p.??-17 隠し味は下心です
森の魔女の自宅では、時おりご機嫌な鼻歌を聞くことができる。
生成り色のニットワンピースに同色のタイツをあわせ、もこもこと湧く雲のようなカーディガンを羽織った魔女は、鍋いっぱいに作ったクリームシチューをかき混ぜていた。
ふふん、ふふん……――
合いの手を入れるように、時おりぱちんと暖炉の火が爆ぜる。
魔女はそれにあわせて頭を揺らした。淡い色彩の装いに、こっくりとした葡萄酒の鮮やかさが映えている。その幻想的な調和を楽しむことができるのは、今のところ家だけだ。
「その歌は初めて聴いた気がするよ」
「そうだったかしら? 旋律のノイバラの森で、ノイバラたちが歌っていたのよ」
ふん、ふふん。ふふん。
つい口ずさみたくなる可憐な旋律も、祝祭聖樹に飾りたくなる清純なノイバラも、森の魔女は好ましく思う。しかし本来ならば、それぞれ旋律の森とノイバラの森を司る双子の魔女の森に立ち入るためには、歪んだ性癖を持つ彼女らを満足させる必要があった。正直なところ、あのふたりの魔女のことは苦手だ。
それを夜の魔術師は自由に使うことのできる自分の土地として手に入れ、さらに魔女への花の贈り物としたのである。
(対価に披露したのは、とてつもなく残酷な歌だったのだわ)
双子の魔女が求めるのは同族の生き物を殺める歌。にもかかわらず、立ち入り許可どころかひとつの森ごと貰い受けるため、彼はそこへなにを上乗せたのだろう。美しい音階だろうか。甘い言葉だろうか。
いずれにせよ、魅力にあふれた歌だったに違いない。
同じ曲でなくともよい。けれどいつか、夜の魔術師が奏でる音楽を聴いてみたい。
ひそかな希望は、そろそろ魔女のなかで抑えきれなくなっていた。
鍋の火をとめると、いっしゅん、ふわっとやわらかな湯気がのぼる。魔女はそのミルクと香味野菜の香りを吸い込んでから、あまり逃さないようにと蓋をした。
今度はリビングのテーブルに向かい、調整中であるオルゴールの蓋を開く。
ネジを回せば、ぴいん、ぴゃらんと小ぢんまりとした音が鳴る。
ダイヤモンドダストの花から紡いだこの魔法の音は、はたして彼の琴線に触れるだろうか。
『わたくしも、贈り物にひと工夫してみることにしました。もちろん秘密ですけれど、隠し味は下心です、とだけお伝えしておきますね!』
日課のメッセージにはそう送り、森の魔女は、粗熱のとれた鍋から月桂樹の葉を取り出した。




