表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

転生令嬢は策に溺れて、飛花となる

 転生×恋愛×ヤンデレ×溺愛×バッドエンド

 ◎◎◎までハッピーエンドと共通

 いくら探しても見つからない

 だからどうか助けて

 憩いの棲家が欲しいだけなんだ

 


 

 目がパチリと空いた瞬間、全てを理解した。


 私は転生したんだ。理由は分からないけれど、ここは私がやり込んだ乙女ゲームの世界。中世の時代の雰囲気を取り込み、貴族、平民が一緒に学校に通う学園モノ乙女ゲームの世界。


 だが、主人公もしくは悪役令嬢に転生したわけではないらしい。モブ中のモブ、平民のパン屋の娘、名はサラ。来年学園に通う予定の16歳の女の子だった。


 目はまだ天井向けたままで、今自分が置かれた状況を、スパコン並みの速度で咀嚼(そしゃく)した。

 見える視界の中には、薄汚れた木板で作られた勾配天井と、角に小さな蜘蛛の巣、後は四角い天窓が見える。ここは屋根裏部屋っぽい。

 

 天窓からはまだ光が覗いていなかった。まだ朝になっていないらしい。二度寝が出来ると踏んだ私は、布団を被り、二度寝モードに突入した。

 その時、一階から猛烈な勢いで、階段を駆け上がってくる地響きが聞こえてきた。

 

「サラ!何してるの!早く起きなさい!」

 

 なけなしの掛け布団が(ちゅう)に舞い、強制的に叩き起こされた。「なんてご無体な!」と叫ぼうとしたら、母さんが鬼の形相で私を睨んでいた。

 

「もう仕込み始まってるのよ!早く起きて手伝いなさい!」

 

 この言葉で全てを理解した。パン屋の朝は早かったのだった。かくして、サラは二度寝する事なく、夜明けからパン作りの手伝いに駆り出されるのであった。




 私の可愛い運命の子よ

 悲哀に満ちて彷徨(ほうこう)することなかれ

 沸き上がる雲も煙も疾風も

 全てはあなたの試練のため


 宿り木が欲しいと言うならば

 私が芽吹いてみせましょう

 虫が鳴いたら葡萄パンをお食べなさい

 心も体も満ち満ちれば

 どこまでも行けるのだから


 --フューイ・ヘミング『憩いの棲家』より



 

 夜明けからパン作りを開始し、作り終えてからは配達を開始し、終わったのは2時を過ぎてた頃だった。朝も昼も店にあったパンをかじりついて、空腹を満たした。沸々と平民に転生した自分を呪いにかかる。


(どうせなら悪役令嬢の姉妹にでも成りたかった!なんで平民から平民に転生するの?!せめて貴族以上でしょう?!)


 転生前の知識といえば、仕事のストレス解消のはけ口として遊んでた乙女ゲームの攻略知識と、少々の学問知識くらいだ。といっても、チートする程の知識はない。なんせ転生前は勉強嫌いの馬鹿だった。ちなみに彼氏もいた事ない。二次元万歳!


 配達も終わり、木箱を載せた荷車を引きながら、店兼自宅に帰宅した。めちゃくちゃ疲れた。

 荷車から空の木箱を店の中に運び、明日の配達準備の為に木箱を洗浄する。濡れタオルで拭くぐらいだけどね。

 そんな作業をしていたら、ふと乙女ゲームの世界に転生したんだから、学園生活なんて待たずに、今攻略キャラに会って、恋愛成就すればいいんじゃない?と思い浮かんだ。


 善は急げ。転生前にやりこんだ推しの所に会いに行こう。店にあったパンを何本が強奪し、バスケットに詰めて、仕事を放り出して逃走した。店から「コラー!」と言う母さんの叫び声が聞こえた。


 ☆☆☆


(推しはこの中にいるはず)


 木の門扉から、孤児院を覗き込んだ。黒くて高い石垣が、ぐるっと孤児院を囲っている。中からキャッキャッという子どもの笑い声が聞こえてきた。


 私の推しは、平民から王族へと駆け上がる男版シンデレラストーリーの持ち主のヤンデレキャラだ。

 小劇場で舞台女優をしていた母が、お忍びでやってきた王と一夜の契りを交わし、その時できた子が私の推しのルークである。


 役者は、舞台後に劇場のバーでお客と酒を飲むのも仕事の一つである。だが、酒の飲み過ぎにより喉をやられ、声が枯れて、舞台女優を降板せざるを得なくなった。

 次第に金は尽き、ルークを育てられなくなり、孤児院に預け去るのだ。


 乙女ゲームでは、主人公がルークと王のそっくりの顔立ちに疑問を持ち、調べ上げて、父と子の対面を果たすというストーリーとなっている。

 王は一夜の契りの相手を思い出し、孤児院で生活しているルークに同情して、王宮に呼び寄せる。そして、次第に溺愛するようになり、遂には王位継承者の指名まで行うのだ。


 ルークはトゥルーエンドだと王に任命され、グッドエンドだと公爵に降下するエンドとなる。どちらにしても主人公とハッピーエンドだ。

 愛に飢えていたルークが、父と主人公に深く愛され、次第に心開いていくストーリーは、私の一押しだ。何回クリアしたか分からない。

 とりあえず、目下(もっか)の目標はルークとの接触である。主人公より早く好感度を上げて、推しをゲット!私ガンバレ!ゴーゴー!


 孤児院の門から中を覗き込み、庭で高身長の男性二人が話し合っている姿を見つけた。推しだ!

 そこからルークまで、パンが入ってるカゴを引っ提げて、まっしぐらに走った。途中で「危ない!」と言う叫び声が聞こえたら、意識が遠のいた。


 目をパチリと開けたら、薄汚い木板の天井が見えた。本日二回目の光景だ。でも今回は違うところがある。ズキズキと側頭部が痛む…。


「目覚ましたか?」


 薄汚い木板を見ていたのを止めて、声の方を向いた。向いた先には推しのルークが私の方を見ていた。

 その瞬間、頭の中でトランペットのファンファーレが鳴り響いた。なんという幸運。なんという奇跡。推しの周りには、天使まで舞い降りて来たように見えた。神恩感謝!


「だ…だいじょ…うぶです…」


 神々しい推しを見たら、思わず声が裏返ってしまった。推しは神なのか。背景には後光が差しているように見える。

 推しのルークは金髪碧眼の持ち主で、髪は肩まであり、無造作に後ろで一本に縛り上げている。縛れきれない横髪が頬に残り、ルークの色気を増して魅せる。


 そんなファンファーレの音と、天使の姿と神々しいルークの顔をガン見&夢見心地で見ていたら、突然夢の浮橋が途絶えた。鼻から冷たい真っ赤な雫が流れ出したのだ。そして、私の意識はまたもや遠のいた。


 二度あることは三度ある。次起きた時も、木板の天井が見えた。だが次は、見たことがある勾配天井だった。カビ臭い、なけなしの掛け布団を頭まで被り、思考を放棄した。


 ☆☆☆


「何で孤児院から荷車で運ばれてくるかな」

「……ごめんなさい…」


 只今時刻は明け方。パンの仕込みのため強制的に叩き起こされ、パン作りの手伝い中である。

 パンの生地を()ねながら、母さんから説教を食らっていた。なんでも私が二回気絶した後、孤児院の人がビックリして荷車に私を乗せて、自宅まで送り届けてくれたらしい。送り届けた人の名前は怖くて聞けない。


 我が家のパンは、地元では美味しいと名が通ってるパン屋らしく、看板娘の私を知っていた人が孤児院の中にいたみたい。あぁ、恥ずかしや。


 これではパンを貢ぎながら、推しとの好感度アップ大作戦が暗礁に乗り上げそうである。

 他にいい方法はないかと、ない頭を捻ったが、なーんにも思いつかなかったので、当初の予定通り毎日パン届ける作戦に決めた。

 毎日パンを届けに行ったら、知り合いから友人くらいなら簡単にいけるでしょ!最終目標は恋人だけどね!


 ()ねていた手を止めて、恐る恐る母に尋ねた。

「母さん…今日いっぱい手伝うから、パン持って孤児院にお礼を言いに行っていい?」

 母さんは肩をすくめ、盛大に吐息をもらした。

「……しょうがないわね。行って来なさい」

 

 時刻は夕方四時。今日は精一杯仕事をしました。パンをカゴに入れて、孤児院の門の前で立ち尽くす。推しに何ていうかな…と思案していたら、孤児院の中から男の子が駆けてきて、話しかけられた。


「鼻血姉ちゃんじゃん!ボールが当たった所、平気?」

 駆けてきたため、肩で息をしながら話してきた。9歳くらいの子だろうか?


「平気平気。でもこれから私を呼ぶ時は、鼻血のくだりは消去してちょうだい」

「まさかキャッチボールの間に入って来るとは思わなかったよ…叫んだけど、間に合わなかったね」

「……そう。私の側頭部が痛かった理由が、今はっきりと分かったわ。それで昨日のお礼と謝罪に来たんだけど…私の推しは…」

「…礼も謝罪もいらないよ。ボールぶつけたのはこちらの方なんだから」


 ビビビッと脳天を突き抜ける衝撃が私を襲った。声の方を向くと、ルークが上半身裸で、斧を担いだ状態で歩いてきた。薪割りでもしてたのだろうか。


(推しがはだか…)


(……鼻血出てない)

 手で鼻を抑えて確認した。


 ルークは男の子に「マザーが呼んでるぞ」とだけ言った。男の子は顔を青ざめ、一目散に孤児院の方に走り出して行った。

 ルークは頭をポリポリと()いて、私の方に目を向けた。


「昨日のパン食べちゃったけど平気か?もう返せと言われても返せないけれど」

「……あ!パンね!パンなら大丈夫です。あれ差し入れで持って来た物なんで」

「マザーからパンの差し入れの話なんて聞いてないけど」

「え…?差し入れに理由が入ります…?」

 

 ルークが(いぶか)しみ、私の顔をマジマジと凝視した。私もマジマジとルークを凝視してしまった。

 推しにパンの差し入れする理由は必要なのか。


 私の身長は推定150センチ程度で、身長180センチ近くあるルークを凝視するのは大変だった。首が痛い。眼福だが、これでは首が持たないと踏んだ私は、今世の知識をフル活用した。


「憩いの棲家って聞いたことあります?フューイさんが、渡り鳥と自身の子どもに向けて作った詩なんですけど…」

「弱ってた渡り鳥を助けたやつか?体調が優れない自身の子と重ねたやつだったかな」

「そう、それです!私、あの詩に感化して、お腹を空かせている子どもを、見過ごせなくなったんです!体を満たせば、何処までも行けるような気がしますね!」

「……それは他の孤児院でも配ってるという事なのか?」

「………差し入れしているのは、ここだけで…す…」

 

(そうか。この街には孤児院がいくつもあるのか。ルーク一直線だった為、脳裏から抹消していたわ)


 二人してまたもや重い、けれど見つめ合いながらの沈黙が訪れた。

 

「別にいいじゃん。くれるなら有難く受け取っておけば」

 

 ルークと私は凝視しあっていたのを止めて、声の主の方を見た。声の主は身長190センチはありそうな、偉丈夫(いじょうぶ)の熊みたいな顔の男性だった。


 ルークは熊みたいな人に向かって、呆れ顔で話した。 

「アーサー、でもなぁ。理由が分からないのにホイホイと受け取るのも、どうかと思うぞ」

「パンの差し入れに大層な理由が必要か?いつも言ってるが、猜疑心(さいぎしん)が強いのを改めろよ。もっと楽に生きようぜ。そんなことだと幸運すら掴めないぞ」

「俺はお前の楽観的思考が信じられない」

 

 熊男こと、アーサーは私の前まで歩いて来て、「これ貰っていいの?」とパンの入ったカゴを指差した。二度小さく頷いて、カゴを差し出したら、屈託ない笑顔で「ありがとう」と言って受け取った。

 

「カゴは返すから、少し待っててよ」

 

 アーサーはそう言って、孤児院の中に向かって行った。なんて気さくな人なんだろう。ルークとは対照的な人柄に好感を持った。

 だが私の目的は、これから毎日ルークに会いに来るために、パンを届けるように仕向けたいのだ。


「あの、そんなに大層な理由はなくて、ほぼ思いつきの行動なんですけど、…これからもパンの差し入れに来ようと思うのですが、迷惑になりますか?」

 断られたら困る為、恐る恐る聞いた。ここでキッパリ断られたら完全に暗礁に乗り上げる。


 そんな私を見て、ルークは肩を竦めてこう言った。

 

「……ありがとう。正直助かるよ。年々孤児院に支給される物資も金も減らされてきてたから、アーサーと今後の事について、話し合っていた最中なんだ。年少組には、しっかりと食べさせてやりたいしね」


 ルークが私を見て微笑んで、けれど目は悲哀に満ちながら話してくれた。孤児院が周りから疎まれていること、国の福祉予算が減り、孤児院が逼迫(ひっぱく)していること、子どもは増える一方であること。

 

 私は「毎日パンを持ってくる!」とルークに言い、アーサーからカゴを受け取って、二人に別れを告げた。

 もちろん私の最終目標は、ルークとのグッドエンドである。でも、攻略過程途中の余得で、誰かに幸が訪れるなら、それはそれでいい事のはずだ。

 自宅に帰る道すがら、手伝いがんばろと心に誓った。

 

 ☆☆☆


「おこづかいを全てパンにして欲しい?」


 母さんは店の陳列棚にパンを並べていた。娘の言っている事が理解できないのか、表情は不可解な面持ちだ。

 我が家のパンは、教会の儀式に食するパンも納品しているため、毎日膨大の数のパンを焼く。それでいて、味も美味しいと評判なので、夕方にパンが余ることがほぼない。孤児院に持って行くためには、最初のうちから、パンを確保しておかなければならない。


(通常の仕事の手伝いに、さらに仕事の手伝いを上乗せして、パンを貰う本数を増やすんだ)


 幸い、この体は丈夫のようで、毎日クタクタになるまで仕事をしても、一晩寝れば大抵復活している。

 最近は仕事+仕事の後に孤児院に行き、ルークかアーサーにパンを渡して(ほぼルークに渡すが、たまに働きに出ていない時がある)帰って、夕飯を食べたら爆睡コースである。

 毎日のルークに会っているせいか、物欲もなく、今はおこづかいすらパンに変えてしまおうと、お願いしている最中だ。


「サラがいいならいいけど…そんなに孤児院に入れ込むもんじゃないよ。あそこは特殊さ。付き合うなとは言わないが、深入りは止めなさい」

「別にみんな普通だよ。何も怖い所でもないし」

「上辺だけなんて、誰でも簡単に繕うことが出来るもんさ。…母さんはサラが心配なんだよ」

 母さんは陳列を止めて、悲しそうに私を見つめた。


 ルークもアーサーも、あのキャッチボールしていた男の子・テオも、今ではすっかり仲良しになった。なんなら、孤児院の中にいた女の子も知り合いになった。私は今のところ、順風満帆なはずだ。なのに、何故母さんは、そんな目で私を見るのだろう。


「さて、今日はコーカス公爵のお宅にパンの納品があるよ。サラ、行ける?」

「あの大きいお屋敷の所でしょ?行けるよ」

「粗相のないようにね。納品したらすぐに帰って来るんだよ」

「ハーイ」


 荷車に納品のパンを詰めてある木箱を載せて、公爵の屋敷に出発した。

 店を出て、城前の大通りまで出る。大通りは貴族が乗る馬車や、商人、家族連れ、お上りさんや学生など、たくさんの人が蟻の大群のように、密集して歩いていた。

 最近雨が降ってなかったので、大通りは砂埃が凄かった。喉がやられないように、長い布で鼻から下を覆い、後ろで縛った。


 人の波を掻き分けて、荷車を引いていると、道の脇に身なりのいい女の子が膝を抱えて座っていた。


(あんな所で身なりのいい子がいるなんて、誘拐してくれと言っているようなものね)

 荷車を引きながら女の子に近づいた。


「そんな所にいると誘拐されちゃうよ」


 女の子はビクッと肩を震わせ、(うつむ)いていた顔を私に向けた。

 女の子は8歳くらいの子で、息を呑むほどの美少女だった。クリッとした翠色の目、サラサラとした腰まで伸びる長い銀髪。平民とは思えない、真っ白い手。上流階級の子どもなのは間違いない。

 そして、ここで不思議なデジャブが出てきた。私、この子見たことある。どこだろう。上流階級の子なんて知り合えるはずがないのに。


「どこの子ども?道には詳しいから、お屋敷教えてくれば使用人呼んで来るよ?」

「…………コーカス」

「コーカス…公爵?」

 コクリと女の子は頷いた。


 コーカス公爵。絶世の美少女。


 ここで、前世のゲーム攻略情報が脳裏をよぎった。


(この子!攻略キャラクターの公爵子息の妹だわ!名前はフローラだったはず。ブラコンで、兄のハリーの攻略途中で邪魔してくるキャラだったわ)


 身元不明が不明ではなくなったのはいいが、これはどうしたらいいんのだろう?小さい子どもをほっとくのは人道に反する。どうせ納品に行くから、ついでに連れて行けばいっか。


「今からコーカス公爵のお屋敷に、パンを納品しに行くの。一緒に行く?」


 フローラの青白い顔が一瞬にして花開いた。頬は紅を刺したように赤く染まり、目に力がこもった。


「……行く」


 よくよくフローラを観察すると、膝小僧は擦り切れ、血が滲み出していて、服も靴も泥だらけだった。

 私の顔を覆っていた布を取り、血が流れていた膝を布で巻いてあげた。そのままフローラを横抱きにして、荷車に乗せた。


「本当なら馬車に乗せるのが正解なんだろうけど、私も仕事があるから、ここに乗っててくれる?」

 フローラは小さく頷いた。


 この頷きを合図にして、また荷車を引いて目的地を目指した。時たま後ろを振り向き、フローラが振り落とされていないか確認する。

 フローラは物珍しさからか、荷車にしっかりと捕まり、大通りを歩いている人達や物売り、大道芸人をキョロキョロと見渡していた。


 通常より時間はかかったが、どうにか目的地まで到着した。公爵邸は、庶民では考えられないほどの大きな洋館で、石垣の塀は難攻不落の要塞を守るかのように立派な作りをしていた。

 

「どう?ここまで来たら一人で行けそう?私は入り口が違うから一緒に行けないの」

 

 フローラに聞いたら容量を得ないのか、キョトンとしていた。常に使用人に身の回りの事をやってもらうためか、入り方が分からないみたいだ。

 

(これはまずったかなぁ。私は客人でもないから、正門から入れないんだよね。裏口からしか入れないし、このまま一人にも出来ないし…)

 

(うーん。これは致し方なし!いきなり首が飛ぶような事もないでしょう!)


 大きくて立派な木の正門前で、ドアノッカーを叩いた。ギギギという音と共に、重厚感(あふ)れる両扉が開かれる。緊張感からゴクリと唾を一飲みした。


「ごめんください。先ほど大通りで、女の子を発見して…」

 と、扉を開けた門番に言い始めたあたりで、脳天を撃ち抜かれるような痛さが走り、意識が遠のいていった。


 パチリと目を開けたら、真っ白い天井が見えた。横を見ると、重厚感あるワインレッドのカーテンと格子状の大きな窓が何枚も見えた。

 今まで見てきた中で最高品質の天井だが、後頭部が痛い。今回の痛みは前回の比ではない。触ると大きなタンコブが出来ていた。あまつさえ手に血がついた。…痛すぎる。


「起きられましたか?」


 まだベッドに寝ている状態で声の方を向いた。メイド服を着ている若い女性が、私に近づいて来た。


「確認したいのですが、昨日発注したパン屋のご息女で合っていますか?」

 メイドは能面のような顔で、事務的に質問してきた。

「…はい。あの、女の子を道すがら見つけて、聞いたらコーカス公の家に行きたいと言ったので、連れてきたんです。そしたら、いきなり鈍痛が走り…」

「あの方はコーカス公の一人娘のフローラ様です。少々おてんばの所がありまして、屋敷から抜け出しておりました。此度(こたび)は貴方様に助けていただいた話を、フローラ様より聞き及んでおります。主に代わり、深くお礼申し上げます」


(やはり攻略キャラの妹か。では殴られた理由は人さらいと勘違いされたと言う事かな。どのみち、早くこの屋敷から出なければ。首が飛ぶ前に)


 貴族から見れば、平民など紙くず同然の価値である。粗相などしたら一発で首が飛ぶ。平民がやすやすと貴族と知り合うものではない。

 頭から血が滲み出ようが、パンを納品したら、脱兎のごとく去るに限る。


「……申し訳ありません。お嬢様と存じ上げませんでしたので、ご無礼がありましたら平にご容赦下さい。それであの…パンの納品をしたくて」

「木箱を開けましたら、発注通りのパンが入っておりましたので、すでにこちらで受け取ってあります」

「そうでしたか!ではこれで納品済みという事で、帰りますので…」

 上半身を起こして、ここから去ろうとしたら、メイドの能面の顔がいきなり慌てた表情に変わった。

「それはこま…」

 

 その時、バァン!という大きな音が鳴り響き、メイドと私でお互いビックリして木扉に目を向けた。開いた扉の先には、フローラと美男子が立っていた。美男子はすぐにわかった。フローラの兄ハリーだ。


「お姉ちゃん!起きた?大丈夫?すっごく怒っといたから!」


 フローラは私目掛けて突進して、ベッドにダイブしてきた。ダイブした衝撃で、ベッドがバウンドする。バウンドの影響で、忘れようとしていた痛さが頭に走る。


「あぁぁぁ、い、いたっ…」

「あーー!!ごめんなさい、ごめんなさい!」


 フローラは慌てて私に近づこうとした。その時、一緒に居たハリーが、ヒョイとフローラを抱き上げ、おてんばのフローラに諭した。


「フローラ、そっとしておかないとダメだろ」

「…そうでした。ごめんなさい。ハリー兄様」

 兄の言葉でフローラは子犬のようにシュンと大人しくなった。さすがブラコン。兄の言葉に順々だ。

 

 ハリーはルークと同じくらいの身長で、銀髪ショート、翠の目の持ち主だった。フローラを降ろし、こちらを向いて話し始めた。

 

「屋敷の衛兵が棍棒で殴りかかったらしいが平気か?フローラを探している最中だった為、焦って確認もしなくて申し訳なかった」

 事務的口調だが、声色の中に優しさがあった。ハリーの性格の良さを滲み出している。

 だが、すでにここから逃亡したい私は、いかに貴族の不興を買わずに、立ち去る方法があるかと模索している最中だった。


「……えぇ!いやあの、いいのです。お気になさらないでください!可愛い女の子が、たまたま目に入ったといいますか……申し訳ありません!納品も終わったので、これで帰ります!」


(考えたがいい案出ず。やはり強行突破あるのみ!)


 三人が私を見つめる中、ベッドから起き上がり、痛さも忘れ、木扉一直線に走り去ろうとした。ベッドのすぐ下に、自分の靴が見えたので、取りに行こうとしたら、魅惑的なフローラルの香りがこの身を包んだ。


「待って。妹を助けてくれた恩人を、やすやすと帰すほど私達は不義理ではないよ」

 ここから去ろうとしたのに、なぜかハリーの片腕で私の体が支えられ、行き手をさえぎられた。


「そうだよ!怪我もしてるんだから、治るまでここに居たらいいよ!」

 フローラさえ私に抱きつき、自宅に帰る事が困難になった。


 こうして、私の頭の傷が完治するまで、公爵邸の客人の扱いで滞在する事になった。

 毎日毎日出てくる大量の豪華な食事。毎日フローラ様に引っ付かれ、日が暮れるまで一緒に遊び、就寝まで共にするという生活。

 ハリー様はたまに顔を出して「妹の相手を毎日させて悪いね」と言いながら、お礼にと、花や化粧品やハンドクリームなどをプレゼントしてくれた。


 私が公爵邸を出れたのは、パンを納品した日から一週間経過した後だった。ハリー様に馬車で送ると言われたので丁重にお断りした。平民街に貴族の馬車が現れたら注目の的である。近所のネットワーク恐るべし。

 というわけで、帰りも荷車を引いて帰った。別れの時はフローラ様が号泣して、帰るのが大変だったという事だけは強調したい。


 まだ日が高い昼真っ只中。懐かしい我が家に到着した。パンの匂いが私を優しく包み、出迎えてくれた。母さんはいつも通り、陳列棚にパンを並べていた。私を見た瞬間、手を止めて熱い抱擁を交わした。


「サラ、おかえり。大変だったね。公爵様の使いがお見えになった時は、肝が冷えたよ」

「……ただいま、母さん。生きて帰って来れたわ」

「…そうだね…よく生きて…」

 二人揃って半べそになった。


 この安堵感は、平民同士しか分からないと思う。いつ首が飛んでもおかしくない恐怖の毎日。

 ちなみに、話に母さんばかり出てくるが、我が家にはちゃんと父さんと弟もいる。父さんは常にパン釜の前にいるし、弟は仕事をサボり、遊びに行ってしまうから出てこないだけである。


「今日はもう手伝わなくていいよ」と、母さんに言われたので、部屋で昼寝するかと思ったら、今の今まで重大な事を忘れていたのを思い出した。


(孤児院に、パン届けに行ってないじゃん…)


「母さん、まじゴメン」


 陳列棚からパンを強奪しカゴに入れて、店から飛び出して行った。「コラー!」という母さんの声が、遠くに聞こえた。


 一週間ぶりの孤児院の門の前で、パンを入れたカゴを持って立ち尽くした。以前はすいすい入っていったはずなのに、今日に限って足取りが重い。

 なんで忘れていたんだろう?いつ首が飛んでもおかしくない状況に、参っていたのだろうか。


 どちらにしても毎日パンを届けると、ルークに宣言していたのだ。私は約束を反故にした。謝罪すべきところであろう。

 意を決して中に入ったら、孤児院の入り口付近の壁に、ルークが腕組みをしながら寄りかかり、私を見ていた。

 一発で推しを発見した喜びから、先ほどの鬱屈した気持ちを一瞬で吹き飛ばし、ルーク一直線に駆け出した。そして「ルーク!会いたかったわ!」と言おうと「ルー」まで言い始めたばかりの時に、ルークの表情がガラリと変わった。

 青い瞳はより青く、氷のような瞳なり、射るような鋭い視線を向けた。ルークの真ん前までやってきて、ゆっくりと静止した。

 

「…臭い」

 ルークは顔をしかめて、呟くように言った。

「え?」


 能面のような顔と鋭い目付きは、私を恐怖に陥れた。

 ルークは一言言っただけで、興味を失ったのか何処かに行ってしまった。


『臭い』ルークの言葉が頭の中でリピートする。

 公爵邸から帰ってきたばかりなのに、私から異臭立ちこめているという事なのか。公爵邸では毎日お風呂に入り、香油さえ塗ってもらっていた。

 考えても原因がわからない。更に不安は増していき、顔が青褪めていくのがわかった。

 

「よぉ!サラ、久しぶり。顔を見なかったのは一週間くらいか?何かあったのか?」

 

 斧を担ぎながら、意気揚々と晴やかな顔をしてやってきたのはアーサーだった。

 ルークとの表情の違いにホッとして、恐怖が少し薄れた。

 

「アーサー、私、ルーク怒らせちゃったみたい。どうしよう…」

 唇を噛み締めながら、苦しさに顔がしかめる。怒らせた理由が分からなければ、謝罪の仕様もない。

 アーサーはそんな私を見て、驚きの表情に変わった。

 

「ルークが?まさか。サラを一番に心配してたのアイツだぜ。心配してパン屋に聞きに行くか悩んでたんだ。でもほら、ここは孤児院だから。周りの連中に疎まれている事も知ってるから、聞きに行きたくても行けなかったんだよ」

 意外な話に驚き、上目遣いでアーサーの話に食いついた。

「…ルークは私を心配していてくれてたの?」

「そうだよ。いつもは悠然としている癖に、本当は心配性のさみしがり屋なんだ。照れ隠しの為に皮肉も言うし、めんどくさい奴なんだよ。何を言われたのかは分からないけど、ルークがサラに怒ってることはないよ」

 

 ルークは毎日現れない私を、心配してくれていたんだ。アーサーの言葉が、先ほどの恐怖を更に薄めてくれた。けれど、やはり直接聞かないと胸のつかえが下りない。

 持っていたカゴをアーサーに押し付け、お礼を言って、ルークを探しに走り出した。

 

 ルークは孤児院の裏にある、切り株の上に座っていた。私はゆっくりと歩いて行き、ルークの横で体育座りをして座った。

 最初は心配かけてゴメンからだろうか。それとも、一週間公爵邸にお世話になった経緯を先に話し出すべきか。

 どうやって話を組み立てて、話し出すべきか思案していたら、ルークの方が先に口を開いた。


「……さっきは悪かった。俺は、思っている事を素直に言えないらしい」


 声色は優しかった。


「本当は心配してたんだ。事故にでも巻き込まれたのかと思って、パン屋にも聞きに行こうとしたんだが、迷惑になると思って止めた。でも日に日に不安は募るばかりで、心が揺れた。さっきのはその…いつもと違う匂いが漂っていたから、なんとなく腹立った」


 アーサーの言っていた通り、ルークは私のことを大層心配してくれていたらしい。今の彼からは、悲憤(ひふん)の感情は読み取れない。


 私は推しに会いに行くために、毎日欠かさずパンを届けに行っていた。最初は神妙な面持ちだったルークも次第に表情は和らぎ、冗談まで言い合える仲になった。

 毎日来ていた者が、突然理由もなく来なくなったら、私も同じく心配するかもしれない。

 そう思ったら本当の気持ちをはいていた。


「心配かけてごめんなさい。パン配達の途中で、コーカス公爵のご息女を見つけて、お屋敷に送り届けに行ったの。その後、ちょっとしたゴタゴタがあって、一週間お世話になったんだ」


 ルークは話を聞いて、私の方を振り向いた。意外の話だったのか、顔は少し驚いていた。


「公爵…?それは…大変だったな…」

「うん。大変だった。毎日戦々恐々と過ごしていた。出ていく事もできなくて、でも、連絡入れれば良かったよね…今更ながら悔やみはじめたところ」

「今から悔やむのかよ」

 少し間が空いた後、プッと吹き出し、ハハハとルークが笑い出した。ルークが笑うと、私も釣られて笑い出してしまった。

 一緒に笑い出したのを境に、私達の距離が一気に縮まったような気がした。


 毎日会わないと気になる存在。それはもはや、恋と呼ばずしてなんと呼ぶ。


 私はゲームで遊んでいた時も、転生して、生身のルークを前にしても彼に恋する運命らしい。

 とどまるところを知らない心は、美しい旋律まで流れはじめた。抑えておくことができない。


 このまま彼に好きだと言っちゃおうか。ゲームだと恋のバロメーターが表示されて分かりやすかったのに、リアルになると途端に両思いが難しくなる。

 もどかしいジレンマに(さいな)まれた。その時、ルークが言った。


「なぁ、もうすぐ行われる誕生祭に、一緒に行かないか?」

「……誕生祭?」


 誕生祭。反復して今世の記憶を辿(たど)った。

 それは、この世界を創造した女神の誕生祭の事だった。乙女ゲームでは、世界は一人の女神により創られた事になっている。教会に飾られている人物も女神だ。

 女神が世界を作られた日を誕生祭と呼び、国中、盛大にお祝いを行うことになっていた。


「行かないか?最近大工見習いで仕事してるから、多少は奢ってやれるし。さっき酷い事を言ったから、謝罪も込めて礼をしよう」

 と、ニンマリとしてルークは言った。


 推しの笑顔の破壊力。笑ったルークを見たら、断ることなんてできるはずがない。


「行く!行きます!行かせてください!」

 片手をまっすぐ伸ばし、挙手の姿勢になった。

「そうこなくちゃな!」

 はにかんだ笑顔は彼の魅力を更に押し上げた。


 その後は二人仲良く、誕生祭のスケジュールを決めた。服、何を着ていこう。誕生祭がとても楽しみだ!


 ✩✩✩


 待ちに待った誕生祭当日。早朝から街の中は賑やかだった。家と家の間には、国旗のような飾りが紐を通して飾り付けられ、路上に彩られている花達は、風になびかれ舞を舞い、音楽家の人達は路上で、素晴らしい音色を奏でていた。


 家にあった一張羅のワンピースを着て、母さんに髪を編み込みハーフアップにしてもらい、薄く唇に紅をさして、待ち合わせ場所に急いだ。


 ルークは待ち合わせの場所の、広場の噴水付近に立って待っていた。

 服はいつも孤児院で着てた服と違っていた。余所行きの服を着たルークは、抗えない甘美な誘惑を出していた。

 広場の噴水の周りにいたお姉様の熱い視線が、ルークに集まっている。

 

 大勢の人が右往左往しているさなか、神々しいルークを見つけて喜んだ束の間、今更ながら桁違いの美男子に恐れてしまった。

 よくよく考えたら乙女ゲームのキャラクターである。美男子当たり前じゃん。市井の私に釣り合うのか?こちらモブ中のモブだぞ。

 

 美女と野獣ならぬ、美男と野獣。

 熱い姉様達の視線をかいくぐり、ルークに近寄れる気がしない。こんなことなら、もっと目立たない場所で待ち合わせにすればよかった!後悔先に立たず。


 そーんな悩みに思いあぐねていたら、ルークに発見された。ルークのしかめっ面が、めちゃくちゃ明るい表情に変わり、姉様達の熱い視線をガン無視して、私の所に駆けて来た。

 優越感など露ほども思わない。ルークが言葉を発する前に、彼の手を強く握り締め、この場から逃走した。

 

「店、見ないの?」


 不審がられたルークに呼び止められ、歩みを止めた。広場からかなり離れ、出店もなくなった所に来ていた。歩いている人もまばらだった。

 まさか目映い推しの横に立つのが恥ずかしくて、逃走したとは言いづらい。

 

「見る!見るけど、人がいなさそうな所から、ゆっくりと行こう…」


 まだ何もしてないのに、疲れた。体力の方ではない。心が疲れたのだ。

 注目の的になった張本人はひょうひょうとしていて、全く気にしする素振りはない。もしかして、これが日常茶飯事なの…?

 訝しい目つきでルークを見てしまったら、含み笑いを浮かべられた。

 

「サラは挙動不審すぎる。何故なのか気になる所だけど、時間がもったいないから早く行こう。今日は奢るって約束しただろ?」

 

 パァと顔を明るくしてしまった。ルークの含み笑いは一層にひどくなった。二人で手を繋ぎ直して、街中に繰り出した。

 

 出店は色々な物が売られていた。肉の串焼きもあったし、カットフルーツの盛り合わせ、サンドイッチ、フルーツジュースなど、お店の人が声高らかに叫び、品物を売っていた。

 見たことがないフルーツを発見して、買って二人で食べてみた。南国の食べ物らしかったが、前世の記憶を足しても品名に記憶がなかった。味はバナナとマンゴーを足したような味だった。

「甘くて美味しいね」と話すと、「美味しいけど、どちらかと言うとしょっぱい物の方が…」と言われてしまったので、肉の串焼きを買いに行った。

 肉の串焼きには満足したらしく、満面の笑みを浮かべていた。ルークは塩味がお好きらしい。推しの好みを把握する。

 

 違う通りに入ると、開けた場所で、みんなが歌いながら踊っていた。子どもから老人まで、年齢と性別も関係なくみんなだ。

 手を繋ぎ、踊りのマナーなんてものもなく、ぐるぐると回っているだけの人もいた。


「ルーク踊ろう!」


 繋いでいた手をより一層強く握り締め、踊りの輪の中にグイグイ二人で入っていった。


 我らの女神は陽気がお好き

 飲んで歌って踊るんだ

 昼も夜も楽しんで

 赤と白の輝く宝石ワインを

 みんなで飲んで今を楽しめ


 私もみんなと同じように歌った。マナーもルールも何もない無法地帯。あるのは今を楽しむ気持ち一つのみ。

 オークの樽が道の隅に置いてあり、みんなが飲み物を飲んでいた。子どもも飲んでいたから、ぶどうジュースかもしれない。

 ルークは私につられて踊っているだけで、歌ってはいなかった。だけど、視線は常に私にあった。


 踊り疲れた頃、私達も樽の近くに行ったら、ぶどうジュースが貰えた。喉の渇きを潤す。ジュースを飲みながら休憩していると、一人の中年男性が近づいて来た。


「お嬢さん。先ほどはいい歌いっぷりだったね。もう少しだけお付き合いくれないかい?歌っていたやつが、今、所要で抜けてしまったんだ」


 リュートを持っていたから、ここら辺で音楽を奏でている人なのかもしれない。歌うだけなら私でもできる。歌唱力はないけど、今日は勢いだけで大丈夫の日だ。演奏だけでも素敵だけど、どうせなら歌もあったほうが盛り上がる。


「ルーク、私、行って来ていい?」

 快く頷いてくれると思ってた。ルークの方を向くと、不本意とばかりに顔をしかめていた。

「……いいけど…」

 渋々了承したというニュアンスだ。


 ダメなのかしら?でもいいって言ったよね?真意が知りたくて、顔をもっとよく見ようとしたら、リュートを持った男性に引っ張られた。

 次の音楽が始まる。後ろ髪を引かれたが、高揚感に包まれた陽気な私は、少しだけ歌ったらルークの元に帰ろうと思い、男性に従った。


 我らの女神は陽気がお好き

 飲んで歌って踊るんだ


 リズムに乗って、大きな声を張り上げながら歌った。そしたら、みんなが私の方を向いて、「うまいね!」「いい声だね」「よ!スター!」なんて言ってくれるので、ますます調子に乗った。

 女性のボーカリストが帰って来てくれた所で、タッチ交代してルークを探した。ルークは家の壁に寄りかかり、腕組みをしながら待っていた。

 歌を歌った時の高揚感と、推し発見の喜びから頬がピンクに染まった。

 

「お待たせ!さぁ、次の場所に行こう!」

 手を繋いで、次の場所に移動しようと引っ張ったら、弱々しい声で「あぁ」と頷き、見たら悲しそうな表情をしていた。


(歌いに行ったのはいけなかったのかな。一人で待たせたのが悪かったのかしら。そういえば、アーサーがルークの事をさみしがり屋と言ってたっけ)


 悲しい顔から笑顔に戻すために、肉の串焼きでも買いに行こうとしたら、途中でルークに止められた。見ると、ベンチの方を指差しているので、疲れたのかなと思いベンチに向かい、腰かけた。

 

「何か飲み物買ってこようか?私だって奢れるよ。これでも弟の分まで仕事こなしてるんだから!」

 笑顔で言ったが、ルークの表情は変わらずだった。


(なんでだろう。何故祭りの日に、悲しい顔が出来る?一人がそこまで苦痛なの?やはり主人公でないと、想いは通じ合えないのか)

 

「…不満があるなら、言わないと分からないよ…」


 とても悔しい。モブで転生したのが、とてもとても悔しい。祭りの賑やかなさざめきも、私の心は満たしてはくれない。


「不満なんてない。ただ、昔、一度だけ劇で見た母を思い出しただけなんだ」

 物悲しい微笑みを浮かべたルークは、優しく言葉を紡ぎだした。

 

「俺の母は舞台女優だった。小さい頃、よく家でも歌ってくれていた。物語を読む時ですら、抑揚をつけて読んでくれていた。舞台は夜に行われていたから、留守番が常だったが、寂しくて駄々をこねて、一度だけ舞台の袖で歌って踊っていた母を見ていたことがある。…サラそっくりだった」


 母を思い出したのか、ルークの憂いを帯びた目から離すことが出来なくなった。

 

「もう母は居ないけれど、サラを見てたら懐かしくて、子どもの頃を思い出していたんだ。だから、不満とか、そういう事じゃない」 

「……今も寂しい?」 

「今は、正直分からないな。でも寂しいと簡単に言える年齢ではなくなったから、考えないようにはしている」

「そう…」

 心がしんみりしてきた。母の代わりなんて、誰にもなれない。


「なぁ、サラ。出来ればこれからずっと、俺の憩いの棲家で居て欲しいと言われたら困るか?」


 奇妙な言い回しに、怪訝な顔になってしまった。


(俺の憩いの棲家…?それは一体…?…ん?これからずっと?棲家…?!それはその、プロポーズというやつでは!?)


 声が上擦(うわず)りながら、おそるおそる確認に入った。いや、そんな、まさかね。

「……それは、プロポーズみたいな…?」

「そう受け取ってくれて構わない」

 即答だった。


「えええぇぇええぇえ!○×△㊥∵‡∞@≒」


 急転直下の事態。完全にパニックに陥った。最後の方は言葉として成立すらしなかった。

 嬉しさより驚きのほうが上をいく由々しき事態。リンゴーンとなる教会の鐘の音すら聞こえてこなかった。


 ルークも私の反応にはビックリしたみたいで、目を大きく見開いて私を見ていた。

 まさかの告白が、お互いをビックリし合う始末である。少々の時間を要したら、少しずつ冷静に判断出来るようになってきた。


 唐突に言い過ぎただろうかと、不安に見舞われたルークは遠慮気味に言い始めた。

「サラ、返事は急がなくても…」

 だが、冷静さを取り戻した私には、返事は一つしかなかった。

「受けます!私、そのプロポーズ受けます!」


 やっと実感が湧いてきた。思わずベンチから立ち上がり、ルークの両手を包んで握り締めた。決心は固いぞと熱い視線を彼に送る。


 私の熱い眼差しを受けたルークは、先ほどまで鬱屈としていた不安を取り除き、頬を紅潮して、

「え?本当に?」 

 と、聞き返した。

 

 私は彼の疑問にウンウンと何度も頷いた。そしたら、今まで見てきた中で、とびっきりの笑顔を向けて、私を抱き上げた。

 

「大事にする。サラ、俺ずっとサラを大事にするよ」

 抱きかかえられたまま、グルグルと回った。遠心力に負けないように、ルークに一層きつく首に巻きついた。巻きついたのを感じたルークは、回るのをやめて、私の胸に顔をうずめた。二人揃って幸福感に包まれたのであった。



 ◎◎◎



 今思えば、ここまでが私達の幸せの絶頂だった。私はこの後、大きな過ちを犯すことになる。


 未来を知っているが故の過ちだった。



 

「え?今日もルークいないの?」

 

 意気揚々とパンを入れたカゴも持って、孤児院に出かけていた。残念ながらルークは働きに出ていて不在だった。持ってきたカゴは、アーサーが受け取った。

 

「最近よく居なくなるんだ。それでいて遅くに帰ってくる。来年には学園も始まるはずなんだけどなぁ。何してるんだか」 

 アーサーは、しょうがないやつだよなぁと少し呆れていた。

 

 ルークは、来年には主人公や他のキャラクターと一緒の学園に通う予定になっているはずだ。

 当初は平民ということで、違うクラスからのスタートだが、次第に成績上位になり、特別に貴族がいるクラスに編入する。そこで主人公と出会うのだ。

 

(私の存在が、未来を改変しちゃったのか…)

 

 私と恋仲になったから、本来ならあった公爵の未来も、もしかしたら王になる未来も、消してしまったかもしれない。

 

 私はエンディングのスチルを知っている。誰もが敬い、お金にも困らない幸せの未来。

 

(取り返しがつかないことを、してしまったかもしれない)

 

 今更ながら、激しい後悔が私を襲った。挽回できるなら、挽回したい。ルークの幸せの未来を潰したくない。そんな考えに至っていた頃、アーサーから話しかけられた。

 

「なぁ、あいつの変わりようはサラのせいか?」

 アーサーは真剣に聞いてきた。何かを言いたさそうだ。だから私もすんなりと話せれた。

「…多分。プロボーズされたから、受け取った」

「ええぇえええええ!」

 アーサーは予想外すぎる私の返答に、度肝を抜かれたらしい。「マジか…そうか……」そう言いながら、呆然とした。そして落ち着いた頃、ポツポツと話しだした。


「あいつな、懐くとその人に執着する癖があるんだ。母に置いてかれたのが心の傷になって、それが今でも続いてる。だから、あまりよそ見はしないでくれ。あいつも為にも、サラの為にも」

「私の為?」

「そう」

 なんで?と聞こうとしたら、当初出会った男の子のテオが、ボールを持って入ってきた。


「お姉ちゃん、ルーク兄ちゃんはやめた方がいいよ」

 聞こえちゃったと言って、話に入りこんできた。

「アーサー兄ちゃんも、サラ姉ちゃんにはお世話になってるんだから、ハッキリ言っといた方がいいよ。ルーク兄ちゃんは、好きな相手を閉じ込めることが出来る人だ」


 アーサーはあちゃーと顔に手を当てた。テオは真剣に私に忠告し始めた。


「結構前のことだけど、兄ちゃんが女の子と付き合っていた時、些細なすれ違いで喧嘩したことがあったんだ。その時、女の子は呆れて兄ちゃんの前から去ろうとしたら、捕まえて部屋に閉じ込めたんだよ。サラ姉ちゃんに、そんな風になってもらいたくない」

 その後、アーサーが続いて言った。

「その時は、俺が仲介に入って話をまとめたんだ。まぁ、でも小さい頃の事だから。今とは違うだろう?」

「そんな無責任な。アーサー兄ちゃん冷たいね。僕、ビックリして、今でも忘れたことないのに」


 印象違いからか、アーサーとテオが論争を繰り広げはじめた。その時、ゆっくりとこの場に現れたのはルークだった。


「テオ、サラに変な事を吹き込むなら、俺はお前の面倒一切みないぞ」

 ルークは服が汚れた状態だった。仕事から帰って来たばかりみたいだ。

「えぇ!それは困る!姉ちゃん、さっきのは撤回するから忘れて!」

 テオはルークに睨まれて、一目散に逃げ出した。「あいつ、逃げ足だけは早いな」と、ルークは肩を竦めて言った。そして私の方をニコッと笑顔で向いた。


「サラ、ただいま」

「……おかえり。何処に行っていたの?」

「ちょっとした野暮用」

「やぼよー?ふーん?」


(何処にいたのか場所を教えてくれないなんて、なーんか怪しい。まさかの浮気か?)


「何だ、その表情。浮気なんてしてないぞ」

 ルークが心外だと、眉間に皺を寄せて抗議した。


 アーサーはそんな私達二人を見て、吐息を漏らして話に割り込んできた。

「あのさ、この二人だけの空間にいるのが、俺はとても辛い。だから直球で聞くが、ルーク、来年の学園どうするんだ?行かないのか?」


 ドキっとした。学園に行く行かないで話は大きく変わる。お願い、学園に行くと言って。


「あー。行かないかな。あれ、強制じゃないだろう?」

 ルークは私の願いなど露知らず、簡単に学園行きを否定してきた。私の知っている未来と変わってくる。


「そうだが、行った方が就職に有利になるという話だぞ」

「そうは言っても、俺もう親方に弟子入りしちゃったし。早く一人前になりたいから、学園には行かないな」

「小遣い稼ぎじゃなくて、本格的に親方に弟子入りしたのかよ…聞いてないぞ」

「言ってなかったからな。今、言った」

「おいおい、マブダチには早く言うものだろう」

「…すまん、言いそびれた」

「はぁ?」

 

 二人が話し始めたのを横目に、私が考えていたのは一つだった。どうにかしてルートを戻し、ルークを王に会わせなければ。でも、どうやって?

 

 私は平民で、おいそれと王に会える訳がない。最低でも王に会うには、王宮に入らなければならない。だけど、学もない、身分もない私が、王宮の使用人試験を受ける事すら出来るかわからない。

 せめてコネでもあれば…。貴族の知り合いがいて紹介状を書いてもらえれば、試験事態パスできるかもしれないのに。その時、ふと、あの二人が思い出された。


(貴族の知り合い。いるじゃない。フローラ様とハリー様だ)


 私は居ても立っても、いられなくなった。すぐにでも二人に会いに行かなくては。


「ルーク、アーサー、用事を思い出したから、もう行くね」

 二人はきょとんとして私の方を向いた。ルークは不満顔に変わりつつあったが、見なかったことにした。

「また明日!」そう言って、二人に別れを告げた。そして、そのまま公爵邸まで走って行った。


 公爵のお屋敷に行き、裏口から入り、最初に出会ったメイドを呼んでもらった。フローラ様に会えるかどうか聞くために。渋々メイドが聞きに行ってくれたら、フローラ様が飛び出して現れてきた。そして、王宮で働きたいから紹介状が欲しいとお願いした。

 フローラ様は何かいいたさそうだったけど、兄様に聞いてくると言って、聞きに行ってくれた。ハリー様も現れて、紹介状の話をした。


「出来なくはないけど、王宮で本当に働きたいの?正直、サラなら行かない方がいいよ。水回りの辛い仕事ばかりやらされるよ」

「そうだよ、どうしてもっていうなら、ここの方がまだいいよ。王宮は、陰湿な人達多いもん」


 二人は私のことを案じてくれていた。とてもよくわかった。だけど、ここで行かないと王には会えない。


「……どうしても行きたいのです。お願いします」

 二人に真摯に頭を下げた。この位しか出来ないのだ。


 二人は顔を見合わせて、渋々了承してくれた。だけど、最低限の作法は、学ばなければならないという事で、毎日公爵邸でメイド見習いをする事になった。


 家に帰って、明日から公爵邸でメイドとして働くと父と母に告げた。驚いて、何か不満があるのかと聞かれたが、メイドとして働いてみたかっただけだと話した。私の熱心な訴えに、両親は了承するしかなかった。


 次の日、朝早くからパンを持って孤児院に行った。ルークを探して、こらからの事を話した。


「ルーク、私、しばらくパンを持ってこれなくなったの」

 ルークは驚いて聞き返した。

「パンの差し入れが、店の負担になったということ?なら別にパンがなくても…」

「違うの。メイドとして働きに行くから、ここに来れなくなっちゃったの」


 大きく間が空いた。ルークの驚きの顔が落胆の表情に変わった。


「……なんで働くの?今までだってパン屋の手伝いをしていただろう?繁盛しているのに、他で働く理由なんてないだろう?」

「パン屋だけじゃなくて、違う世界が見たくなったの」

 ルークは落胆の顔を変えなかった。私の言っている事を理解したくないみたいだ。


 だけど、ここで引くわけにはいかない。


 私は思いっきりルークに抱きついた。ここで、未来を話す訳にはいかない。絶対うまくいくという確約がないからだ。

 だけど、私がルークの事を好いている事だけは伝えたい。


「お願い。少しの間だけなの。少ししたら帰ってくるから、待ってて」

 ルークは眉を曇らせ、悲しそうな声で言った。

「本当に?…本当に帰ってくる?」

「もちろん。絶対だよ。私がルークから離れる事なんて、ありえないよ」

 抱きつきながら、ルークの顔を見ようと上を向いた。彼はとても悲痛の顔持ちだった。本当なら一緒に居たいのに、お互い中々会えなくなる未来に悲観しているのだ。

 ゆっくりとルークの顔が近づいて、唇でキスをした。名残惜しいキスだった。


 そして、ルークに別れを告げた。悲観にくれている彼を残して、公爵邸に急いで行った。


 メイド見習いとはいえ所作やふるまいには、育ちの良さがうかがえることが身に染みてわかった。平民の中の平民の私には、公爵邸ですら難航を極めた。

 フローラ様に応援され、なんとか二ヶ月で様にした。最後はハリー様からも褒められた。

 そして、ようやく王宮への紹介状を書いてもらった。

 

「明日は馬車で迎えに行くから、一緒に王宮に行こう」

「その方がいいよ。私達が後ろにいる事を、みんなに見せつけた方が、陰湿な連中の牽制になるから」

 フローラ様はさもありなんといった具合だ。王宮はよほど陰気臭いらしい。もはや魔界か?


 二人にお礼を言って、屋敷を後にした。今日は帰るにはまだ早いから、孤児院に寄って帰ろうか。

 久々にルークに会えるかもしれないと、胸が高まった。


 門から孤児院を覗くと、ルークが見えた。今日はもう仕事終わりか、もしくは休みの日らしい。

 二ヶ月ぶりのルークに早く会いたくて、一直線に飛び出して行った。そして「危ない!」という声が聞こえて、側頭部に鈍痛が走り、意識が遠のいた。


 パチリと目を開けたら、薄汚い天井が見えた。なんて天井と相性がいいのか。全く嬉しくない。

 

「目覚めたか?」


 ルークの声が聞こえて、横を見たら心配そうに私を見ていた。

 

「何でキャッチボールの間に入るかな。体は平気か?」

 

 またやってしまったらしい。猪のように突進する癖は改めないといけないなと心に誓った。

 「大丈夫」と言いながら上半身を起こし始めたら、ルークが手伝ってくれた。

 

「ルークを見つけた嬉しさから、飛び出して行ったら間に入ってたの」

 情けなくて、言って溜め息出てきた。そんな、情けない行動に臍を噛んでいたら、ルークは眉を開いて聞いてきた。

「……そんなに俺に会いたかった?」

「もちろん、会いたかった!」 

 そう言ったら、ルークは私の顔に近づいて唇にキスをした。その後、耳元で「俺も会いたかった」と囁いた。

 私は顔が真っ赤に染まり、恥ずかしさあまり俯いてしまった。ルークはクスクス笑っていた。

 

 顔の火照りが少し取れた頃、ルークはどこからか持ってきた紙袋の中から、銀色のバレッタを取り出した。蝶が羽を広げているデザインのバレッタだった。

 

「仕事帰りに見つけたんだ。サラに似合うと思って、思わず買ってしまった。使ってくれる?」

「……私に?ありがとう」


 バレッタを受け取って、髪につけてみた。どう?と後ろを見せたら「可愛い」と言われた。


「ルーク、とても嬉しい!大事にするね!」

 頬を染めて、満面の笑みで言った。ルークは、はにかんだ笑顔を見せてくれた。


 ニヶ月間会わなかったけれど、忘れた日など一度もない。短い時間だったけど、久々のルークとの語らいは最高の時間だった。

 話している時、鐘の音が聞こえ夕方を告げられた。そろそろ帰る時間だ。好きな人と離れるのはなんて悲しい事か。


「そろそろ、毎日会えるようなる?」

 ルークは遠慮気味に聞いてきた。いつまで会えないのか、確認したいらしい。

「んーん、もうちょっとかかる」

「……そう」

 寂しそうな彼を見たら、今度は私からキスをしに体が勝手に動いた。


 あと少し。あと少しで王と会える事が出来るかもしれない。明日からは王宮入りだ。何とかして、早くに決着をつけよう。

 唇を離しはじめたら、グイっと頭を彼の腕で引き寄せられた。


「ダメ、まだ物足りない」

 今度は長い長いキスをする事になった。


 そんな、二人であまーい時間を過ごしていたら、テオが申し訳なく部屋に入って来て言った。「もう帰る時間だよ…」そう、言い終えるや否や、部屋から出て行った。

 さすがに二人で顔を見合わせて、ハハと笑って解散となった。

 もちろん最後には、また時間が出来たら会いに来るとルークに伝えて、別れを告げた。


 ✩✩✩


 平民街に貴族の馬車がやってきた。物珍しさから、ご近所の野次馬が騒ぎ始めた。

 私は一張羅を着て、少々の着替えと小物を持ち、ハリー様達を待っていた。髪にはルークから貰ったバレッタをつけていた。


(今日から遂に王宮だ。気合いを入れて頑張ろう)


 馬車の扉を御者が開けて、手を取り中へ入った。中にはフローラ様とハリー様が乗っていた。


「お姉ちゃん、ヤッホー」

「サラ、お待たせ」

「今日はよろしくお願いします」

 私も馬車に腰を下ろし、窓から両親に手を振って別れを告げた。馬の嘶きと馬車のカラカラとした車輪の音が聞こえて、動き始めた。


「すまない、少し寄り道していいかい?殿下からお菓子を買って来いとうるさくてね」


 ハリー様は第二王女と仲がいいらしく、王宮に来るなら、手土産を持って来いと要求されるらしい。ちょうど道すがら店があるので、寄ってから向かおうと昨日決めたとか。

 だから「もちろんです」と返答した。ノーなんて言える訳がない。


 馬車が店の前に着いて、ハリー様が降りて、中で待ってようとしたら、フローラ様に「どうせなら私達も買ってもらおう」と誘われ、馬車から降りるはめになった。

 フローラ様と仲良く店に入り、お菓子を物色する。平民では考えられない高級お菓子が、ずらずらっと並んでいた。宝石みたいなお菓子に目が眩む。

 フローラ様は店員にアレとコレとソレとばかりに指差して買っていた。「お姉ちゃんは?」と聞かれてので、丁重に断った。私にはついていけない世界だ。


 ハリー様とフローラ様は買い物を終えて、馬車に乗ろうとハリー様が馬車の扉の前に立ち、フローラ様をエスコートして馬車に乗せた。次とばかりに、ハリー様が手を差し出したので、断り辛くて手を乗せた。


 その時、「サラ」という声がどこからか聞こえた。ハリー様とまだ手を繋いだ状態で、声の方を振り向いた。

 ルークが木箱を肩に担いで、私の方を見ていた。


(なんでこんな所で…)

 

 呆然とするしかなかった。駆け寄って、今から王宮に働きに行くのと話したかった。

 ハリー様は馬車に乗らない私を不審がり、私の視線の先に目を向けた。そしてまた私に視線を戻し、「サラ、行こう」と(ささや)いた。

 手を強く握り締め、馬車に乗るように促した。私はルークから視線を外し、馬車に乗った。馬車の窓から彼の方を向けなかった。

 

 王宮に着いて、二人と別れ、メイド長なる人に従い、宿泊所に案内された。

 私は王女殿下が生活しておられる離宮の担当になった。一連の流れを聞いていたとき、ふと悲しさが込み上げてきた。

 馬車に乗る時に会ったルークの顔を思い出したからだ。彼から「何で?」という疑問が聞こえてきそうだった。

 

 メイド長は、私が突然泣いたのにびっくりして、「働くのは明日からでいいですよ」と告げた。

 私は謝り、いますぐにでも働きたいと希望した。でないと、ルークの事しか考えられないからだ。


 王女殿下の離宮は広大だった。離宮でこんなに広いのか…と世界の違いを思い知った。

 基本は掃除担当なので、壺を磨いたり、はき掃除したり、水拭きしたり、そんな生活を毎日送った。

 一ヶ月経ったある日、掃除途中に女の子から話しかけられた。


「あんた?サラって言うのは」


 振り返ると、煌びやかなドレスを着込んだ12歳くらいの女の子がいた。この離宮の住人、第二王女殿下である。話しかけられることなんて、まずありえないので声が震えた。


「……左様でございます」


 水拭きしていた手を止めて、立ち上がり一礼した。殿下は慇懃無礼に言い放った。


「ちょっと付いて来て」


 まだ掃除途中なんだけど、と思ったが逆らえる訳がない。殿下に付き従った。

 案内された部屋に殿下と入ると、部屋の中にはハリー様とフローラ様がお茶を飲んでいた。


「お姉ちゃん!元気?うまくやってる?」

「フローラがどうしても気になると聞かなくてね。一ヶ月経ったから様子を見に来たんだ」

 懐かしい二人に会えたのと、身分が違うのに気にかけていただいてると思ったら、嬉しくなってしまった。


「…はい、はい!皆様によくしてもらっております」

 そんな話し方をしたら、二人の目が丸くなった。

「…一ヶ月で口ぶりが変わるもんだね…」

「だから言ったろ。それほど、ここは厳しいんだよ」

「あら、王宮の悪口ですの?ハリー様、聞き捨てなりませんわ」

「揚げ足をとらないでくれよ…」

 

 三人とも気の合う友達みたいに、遠慮なく話しあっていた。私が話に加われるわけがないので、静かに立っていた。会話途中で、フローラ様は私に話を振った。

 

「それで、お姉ちゃんの意中の人に会えた?」

 私が王宮で会いたい人がいる事は、二人に話してある。だけど、それが王とは伝えていない。

「いえ…なかなか…」

 悔しいが、王宮に入ってもおいそれと会える事はなかった。最近の王は体調を崩しており、公務にも支障をきたしている。そのせいで王宮は緊張が増してきて、もしかしたら時期王の任命が下るかもしれないと言う噂まで広がり、傍に寄る事ができない。

 

「今ここで意中の人を教えてくれたら、会うのを協力できるよ。だって殿下がいるもん」

 フローラ様は殿下を指差した。殿下は指差されたことに不満をあらわにし「なんで私が!」と言った。そしたら、ハリー様が追い打ちをかけるように「頼むよ」と殿下にお願いした。

 殿下はハリー様に言われ、不満を打ち消した。これは…もしや…と思ったが、深く考えない事にした。乙女ゲームのキャラはもてるらしい。


 確かに今ここには、とても強い権力を持った方がいる。メイドでは中々王に近寄ることが出来ないが、娘なら別だろう。意を決して話すことにした。

 

「実は、王に会いたいのです」

 

 さすがの三人も予想していなかった人物らしい。三人とも鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

 

「あんた、お父様に用があるの?」

 

 殿下に聞かれ「左様でございます」と答えた。 

「理由があるのかい?」

 ハリー様は優しく質問してくれた。殿下とフローラ様も私に釘付けだ。


「実は…王の子が孤児院に住んでおられます。私は二人を会わせたいのです」

 

 誰しもが驚いて言葉を出さなかった。


 もしかしたら王の任命が下るかもしれないという不穏な空気の中、さらに火種を投下するかもしれないのだ。三人が考えられるだけの時間は与えるべきた。5分ほど経過したあたりで、殿下が先陣を切った。

 

「間違っていたら首が飛ぶわよ?」

「間違いございません。然るべき所からの情報でございます。情報元はお教え出来ないので、信じてもらう他ならないのですが、女神に誓って嘘は申しておりません。ルークと王は、とても似ております。後は二人でしか確認し合えないのです…」


 母のことを話せるのはルークだけだ。ゲームでも母の話を聞いて、王がルークを子と認めたのだ。


「……そう。正直揉み消したいんだけど、本当だった場合はまずいわね…」

 殿下は親指を噛み、思案した。またもや重い沈黙が訪れ、そして殿下が「この案件は私が受け持つわ」と言った。

 そして、不気味な静けさの中、解散となった。事の大きさに、ハリー様もフローラ様も何も言わなかった。二人が部屋から出て、私も退室しようとしたら殿下に呼び止められた。

 

「いい?このことは誰にも言わないのよ。どこかで聞かれたら首が飛ぶと思いなさい。とりあえず、私の私兵を孤児院に向けるわ。報告を聞いてからどうするか決めるから、今まで通りにしていなさい」

 

 もちろん二つ返事だった。殿下が動いてくれるなら、こんなに心強い事はない。私の仕事はほぼ終わったようなものだと思った。

 その一ヶ月後、またもや殿下に呼ばれた。今度は同じメイド仲間が呼びに来た。掃除を代わり、殿下の部屋に急いだ。

 

 部屋に入ると、殿下がお茶と飲んでソファに座っていた。顎でしゃくり、ソファに座れと促す。

 おずおずと向かいの高級ソファに座った。今後の人生で二度と来ない光景だ。

 

「ルークお兄様と、お父様を会わせたわ」

 

(ルークお兄様…?まさか!)

 

「認められたのですか…?」

「そうよ。確かに兄さんみたいね。王族入りしたわ。おかげで、他のお兄様達からものすっごく睨まれているわ。気にしないけど」

「あ、ありがとうございます!なんてお礼を言ったらいいか…!」

「お礼はいいわ。それより早くここから出て行きなさい」

「……え?何故ですか?まだ仕事が残ってて」

「言ったでしょ?兄様達から睨まれたと。火種を持ち込んだ輩を許すわけがないじゃない。お金は多少あげるから、死なたくなければすぐに出ていきなさい」

「そんな…」


 殿下は一切表情を変えず、優雅にお茶を飲んでいた。私の未来など、些細な問題と言いたいように。

 だけど、狼狽えていた私を横目にして、吐息を漏らし殿下なりの励ましをした。


「あんたパン屋の娘なんでしょ?違う街でパンでも作って生活しなさい」

 殿下はメイドを呼んで、私の荷物と給金を持ってこさせた。私は王宮から逃げるように出た。家に行って、荷物を持って逃げなければ。

 帰る道すがら孤児院が見えた。懐かしくて、孤児院に足が向かった。中に入ったらアーサーとテオが私を出迎えた。

 

「サラ!長々何処に行ってたんだ?ルークが王宮に連れて行かれた」

 アーサーは悲痛な声で話しかけてきた。

「ルークは王の子なの…だから、殿下になられたわ…」

 二人はびっくりして、私を注目した。

 

 私はこんな結末を望んだのだろうか。さみしがり屋のルークと王に会わせて、親子の再会をさせてあげたかった。ゲームのエンディングと同じように、輝かしい未来を与えたかった。


 そんな空想を思い描いていたら、今更気付いたのだ。ゲームのエンディングに、私は居ない。居るのは男爵の主人公だ。貴族と平民の私と釣り合える訳がない。

 虚無感と孤独感は私を(なじ)った。自分で、自分の夢見ていた未来を潰したのだ。

 なんて馬鹿馬鹿しい。笑える結末だ。二度とルークにも会えない。

 悲しいのに涙はでなかった。むしろ誰かに(なじ)られたかった。本当に頭が足りない奴だと、嘲笑してほしい。

 

 そんな考えに思いふけていたら、アーサーから小突かれた。彼が指差す方向を向くと、孤児院の前で馬車が止まっていた。そして、中からルークが煌びやかな衣装を身につけて降りてきた。

 夢でも見てるみたいだ。思わずルークに駆け寄ろうと走り出しそうになった時、アーサーに止められた。

 

「サラ、ちょっと待て。何か変だ」

 アーサーは目を大きく見開いて緊張していた。テオも無駄口叩かず、ルークに注目していた。私は二人の行動がわからず、ルークが歩いて来るのを見つめた。


 その時、子どもの遊んでいたボールが宙を舞い、なんと飛んでいた鳥に当たったのだ。鳥は垂直に落ちてきた。誰しもが動けなかった。

 ルークは歩みを鳥の方に向けた。そして、鳥を両手で救い握りつぶした。音なんてしてないはずなのに、『グチャ』とした音が聞こえたような気がした。

 

 アーサーは飛び出して、ルークに怒り詰め寄り、胸グラを掴んだ。

「何してんだ!そんな事をしたら飛んで行けなくなるだろう!」

 アーサーに詰め寄られても、ルークの表情は変わらなかった。むしろ、やっとルークの表情が見えた。氷のように冷たい瞳だった。キスした時の、はにかんだ笑顔なんて想像つかないくらいの、冷たい表情だった。


「……離せ。無礼だろう?首が飛びたいのか?」


 アーサーはルークの後ろにいた兵士に捕まった。手荒に捕まった為、呻き声が聞こえた。

 ルークは手にしていた鳥を地面に落として、私の方に歩んで来た。鳥はひくひくと動いていた。テオは咄嗟に私の後ろに隠れた。


「やぁ、サラ。久しぶり。サラが父さんと俺を会わせてくれたんだってね。おかげて、素晴らしい生活が送れそうだよ。サラは俺と二人で暮らす事に不満があったのかな」

 

 何を言われてるのか、わからなかった。不満なんてあるはずないのに。

 

「…不満なんてあるはずないよ。私はただ…」

 

 お父さんに会わせて、素晴らしい未来を与えたかったからで…と言いそうになった時、私の思い描いていた未来が、ルークの望んでいた未来かどうかを考えていない事に気付いた。

 もしかして彼の望んでいない未来を、押し付けたのだろうか。

 そう思ったら何も言えなくなってしまった。

 

「不満があるなら言ってくれないと分からないと、教えてくれたのはサラの方だったのに、何も言ってくれないんだね」

「違う!不満なんてない!」

「なら、どうしてこうなった」


 氷のように冷たい瞳はそのままだ。だけど、冷たい瞳の先には悲しみが見てとれた。

 私はルークの幸せを潰したんだ。唇を噛み締めて、黙りこんだ。


「まぁ、今となってはどうしようもないけれど。俺は公爵になる事が決まったよ。王争いに参加する気はないからね。そして、サラを雇いに来たんだ。王領を貰う手筈も行われているから、明日にでも行こうか」

「……え?」

「鳥のように、飛んで行く必要なんてないんだよ。王宮からサラの自宅に連絡がいってるから、話はついてる。また明日迎えにくるね」

 呆然としている私を横目に、ルークは身を振り返して馬車の方に歩み始めた。アーサーは兵士に捕まりながらも、声高らかに叫んだ。


「ルーク!潰して言うことを聞かせようとしているのか?!鳥にだってな!夢見る未来が描けないんじゃ、それだけで死んじまうぞ!」


 ルークはアーサーの怒号に見向きもしなかった。ルークが馬車に乗ると、兵士もアーサーを離して、馬車に向かった。

 テオはアーサーに近寄り、心配そうに体調を確認した。


「アーサー兄ちゃん、大丈夫?」

「……あぁ…俺は大丈夫だ。…あいつヤバイな」

「だと思う。前の比じゃないよ」

 そう言ったら、真剣な眼差しでアーサーは私に詰め寄った。

「いいか、サラ。以前は俺がどうにか仲介できた。だけど、貴族になった以上、これからはどうにもしてやれない。このまま家に帰らず、街を出ろ。そうだな、北に小さな村があったろう。そこで落ち合おう。サラの生活が軌道に乗るまで支えてやる」

 テオはアーサーの言葉を聞いて、震えはじめた。今にも泣き出しそうだ。

「アーサー兄ちゃん…」

「テオ、みんなの事頼むぞ。俺も荷物まとめて出る。時間を変えるから先にサラが行け。捕まったら………言いたくないな」


 アーサーの真剣な眼差しを見ていたら、頷くことしかできなかった。捕まったらどうなるのだろう?


 考える事は後からでもできる。私は荷物を持って、孤児院を飛び出し城門まで急いだ。

 城門には門番が何人も見えた。私は荷物の中にあった布を取り出して、頭を覆い顔を隠した。

 入るときは通行許可書が必要だが、出る時は必要がない。人混みに紛れて、城門を出ようと歩き出した。その時、一人の門番が私を呼び止めた。


「お嬢さん。申し訳ないが、一旦街の中に入ってくれないか?」

「…なんでですか?急いでいるんです。両親が待っているので、早く帰らないと…」

「すまない。身元を確認したら、すぐに解放するから。殿下の命令で、150センチぐらいの子はみんな身元を洗う事になっているんだ」


 私は怖くて震えてしまった。ルークは先を読んでいるらしい。元々頭がよかったルークだ。すでに算段がついているのかも知れない。


 私は門番を振り切って、外に飛び出した。「あ、おい!」という声が聞こえたが、なりふり構わず走り出した。けれど、私の足と門番の足では、門番の方が早かった。あっという間に捕まり、詰所に連れて行かれた。

 私は自分の名前を聞かれても答えられなかった。考えていることは、アーサーと落ち合う事だけだった。どうやって逃げ出すか…。


 ものの20分程度の時間だった。城門が慌ただしく騒がしはじめた。嫌な予感がした。体が小刻みに震えてくる。


「サラ、街から出て行こうとしたんだって?」


 詰所の扉を見ると、ルークは薄気味悪い微笑を浮かべて立っていた。


「俺を置いて行こうとしたの?しょうがないね、家族団欒を過ごさせてあげようと、明日まで待つつもりだったのに、残念だよ。今から王宮に行こうか」


 ルークが私に近寄って来た。体が硬直して動いてくれない。けれど、頭の中では逃げろと警鐘を鳴らしているのが聞こえる。

 ルークは私を横抱きに持ち上げて、詰所を出て馬車に乗ろうと向かった。その時「サラ!」という、母さんの声が聞こえて、振り向いた。

 父さんと母さんが抱き合っていて、母さんはボロボロと泣いていた。弟は呆然と私を見ていた。


(父さん、母さん、パンの配達も手伝いも頑張ってするから、私を店に連れて帰ってよ!)


 そう言いたかったのに、声が出なかった。「うぅ」という悲痛な声と、家族と遠ざかっていく寂しさに涙がこぼれてきた。


「……泣いているの?大丈夫。これからはずっと一緒だ」


 ルークは諭すように言ったが、私の心の中は晴れることはなかった。馬車に乗せられ、横並びで座った。その時、ルークは私の髪についていたバレッタを見つけた。ルークの曇った表情に、光が灯ったように見えた。

 

「それ、ずっと着けていたんだ…てっきり、俺はハリーと…」

「…ハリー様?あの方は、私のお願いを聞いてくれただけだよ」

「………お願い…ね」


 また、ルークから何も読み取れないようになった。馬車の窓から外を見ると孤児院が見えた。アーサーはどうしているだろうか。

 そして、ついに王宮が見えはじめた。


 私はこれからどうなるのだろう?隣にルークがいるのに、明るい未来の展望が全く見えてこない。


 ここから先のことは何も語りたくない。だけど、一つだけ何かを言い残すことが出来るのならば、転生などしたくなかった。それだけだ。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ