p.??-14 わたくしが勝ってしまいますよ
星が降っている。
あちらで涙を流すようにつうと煌めいたかと思えば、こちらではばちばちと火花を散らす。
現実に重なる魔法の層では、今夜もあの終焉の夜を繰り返しているはずだ。妖精は生き物を惑わし、竜は大地を裂く。
みんな、星。星に連なる魔女たちがそれらを指揮した夜を――
苛烈な彼らは何千年の時を越えてもその本質を変えず、系譜の女王たる夜の魔女のもと、かつて星を得ようとした聖人への怒りを燃やし続けていた。
(なんて綺麗な執念なのかしら)
持ち寄った軽食をつまみながら、ふたりは主張の激しい星たちを眺めた。それから、それぞれ自分が必要なぶんを夜空から切り取っていく。
たまに魔術師が紡ぐ魔術の言語を、その低く平坦な声を、魔女は穏やかな心地で聞いていた。
夜のにじむ魔術に、星の要素がくっきりと浮かぶ。
「あの星の欠片を、祝祭聖樹のてっぺんに飾りたいのです」
遠くで、巨星が唸るように光りはじめた。星に連なる者たちの石が。
「好きにしろ」
痛いほどの輝きは、眼鏡によっていくらか和らげられて。
勢いよく降ってきたそれを、森の魔女は蔦のような魔法を編んで手のひらに収めた。
*
「まだ見ていくか?」
その言葉は、なにげなく発せられた。
はっとして隣を見ると、夜の魔術師の視線は空へ固定されたまま、しかし探るような気配だけがこちらへ向けられている。
もう、星の要素はじゅうぶんに集められた。森の魔女に、夜更かしの習慣はない。
「もう少しだけ――」それでも魔女は、自然と頷いていた。「いえ、せっかくですから、最後の飛び降り星まで見ましょうか」
「ああ。月光をスポットライトに見立てるやつらだ。今年は見応えがあるだろうよ」
そう言って上体を起こした彼は、どこからか蒸留器を取り出した。
雑多に――とくに満月直前の光などの――要素の混じった星屑や星明かりを、魔術的に分離するのだという。魔女はその年その年で異なる要素を風合いとして楽しむが、魔術師はしっかり決めた分量をとることにしているらしい。
「今年は純粋な星の要素を抽出するのに時間がかかるからな。そのぶん星屑で淹れる珈琲が美味い」
「珈琲……もう、クッキーは全部食べてしまいました……」
「別で用意してある」
「魔術師さんの周到さには驚くばかりです」
ほう、と吐き出した白い息が、ちらつく星の光を透かした。
特大の星を捕獲した後を見るのはいつぶりだろうか。また、心が温かく揺れる。
ゆらゆらと立つ湯気を浴びながら、魔女ははふりと珈琲に口をつける。
月光のフィルターを通ったそれは驚くほどになめらかで、しかしかつての星々の苦みをくすぶるように引き立てていた。
頭上では、少しずつ勢いをひそめていく星々が火の粉を散らすように舞う。
ぴん、たびんと蒸留した星明りの溜まる音。
その反対のフラスコで、月も満ちていく。
「あら」
ふと、目の前に落ちてきた光の塵を、魔女はマグカップを持たないほうの手で受けとめた。
「綺麗……結晶になっています」
見せてみろという魔術師に手のひらを向けると、彼の顔が、ぐっと近づいた。
「わずかだが祝福が凝っているな」
吐息が当たり、魔女はかすかに手をこわばらせた。湯気を含んだその湿っぽさに。
星の結晶を転がしていた指は、やがて魔女の手のひらを滑っていく。輪郭を確かめるように、彼の指が魔女の指に絡められる。
それはなにを彷彿とさせるものか。
指の付け根から、爪の先まで。珈琲を淹れた手を包むものはなく、なぞられたところから明確な熱が伝わってくる。魔術師はさりげなく探っているつもりのようだが、魔女にはピンときた。
(指輪を、用意してくれようとしているのだわ!)
魔女とて、温かな想いを交わすなにからなにまでも知らないわけではないのだ。森の仲間たちの結びには幾度となく立ち会ってきた。ここは気づかないふりをしてあげるのが年長者の務め。
「ふふ」
笑みをこぼした瞬間、ぱっと、手が離された。
それを少しばかり惜しく思いながら、森の魔女は珈琲をひと口。
「……なんだ」
「油断をしていると、わたくしが勝ってしまいますよ?」
しかし――
「……ふ、不覚です……!」
勝ち誇った顔から一転、魔女は静かな空を仰いで嘆いた。
「は、本当に星より男だったな」
触れられたくすぐったさに集中しすぎてしまい、星降りの最後を飾る飛び降り星のショーを見逃したことは悔やんでも悔やみきれない。




