第一話
八三三年、ザクセン地方。
その日、半世紀以上を勇猛に戦い続けた戦士が死の淵に瀕していました。
雷鳴の轟く、嵐の前の日のことです。
暗く雲が日差しを隠し、家の中も薄暗い感じでした。
殺風景な、部屋でした。
持ち主の質実剛健な性格をありありとあらわす部屋した。
しかしその持ち主も今は寝台の上で息も絶え絶えでした。
横たわる老いた戦士は、朦朧とする意識で手を伸ばします。
「ヒルド、ヒルドよ」
「おじい様、わたくしはここにおります」
寝台の隣に腰かけていた少女がその手を取ります。
凛々しくも美しい、銀髪のポニテ少女でした。
きりりとした釣り目がちの、十七歳のポニテ少女でした。
結構長めの髪で、背中まで届くポニテ少女でした。
そのポニテの先っぽでぺしぺしほっぺを叩いて欲しい。
万人にそう思わせる、見事なポニテ少女でした。
叩かれたい!!!!!!!!!!!
あと、腹筋バキバキでした。
胸だけ隠せればいいやって感じの服を着た上半身なので、腹筋とか丸見えですが、これがもうほんまたまらんでほんま。
もうバキバキです。
腹筋すごいバキバキでした!!!!!!
「おお、ヒルド。わしはもう逝く。雄々しく戦場で果てることなく、このように老いさばらえて死に瀕するなど……恥辱の極みじゃ」
「おじい様は十分、勇敢に戦い続けました。その武勇は遠い国にまで伝わっております」
「わしの武勇がなんだというのじゃ。結局ザクセンはフランク王国に屈した。今では、フランク王国にしっぽを振る者たちもおるという……憎い、我らの領土を蹂躙したシャルルが憎い!」
かっと目を見開いて、老いた戦士が激昂します。
「あの日、わしはシャルルが聖イルミンの柱を切り倒すのを阻止できなんだ! せめてあれを食い止めることができていれば、ザクセンの地をこうも踏み荒らされることもなかった……」
激昂と共に言葉を吐き出した後、老いた戦士はごほごほと咳き込みます。
ヒルドは胸をさすり慰めました。
その手を握りしめ、老いた戦士は切々と言葉を紡ぎます。
「ヒルドよ、頼む。わしでは叶わなんだ、シャルル打倒! わしに代わって見事果たしてくれ……」
「おじい様、わたくしにお任せください。おじい様に教えていただいた槍の技で、必ずやシャルルを打ち果たして見せます!」
「シャルル殺すべし!」
「シャルル殺すべし!」
雷光がふたりを照らします。
ヒルドの頬には、きらめく涙の跡がありました。
「もはや未練はない。さぁ、ヒルドよ」
老いた戦士が、ぐっと肌着をはだけました。
そして左胸をどんと叩きます。
ヒルドが、覚悟を決めたように槍を持ち上げました。
「さらばだヒルドよ。お前の父と母がいるであろうオーディンの館へと、わしも連れていってもらえると祈っておいてくれ!」
「おじい様ならば、必ずやヴァルキュリアに選ばれて召し抱えられましょう」
「うむ!」
「……おさらばです、おじい様!」
ぐっと、短く持った槍をヒルドが祖父の心臓に突き立てました!
雷鳴が轟き、稲光が歴戦の勇者の死に顔を照らします。
その死に顔を、ヒルドは網膜にしかと焼き付けました。
やがて、部屋の中の息遣いがひとつになりました。
ヒルドが、ぎゅっと槍を握りしめて言葉を震わせます。
「シャルル殺すべし!」