僕は君に恋をした。
轟々と鳴り響く雷の音。降る雨は自身が存在することを示すかのように地面に痕跡をつけていた。そんな天気が続く季節の中、僕は「彼」に出会った。大変な美少年の「彼」は同級生からすこぶる人気があった。「彼」が微笑む度に周囲の女性陣は黄色い悲鳴をあげて興奮した。「彼」が話しかけた女性は皆一様に頬を赤らめていた。でも僕は知っている。「彼」は「彼女」であるということを――。
僕はあまり喫茶店が好きではない。お金を払って着席することにどうしても違和感がある。それなりの駅に行けば喫茶店があることから言って、僕の意見は屈折したものと受け取られてもしょうがないことくらいわかっている。そんな僕が今日は駅ナカのコーヒーショップに入店している。この時点で何か異変が起きている訳だ。初めは何となく駅を歩いていただけだったのだ。そんな時にふとガラス張りの喫茶店の中に「彼」を発見して、身が震えた。そこにいた「彼」は「彼女」だった。顔は間違いなくあの美少年だった。しかし服装は女性のそれであった。そこにいた「彼」――「彼女」?――は見知らぬ人が見たら普段は女性に人気のある美少年とは到底思いつかぬ様な美しい女神だった。気がつくと僕は入店していた。「彼女」の顔をもっと見たい、そんな深層の意識が僕をそうさせたのだろうか?でもその日はそれ以上進展が無かった。いや進展させられなかった。話し掛けることが出来なかった。大学での「彼」には隠れファンがいるとよく聞く。好きでも話しかけられない女性たち。今日は何故かそんな彼女らの気持ちが痛いほど分かった。話しかけられないどころか、僕はできる限り「彼女」に気付かれないように遠い席――顔がギリギリ見えるくらいの――に座ってしまった。コーヒーを時間を掛けて飲んだ。そこまで美味しい物とは思えなかったが、飲みきったら「彼女」と離れてしまうのではないかという感覚が僕を支配していた。
どうやって帰宅したかの記憶がばっさりと抜け落ちている。気づけば玄関を開けていた。「彼女」の美しい顔への想いが僕の思考力を簒奪していた。
その日以来、授業を受けていても「彼女」――大学では「彼」か――の顔を探してしまうようになっていた。「彼」は僕にとっての運命の王子様となっていた。悲劇的なことに、彼は僕と親しい友人であった。この想いを悟られぬように生きるというミッションが、天から与えられてしまったようだ。