六地蔵の かさのもと
『笠地蔵』
「こんな吹雪の中、笠もなくては、さぞお寒かろう。
さあ、この笠で少しでも雪をしのいでくだせえ」
峠の道端にあるお地蔵さんに、おじいさんはそう言って笠をかぶせてやります。
お地蔵さんは六つ、笠は五つしかなかったので、足りないぶんはおじいさんの手拭をまいてやります。
そして、ちらちらと雪が降り始めるなか、おじいさんは家路に向かいました。
…がさ。
がさ。
その六地蔵の裏の林から、怪しい人影が出てきます。
その怪しい六人の人影は、おじいさんを見送りながら、こう言いました。
「はー、奇特な御仁もいたもんすねー、かあさん」
「うんうん!」
「お頭と呼びな!
ったく。
あんな御仁を食い物にして大きくなったのが今夜のあたしらの獲物ってわけさ。
悪徳商人の秘蔵の蔵をかっさらうのが今夜のお仕事さね」
その怪しい六人の人影は盗人のようでした。
「…それ、うまくいくの…?」
「かあさんの企てなら、問題ないっすねー」
「だから、考えなしだろお前」
「かあさん、雪が降りそうですよ」
「うんうん!」
「お頭と呼びな!
ったく、あの商人の家には近いうちに、お上からのガサ入れが入るってネタさね。
ガサ入れ前に蔵の物を少なくしてやって罪を軽くしてやろうってんだ。
感謝されこそすれ、あとくされも無いだろうよ」
「かあさん、雪が降ってきたですよ」
「お頭と呼びな!
しかたないねえ、ちょうどいいから、その六地蔵様から笠かりてきな」
「だから、そんなことしたらバチ当りますよ」
「なら、バチ当らないようしっかりと拝んどきな。
さっきのおじいさんの貧乏の敵討ちみたいなもんだ。
お地様のバチもなかろうさね」
「うんうん!」
「…おまえたちに拝んどきな、とは言ったが…、
掃除したり花を飾れと言った覚えはないよ。
なに、お供え物してんだい。
さっきのおじいさんが、お参りした時より立派にしてんじゃないさね」
「うんうん!」
「…バチは、ちょっと…」
「だから、そんなのないって」
「けど、兄貴達手入れに一生懸命したっすねー、あっ地蔵様、ちょっと笠かりますね」
「うんうん!」
「…かります」
「だから…、…かります」
「かあさん笠だよ、かぶってですよ」
「お頭と呼びな!
ありがとね、準備はいいかい?」
「かあさん、ぼくの笠が無いですよ」
「はぁ、もう、しょうがないね。
…。
おん か か か び さんま えい そわか
おん か か か び さんま えい そわか
おん か か か び さんま えい そわか
…。
六地蔵様がた。
盗人一家の我が家族ではありますが、弱き人から盗った憶えも、真っ当な人を傷つけた憶えも御座いません。
お天道様に顔を向けられるとは思いませぬが、雪に震え、地獄に落とされる云われもない所存です。
今宵の、この場の、この罪は、その無慈悲のもとお預かり下さい。
この笠と手拭は、その証として、朝までにお借りして、お返しに上がります。
…。
ほれ、おまえは、この手拭をかりてきな。
おまえたち、なにかあったときの集合場所は、この六地蔵様だよ。
ちゃんと覚えておきな」
「「「「はい」!」…」。」すねー」ですよ」
「かあさん、手拭ちゃんと、ほっかむりできないですよ」
「お頭と呼びな!」
…かさ。
がさがさ。
その夜、おじいさん夫婦が寝ていると、外で物音がして。
おじいさん達が、出てみるとそこには米・野菜・果物・着物などがたくさん置いてありました。
おじいさん達の目には、遠くに峠の六つの笠を被った人影が行くのが見えました。
…かさ。
がさがさがさ。
その六つ人影は、走りながら、こう言いました。
「だーかーらー、そーれーはー、持ってき行き過ぎだって!」
「うんうん!」
「…はぁ、あぁ…」
「そうっすねー」
「かあさん、ほっかむり、ちゃんと結べたですよ」
「お頭と呼びな!
ったく。
盗みが成功したってのに、なーんで重たい食いもん、こんなにもって来たんだい。
とちゅうで置いてくしかないじゃないさ。
金めの物だけで良いって言っただろうに、
しっかりと食わしてたはずなんだがねー。
よしっ
おまえたち、みんな、ばらけるよ。
集合場所は、六地蔵様んとこだ、みんな気ばんな!」
「だから、まって、かあさん」
「うんうん!」
「…はぁ…」
「そうっすねー」
「かあさん、まってーですよ」
「お頭と呼びな!」
その笠を被った人影は、あの盗人達でした。
…かさ。
がさがさがさがさ。
あの六地蔵の裏の林から怪しい人影が出てきます。
その怪しい六人の人影は、あの盗人達でした。
「はー、逃げ切れたようですねー、かあさん」
「うんうん!」
「…はぁ」
「そうっすねー」
「かあさん、追い付いたですよ、雪もやんだですよ」
「お頭と呼びな!
ったく。
夜どうし騒いだってのに、こっちの儲けは懐にある、これっぽちさね。
おう、六地蔵様。
これじゃ、あんまりな話じゃないかい?」
「…お頭、そんなことないんじゃないかな…?」
「うんうん! お頭!」
「…はぁ、…お頭」
「そうっすねー、お頭」
「お頭、これ、見て、ですよ」
「だから、お頭と、…みんなよんでるね。
なんだい?」
「「「「「ジャーン」!」…」。」すねー」ですよ」
盗人達は、盗んだ身に着けられる豪華な着物や宝物を見せびらかします。
「…まあ、
それだけあれば、ケチな盗人の溜飲は下がられそうだね。
地蔵様、さっきの言葉は悪かったよ。
…。
六地蔵様、約束どおり、この笠と手拭をお返し致します。
盗人一家の我が家族を、雪と寒さからお守りくださり感謝いたします。
今宵、盗みを犯した罪は、悪人から罪を奪ったことを徳となすこと望まずとも、
今宵も、弱き人から盗ったことも、真っ当な人を傷つけたこともなかったことこそ、僅かな誇りとなす所存です。
…。
おん か か か び さんま えい そわか
おん か か か び さんま えい そわか
おん か か か び さんま えい そわか
…。
さあ、おまえたち、地蔵様にちゃんと拝んでから笠かえすんだよ」
「うんうん! 地蔵様! 笠たすかった!」
「…はぁ、ありがとうございました…」
「だから、この笠は、…たすかりました」
「地蔵様、この笠、良いっすねー、マジ欲しいっす」
「お頭、お地蔵様に手拭ほっかむり、ちゃんとできないですよ」
「だから、かあさんと、よび…!
火縄の匂い!
みんなふせな!」
ダーーン!
と、銃声ともに、着弾がそばの木に当たり、残雪を降らします。
…かさ。
がさがさがさがさがさ。
「かあさん、お地蔵様に手拭ほっかむり、ちゃんとできたですよ」
「褒めてあげるから、ふせて、こっちきな!
みんな、追っ手だよ!
問答無用で銃撃とは何考えてんのさね。
ここは街道沿いだよ、誰かに当たったらどうすんだい!
みんなこのまま地蔵様の裏から逃げるよ!」
ダン! ダン! ダン!
と、銃弾が飛び交うなか。
追っ手は、六地蔵に銃撃をあびせる。
「だから、かあさん、銃弾が六地蔵様に向いてるって」
「…はぁ、笠のせいで六地蔵様と間違えられてるようです」
「六地蔵様に、感謝っすねー」
「六地蔵様、ありがとうございますですよ」
「うんうん!」
「みんな今のうちに逃げるんだよ。
こっちには六地蔵様のご加護あるんだ、捕まりっこないさね」
登場人物。
おじいさん「おばあさん、このお宝は、お地蔵さんたちが、昨日のお礼をしてくれたのかね?」
かあさん 落ちのびた姫君の成れの果て「お頭と呼びな!」
…「お地蔵さまのご加護のお陰で逃げ切れたようだね、みんな無事だね?
…。
…みんな…?
どこさね?」
長兄 声のデカい切り込み隊長。「うんうん!」
…「かあちゃんっ!!」
次兄 寡黙な参謀。「…はぁ」
…「…かあさん先に行ってて…。兄貴つれて、すぐ追い付くから…」
三男 苦労性のつっ込み役。「だから、それは」
…「かあさん、かあさん、かあちゃーん!」
四男 軽薄な交渉係。「そうっすねー」
…「かあさん、ほんとにずっと、楽しかったすねー」
長女 おバカな末っ子。「かあさん、ほっかむり上手に出来ないですよ」
…「かあさん、…先に、…行くのですよ」
…かさ。
がさがさがさがさがさがさ。
六人の人影
「「「「「はー、死ぬかと、思った」!」…」。」すねー」ですよ」
…「とっとと、返事しな! みんな!」