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サワダマチコの婚活  作者: 宇部 松清
第2章 地味な30代、きれいな30代
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第16話 一人でいる時より空気が重い

 結局、白南風さんは本当にホワイトミルクレープを注文した。マチコさんもどう? なんて振られて、もうここまで来たら、と私も注文した。毒を食らわば皿まで、の精神である。


「うっま。――あっ、でも失敗したかも」


 一口目を食べた白南風さんが、突然そんなことを言い出す。


「どうしたんですか?」


 別に聞かなくても良かったけど、こんな目の前で、しかもかなりの至近距離で言われれば尋ねざるを得ない。


「いや、二人して頼んだら意味ないな、って」

「どういうことですか? 二人して、って?」

「だからさ、俺かマチコさんのどっちかだけ頼んでたらさ? 『一口ちょうだい』からの『はい、あーん』が出来たな、って」

「しませんよ?」

「えっ、マジで?」

「むしろ何でその展開になると思ったんですか?」

「え~? なんないの?」

「なりません」

「何、マチコさんって彼氏とそういうのしないタイプ?」

「しな……い、んじゃないでしょうか。わかりません」


 えっ、もしかしてそういうのするものなの?


「わかんない、って、もしかしていたことない?」

「……悪いですか」


 告白されたことは何度かある。ただ、お付き合いには至っていないだけで。だって、好きな人から告白されたわけではないのだ。かといってその当時、好きな人がいたわけではないんだけど。でも、だからこそ、その人のことを好きになるかもしれないと、「まずは友達から」と返事をし続けてきたのだ。それがちっとも『友達』じゃなくて関係が壊れるのである。


「成る程ねぇ。てことは、マチコさんって昔っからこうなんだね」

「悪いですか」

「あのさ、その『悪いですか』って突っかかってくんの、やめない? 俺別にそれが悪いなんて一言も言ってなくね?」

「すみません」

「あとそのむやみやたらと謝んのも。俺、マチコさんとしゃべってて思うんだけど、ガチで謝る必要があったことなんてたぶんほとんどないでしょ。もうさ『そうだね、アハハ』で流せるやつばっかりだから」

「はぁ」


 ミルクレープをフォークで一口サイズに切り、それをパクパクと食べながら言う。でも、そんなことを言われたって「そうだね、アハハ」なんて言えるわけがない。


「俺との話さ、別にそこまで緊張することないよ。別に大したこと話してないしさ」

「かもしれませんけど」

「そんでほら、敬語じゃん。あのさ、俺、わかってると思うけど五つも下なんだよね。別に良いじゃん、タメ口でさ」

「そんなことを言われても」

「まぁ、いきなりは無理かもだけど、ちょっとずつでもさ、意識してみなよ」

「善処します」

「それ絶対善処しない人のやつな」


 ズバリそう指摘されれば何も言い返せない。そうです、善処する気0です。おっしゃる通りです。


 それからしばらくの間、私達のテーブルには、カチャカチャと、お皿とフォークがぶつかる音だけが響いた。店内では女性達の話し声や、ビジネスマンらしき男性の電話の声、キーボードを叩く音、エスプレッソマシンの稼働音があり、騒がしいはずなのに、このテーブルだけが何か静かだ。一人でいる時と同じ音のはずなのに、二人でいるいまの方が空気が重い。


 何か話した方が良いのだろうか。

 こういう時、普通の人はどんな話をするのだろう。

 ええと、天気の話とか、それから、今日のお昼何食べましたかとか、それから、ええと、


「今日のマチコさん、きれいだね」


 そう、着ている服のこととか――……


「って、ええ? 何ですか、急に?!」


 その言葉で思い出す。そうだ、私今日『勝負服』なんだった! 何か急に恥ずかしい! いつもの『学食のおばちゃん』じゃないじゃん、私!


「いや? 俺的には別に急にじゃないんだけどさ。しっかし、さっきのおっさんもさ、そういうとこも全然褒めたりしないじゃん? どうなのかね。そりゃ結婚出来んわ」

「そんな言い方」

「いや、マジでマジで。印象違ったと思うよ、マチコさんだって。もしさ、出会って数分で『写真で見るよりおきれいですね』とか言われたら、ちょっと嬉しくなんない? そういうの嫌がる人もいたりするけどさ、今日頑張って良かったな、くらいには思わん?」

「それは……」


 ちょっとは思うかも。

 確かに、初顔合わせは毎回この恰好だから着慣れたセットではあるのだ。だけど、だからといって、頑張っていないわけではない。服を選ぶ労力だけは省いているけど、いつもより気合を入れたメイクとヘアスタイルだし、それに、靴は履き慣れていないから、まだちょっと靴擦れするし。多少頑張ってはいるのだ。


「俺だったら、そこは絶対に言うよ。だって俺に会うためにきれいな恰好してくれてるわけだしさ」

「そうですか。やはり、モテる方は違いますね」

「それ褒めてないでしょ、実は。まぁでもさ、それもあると思うんだよね。俺の顔が良いのは否定しないけど、モテるのは絶対それだけじゃないから」


 などと言って、得意気な顔をする。


「そんでさ、ほんとマジで、今日のマチコさんきれい。こういう恰好似合うんだな、うん。きれい系のお姉さまって感じじゃん。すごく良い」

「あ、ありがとうございます。……あっ、褒めても駄目ですから。あれですよね、例の彼女の振りのやつ! 褒めてもおだててもやらないものはやりませんから!」


 あっぶない! 危うく乗せられてしまうところだった。その手には乗りませんから!


 そう思って警戒していると、白南風さんは一瞬、ぽかんとした顔をしてから、ぷっと吹き出した。


「あぁ、そうだった。そうだ、そんな話してたわ。ごめん、すぽーんって抜け落ちてた。そうだそうだそうだった」

「え、忘れてたんですか?」

「うん。あ、でもいま思い出した。え? 駄目? もうさ、めっちゃイケるって確信したんだけど?」

「何ですか、確信って」

「だからさ、マチコさんが俺の彼女になるやつ」

「ですから、彼女の振りなんてしませんって」

「じゃなくて」

「はい?」

「彼女」

「ですから」

「だからさ」


 まぁまぁ最後まで言わせてよ、と両手を胸の前で軽く振る。最後までって、何が。


 そう思っていると、白南風さんはにこりと笑って、テーブルの上の私の手を掴んだ。


「俺の彼女になんない? ガチの」

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