第二話
ライン川西南、アイフェル地方と呼ばれる高原地帯にプリュムという町がありました。
丘陵と森の多い、静かで落ち着いた町です。
しかし一概に田舎とは言えませんでした。
というのもこの修道院が王家の庇護による興隆で有名なのです。
そもそも百年ほど昔、この地方の有力貴族によりプリュム修道院は創建されました。
この修道院の創建者一族の女性を娶ったのが、カロリング王朝初代国王ピピンです。
その縁により、ピピンが行った大がかりな増設工事など、王家からの厚遇を現在まで得ていました。
その修道院の一室に、その少年はいました。
少年の名はシャルル。
十歳になる、この国の王子様です。
しかし王子様がいるには、相応しくない部屋でした。
武骨な石造りで、堅牢なばかりのつくりな上に、窓には鉄格子まではまっています。
扉も厳めしく、椅子や机、調度品は十分なものがそろっていますが、なんとも息が詰まる部屋でした。
シャルルくんは窓際の席に座り、憂いの光を帯びた碧眼が外を眺めています。
鉄格子ごしに遠く、遠い大地へと視線を巡らせていました。
今にも外に飛び出して、駆けて行きたい。
そんな切望を込めた眼差しです。
しかしその気持ちも、遊びに出たい少年らしい気持ちではなどではありません。
もっと切迫した状況がさせる懊悩ゆえでした。
凛々しさを象ったように形の良い眉はひそまり、薔薇のつぼみのような唇からは悩ましげなため息が何度も漏れます。
ふと、部屋の扉が開いて風が流れました。
さらりとした髪質の金髪が揺れてシャルルくんの視線も巡らせます。
「おとなしくしておったか、シャルルよ」
「兄上!」
入ってきたのは、超筋骨隆々で世紀末覇王みたいな作画でした。
シャルルくんが、少女漫画において年上にあこがれてたけどなんやかんやでいつも隣にいるやんちゃな幼馴染が好きなの!と最終的になるタイプのヒロインに選ばれる感じの少年なので、ふたりが並ぶと、それぞれ80年代ジャンプ漫画と、なかよしくらい作画が違っていました。
彼こそはシャルルくんの異母兄である、ロテール王子です。
王子といっても、八三三年、すでにロテールは三八歳でした。
ふたりの父は王様なのですが、母親が違っていました。
ロテールは最初の王妃との長男であり、シャルルはふたりめの王妃との子なのです。
この時、ふたりのお父さんであるルイは五五歳でした。
つまり一八歳でロテールをこさえて、四五歳でロテールをこさえています。
ルイはシャルルが長じるまで生きてられるか不安だったので、ロテールへ代父を担って欲しいと願いました。
それを受けてロテールは、シャルルの代父を務めることを神に誓っています。
つまり兄(父)です。
ところで王様とか王子様とかいってますが、この時のフランク王国はローマ帝国なので、実はそれぞれ皇帝とか皇子様でした。
でも別にフランク王国ではないってわけじゃないので、王様とか王子様とかで間違いではありません。
なので王様とか王子様で続けていこうと思います。
ちなみにその王子様であるロテールは、かつてルイと共同統治していたので、共同皇帝の地位にいました。
つまり王子(皇帝)です。
係長(社長)みたいな。
肩書がたくさんあるとややこしいなと思いました。
「兄上! 父上を幽閉したというのは本当ですか!」
「ふっ、もうお前の耳にまで届いておったか」
「どうして……」
「知れたこと! 今度こそ、俺が唯一至上の皇帝の地位を独占するためだ! 共同統治していた頃から、俺に権力が集中していなかったのが気に入らなかったのだ。俺は、全てを手中に収めてやるぞ」
拳を握りしめ、これ見よがしにマントを翻すロテールは超調子に乗っていました。
ごつい顔には不適な笑いが浮かんでいます。
実は三年前の八三〇年に、ロテールは他の王子と共謀して、同じようなクーデターをしています。
その時、失敗していながらこの顔です。
「優しい父上は、三年前の罪を許してくれたのですよ! なのにその恩を忘れてまた……!」
「ええい、黙れ!」
ロテールが近くの机を叩き潰しました。
その迫力にシャルルは息を呑んですくみ上ります。
「まがいなりにも代父を誓ったのだ。お前にはもう少し自由を許してやろうと思っていたが……そうやかましいのならば、ずっとここで生活をしてもらうことになるだろう」
ロテールの尊大な態度に、シャルルは身がすくんでしまいます。
それが悔しくて下唇を噛み締めました。
ロテールがふんと鼻を鳴らします。
「お前は十歳の王子様だ。ただそれだけでアイドル性がある……父上を棄てて、俺に従順でいるならば、なんかいい感じの王子様営業をさせて、世のお姉さまにきゃーきゃー言われる生活を約束してやろう」
なんという甘美なる毒のささやきでしょう。
しかしシャルルは、勇気を振り絞って毅然とロテールを睨み上げます。
「父上を見捨てるなどできるはずがありません! 兄上、父上を解放してください!」
「ふっ、くっくっくっ、ふははははは!」
ロテールの哄笑が響き渡ります。
「吠えよるわ、矮小な子供風情が! ふん、お前の態度は良く分かった。はこれからこの修道院に一生幽閉だ。ソワソンで父上が罪人として再起できなくなる風聞を楽しみにしておるのだな!」
はぁーっはっはっはっはっ!
という笑い声を残して、ロテールが扉を勢いよく閉ざします。
向こう側から鍵をかけられて、シャルルが開こうとしてもびくともしません。
「父上……」
扉に縋るような態勢で崩れ落ちて、シャルルきゅんが弱々しくつぶやきました。