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三題噺もどき

人形

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくはちじゅうきゅう。

 お題:紅茶・抱え込む・無表情



「……ぇ?」

 ―ここ、どこ。


 帰路について。職場から電車に揺られ。最寄駅で降りて。

 今日もつかれたなぁとか、あの上司ホントうざいなぁとか、あの後輩もう少しどうにかならないかなぁとか、何も知らないくせに口だけはうるさいんだよなぁ…とか。

 そんなしょうもないことを考えながら。家への道を歩いていた。

「……だけなんですけど??」

 それだけなのだが。

 ―気づけば知らない道を歩いていた。

 そんなぼうっと歩いていたつもりもないのだが。

 もう何年も同じ道を歩いているから、間違えるなんてことはないはずなのだが。いまさらになって、迷子とか笑えない。いい年した大人なんだからと、笑われる。

「……?」

 しかし、どうも全く見覚えがない。

 こんな道があったことも知らないし。こんな道がこの町にあると聞いたこともない。

 ただわからないという事しか、分からない。

「……」

 こんな田舎の町に、こんな道があれば噂になりそうなのだが。

 だって私が歩いているのは、住宅街だ。どこにでもあるような、碁盤の目みたいな。きっちりと仕切られたように敷かれている住宅街だ。

 そんなところに。こんな、

「……こんな」

 等間隔に立つ街灯。そのどれもが、田舎には不釣り合いな、おしゃれな感じのもの。黒の長いその頭の方には、ろうそくの形を模した灯りがたたえられている。

 それが照らす道は、レンガ造りだろうか。赤や橙、ベージュなんかのもの。カラフルに見えて、すっきりとしたまとまりがあるような。そんな道が続いていた。

 ―私的に言うなら、おしゃれなヨーロッパ風の通りって感じだ。都会にあったら、さぞ人でごった返しているだろう。

「……」

 しかし、一点。不気味な点があった。―というか、そも、こんな道があること自体が不気味なのだが。

「……」

 道が、街灯の照らすその足元にしか見えないのだ。

 それが照らす広さは、それなりに広い。はっきりと一本の道は見える。

 しかしそこから外側。街灯の照らしていない後ろ側。暗闇が広がるそこには。何もないのだ。お店とか家とか、水が通れそうな道とか。そんなものが一切ない。

 ただ暗闇が広がるだけで。

 まるで。その一本道しかないように見えた。

「……」

 そして、気づいた時には、その道に足を踏み入れていた。

 後ろを向けども、同じ道が続いているだけ。

 私が歩いていたはずのアスファルトの道が全くない。レンガが規則正しく並んだ道が続くだけ。

「……」

 それに気づいた瞬間。どっと、嫌な汗が全身から吹きだした。

 どことも知れないこんな道に。気づけばいて。これは夢かとも思いはして。頬を抓れば痛みが走った―いっそこんなこと確認しなければよかったと思ってしまった。

「―――!?」

 そうして、突然の恐怖に襲われて。来た道を戻るべきか、でも戻れるものなのかーと狼狽えていると。

 これまた突然。

 何かの影が。ろうそくの明かりを塗りつぶした。

 後ろから。

「――?」

 身体ががっちりと固まる。

 後ろにある何かを見るのが怖くて怖くて仕方ない。なんだろう。見ないでそのまま進もうか。どうしようか―

「あれ――?」

「――!?」

 第三者の声が聞こえた。

 凛とした、女性のように思えた。

 何だ。誰だろう。まさか、ファンタジーでしか見ないような魔女とかだろうか。そんなこと。

「おねーさん?」

「――」

 恐る恐る後ろを振り向く。

 もうどうせどうにもならない。私はどうされてしまうんだ。お母さんお父さんさよなら言えなくてごめん―

「――わぁ…」

 しかしなんとういうか。

 振り向いて、影の正体がはっきりと目に飛び込んできた瞬間。先ほどの恐怖も声の主の事も忘れて。

 つい。

 そんな、感嘆の声が漏れてしまった。


「……きれい…」

 続く言葉は、そんなもの。

 ―見た感じは、一軒家ほどの大きさだろうか。ガラス張りの展示室が外に向けられている。

 中には同じぐらいのサイズで、様々なデザインの。

 可愛らしく。美しく。無表情で。冷たいのに。

 どこか温かみを感じる―人形が並んでいた。

「嬉しいお言葉、ありがとう」

「……あ」

 うっかり忘れていた。

 声の主の事を。第三者の存在を。

 その声に現実に引き戻され。声のした方へ視線をやる。

 そこには一人の女性が立っていた。―全体的にすらりとした印象。身長もとても高く。髪はきっちりとまとめているのか、後ろで尻尾が揺れている。ピッタリとした黒のパンツに白シャツ。その上にベスト。と、どこか執事っぽい格好をしていたので、一瞬男の人かも思いはしたが。

「いらしゃいませ」

 その胸元が膨らんでいたので。きっと女性だろう。

 声も男性にしては、高いし。今の世の中、決めつけはよくないだろうけど。

「……あの、」

 つい目の前の光景に見とれていて、忘れていたが。今はこんなほうけて居る場合ではない。早く帰らなければいけないのに。

 というか、ここがどこで、これが何なのか。

「…えっと、その…」

「…とりあえず、中へどうぞ?」

 しどろもどろになる私をみて。何をどう思ったのか。中に入るよう促してきた。

 え、なんで?

「…いや、あの…」

「うんうん。とりあえず話は中で、紅茶でも飲みながら、ね?」

 いや、ね?ではなく。

 だから…

 となんとか、口を開いて何かを伝えようとしたが。スタスタと近づいて来て、手をひかれた勢いに驚き、されるがままになってしまう。

 ―いや、この人おしが強いな。いや、引きが強いと言うべきか?

「はい。ここに座って、」

「……わ…」

 中に入ると、更に圧倒される。

 等間隔に並んだ、色とりどり、多種多様な人形たち。

 どれもこれも、無表情で冷たくて、どこまでも人形でしかないのに。―なぜか、ぬくもりがある。

「はい、どうぞ、」

「……どうも、」

 いつの間に淹れてきたのか。差し出された紅茶を受け取る。

 橙の湯気が立ち上り。ゆらり揺れる琥珀が、中にある。

「……」

 こくりと。

 一口。

 その暖かな、液体を。

 流す。

「――!」

 涙があふれた。

 ポロポロと。

「――

 大粒の涙が。

 ジワリと視界がゆがんでいく。

 何だろう。どうして…

「……ここにはね、」

「――」

 目の前に座った、彼女が口を開く。

「ここにはね。ここにある人形たちはね。貴女みたいに、何かを抱え込んでしまった人たちに寄り添うように作られているの」

「……」

「人間関係とか仕事のこととか。そりゃいろいろ。その人が抱えてるものなんて、本人にしかわからない。それが、他人にとって小さかろうと。本人にとって、大きければ。それはそれが正しい。」

「……」

「貴女はどうやら、自分に対しても見栄を張るのが得意だったみたいね。だからきっと、気づかなかったのかもしれないね。そして、それがちょっと限界を迎えてしまったんだろう」

「……」

 涙はと止まることなく。ただ流れていく。

 けれど、止めようとは思はなかった。今はただ。

「はい、」

「……?」

 彼女はいつの間にか、その手の中に一つの人形を持っていた。

 可愛らしい服装に身を包み、青色の瞳でじっとこちらを覗きこむ。

「この子があなたと一緒がいいってさ、」

 ニコリと笑いながら、差し出す彼女は。とても眩しかった。

「大切にしてあげてね。」

 ―その子のことも。

 ―自分のことも。


 その言葉を最後に。

「……」

 彼女と、あの大きな建物はなくなっていた。

 見ればもう、家は目の前にあった。

「……よし。」

 胸に抱えた小さな人形。

 どこまでも冷たくて、無表情だけれど。

 確かに暖かかった。

 ―まるで、彼女の笑顔のように。


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