p.??-02 新しいお家を探しているみたいです
何軒めかの空き家の見学を終えたところで、森の魔女は、ほう、と息をついた。
「気に入らなかったのか?」
落とされたのは不安というよりも面白がるような問い。魔女はそんな声の主をぼんやり見あげる。
「いいえ。むしろ逆です。どこも素敵すぎて、とても選べそうにありません」
夜の魔術師との祝祭の勝負。
どちらがより素晴らしいもてなしをすることができるのか。
三回目となる今年は、趣向を凝らし、ふたりで一緒に晩餐を用意することになったのだ。
となれば調整が必要な部分はいろいろと出てくる。本日はその最初の準備として、祝祭を迎える場所決めに来ているのである。
魔術師が見繕ってくれた候補はたくさんあった。
大樹をくり抜いて作られた洞穴の秘密基地に、開花時期を計算しつくされた完璧な庭のある邸宅。時のあわいを美しく滲ませる水平線と向かい合った海辺の小屋。
そんな素晴らしい家々を思い出しながら首を振ると、磨いた黒檀のような瞳はどこか満足げに細められた。しかしその唇は厳しい現実を紡ぐ。
「それは結構なことだが、今年の勝負は祝祭当日だけだからな? 選べるのは一軒だ」
「ふぁ……はい。一軒だけ……」
「ったく。いちど昼食にするぞ」
*
「なんだか、新しいお家を探しているみたいです」
やってきたのは夜の魔術師がよく訪れるというカフェ。
勧められるまま注文したサンドイッチを頬張りながら魔女がそう言うと、魔術師は「ほう?」と片眉を器用に持ち上げる。
「ようやくその気になったか。家の説得は済んでいるんだろうな」
しゃきしゃきみずみずしいレタスと胡椒を効かせたハムが口触りにも舌触りにもよいアクセントになって大変美味だ。そのままうんうんと頷きかけ、しかし魔女は慌てて首を振った。
魔女の家は、喋る。そして魔術師との繋がりにいい反応をしない家の説得をするということは、つまり、そういうことではないか。
「そっ、そういうお話ではありません……っんむ」
中心付近に固まっていたチーズは重いのほか濃厚で、しかし酸味のあるドレッシングが合わさることでくどくなりすぎず、絶妙な調和を保っている。
この酸味はなんの柑橘だろうかと考えていると、向かいに座る魔術師が、じっとこちらを見ていることに気づいた。
(……それなら、どういうお話か、ということよね)
正直なところ、魔術師が考えているような話であるにはあるのだが、それは具体性のある話ではなく、夢物語に近いたとえばの話。
かといってその説明を彼が納得できるようにしてやれる自信は、魔女にはなかった。
魔法を扱う魔女とは違い、魔術師はその言葉の端々に罠を仕掛ける狡猾な人間なのだ。祝祭が勝負である以上、下手なことを口走るのは避けるべきだろう。
「ほ、ほら。森の仲間たちも、たまには家に住んでみたいと思うかもしれないでしょう?」
森の魔女の言い訳技術は、成長の余地があるばかりだ。