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サワダマチコの婚活  作者: 宇部 松清
第2章 地味な30代、きれいな30代
27/51

第27話 プロポーズ、かな。この場合。

 絆されたわけではない。


 ないけれども、と思いながら、私は白南風さんと向かい合って今季限定のマロンミルクレープを食べている。甘いもののお供に、とホットコーヒーのお代わりも一緒に注文してくれた。サチカさんがいなくなったので、隣に座るのもおかしかろうと、向かいの席に移動してもらったというわけである。


 マロンミルクレープは通常のミルククリームとマロンクリームが交互になっていて、その上にモンブランのようなクリームと小さいマロングラッセが乗っている。もうとにかく『マロン』という単語がゲシュタルト崩壊しそうなくらいにマロン尽くしである。それを一口食べるごとに向かいに座り直した白南風さんがそわそわと「美味しい? ねぇ何か言ってよマチコさん」と尋ねてくるのが正直うっとうしい。


「あの、美味しいですから、そんなにいちいち聞かれても困ります。それに白南風さんも同じの食べてるじゃないですか」

「そうなんだけどさぁ。なぁ、ほんとに俺丸刈りにしなくて良いの?」

「良いです。むしろやめてください」


 私の一言でこの人が丸刈りになったなんて知られたら、今度こそ本格的に刺されるだろう。それも学内の女子学生達に。


「スマホの連絡先全部消す? 水没させる?」


 そう言って、スマホを取り出すから、それを再び鞄にしまうよう指差した。


「良いですって。それに関しては本当に私には関係ないですし」

「これから関係あるかもしれないだろ」

「ないです。女性関係は知りませんけど、連絡先が消えたら困る人もいるんじゃないですか? 相手側に迷惑がかかるでしょうから、ほんとに。ていうか、別にそんなにご機嫌取らなくても大丈夫ですよ。正直、巻き込まれたのは迷惑でしたし、怖かったですけど」

「だ、だよね! そうだよね! 一応さ、こんなものも用意してたからね、俺は」


 と、フォークをお皿の上に置いて、鞄の中から取り出したのは分厚い専門書だ。


「もしほら、マジで刺されそうになったらこれで、って思って」

「大事な専門書をそんなことに使ったら駄目ですよ」


 大学の学食に勤めているから、というわけではないが、専門書というものが馬鹿高いということも、下手したら「お金で買えるならまだ良い方」ということも知っている。それでもまだ白南風さんが持っているのは「お金で買える」やつだから、稀少性はないようだけれども。


「いやいや、こんなものよりマチコさんの命でしょ」


 恩を着せるとか、そういう風でもなく、本当に当たり前のようにそう言って、白南風さんはそれをしまった。そして、再びフォークを持って、ミルクレープに向き合う。


「そ、うですか」


 さっきサチカさんに言った発言もそうだが、この人は何だかいちいち胸に来る言葉を放つのである。さすがモテる人は違う。落ち着かないから、本当にやめてほしい。


「あの、本当に、もう済んだことですし、ご覧の通り、私も白南風さんも無事だったわけですし、一件落着ということで、その」

「うん?」

「終わり、で良いですよね」

「終わりって、何が」

「ですから、ほら、彼女の振りがどうだとかって話があったじゃないですか。もう必要なくなりましたよね」

「まぁ――……そうだけどさ」

「あの、でも、ちょっと嬉しかったです。嘘でも何でも、私のこと、擁護してくださって」


 ありがとうございました、とこの関係に終止符を打つつもりで頭を下げる。すると白南風さんは「何のこと?」と首を傾げた。


「何の、って。さっきサチカさんに色々言ってくださったじゃないですか。えっと、ちゃんと自活してる、みたいな」


 気弱でオドオドし過ぎのコミュ障とも言われたけど、うん、それはまぁ、確かに事実だし。


「本当は私もそう言い返したかったんですけど、言えなくて。悔しいって思ってたので、白南風さんがそう言ってくださって、嬉しかったです」


 改めて、ぺこり、と頭を下げる。ミルクレープも食べ終えたし、コーヒーはあと二口くらいだろうか。もうさっさとここを出よう。そう思って頭を上げる。


 と。


「あとは?」


 そう尋ねられた。

 テーブルに頬杖をついて、ちょっと不満そうな顔でこちらを見つめている。


「あと? あとって何ですか?」

「他にも何か刺さる言葉とかなかった? 俺としてはかなり頑張った方なんだけど」

「はい?」

「もしかしてだけど、あの場を切り抜けるための演技とか嘘だって思ってたりする?」

「違うんですか? あの、おっしゃってる意味がよく」

「違うよ。俺そんな嘘とか演技とか出来んし。そりゃさぁ、厳密に言えばそういう恰好はマチコさんの意思なんだろうけどさ、たぶん俺は今後もそれでお願いすると思う」

「白南風さん? あの、すみません、何を」


 口を尖らせてぶつぶつとしゃべる白南風さんは年齢よりも幼く見える。そんなことを言ったらきっとまた怒らせてしまうだろう。そういえば私はまだあの時の失言を謝罪していない。


「マチコさん、今日もきれい。きれいっていうか、可愛い」

「……は、はぁ?」

「こないだのばっちりメイクも良かったけど、学食のおばちゃんモードのマチコさんも好きだよ。さっぱりしててさ、なんつーの、無添加、みたいな」

「それ、たぶん褒めてないですよね」


 無添加ってすっぴんとかそういう感じの意味ですよね、きっと。あの、これでも一応それなりの化粧はしてますからね? っていっても、本当に『それなり』ですけど!


「褒めてる。俺、別にけばけばしい派手な女好きじゃないし。だからさ、俺はきっとこれからも、そのまんまのマチコさんでいてって言うと思うよ。好きで着飾るなら良いけど、必要以上に頑張らなくても良いっていうか。だって無理に頑張らせて疲れさせたくねぇもん」

「あの」

「学食で働くのもさ、なんでそんなに男受け悪いのか理解出来ないけど、まぁ、そのお陰でこうして独身でいてくれたわけだし、まぁ俺としてはラッキーってことで」

「白南風さん?」

「良いじゃん。ずーっとあそこで働いててよ。俺、毎日食いに行くからさ。おばちゃん達皆で作ってるのは知ってるけど、マチコさんもかかわってるんだし、マチコさんの手料理でもあるもんな?」

「それはまぁ、そうですけど。でもたぶん一パーセントくらいなのでは」

「良いよ、一パーセントでも。でも、お夜食セットなら百パーセントだしな?」

「それは、まぁ。あの、これ何の話ですか?」


 話の着地点が見えない。

 見えないけど、何となく、《《良くない方》》に向かっている気がする。それくらいはさすがの私でもわかる。


「プロポーズ、かな。この場合」


 ふむ、と一瞬考える素振りをしてから、白南風さんはさらりとそう言った。


 だから私は、ミルクレープとホットコーヒーでようやく落ち着きを取り戻した心臓が再びバクバクとうるさくなるのを感じながら――、


「ごめんなさい」


 と頭を下げた。

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