p.??-11 世の女性たちはなんてたくましいのでしょう
そっと目を閉じる。瞼の裏に、どこまでも自分の要素が広がっていくのを感じる。
世界に張り巡らせた、森の脈。
地図のような森の系譜の層を読み解きながら、森の時波を編んでいく。
――砂の森の竜たちが、引っ越しをするって!
流れの悪いところは汚れを取り除き、傷ついたところは修復して成長を促す。また病に侵され改善の見込めない部分は切断することもいとわない。
(砂漠になっても問題ないところ……今年の花贈りに夜の種をとってしまった古い森があるから、紹介してあげようかしら)
砂の森の竜。しゃらしゃらと乾いた音をたてて地を這うその竜は、命の終わりと始まりに繋ぎが与えられる合図。魔女はそこに安らかな時の移りを見るが、それは長命な生き物の感覚なのだろう。
人間からすれば恵みを奪う災いだ。じわじわ滲む怨嗟だ。憎しみは膨らみ、自壊し、更地となって、また新たな生命が芽吹く。
そのいっぽう、全体としての森が健やかであることを望むのが、森の魔女の本質なのだ。
ゆえに、ときには腫瘍のような悪意が、あえてひとところに溜まるよう動かすこともあった。
もちろん、そのすべてを彼女がひとりで担うのではない。小さな領域を司る魔女や、根源の森から派生した竜や、森に棲む妖精たちがめいめいの方法で管理している。森の仲間と呼ぶ彼らに、多くを任せているのである。
(魔術師さんがケンウェッタでお仕事をしているらしいから、そちらへ災いを持ち込ませないようにしておかなくっちゃ)
とはいえ私情はおおいに挟む。
魔女というのは、元来、自分の都合でものごとを運ぶ生き物だ。
『今朝は、朝市に行ってきました。世の女性たちはなんてたくましいのでしょう。霜柱さんもそうですけれど、儚いように見えて思わぬ力強さを持つ存在には驚くばかりです。わたくしも見習わないといけません!』
けっきょく朝市で魔術師を見かけたことには触れず、魔女はなんども書き直した当たり障りないメッセージを送った。
ほんのりまとった寂しさは栞の魔術具に挟んでおく。これもひとつの思い出だ。しかし本当に伝えたいことがあるのなら、その他の些末なことは隠しておいたほうがよいのだと、森の仲間が話しているのを聞いたことがあるのだ。
『世界征服でもするつもりか?』
「まあ……ふふふ」
簡素な返信に寂しさをまた深め、しかし冗談めいた言葉にほわりと心が温まる。
(これで、いいのだわ)
ちっぽけな人間関係など気にもせず、私利私欲のまま森を増やすなど、いかにも魔女らしいではないか。
あれこれ聞きたいことをぐっと我慢した魔女は、 自分の大人な対応に満足することにしたのである。




