p.??-18 夜の魔術師さんのことでしょうか
ねぇ聞いた? 泉の森の儀式の話!
聞いたわ! 恐ろしい魔術の話!
蝋燭の火を吹くみたいにね。
生命の灯火を消しちゃうの。
毎日、毎日よ。
毎日、赤ちゃんがいなくなるの。
恐いわあ。
恐いねえ。
――夜を紡ぐ人間って!
森の魔女は、雪の積もった森の小径をゆっくり歩きながら、きゃあっとはしゃぐ雪の精たちの声を聞いた。
(魔術師さんのことだわ)
雪はあらゆる冬の音を吸収するが、それは噂話を仕入れるためだ。
耳が痛くなるほどの静寂を生む彼女たちは、こうして時おりわっと喋りだす。
誰がとびきりの噂を蓄えたか、どれだけ遠くの噂を持ち寄ったか。競うように繰り出される雪のお喋りは、姦しいという言葉がよく似合う。
ふぁさ、と羽音がした。
木々も地面も雪に覆われた真白の景色のなか、より一層くっきりと白い影が視界に入る。
雪の烟るような羽ばたきに、魔女は、マントの下から手を伸ばした。
「雪フクロウさん」
そこへ軽やかに着地した白いフクロウは、もぞりと胸もとの毛を揺らしながら羽をしまい込む。それから空を閉じ込めたように青い目玉を回し、魔女の目をひとりと見つめた。
「ああ、挨拶がまだだったね」
しまったばかりの羽をふたたび広げ、雪フクロウは片羽を胸の前で折って優雅な紳士の礼をする。しかし折り曲げた体のひだがふくふくと冬毛をうねらせており、魔女の目はそこへ釘付けになった。
(気持ちよさそう……わたくしの腕にとまっているのだもの。ちょっぴり触れるくらいなら許してくれるかしら)
見た目はともかく、貫禄のある口調や仕草をする彼はこの森の管理者だ。森の魔女といえど雑な扱いは許されない。そんな魔女の考えを見抜いたように、雪フクロウは、たしっと足を踏み鳴らした。
「魔女殿はまだ、あの残忍な人間と付き合っているのかね?」
「付きあ……夜の魔術師さんのことでしょうか」
「そうだとも! 前にも言ったが、あれは駄目だ。今はなんだ、残酷な魔術を組んでいるそうじゃないか」
「雪の精たちが噂をしていましたね」
「聞いていたのなら、わかるだろう。みな怯えているのだ。あの人間の魔術は、この森を損ないかねない」
(そうかしら)
魔女は、かすかに目を細めた。
こっくりとした葡萄酒色の瞳がその深さを増し、長命な魔女らしい、達観した傲慢さを見せる。
気圧されるように、雪フクロウは魔女の腕の上で一歩、後ろに下がった。
「わたくしが聞いているのは、人間の子や、季節の妖精の子。それから空に連なる竜の子……みんな、森には直接関係のない存在ばかりでした」
それは魔女の線引きだ。
そして、それを理解した人間の線引きなのだろう。
「この森のことは気に入っていますから、いっしょに住むあなたたちが損なわれることを好ましくは思いません。けれど――なぜ、わたくしの物語に登場しないどなたかのために、魔術師さんのやりたいことを制限しなくてはならないのでしょう?」




