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Your Own World!!

作者: 黒鼠

数ある作品の中から、この作品を選んでいただきありがとうございます。最後まで楽しんでいただければ嬉しいです。

君だけの世界


『2019年5月27日、夜11時11分に合わせ鏡をすると世界が変わる!? アメリカの天才教授が予言!!』



 朝からクラス内はこの話題で持ち切りだった。僕もスマホのネットニュースに目を落とす。


『夜の11時11分から10秒間、合わせ鏡をして自分の姿を見続けよう。そうすれば、()()()()()()()()()が現れる。そこにあるのはいつもの世界。しかし、あなただたけが違っている!』



 なんとも馬鹿馬鹿しい。中3にもなれば、この手の話題が非科学的だということくらいわかる。

 それでもみんな、ロマンに恋するお年頃。クラスメイトたちは、今夜やってくる一大イベントの話に盛り上がっている。

 

 このニュースは1ヶ月ほど前に発表され、瞬く間に全国に広がり、ネット上は大騒ぎになった。



『ただ、世界が変わるのは5分だけ! そして選ばれた人間だけが可能だ。その後あなたは元の世界に戻る。その間したことは、現実世界の周りの人は誰も覚えていない。なぜならあなたの世界なのだから!』



 不自然な日本語に翻訳された論文の抜粋記事を見て、ますます信憑性が増している。

 そして、その記事はこう締めくくられていた。



『しかし、あなたは注意しなければならない。向こうの世界の人に、あなたが()()()()()()()()()()()()()()()()()。もし知られてしまったら、あなたは二度と元の世界には戻れなくなる(【Your Own World】 著:M.BLACKより抜粋)』


 "Your Own World"。なんか中学生でも考えられそうなタイトルだ。 それでも、引用元の論文にはいろんな実験結果や数式が並べられているらしい。

 こんなSFめいたことが本当に起こるのか?


 規模は違うといえ、2000年のノストラダムスの大予言の時もこんな感じだったのだろうか。まあ、僕は生まれていないからよく知らないけど。



 ニュースアプリを閉じて授業準備を始めようとしたら、隣の席の水野未來(みらい)が話しかけてきた。


「ねー、祐介(ゆうすけ)はどう思うー? やっぱりガセかな?」


「ガセに決まってるだろ。あんなことが起こるわけがない」


「なんだよぉー、一人だけ大人ぶっちゃってー」


 大人ぶっているんじゃない。もう中学3年生なんだから十分大人だ。

 未來がまだ子供なだけである。

 彼女とは昔からの仲だが、一向に精神的な成長が見られない。好き嫌いはするし、落ち着きがないし。髪型だって、ツインテールをピンクのゴムで留めた、小学生のようなスタイルだった。


 まあ、僕だって子供のころは、意味もなくアリの巣に水を流し込んではしゃいだり、ヒーローに憧れたりもした。

 でも、今はもう大人だ。そのへんは(わきま)えている。

 


「でも、もし成功したらなにしよぉー? イタズラし放題だよ!?」


「どうせ5分じゃ何もできないだろ。それにみんながみんな、できるわけじゃないんだろ?」


「あれ、なんだかんだ詳しいじゃん」


「うるせー」


 未來はセーラー服のリボンをいじりながらノールックで茶化しにくる。

 僕はスマホを再び触るふりをして会話を切ろうとした。それでも彼女は話を続ける。


「ねーねー、もし成功したら、祐介なら何する?」


「は? だから、ありえないだろ」


「だからー、もしもの話だってばー。『無人島に一つだけ持っていくなら、何にする?』ってのと一緒だよぉ」


「あー、そうだなー……堅実にサバイバルナイフとかじゃないか?」


「んもー、そっちじゃないよー! 異世界に行ったらって話ー」


「んあー、そーだな……」


 めんどくさいと思いつつも、全世界で使い古された質問にちょっと真面目に考えた。

 でも、特に思いつかなかった。……いや、なくはないのだが。

 何か答えないと許してくれなそうなので適当に答えることにした。


「あー……じゃあ、外で思いっきり叫ぶ、とかどうよ」


「プフッ」未來は鼻で笑った。


「なんだよ」


「あはは! あー、いや、祐介は子供っぽいなーと思ってさ!」


 そう言って彼女は大声で笑った。お前に言われたくない。


「確かに、元の世界に戻っても、そのことら誰も覚えてないもんね〜!」


「そういうお前は何するんだよ」


「ん、私? 私はねー……」


 腕を組んで考え込む未來。

 やがて、顔を上げて「特にないね!」と元気よく言った。


 なんだよ、僕はがんばって絞り出したのに。僕だけ恥ずかしいじゃないか。



「あ、じゃあさー、一緒にやらない? 今夜どっかに集まってさー!」


「断る、良い子は寝る時間だ」


 彼女は冗談ぽく誘ってきた。これを本気で受け止めてはいけないというのは経験則からわかる。だから、都合のいい時だけ子供を使った。


「えー、一人じゃなんか怖いよー」


「他の友達とやればいいだろ? てか、怖いならそもそもやらなきゃいいじゃんか」


 まあ確かに、論文であそこまで脅されると、一種の怪談のようでおっかない。それでも人は好奇心には勝てないのだろうが。


「ねー、だめー? いつもの公園とかでどうよ?」


「やらねぇよ、準備とかめんどくさいし」


「むー、いいもん、じゃあ一人でやるもん」


 未來はそれ以上なにも言い返さず、ただ頰を膨らませていた。そういうところも子供っぽい。




 HR開始のチャイムが鳴り、あれだけ盛り上がっていた生徒たちも席に着いた。


 その日の授業はまったく頭に入らなかった。誰もがそうだったであろう。みんな上の空で落ち着きがない。教師すらも、いつもより雑談が多かったり、時計を見る回数が多かったりと、明らかに今日の一大イベントを意識していた。


 未來は特にそわそわしていた。横目で見る限り、全然ノート書いてないし、教師の話も聞いていなかった。時折、教室の外をぼーっと眺めていた。

 


♢♢



「え〜、では最後に宿題のプリントを配ります」


 6限目の数学の終わり際には、みんないつも以上に疲労していた。もとから数学の時間は面白くないし退屈なのだが、今日は一段とつまらない。半分、いや4分の3は教師のせいなのだが。

 その数学教師はしわがれた声で、僕たちを眠りに誘ってくる。口癖は「え〜」で、言葉の枕にいつも置く。僕たちはそれを数えたりして、いつも暇を潰していた。


「え〜、では明日までにやっておいてください。明日の授業の最初に答えあわせします」


 えー、と文句を言うやつもおらず、みんな無言で受け取った。その気すらも起こらないのだろう。

 配られたのは、二次関数と直線との交点が作る三角形の求積問題だった。そんなに難しくはなさそうだし、すぐ終わりそうだ。

 でも、何人の人がちゃんとやってくるんだろ。明日には「異世界に行っていてできませんでした!」っていう言い訳が横行するに違いない。あるいは、「異世界ではちゃゆとやったんだけどな〜!」とかだろうか。



 放課を告げるチャイムが鳴った時、みんな何かの縛りから解放されたように背伸びをした。


 カバンに教科書を詰め込んでいると、未來が一声かけてきた。


「祐介、今日塾だっけ?」


「ああ、うん」


「そっか、んじゃ、先帰ってるね! また明日!」


 そう言って彼女は疾風の如く走り去っていった。元気だなぁ。

 それに対して僕は疲れきっていた。


 ふと、外を見ると五月晴れの空が広がっていた。世界が変わる様子なんてどこにもない。本来なら何気ない1日のはずだったが、今日は歴史どころか世界が変わってしまうらしい。


 なんだか、今日一日がとても長く感じた。塾に行くのが億劫になってきた。




****





 その日の夜。疲れきって塾から帰ってきた僕は、いつも通りテレビをつけた。ただ、テレビも異世界トリップの話題ばかりだった。『令和最初の大転換!?』なんて掲げて、各局有識者をゲストに迎えて討論したりしている。


『テレビの前のみなさん、これを試す際には十分に注意してください。あなたが異世界から来たと知られると大変なことになります』


 まじめに原稿を読み上げるアナウンサー。彼女も内心では馬鹿馬鹿しいと思っていることだろう。


『また、世界が変わったとして何をしてもいいというとではありません。節度をもって行動しましょう』


 むしろこっちの注意喚起のほうが大切だった。異世界に行ったと勘違いして、未來の言うイタズラでは済まされない、それを通り越した行為に及んでしまう人もいるかもしれない。

 何も起きないといいけど……



 風呂に入ったり、歯を磨いたりしているうちに23時になった。あと11分。テレビの画面ではカウントダウンなんかしちゃったりしている。

 まるで年越しの時のような盛りようだ。ただ渋谷の交差点の人々は、集まることなく自宅の鏡の前に待機していることだろう。


 父親も母親もこの手の話題には興味がないらしく、すでに床についていた。

 一人、テレビをぼーっと見つめる。さっきから同じ注意喚起を何度もしている。



 あと6分。

 今ごろみんな鏡の前に立っているのだろう。世界中の人間が鏡の前にいると思うと、なんだかおもしろい。行けるのは選ばれた人だけだってのに、みんな期待しちゃっているんだろう。



 あと5分。



「……」



 あと4分。僕はテレビを消した。



「……」



 あと3分。


 

「……」



 ……まあ……ちょっと試すくらいなら、ね?

 別に本気にしているわけじゃないけど。みんながやっているからそれに合わせるくらい、いいよね?

 そうだ、これは実験みたいなものだ。可能性が0であることの証明だ。何もないことを確認して、すぐ寝ればいい。

 もう一回、歯を磨きたい気分なのだ。

 

 


 僕は誰に見られてるわけでもないのに、忍者の如く足音を殺して洗面所に向かった。リビングから漏れる光が廊下を照らしている。


 あと2分。

 洗面所の電気を点けて、鏡を見つめた。

 僕の顔が映っている。

 そう、僕はこの時間にたまたま洗面所にいて、たまたま合わせ鏡をするんだ。


「あ……もう一個の鏡用意してないや……」


 母の部屋から姿鏡をもってくるか? いや、なんか親を起こしてしまいそうだし……

 急いで代用品を探した。


「これでいいか……」


 手頃な手鏡はなく、スマホの内カメラで代用することにした。



 あと1分。

 画面上部に小さく表示される時計と、鏡に映る自分の姿を交互に見た。

 鏡には、鏡の前で間抜けにスマホを構えるガキが映っている。

 ふと、我に帰って僕は思わず苦笑した。何やってんだろ。鏡の中の自分は、ひどく幼く見える気がした。数年前から何も変わっていない。

 それでも、僕は次第に胸が踊り出すのを感じた。99%不可能だが、1%でも可能性があると、どうしても期待してしまう。

 



 ーーそして、11時11分を迎えた。ーー


 僕はじっと鏡の中を見つめた。

 ーー鏡の中のスマホの中の鏡の中のスマホの中の鏡の中のスマホの中の鏡の中のスマホの中の自分を見つめるーー


 静かに時間だけが流れていった。

 鏡の中の自分は、表情一つ変えない。

 鏡の前の自分も、スマホに映る僕も。


 不思議な感覚に囚われた。こんなにまじまじと自分の顔を見ていると、自分が自分でなく見えてくる。

 これがゲシュタルト崩壊ってやつか。


 ……もう、10秒くらい経っただろう。

 辺りを見回した。さっきと何も変わっていない。


「やっぱりな」


 まあ、わかっていたことだ。異世界につながるはずがない。明日のネットニュースは『あの情報は間違いだった!』なんて見出しになるだろう。あの教授は学会追放かな。

 思ったよりもあっけなかったな。ちょっとくらい兆しが見えてもよかったのに。


 気づけば1分経っていて、11時12分になっていた。ため息を一つつき、洗面所の電気を消そうとしたその時ーー。



ピロパロポロン、ピロパロポロン



 スマホが鳴った。突然の着信音に心臓が跳ね上がった。

 相手を見ると未來だった。こんな時間に電話なんて珍しい。

 あいつも僕と同じように実験したから、その報告でもしにきたかな。


 僕は、一つ深呼吸をして、おそるおそる通話を開始した。



「もしもし?」


『あ……も、もしもし? こんな時間にごめんね、祐介』


「あぁ別にいいけど……どうした急に?」


『え、えっとぉ〜、あ! 今何してた?』


 その何気ない質問に少したじろいだ。あれだけ見栄を張った以上、鏡の前で実験していたなんて言えない。


「あー、ふつうに宿題してたとこ」


『そ、そっかー』


「お前は何してたんだ?」


『ん? あー、私も宿題してたところ。あ、わかんない問題があったから聞きたかったの』


「あ、あぁ、どれだ?」


『えっとー、プリントの2番の〜』


 意外だった。第一声は「やっぱりダメだったよ〜」とかだと思ったのだが、異世界の"い"の字も出てこないとは。未來なら失敗しても成功しても、嬉々として僕にそのことを話すと思っていた。

 彼女は数学の宿題を聞いてきた。僕もさっきやったところだった。


「あー、それは等積変形だ。点を平行移動させてだな……」


 手元にプリントはなかったが、さっきやった問題なので覚えていた。直線と平行に頂点を移動させる。すると、面積を変えずに、計算しやすい形にできる。学校では習わないが、塾で習った計算方法だ。

 

「そしたら簡単に面積が出るだろ?」


『うわー、なるほど、ありがと! やっぱさすがだわー、頭いいなぁ〜』


「褒めても何も出ないぞ」


『ふふっ、もう十分もらってるよ』


「ん? なにをだよ?」


『なんでもないー』


 僕は微かな違和感を感じた。いつもの未來らしくない気がする。声に勢いがないというか、電話越しにでもわかるくらいぎこちない。

 それに、いつもなら学校で「宿題写させて!」とか言ってくるのに、今日に限ってまじめに質問してきたりした。


「今日のお前なんか変だぞ?」


『っ…! いつもといっしょじゃい!』


 未來は音が割れんばかりに声を張り上げた。耳が壊れるかと思った。

 僕は反射的にスマホを耳から遠ざけた。


 11時14分。異世界の騒ぎなんてなかったかなように外は静かだ。

 世界中でこんなことをしていたのは、僕だけなのかと錯覚してしまう。僕だけーー


 待てよ、まさかーー

 僕は今、()()()()にいるのか?


 まるで異世界の予言なんてなかったかのような世界。明らかに不自然な未來。


 もしかして、僕は成功したのか? 僕は選ばれたのか?


 我ながら、思い当たる節がないこともない。

 僕は他のみんなとは何かが違うと思っていたんだ。何かが特別であるような気がしていたんだ。

 勉強も周りよりできる。スポーツもそれなりにできる。誰よりも落ち着いている。誰よりも大人だ。

 それに、実験でスマホを使ったのなんて、世界中で僕だけだろう。何か特殊条件を満たしたのかもしれない。

 いや、でもーー。

 

 とにかく確かめなければならない。

 もしこれが事実なら、時間はもう残されていない。


 未來に直接聞いてみるか……? いや、もし万が一ここが異世界なら、僕が異世界から来たと知られてはいけない。


 とりあえず未來との通話を終わらせるか。そのあとすぐにネットやテレビを確認しよう。


「じゃ、じゃあ、また明日な」


『え、もう寝ちゃうの!?』


「ちょっと用があってな。それに良い子は寝る時間だ」


 僕はすっかり目が覚めてしまっていた。胸の高鳴りが抑えられない。二次関数のように、さっきまで沈んでいた心が単調増加していく。


『ま、待って!』


「ん? なんだよ」


 11時15分。彼女は僕を呼び止めた。


『聞いてほしいことがあるの……ちょっとおしゃべりしよ……?』


「なんだよ、改まって」


『…ほ、ほら、その……祐介はクラスに気になる女の子とかいないの……?』


「へ?」


 未來のやつ、こんな時に恋バナを始めやがったぞ。

 ーーいつもはそんな話題出さないくせに。ますますおかしい。

 

「い、いると言えばいるし、いないと言えばいねーよ」


『どっち?』


 急にトーンが変わった。本当にどうしたんだ。


「ど、どっちでもいいだろ。なんで急にそんなこと」


『……』


 しばらく間があった。

 僕は一刻も早く通話を切りたかった。時間は迫っているし、何よりこの流れはまずい。うっかり口を滑らせかねない。

 これが異世界なら、何を言っても現実世界の未來は覚えていないのだが、まだわか……

 


『んにゃー! やっぱりじれったいわー!』


 彼女はまた突然声を荒だてた。

 彼女は大きく息を吸った。



『私は祐介のこと好きだから! 以上!』



「……は?」


 聞き間違いかと思った。あまりにも予想のつかない展開に頭が追いつかない。



 でも、一つだけ確信したことがあった。

ーーこの世界は()()()()()()


 現実の未來がそんなことを思ってるはずがないのだから。

 今まで、僕をからかうことはあっても、本気の素ぶりを見せたことはなかった。

 僕だって、少しは自惚(うぬぼ)れたこともあった。もしかしたら、未來は自分のことが好きなんじゃないか? と思った日がないこともない。でも彼女の態度を見ていると、僕はただの幼馴染としてしか見られていないのだと悟った。その度に少し落胆した。

 


「……」


 いや……あるいはこれが"未來の本心"なのか? いつもは見せない心の裏、裏世界の彼女の表の心なのか?


 それともこれが僕が望む、僕の世界なのか?

 異世界と、そこで起こっている不思議なことにもう頭が追いつかない。


 顔が熱くなるのがわかる。相手が目の前にいるわけでもないのに、きょどってしまう。謎の身振り手振りが空を切る。


 何か言わないと……。えっと……


 鏡に映った自分を見た。今までに見たことのない顔をしている。口を半開きにして、顔を真っ赤にしている。


 おい、どうした僕。いつものカッコつけはどうした?

 ここで気の利いた返しをするのが大人ってものなんだろ?




 …そうだ、どうせ何を言ったって彼女は明日には覚えていないんだ。ここは僕だけの世界、5分だけ許された僕のための世界だ。

 

 むしろ今しかない。今まで言おうとして言わなかったこと。機を逃して言えなかったこと、今言わなかったら後で後悔するぞ!



「……ぼ、ぼく……お、俺も好きだからな!」



ブチッ



 相手からの応答を聞くことはなく、通話が切れた。画面を見ると真っ暗だった。急いで電源を押しても起動しない。


「こんな時に充電切れかよっ……!」

 

 学校でも塾でもスマホを使いすぎた。こんなことなら充電しとけばよかった……!


 精一杯の大人ごっこは夜の闇に消えた。


 洗面所を出て自分の部屋に戻り、スマホを充電器に繋いだ。

 時計はすでに11時18分を指していた。それは既に僕の世界が終わったことを告げていた。



 ようやく起動したスマホに、新しい通知は届いていなかった。

 どうする? かけ直すべきか? そこまでしなくても、メッセージの一つでも入れるべきか?


ーーいや、あの世界で起こったことは、現実の彼女は覚えていないんだ。


 ここで「さっきの続きだけど……じゃあ付きあおうか」なんてメッセージを送ったら、何も知らない現実の彼女は困惑してしまう。

 ここはあえて「おやすみ」くらいでいいのか……? いや、僕からそんなことを言ったことは今まで一度もないし、それはそれで恥ずかしい……。


 やっぱり今日はもう寝よう。考えても答えが出ない。良い子は寝る時間だ。さっきまでの5分間は、この世界においては何もない時間だったんだ。それを気にする必要なんてないじゃないか。


 ドサッとベッドに横になった。


 目を閉じて、無理やり夢の中に行こうとした。






……眠れるわけがなかった。



 さっきの会話を頭の中で何度も反芻(はんすう)する。その度に、こう言えばよかったと反省する。今だからこそ、言いたいことがいっぱい浮かんできた。

 それをなぜ、あの時に言えなかったんだ。


「あーあ、やっぱり恋愛は苦手だ」


 天井に向かってそう吐き出した。

 数学なんかよりずっと難しい。誰にでもできるわけじゃないが、誰もやり方を教えてくれない。


 明日どんな顔をして未来に合えばいいんだろう。

 向こうは覚えていないんだから、いつも通りでいいんだろうけど……


 はぁ……僕は大人になれていないのかもしれない。そもそも、恋愛に慣れなければ、大人になれないのだろうか。



 ……大人ってなんだろ。

 




♢♢♢♢♢♢♢





 翌朝、世の中の熱はすっかり冷め、テレビでも異世界の話題は小さく報道された。ネット上でも、成功したという人と失敗したという人がいて、いろんな情報が錯綜していた。


 僕は眠い眼をこすりながら登校した。外は5月とは思えない暑さで、歩いているだけで額に汗をかいた。



 教室に着くと、すでに未來は席についていた。まだ冷房の付かない教室は、外よりも暑く感じた。


「あ、祐介、おはよぉ〜」


「あ、おう、おはよ」


 彼女はいつも通り声をかけてきた。いつもと何も変わらず、平然としている。

 僕も平常心で行かないと……

 あれ、今までどうやって喋ってたっけ。

 チラチラ横目に見ながら、話す様子を伺うことしかできなかった。そんな時、彼女の方から話かけてきた。


「やっぱり昨日はダメだったよ〜」


「あ、ああ、言った通りだったろ?」


「んー、誰か成功した人いるのかなぁ?」


 ドキッとした。汗が頬を伝う。本人を前にして言えるわけがなかった。なんとか話を合わせようとする。


「まあ、雷に打たれる確率みたいなもんだし、どっかにはいるんじゃないか?」


「そうだね〜」


 彼女と目を合わせることはできなかった。

 未來はリボンをいじっている。


 本当に何事もなかったかのようだ。このまま、この話題すらも、いずれ忘れられるのだろう。もって1週間ってところか。

 僕もいずれ、あの5分間を忘れてしまうのだろうか。一瞬に感じた、あの5分間を。


「それにしてもあっついね〜、まだ5月でしょ!?」


「そーだな、夏はどうなっちまうんだろ」


 顔が熱いのは暑さのせいに違いない。

ーーなんて、もう誤魔化すことはできない。


 でも、このモヤモヤをどうしていいかわからない。



 ただ、僕はこの世界にいるし、未來も僕と同じ世界にいる。それだけははっきりしている。それでいいじゃないか。チャンスなんていくらでもある。

 たった5分の異世界より、これからも続くこの世界を楽しむことの方が、十分魅力的で現実的だ。

 僕は無理矢理そう言い聞かせた。

 そうしてまた、何度も機を逃していくのを知らずに。

 





 あの夜のことが現実なのかどうかは、だれにもわからない。あの世界の彼女の気持ちは、彼女にすらわからないのだろう。


ーーだって、あれは()()()()()()だから。






 ただ一つ。


 彼女と僕だけが、数学の宿題を等積変形で解いていた。




◆◆◆◆





 彼は平然としていた。何食わぬ顔で登校してきた。

 やっぱりあの時私は……


 彼は何も覚えていないのだろう。これはきっと神様からの罰なのかもしれない。

 ずるい私への当然の報いだ。


 今までタイミングなんていくらでもあった。小学校で初めて自分の気持ちに気付いた時、修学旅行の夜、小学校の卒業式、中学校の遠足で同じ班だった時。そんな特別な時じゃなくてもよかった。いつもの帰り道でもいい、度々交わすメッセージでもいい。

 ーーたった一歩だけでいい。


 私はその一歩を踏み出さずにここまでやってきた。その一歩がどれだけ重かったことか。冗談ぽくいうことならいくらでもできる。その手を使って、今まで逃げてきた。でも、そうするたびに本気で想いを伝えることができなくなっていった。

 日を重ねるごとに、その金縛りはますます強くなっていったのだ。


 正直、その先なんて想像できない。今のままでも十分なはずなのに、私の中の何かがそれを拒み続ける。


 そんな時に、このニュースを知った。これが絶好のチャンスだと思ってしまった。始めは信じてなかったし、試してみようとも思わなかった。でも、この話題が全国でもてはやされるようになるにつれ、半信半疑くらいに変わった。



 彼が、何だかんだ言いながらも、この手の話題に乗っかるのはわかっていた。彼はまだまだ子供だし。私は彼のことなら何でもわかる。

 何年の付き合いだと思ってるの? 


「ねー、祐介ー、社会の教科書忘れたから見せてー」


「ったく、しゃーねーなー、ほらよ」


 私は、自分でも嫌になるくらい性格が悪くて、ずるくて、意地が悪い。神様がそんな私に与えたのは、チャンスじゃなくて試練だったのかもしれない。


 変わり続ける世界もあれば、変わらない世界もある。

 それでも私は相変わらず、愛も変わらず、面積を変えずに上手く変形し続ける。自分勝手に、わがままに。

 



「な、なあ、未來」


「ん? なにー?」


「結局お前、もし成功したら何するつもりだったんだ……?」


「どしたん、今更。信じてないんじゃなかったの?」


「仮の話だよ。『宝くじで1億当たったら何する?』ってのと一緒だよ」


「あっはは、そーだなぁ……」


 "もしも"、"仮に"()()なったら私はーー


「普段できないことをする、かな」


 独り言のように呟いた。


「は? なに当たり前のこと言ってんだよ。そんだけお金があったら、そりゃそーだろ。てか、そっちの質問じゃねーよ。もし異世界に行ったらって話だよ」


 彼は変なところで勘が鈍い。


「あーあ、やっぱり秘密ー! プライバシーの侵害ー!」


「なんだよ、お前だけずるいぞ」


「ふふっ! 宿題! 考えとくよーに!」


 私はいつもの癖で誤魔化してしまう。

 彼に解けるのかな。この問題には解答も、うまい手法もない。でも、解いてほしいな。わがままで、まだまだ子供な幼なじみのために。

 




 それにしても、結局、何で16分に電話は切れたのだろう。やっぱり時間切れだったのかな? 


 それどころか、電話をかけた相手がどっちの彼だったのか、それすら誰にもわからない。君の世界に私がいたのか、私の世界に君がいたのか、そんなの誰も知る由もない。


 いや、私にとってはどっちだって構わない。




ーーだって、あれは()()()()()()だから。




ここまでお読みいただきありがとうございました。


いかがでしたでしょうか。


自分の作風は、人によって好き嫌いが分かれる、というか嫌いと思う方のほうが多いと自覚しております。


ただ、前作長編のあとがきに書いたように、私は"私の世界"を大切にしております。

それがどこかの誰か一人の心に何かを残せたら、これほど嬉しいものはありません。


これからも、全力で楽しんで書きます。


もし、気に入っていただければ、お時間ある時に他の作品もご覧いただけると幸いです。


重ね重ね、ご拝読ありがとうございました。

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