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サワダマチコの婚活  作者: 宇部 松清
第2章 地味な30代、きれいな30代
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第21話 謝るタイミングを逃した

 もしやまた待ち伏せされているのでは、と一瞬警戒したけれど、外に白南風さんの姿はなかった。それにホッとする反面、もしここにいたらすぐにさっきのことを謝罪出来たのにとも思って、少しだけ残念にも思う。


 今日はもう料理をする気力もない。コンビニ弁当で済ませることにした。


 帰宅してシャワーを済ませ、買ってきたお弁当を温める。テレビをつけて適当なバラエティ番組を流すけれど、頭の中は白南風さんへの謝罪をどうするかでいっぱいだ。


 まずそもそも、電話にするかメールにするか。

 どちらにしても、文章をしっかり考えなければならない。

 そうだ、一旦書き出してみよう。いやいや、そこまできっちりする必要ある? 逆に失礼な感じになったりしないかな? 私、自慢じゃないけど、『沢田の文章は丁寧過ぎて逆に鼻につく』とか言われてきたから! そう考えると、もっとフランクな方が良いのかもしれない。でもコミュ障がいきなりフランクとか出来るわけないし。そういうのが出来る人間をコミュ障とは言わないからね?


 それで――。


「あら、マチコちゃん。今日は何か顔が疲れてない? 昨日遅番だったものね。わかる、遅番からの早番って辛いのよ。この年になるとほんと朝が辛いのよねぇ」

「え、ええ、まぁ」

「マチコちゃんも若いと言っても三十二だものねぇ。わかる。あたしもね、確か三十を過ぎた頃だったかしら、もうね、ガクッと来たのよ」


 一夜明けて、早番出勤である。

 安原さんにそう言われ、とりあえず愛想笑いを返す。


「それくらいだったかしらね、もうありとあらゆる健康食品に手を出したのよね。ローヤルゼリーでしょ、高麗人参に、それから――」


 ベテランの安原さんは、そんなおしゃべりをしながらでも手はきっちりと動かせる人だ。私はそれに相槌を打つのが精一杯である。しかし安原さん、随分と色々試したのね。私も香酢サプリくらいは飲んでみようかな。


 結局あの後、「こんな机に向かって正座しながら考えるから駄目なんだ」と思い、布団に潜り込んでスマホのメモアプリを起動し、そこに色々と書き込んでいるうちに寝落ちしてしまったのである。だから電話はもちろん、メールも送っていない。こうなったら、ここに食べに来た時にどうにか呼び止めて、それで、サッと謝ろう。案外それくらいの方が良いかもしれない。ていうかいちいちメールするような間柄でもないんだし。でもサッと謝るって何? どれくらいが『サッと』なんだろう。


 そう思って、何となくカウンターの方をチラチラと気にしていたけれども。


 来ないのである。


 そういやいつもピークタイムには来ないのだ。

 二時過ぎとか、いっそ六時台なのである。そうなると今日は早番だから、退勤時間は三時。二時頃に来てくれれば良いが、お夜食セット目当てに来られたら会えない。まさか昨日の今日でまた夕方まで何も食べられないほど忙しいなんてことはないだろう。


 そう思っていたのだが。


「お先に失礼します」


 あっという間に退勤時間だ。

 

 ほぼ毎日来てたのにとか。

 あっ、でもこの後六時とかに来るのかなとか。

 でも、てことはお昼抜きってことになるんじゃない? とか。


 そんなことをぐるぐると考えながら、タイムカードも着替えも何もかも済ませて、たぶんちゃんと皆に挨拶もして、それで、気付けば調理場を出てフロアにいた。


 学生達の若い喧騒の中に紛れ込んだ瞬間に、もしや避けられてるんじゃないか、という可能性が遅れて浮上してきて、いっそそれで良いはずなのに、何だか胸の辺りがひゅっと寒くなる。


 それならそれで良いじゃないと必死に言い聞かせている自分に気付く。だって白南風さんは五つも下だし、住む世界が違う人なのだ。私はこれから相談所に行って、後藤さんに会って、それで、こないだ顔合わせした金井さんからお断りが入っていないか確認するのだ。それで、今後の打ち合わせをして、対策を練る。その繰り返しだ。それが私の日常なのだ。そこに五歳も下の院生の入る隙間はない。


 恋なんてもうずっとずっと遠い過去である。というか、恋自体、そんなにしてこなかった。初恋だって実らなかったし、その気がない人から告白されることはあっても、好きな人には気持ちが届かない。そうして気付けばこの年になってしまったけど、三十二に恋なんて贅沢品だ。恋愛なんて悠長なことをしていたら、あっという間に三十五になって、それで、もう本格的に誰も紹介してもらえなくなるのだ。だって後藤さんがそう言ってたから。ああでも、高望みさえしなければ何とかなるとも言ってたっけ。五十代で、年収も容姿も気にしなければとか、何とか。


 私と結婚してくれるなら。

 仕事を続けさせてくれるなら。

 そこまで高望みをしているつもりはないのに。


 バスに乗り、六月町ろくがつまち公園前で降りる。相談所へはここから歩いてすぐだ。もうすっかり通い慣れた道を歩き、自動ドアをくぐる。エレベーターを使って三階。後藤さんの予約時間まであと二十分くらいある。


 ベンチに座って鞄から本を取り出す。白南風さんが読んでいたものとは違うが、これも恋愛小説だ。自分と同じ三十代の独身女性が主人公だったため、何かヒントでも得られれば、なんて気持ちで買ったものの、読むのが遅くてなかなか進まないのである。毎日少しずつ少しずつ読み、ようやく半分くらい。確かに主人公は三十代だし独身だけれども、性格が私と真逆すぎてちっとも感情移入出来ない。


 けれど、読み物としては抜群に面白い。さぁ、あと十数ページで次の章だ。

 

 そう思いながらページをめくった。

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