見通す瞳
神話を読んだり、ユリウスさんが作った大量の魔導具をユリウスさんと一緒に改良したり、オルトヴェイン先生の授業に気力ががっつり持っていかれたりしているうちに季節は秋になっていた。
秋は実りの季節。
毎年この季節は市場にたくさんの野菜や木の実が並ぶ。冬前ということもあって、保存食を売る店も増えてくる。
涼しくなって、お出かけするにもいい季節。
寒くなる冬が来る前にと皆ピクニックや遠乗りなど野外で遊び、保存食を買ったり、コートや布団を補修したりして少しずつ冬支度をする。
まだ寒くないから冬支度もどこか楽しい。
そんな季節。
けれど今年は少し違う。
ここ数年魔物の活動が活発化していて、農地や家畜に被害が出ているのだ。
去年、一昨年までは、被害にあって市場の食糧が少なくなってもなんとか回っていた。
けれど今年もまた魔物の被害が多く、帝都の人は今年こそ食料が足りなくなるのではと不安になっている。
私が帝国に来た時もスタンピードがあったし、アルフレッド様はしょっちゅう遠征に行っていた。
学園に慣れるのに必死で今まで何も考えてなかったが、魔物が多くなるということは魔物に出会った人が襲われるかもしれないだけでなく、人が襲われればその人は仕事ができなくなるし、家畜が襲われたり、田畑が踏み荒らされればそれだけ食料が減り、その地に住む人の収入も減る。
場合によっては取り返しのつかないほど困窮してしまう場合だってある。
そりゃあ魔物が増えたことに不安になるはずだ。
その上今年はある噂がことさら人々の不安を煽っている。
なんと、隣のトリフォニア王国で邪竜が出たというのだ。
邪竜の出現はこの世の終わり。
噂とマリウス兄様によると邪竜による被害はないそうだが、空を駆ける竜の姿を見た人が何人もいるらしい。
マリウス兄様はかなり心配している。
心配しているのは、兄様自身やトリフォニア王国のことではない。
私のことだ。
兄様がクラティエ帝国からトリフォニア王国に帰る前日、ユリウスさんが我が家に来た。
その時にユリウスさんが話した話によると、賢者は邪竜を退けたという。
そして、賢者は転移が使えたのではないかという疑念もある。
私はまだ私自身が転移できるわけではないが、物の転移は扱える。
自分の家の中だけでひっそり練習しているが、どんどん精度は上がってきている。
多分兄様は私が賢者と祭り上げられるのではないかと心配しているのだと思う。
ちなみに兄様と同じくらい心配しているのがネイトだ。
ネイトは魔力コントロールの練習を暇さえあればしていて、いまや私のお下がりの浮遊紙を家の敷地内ならどこへでも飛ばせるほどになっている。
魔力量も使えば使うほど増えていると気づき、護衛に支障がない程度に毎日魔力を使って魔力を増やしている。
その上ネイトは護身術の訓練と称して私になるべく眼強化を使うように言っている。
運動音痴な私が走り込みを練習するよりも普段から眼強化を使い、異常にいち早く気づくことの方がいざというときに役に立つのではないかというのがネイトの言い分だ。
というわけで、最近は四六時中眼強化を使っているのだが、確かにいつもより周囲の気配によく気付けるようになった。
例えば、私をお買い得だと思って近づいていた人たちは、ジェイムス様と一緒にいるようになってから話しかけて来なくなったのだけど、中にはジトっとした目で私を見続けている人がいることに気が付いた。
宮殿のパーティでアルフレッド様が追い払ってくれた人だ。
眼強化するまで気が付かなかったが、ずっと見られていたのだろうか。
今はすぐに気が付くので、さらりと方向転換したりして接触しないようにしている。
そして、四六時中眼強化を使うことでもう一つ発見があった。
気が付いたのはユリウスさんの研究室。
眼強化を使いながら、ユリウスさんと魔導具の魔法陣をあれこれ考えていた時だった。
「あ、魔法陣を付与したところに微弱ですが魔力が見えます」
以前は眼強化を使っても見えなかったことから、使い続けるうちに精度が上がってきたらしい。
魔法陣を起動させていない時も魔法陣がぼんやり光って見えたのだ。
「なに!?」
ユリウスさんは驚くとともに何か思いついたようだ。
立ち上がって部屋の奥へと何かを取りに行く。
「では、これも魔力が見えないか?」
そう言って持ってきたのは、修理方法がわからずしばらく放置されていたスキル鑑定具だった。
スキル鑑定具を見る。
スキル鑑定具は一見すると少し大きな球体のクアルソが金の丸い台座に乗っているだけだ。
魔法陣らしきものは見えない。
だがユリウスさんが分解してしまった台座とクアルソ全体がほんのり光っている。
「だめです。魔力は見えますが、全体的に光っているだけで魔法陣は見えません」
「だめか。じゃあこれはどうだ」
ユリウスさんが台座とクアルソを魔力で蓋をし、くっつける。
これで数日ならくっつくのだ。
そしておもむろに鑑定具に魔力を流す。
ユリウスさんからクアルソに魔力が流れ、その魔力がそのまま台座の中央へと流れ四つに分かれていく。
ほぼ均等に、台座の端に埋められた宝石まで。
こうやって魔力属性を測っていたということ?
「どうだ?」と聞く、ユリウスさんの問いを無視して「ジュードさんもやってみてください」とお願いする。
ジュードさんも同じようにクアルソから台座の中央へ流れ四つに分かれる。
ただし、一つだけ突出している。
見ているうちに気が付いた。
ジュードさんの魔力が一番伸びた場所がほんのり赤い。
一番伸びなかった場所は青色に、他の二つも緑色、黄色に光っている。
いや、違う。台座だけじゃない。
見える。
ジュードさんの魔力の中に、四つの色が。
鑑定具から目を離し、今度はユリウスさんを見る。
翡翠色の魔力の器のさらに奥にやはり四つの色が渦巻いていた。
ジュードさんは圧倒的に太い赤色と細い黄色、緑色。そしてさらに細い青色が赤い魔力の器の奥に見える。
私は?
自分の魔力の器を見る。
いつも通り白い光しか見えない。
この光の奥に見えるはずよ。四つの色が。もしくは第五の属性があるというならもう一色が。
けれども私の魔力の器は白いまま。
ならばと自分でもスキル鑑定具を作動させてみる。
クアルソから台座へと魔力が流れていく。
そして。
私の魔力は四つに分かれることなく、台座に広がった。
台座のすべてが白に染まる。
「テルー! もうやめなさい!」
ユリウスさんが私とスキル鑑定具を引き離す。
白い魔力がスキル鑑定具から消え、私の魔力の器からも大部分が消えていた。
やってしまったと思ったときには、時すでに遅く「ごめんなさい」と謝りながら私は気を失った。
四章も大詰めになってきました。