p.??-16 森の宣伝はやめておきます
白樺の木箱の蓋を開けると、中には乾燥剤とともにぎっしりと葉脈が詰まっている。
カエデにポプラにナナカマド。葉の種類はさまざまであるが、脈の描く幾何学模様がどれも美しい。
納屋に棲む蜘蛛がたいそう棲み処づくりにこだわるため、そこで葉を乾燥させておくと、「自分もあんなふうに」と憧れた葉たちがその幾何学を習得するのである。
それをさらに乾燥させて脈だけを残したのが、森の魔女特製、葉脈フィルターだ。
使い途はいろいろ。料理にはもちろんのこと、魔法の要素にほんのり森の風味づけをしたいときにも重宝する。森の要素で濾過を行えるため、合わない要素を取り除くことまで可能な優れものだ。
満月の夜はけっきょく時間が足りず、メッセージカード作りが進まなかった。
予定では薄く伸ばした月明かりを使ってラップの要領で表紙飾りを固定するつもりだったが、代わりに、月光米を潰した天然糊を使うことにする。
木漏れ月光の竜の涙を濾過しつつ、そろそろ進めなくてはならない会場の装飾作りも平行して進めていく魔女。
「なにかすることはあるかい?」
「ありがとう。でも大丈夫よ。わたくしと魔術師さんの勝負なのだもの」
「……うん、そうだったね」
普段はのんびりと日々をすごすことの多い魔女は、あまり手際がよいとはいえない。見かねた家が手伝いを申し出たが、さすがに遠慮し、暖炉の火を絶やさないようにだけお願いしておく。
そもそも家は家であるので、手伝うなどと言いだすこと自体がおかしな話だが。
「不思議よね。最初はただ、森を損なわないでと伝えたかっただけなのに……」
「今も君は、損なわれたいなどとは思っていないだろう」
「もちろんそうよ。でもね」
森の魔女は、今年の祝祭の色である青灰と銀をまぶした飾りの数々を、視線だけで撫でていく。
「彼の物語のなかで、森は――……わたくしは、どんな役割なのかしら、って……」
「気になってしまったんだね」
「魔術師さんが、どんなふうに森を扱いたいと思っているのか、わからないの」
近ごろは無防備な甘さを見せてくるようになった夜の魔術師だが、彼の残忍さが鳴りを潜めたわけではない。
むしろ出会ったころよりも鋭い角度でなにかを選ぼうとしている。
ファッセロッタの街を離れて仕事をしているという彼が、濃密な死の気配をまとっているのを、不安に思わないわけがなかった。
それでも魔女は気づいている。当然、魔術師だって理解しているのだろう。
世界じゅうの森を司る魔女の前で、ただの人間というのは、あまりに無力だということを。
(魔術師さんの狙いが、こうしてわたくしの考えを揺らすことなのだとしたら。人間という生き物は、なんて狡猾なのかしら)
氷めいた飾りたちが、暖炉の火を反射して光っている。
『メッセージカードや祝祭の飾りがだんだんとできてきました。わたくしは森の魔女ですけれど、今回は、森の宣伝はやめておきますね』




