこから火をもらった鍋で、優雅に調理する夜の魔術師の姿……――
まだ見ぬ明日の光景が、魔女が眠りの世界へ向かうことをよしとしない。
「魔術師さん……前夜に眠らせない攻撃を仕掛けてくるなんて。さすがの狡猾さです」
魔術は、言葉にも宿るという。ならばこうして口にすることで解けるかしらと考えた次第だが、いっこうに眠気はやってこなかった。
(言うだけでは、駄目なのかしら)
全身すっぽり包まった布団のなかから、魔女はにょきりと腕を出した。手に取るのは、枕もとのサイドテーブルに置いたメッセージカード。
『なんだか眠れません。瞼の裏で、魔術師さんの攻撃がキラキラしていますので、魔術の解除を要求します!』
『子守歌の催促でもしているつもりか?』
『まあ。歌ってくれるのですか?』
頭まで布団をかぶりながら、これは思わぬ副産物だぞと微笑む。
また少し経ってから、カードが新しいメッセージを受信した。
『あいにく、不特定音声通信の魔術具は持っていないな。寝不足でも勝負に勝てる自信があるなら構わんが、余計なことは考えずに早く寝ろ』
それから、ごくわずかに――ほぼ毎日メッセージのやり取りをしている魔女だからこそ気づけた程度に――筆跡を変えた文字で、こう締めくくられる。
『おやすみ』




