p.??-10 その装いは予想外でした
一度やりとりを経験してしまえば、案外なんということもないとわかる。
とはいえこの朝市、威勢がいいのは商人に限らない。通りをゆく人たちもかなりの圧力で、人混みに慣れていない魔女はなかなか目的の店にたどり着けなかった。
(……買い物を済ませる前に市が終わってしまうわ)
周囲の者はみな、流されることなく歩みを進めている。きっと攻略方法があるのだろうと、魔女は少しのあいだ、通りを観察した。声を掛けながらうまく避けていく者、ぶつかることを気にせずに進んでいく者。小柄ながらずいずいと買い物を済ませていく熟練の主婦たちはとくに参考になりそうではないか。
魔女は軽く膝を曲げて重心を低く落とした。
姿勢を安定させたまま進めば、なるほどたしかに流されない。
そうしてようやく、目的の買い物ができるようになったのであった。
陽が高くなって明るさを増すと、朝市はまた違った様相になる。
生鮮品や雑貨を扱う店が不規則に並ぶ場所は色彩にあふれ、目にも賑やかだ。
森の魔女が大事にしてやまない森の色。日陰にそっと咲く花や、熱気を湛えた空。豊かな実りの色もいい。
そうしてやはり好きなのは、高い木のてっぺんから見える、遠くの山の青墨色。
(あら、こんなところにも)
朝市にはなかなか渋い品ぞろえ……と思いかけたところで、その青墨色が、商品を近くで見るために棚へ近づけていた人間の頭だと気づく。
(……魔術師さん、よね)
見間違えるはずのない横顔を確認してもなお断言できなかったのは、立ち上がって店主と会話するその表情がたいへんにこやかで、そのうえ見たことのない驢馬色のキルティングコートを着ていたからだ。
さわやかな好青年然としたその姿には夜の魔術師らしい残忍さや冷酷さは少しも覗かせず、しかし二対のピアスだけがたしかに彼であることを示していた。
ややしてその店で買い物を終えた魔術師が、魔女のいるほうへ歩いてくる。その手にはいくつも買い物袋が提げられていて、朝市に慣れていることが窺えた。反射的に屋台の影に隠れる魔女。なんと話しかけたものだろう。
――お買い物上手ですね。
――その装いは予想外でした。
そんな言葉をかけたら、恥ずかしがるだろうか。
時おり露天商からかけられる声に応えながら、夜の魔術師は、ゆっくりと、それでいて滑らかに朝方の人混みを縫っていく。
それは、人間社会で強かに生きる者の姿だ。
(……だめよ。彼にだって、この街での大事なつながりがあるはずだもの。そっとしておきましょ)
そう結論づけ、魔女は通りを離れることにする。買い物はもう済んだのだ。
けれどあの珍しい装いを目に焼きつけておこうと振り返り――
いっしゅん、目が合ったような気がした。




