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救われた世界より  作者: ここなっと
3/3

世界を繋ぐ試み

「おらあ!」


ゼノンがハルバートを思い切り振り下ろす。その一撃を模擬戦の相手は剣の腹で受け止める。


「甘えよ!」


そのままゼノンは回し蹴りを放ち、相手の鳩尾を強打する。その一撃に相手は吹き飛び、意識を手放す。


「他愛もねえ」


頭上でくるくるとハルバートを回し、ゼノンはつまんなそうに呟く。


「お疲れ。チーム戦はこれで終わりか」


後ろで待機していたアクトがゼノンの肩を叩く。帝国クラス1組との模擬戦闘授業、それがいま行っていた戦いの正体である。武器は双方とも学園支給の、刃がなく重さも極限まで削られているものだ。その上でこの手の授業は常に治癒魔導士が待機している。


「けっ、やっぱお前は出番なしかよ」


相手クラスの主将がアクトに悪態を吐く。模擬戦は5人のチームで行われ、一人ずつ戦っていき、先に3勝したチームの勝ちとなる。ゼノンは4人目の出場者であり、3人目の勝者となった。


「大将はどっしり構えておくのが仕事だからな」


アクトは悪態をついた相手に背を向け、手を振る。実際、アクトはこの手の模擬戦ですべて大将を務め、一度たりとも戦うところを見せていない。集団戦なら出てくるのだが、大方後衛を務めているので直接戦うことは少ない。前にカイとゼノンがいる、というのも大きいが。入学から一か月、そんな状態が続いている。


ちなみに今回の模擬戦の戦績はこうである。先鋒アルカナ:敗北。次鋒カイ:勝利。中堅リュテ:勝利。副将ゼノン:勝利。大将アクト:不参加。シオンはこの手の模擬戦に一度たりとも参加していない。さすがに王女様相手に武器を向けるのは誰もが躊躇うし、そもそもシオンの武装はかなりあれである。戦って勝てるビジョンがまるで見えない。


「くっ………!」


唯一敗北を喫したアルカナが地面を思い切り叩く。今回だけじゃない。S組が模擬戦を行うといつも同じ結果になる。順番こそ入れ替わるものの、アルカナが敗北し、他の三人が勝ち残る。そしてアクトは不参加になる。魔導の腕は確かに上がっているのだが、あまりにも無駄が多すぎるのである。そのためどうしても勝てず、簡単に敗北を喫する。その度にアルカナは苛立ち、焦る。それがまた無茶へと繋がり、攻撃的になる。ずっとこれを繰り返していた。


「てかなんで公爵令嬢があんなに強いんだよ………」


帝国一組の一人がぼそりと呟く。実際、リュテの実力は異常だ。びっくりするくらい強い。剣術はもちろんのこと、魔導の腕も装備の関係で全力を出せないアクトに迫るものがある。手数で攻めるのが得意らしく、アクトのような超重量攻撃は出来ないが、十分すぎるほどである。


「花嫁修業の一環です」


その呟きが聞こえたのか、リュテがどや顔で答える。


「妄想癖はどうにかした方がいいぞ………。そもそも戦闘技能が花嫁修業ってなんだよ」


アクトが脱力してリュテに突っ込む。いまだに存在の知れぬ剣聖の息子と脳内で婚約しているらしい。帝国一組にも、というより同学年全員にこの妄想癖は知れ渡っており、これ以外完璧なお嬢様として知れ渡っていた。


「少しいいですか?」


脱力していたアクトに保険医であるグレーテルが声をかける。


「実はアクトさんの実戦成績がないに等しく、評価が出来ない状態にあります。今回はこのまま5戦目に入りたいのですが、よろしいでしょうか」


「………」


帰ろうとしていた矢先、突然の試合宣言にアクトは眉間を揉む。


「………わかりました」


ただ否と言える状況ではないのでアクトはUターンする。


「けっ、こんな形でお前を舞台に引きずり出してもねえ」


先ほどアクトに対して悪態をついた生徒がつまらなそうに呟く。いまだにステージに立っていたゼノンはそこから飛び降りる。


「無様な負け方すんじゃねえぞ」


「負ける方が難しいわ」


ゼノンの軽口にアクトは肩を竦める。その一言に相手は額に青筋を浮かべた。


「てめえ」


背中に背負った大剣を構える。今にも斬りかかってきそうだ。アクトはそんな相手に、ポケットに片手を突っ込んだ体制で待ち受ける。魔導銃を構える様子もない。


「いつでも斬りかかってこい。先手はやる」


「ふっざけんなあああ!!!!」


アクトのその一言に相手はぶちぎれ、魔導による加速を行い、一直線にアクトに突っ込む。


「ブースト」


アクトはその魔導をさらに強化した。制御可能な勢いだったスピードは限界を越え、使用者の制御を離れる。アクトは一歩右に動き、直前までアクトがいた場所を対戦者が突っ切る。その際にアクトは足を引っかけ、転倒させた。


「ぶべっ!?」


限界を超えた速度で転び、相手は顔面でスライディングをする。それきり動かなくなった。


「………冗談だろ?いくらなんでも今のでおしまいはないだろ」


それを見たアクトが逆に驚く。手加減どころか悪ふざけにもほどがある行動である。それが決定打になっていた。少なくとも真っ当な騎士相手なら通じない遊びである。


「完全に気を失ってますね。これでは結局、アクトさんの評価は出来そうにありません」


グレーテルが相手の様子を確認し、あまりにもひどい試合内容に評価不能というコメントを残す。試合を見ていた生徒は全員、唖然とした。傍目からみれば、あまりにも馬鹿げた試合だったため。


「なら俺が相手を務めよう」


するとなぜか、帝国一組からカイが出てきた。それをアクトは半眼で睨む。


「お前はS組だろ。てかそもそも共和国出身だろうが。なんでそっちにいる」


「がっはっは!細かいことは気にするな!」


まったく細かくない指摘をアクトがすると、カイはそれを笑い飛ばす。


「………ま、今回はいいでしょう。時間もありますし」


グレーテルがカイとアクトの模擬戦を認めてしまう。それなりの実力者じゃないとアクトに軽くあしらわれて終わる、というのが先ほどの一幕でわかったからだろう。


「行くぜえ!」


カイが先ほどの対戦相手と同様に一直線にアクトに突っ込む。アクトは即座に同じ対応を行う。


「おらあ!」


が、同じ展開だったのはカイがアクトの隣に来たところまでだ。カイはアクトの足払いを受けることなく、隣を通り過ぎる直前に莫大な運動エネルギーを秘めた拳をアクトに見舞う。アクトはその一撃をなんなくバク転で躱した。そのついでにカイの顎を蹴り上げる。


「はっは!何がタイマンは苦手だ!」


カイはその蹴りを右手で鷲掴みにする。そのままアクトを振り回し、地面に叩きつける。アクトはうまく体制を立て直し、両手を先に地面について勢いを殺す。


「ストーム!」


それから魔導を発動させる。カイの足元から風が吹きすさみ、その体を持ち上げる。


「ブラスト、ショット、クエイク」


それからさらに、三つの魔導を流れるように発動させる。空気がカイの目の前で弾け、その体をさらに吹き飛ばす。さらに小さな気団がカイの上から撃ち落され地面に叩きつける。さらにその地面が揺れ、勢いよくカイを叩きつけた。


「チェインボム」


止め、と言わんばかりにアクトが右手を振るう。その右手の先の空気が連続して弾け、カイを吹き飛ばした。カイは空中で態勢を整えるが、落下したのはステージの外だった。


「ありゃ」


ステージの外に落ちたカイは後頭部をガリガリとひっかく。あまりにもあっさりとした終わり方に納得がいってなさそうである。


「………何だ今の」


が、それはカイ一人のみである。それ以外の生徒は全員が唖然としていた。アクトが行った魔導に驚いたため。アクトが使用した魔導はどれも、難易度が低いものであり、チェインボムが一ランク上とされるだけだ。だから一つ一つの魔導は驚くに値しない。が、それを流れるように、途切れることなく連続で発動させたとなれば話は変わる。


魔導の常識として、異なる魔導を連続して発動させることは出来ない。同じ魔導を連続で発動させるとなれば、かなりの鍛錬を積む必要がある。それなのにアクトは今、異なる魔導を絶え間なく、途切れることなく発動させた。


「なるほど、アクトさんの噂は本当だった、ということですね。帝国第四騎士団序列第八位、連鎖チェイン。あなたは現時点で評価する必要がありませんね。あまりにも実力差がありすぎます」


「そりゃどうも。正直、手抜きもいいところのチェインだけどな。本当は術式を連鎖させる、って意味での連鎖チェインだし」


グレーテルがアクトの噂を暴露し、アクトはつまらなそうにそれに答え、まだまだ本気じゃないことを告げる。


「じゅ、術式を連鎖………?術式を展開できるだけで魔導士の中だと一流って言われんのに、そんなことできんのかよ?」


帝国一組の誰かが呟く。術式とは魔導をより複雑化し、強力にするための手法である。アクトなんかは息をするように術式を展開するが、本来なら数十秒の展開詠唱をする必要がある。上位騎士となるとそのほとんどが数秒で展開してしまうが。


「なんだ?世話焼きが二つ名じゃなかったのか?」


「それはマジでやめろ。なんでそんなのがついたのかさえ不明だし」


アクトが見せた神業に唖然としつつ、ゼノンは野次を入れる。その野次にアクトはげんなりした。


「あとは早撃クイックって呼ばれることもある。とにかく俺は、魔導や術式の展開の速さを武器としている」


「だろうな。そうでなきゃあんな風に馬鹿げた速度で魔導を連発できるかよ」


アクトの告白にゼノンが吐き捨てるように言う。


「しかしまあ、それだとあのちび助と通じるものがあるんじゃねえのか?」


ゼノンが背中越しにアルカナを示す。アルカナは今のアクトの戦い方に目を見開いていた。


「まあな。タイプとしたら俺と同じ高速の魔導展開や術式展開を中心にするべきだろうし。あの刃のデバイスに拘り過ぎているところを見直せば、もう少しマシになるとは思うが」


「………っ」


ぎり、とアルカナが歯を噛み締める。同じタイプの魔導士と言われても、あまりにも差がありすぎてとても同じとは思えなかったのだ。


「そうやって」


アルカナが誰にも聞こえない声で呟く。


「そうやってみんな、私を虐げるんです」


アルカナがふらりと一人、歩き始めた。その足取りは夢遊病患者のようだ。そんなアルカナの行動に気付けたものは、誰もいなかった。





「あれ、どうしたの?」


1人、Sクラスの寮でティファナを弄っていたシオンがアルカナの帰りに気付く。それだけなら気に掛ける必要なかったのだが、一人だけなのが気になり声をかける。


「………」


シオンの呼びかけにアルカナは答えず、一人階段を上がっていく。シオンはその様子に首を傾げ、後を追った。3階でアルカナが自分の部屋へと入っていくのを見たシオンは、その部屋をノックした。


「アルカナさん、入っていいですか?」


返事はない。シオンは意を決し、その扉を開ける。


「お邪魔します」


部屋に入ると、その中の光景に息を飲む。散らかっているとかそういうわけじゃない。その逆だ。何もない。最低限の着替えと、授業に使う教科書、登下校に使う鞄を除いて。シオンの部屋は工具やらメカニクスの本で散らかり放題だというのに。


「………何か用ですか?」


備え付けのベットの上から、うつぶせに寝そべっているアルカナが入ってきたシオンに声をかける。その声にはいつもの覇気や毒々しさが抜けている。


「えーと、見事に何もない、ね」


シオンは言葉に詰まり、部屋を見た感想を告げる。


「部屋など寝泊まり出来れば十分です」


相変わらず俯せのまま、アルカナはそれだけを告げる。


「そ、それはなんか虚しいような………。それよりアルカナさん、どうしたんですか?元気がないようですけど」


淡白なアルカナの言葉に頬を掻き、それから本題に入る。


「………」


その問いかけにアルカナは無言を貫く。シオンは何が原因なのかを考える。


「えーと、アルカナさんも頑張ってるんですから、次はきっと勝てますよ!」


シオンが参加していない模擬戦闘の授業の結果を推測し、そんな慰めの言葉を告げる。その言葉にアルカナはピクリ、と反応を示した。


「頑張る?何をですか?あんな怪物がいるのに、私が何をするんですか?」


アルカナから返ってきた答えはそんな自虐的なものだった。シオンはその言葉に視線を彷徨わせる。


「もしかして、今日はアクトさんが出たん、ですか?」


シオン同様にほとんど模擬戦に参加していないアクトが出る。それは今まで未知数だったアクトの実力の片鱗が伺えるチャンスだったということだ。シオンは授業をさぼったことに後悔する。


「………出ないから評価不能と言われていました。その結果、あの怪物が姿を現しました」


アルカナが体を持ち上げる。


「何が、何が同じですか!」


それから枕を思い切り殴りつける。


「なんなんですか、あれは!なんであんな真似ができるんですか!」


何度も、何度も。感情を爆発させたアルカナにシオンは身を引きつつ、アルカナに声をかける。


「えっと、何があったのかは存じませんが、アクトさんは上位騎士の方ですし、それ相応の努力をなされているのかと。普段飄々としていますが」


「努力!?そんなの、私だってしています!なのに、何も変わりません!なにも、変えられません………」


シオンの言葉にアルカナは激情し、それから糸が切れたかのように再びベットに突っ伏す。


「私が創られた意味はなんなんでしょう。役割を与えられず、無力な私が創られた理由は、なんなんでしょう」


アルカナのその言葉にシオンは何を答えるべきかわからなくなる。そもそもかけられる言葉があるのかどうか。王女という立場にあり、偏っているとはいえ、確固たる才能を持つシオンに。


『誰もいないのか?ティファナが玄関に置かれてる状況とかなんかこわいんだが………』


しばらくの無言の後、下からそんな声が聞こえてきた。その声にアルカナはガバッと身を起こし、部屋を飛び出す。


「アルカナさん!?」


シオンは飛び出したアルカナを慌てて追いかける。寮の1階でアルカナとアクトが対峙していた。


「戦ってください、私と!」


アルカナがアクトに勝負を仕掛ける。アクトはそれをいつもと変わらない目で見る。


「ああ、いいぞ」


それから、今まで散々渋っていた戦いをあっさりと了承する。


「おいおい、どういう風の吹き回しだ?」


あっさり戦いを了承したアクトに、ゼノンが疑惑の目を向ける。


「無意味な戦いはしない。それだけだ」


アクトはそれだけを言い残して寮から出る。寮内の訓練場じゃ狭い、ということなのだろう。


「っ!」


アルカナがそれを追いかける。


「アクトさん、どういうつもりなんですか?」


シオンがゼノンに尋ねる。


「俺が知るか。ただ、何かしらの意味を見出してアルカナの挑戦を受けた、ってのは間違いないだろうな」


ゼノンがシオンの質問に答え、寮を出ていく。寮の前の広間で二人が対峙していた。アルカナは刃の魔道具を宙に浮かべ、アクトは魔導銃を構えている。


「おいおい、魔導銃まで構えんのかよ。さっきの模擬戦だと素手だったのに」


「さっきと理由が違うからな。今回はマジで行く」


ゼノンの呟きにアクトはアルカナから視線をそらさず答える。


「………」


その言葉にアルカナは身を震わせる。


「先手は譲る。ただ、そんなおもちゃが通じると思うな。以前の二の舞になると思え」


「っ」


アルカナが右手を振り上げたところで、アクトが忠告する。その忠告にアルカナは、動きを止めた。


「ブラスト!」


それから魔導に切り替え、攻撃を開始した。


「ブラスト」


それをアクトは同じ魔法、同じ威力で完全に相殺する。


「ショット、ウインド、フレイム、レーザー!」


「ショット、ウインド、フレイム、レーザー」


アルカナは魔導を連続で発動させる。当然の如く、アクトはそれらを同じ魔導で迎撃した。


「え、なんですか、この魔導の応酬は?二人とも発動早すぎません?」


先ほどの模擬戦を見ていなかったシオンがその異常な光景に唖然とする。


「わずかながらアクトの方が速いか。しかしあの速度で魔導を撃てるアルカナも尋常じゃねえな」


先ほどアクトの連鎖チェインを見ていたゼノンは、それに追いすがるアルカナの実力に舌を巻く。今まで刃の魔道具に拘り過ぎていたが、それを捨てればここまでやれるのだ。


「………ん?」


そこでふと、何かが引っ掛かりゼノンが首を傾げる。が、それが何なのかがわからず、答えが出ない。


「ほら、どうした。もっとギア上げられんだろ」


魔導の応酬の最中、アクトがアルカナを挑発する。アルカナはその挑発に乗ってか、さらに魔導の発動速度を上げた。


「ブラストサンダープレス!」


「っ!?第漆術式“閃光”照射!」


さらに魔導の発動速度を上げたアルカナに、アクトは初めて別の行動を行う。魔導銃を起動させ、即座に術式をくみ上げた。アルカナの発動した魔導を幾千もの光が撃ち抜き、貫く。その光はアルカナの刃のデバイスも撃ち落し、アルカナ本人の周囲の地面を焼き焦がした。いきなり行動を変えたアクトの一撃に、アルカナは反応しきれず、動きを止める。


「………今の感覚、忘れんなよ。俺みたいな頭打ちじゃねんだから」


アクトはくるくると魔導銃を手の内で回し、ホルスターへと収めた。


「………え?」


アルカナは何を言われたのかわからず、呆然とする。


「それ以上は自分で探せ。俺はそこまで親切じゃない。ただ、俺は結局のところ連鎖チェインってことだ」


アクトはもう試合は終わり、と言わんばかりにアルカナに背を向け、寮へと戻ってしまった。


「いや十分だろ連鎖チェイン


ゼノンがぼそりつ呟く。あれだけの速度の魔導を一人で発動させられたら、たまったものじゃない。それに付随するアルカナも十分、化物クラスになる可能性がある。


「な、なんというか、今までの魔導の常識がひっくり返った気分ですね」


常識的に考えるとあり得ない光景を見たシオンが、目を点にしている。


「それにしても、アクトさんはやっぱり世話焼きなんですね。アルカナさんに可能性を示したんですから」


それからアクトの評価を行った。


「んー、そうなんだろうが、なんか引っ掛かるんだよな。可能性を示したのは間違いないが、どうにも釈然としない部分がある。最後のあれだって、アルカナよりアクトの方が速いってのに術式撃ってるし」


ゼノンは謎の違和感を探ろうと戦いの要所要所を思い出そうとする。


「あ、そういえばリュテさんとカイさんはどちらに?」


それはシオンが話題を逸らしてきたことで強制的に中断させられたが。


「リュテは帝国組の連中と買い物に行った。出身は帝国だし、知り合いがいてもおかしくないからな。カイはアクトに一方的に負けたからか、武者修行とか言ってどっか行った」


「なんと言いますか、二人ともらしいですね」


ゼノンが二人の行動を告げると、シオンが苦笑いする。リュテに関しては何の異常性もない行動だが、カイに関しては何かがずれている。


「それは姫さんも人のこと言えないからな?模擬戦に参加しないのは学園側も了承してるが、見学にも来ないでロボ弄ってるのはどうかと思うぞ?」


「ロボじゃなくてティファナちゃんの整備をしてたんです!」


シオンもずれているとゼノンが指摘すると、シオンが訂正を求めてきた。





「ほら席につけ。今日は朗報があるぞ」


翌日、ディランが朝のホームルームでいきなりそんなことを言う。


「嫌な予感しかしない」


その言葉にアクトが眉間を揉んだ。ちなみにゼノンもろくなことじゃないな、という表情をしていて、リュテとシオンは興味津々の顔をする。カイは寝ていて、アルカナは何かを考え込んでいる。


「ほら起きろ。お前も現実に帰ってこい」


ディオンがチョークを2発、投げる。カイはその一撃を額にもろに受け目を覚まし、当たる直前で気付いたアルカナは首を傾げて躱す。


「朗報ってのは、Sクラス専用のプログラム第一弾が決まった」


「ブーっ」


ディランの言葉にアクトが即座にブーイングを飛ばす。元々このSクラスの設立に反対寄りの人なのだ。世話焼きの上、確固たる実力があるから馴染んではいるのだが。


「この専用のプログラムってのは1週間、各国の主要地域に行ってもらう遠征になっている。今回は連合国のフォルナって場所だ」


「あだだだだだ」


ディランがブーイングをかましたアクトにヘッドロックを決めながらプログラムの説明を行う。ちなみに誰一人としてディランの動きを目で追えなかった。アクトも同様である。


「え?」


アルカナが目を見開く。誰もそれには気付かなかった。


「ほんと先生には勝てる気がしないわ。動き見えなかったぞ。

遠方遠征って、社会科見学みたいなものか?確かにお互いの国を知っていくという目的に対して利に叶っているが………」


ヘッドロックから解放されたアクトが、額を摩りながら、内容を吟味する。


「その考えで間違ってない。ま、他国に行ったことない奴は楽しみにしてろ」


「ついでに言うと、俺もフォルナに行ったことはない」


ディランがにやりと笑うとカイも行ったことがないと告げる。


「俺はそもそも学園以外で帝国を出たことがない。主要地域ってことはそのうち帝都にも来るのか?行って帰るだけで1週間過ぎるが」


「それは検討中だ」


アクトが腕を組み、帝国の主要地域の一つである帝都について疑問を出すと、ディランは肩を竦める。さすがに遠すぎるのだ。


「ちなみに出発は明々後日だ準備しとけよ」


「みじけえよ!?急すぎんだろ!」


あまりにも短すぎる準備期間にゼノンが吠える。


「仕方ねえだろ。ギリギリまで調整してたんだから」


「ならせめてわかってる範囲で伝えろよ!必要なもんがいろいろあんだろ!特に女性陣!」


ディランの情けない言い訳にゼノンがさらに憤る。


「いえ、特には」

「急な外泊には慣れてますので、準備は常にしてあります」

「リュテさんと同じくです」


「………」


ゼノンの言い分が一瞬で砕け散った。ブスっとしてゼノンは腰を下ろす。


「俺も野宿には慣れてるな」

「サバイバルもよくやるぞ」


今度はアクトとカイがゼノンを裏切る。論点がずれていたが。


「てめえら二人は逞しすぎんだろ。特にアクトは見た目とのギャップが激しいわ」


ゼノンが額を押さえる。線の細いアクトが逞しいのはかなり違和感がある。実力とのギャップ差も大きい。


「あー、そういうわけだ。準備はちゃんとやれよ?」


「………へいへい」


完全敗北を喫したゼノンが机に突っ伏した。





「フォルナ、ですか………」


遠征当日、移動の鉄道の中でアルカナがぽつりと呟く。それを意外に思ったアクトは視線を本から逸らし、アルカナを見る。


「なんですか、汚らわしい」


その視線に気付いたアルカナが絶対零度の視線をアクトへと向ける。


「いや、独り言なんて珍しいと思っただけだ。フォルナに何かあるのか?」


読んでいた連合国の歴史入門の教科書を閉じ、アクトは何気なくアルカナに語りかける。


「別に。私が造られた場所なだけです」


「………ああ、ホムンクルス製造工場があるところなのか。確かに主要な場所だな、それは。てか他国の人間招いていいのか?」


「それは私の知ることではありません」


アクトの疑問にアルカナはツンとして答える。


「ホムンクルス工場ってことはやはりいろんな技術者の方が集まってるんですよね!?レインアーク教授やワイスマン教授もいらっしゃるんですか!?」


シオンが余計なところに食いついてくる。


「知りません。そもそも私が造られたのは5か月前です。1か月は学園で過ごしていましたし、4か月の間はほとんど博士と一緒でしたし。博士はいつも、他の方と喧嘩ばかりでほとんど他の人と関わっていませんでした」


シオンの質問にアルカナは身を引きながら答える。そうですか、とずこずこと身を引くシオン。そのまま年頃のお嬢様の会話とは思えない会話をリュテを繰り広げる。


リュテは異様に興奮した顔で剣聖のブロマイドを片手に話し、シオンはその顔を再現してどのようにロボに組み込むかを検討している。


「ああいうのがガールズトークでしょうか?」


「断じて違う」


アルカナが二人を見てそんなことを言い出したので、アクトが全力で否定する。


「それより博士ってのはアルカナを造った人か?」


「はい。あなたに負けず劣らずの変人でした」


「………」


アルカナの答えにアクトは黙り込む。遠回りでも何でもなく変人と言われたのだ。自分がまともじゃない、という自覚はあるため何も言えなくなる。


「私に食物を摂取するよう勧めてきたり、お茶に誘ったり………。ホムンクルスの第一人者である人が、ホムンクルスである私に何を望んでいたんでしょう。目的もインプットしていない、失敗作を造るくらいですし。本来ホムンクルスには与えられない名前を付けたりもしていますし」


アルカナがぽつりと自虐的に呟く。アクトは無言で顎を摩る。


「アルカナ、お前は」


「いい機会ですので、この際はっきりさせておきます。博士が何を望んで、私を造ったのか」


アクトが口を開くと同時に、アルカナはそんな決意表明を行う。アクトは何も言えず、肩を竦めるに留める。


「きっと、それ自体が目的だったんだろうな………」


それから誰にも聞こえないように、アクトは口の中でそれだけを呟いた。






「ここがフォルナか。なんつーか、近代的だな」


約2時間の鉄道の旅を終え、フォルナに降りたゼノンがそんなことを呟く。フォルナの駅前からビルがいくつも並んでいて、中央を通る大通りの先には一際大きなドームが存在した。


「お、おおー!ここがフォルナですか!素晴らしい場所ですね!」


シオンが異様に興奮していた。近代的な街並みにあてられたのだろう。


「ふぁああ。ようやく到着ね」


最後にあくびを噛み殺しながらサーシャが出てくる。ディランは別の用事があるらしく、今回はついてきていないのだ。代わりにサーシャが教師としてS組に同伴することになった。


「まずはあのドームのところまで行くわよ。あそこの主任が今回の研修を認めてくれたんだから。バスが出てるからそれに乗ればすぐよ」


それからパンフレットを取り出して生徒たちに指示を出す。


「バスはあそこです。ちょうど来ているようです」


アルカナが一角にあるバスを指さす。7人でそれに乗り、ドームへと向かう。


「なんだい、君たちは。ここは一般人の立ち入りは禁止だよ」


ドームに付き、中に入ると同時にそんなことを言われる。


「リンクス学園の者です。フォドラ博士に遠征の開始の申告に参りました」


サーシャが研究者だろう人物に話をする。すると研究者はああ、あの話か、と頷き、懐から電話を取り出す。一言二言話して電話を仕舞う。


「すぐに迎えの者が来るよ。しかしまあ、リンクス学園のS組ってことは………」


研究者が7人を見る。正確には、そのうちの1人、アルカナを。


「うわ、マジでSV707号がいるよ。アーゼル博士の失敗作が本当に学園に通うとか」


信じられないね、と研究者は肩を竦め、どこかに行ってしまう。


「なんですか、あれ。ひどい言い草なんですけど」


研究員の態度にリュテが腹を立てる。


「ここはホムンクルスの研究所ですので、ホムンクルスは物と同じ扱いです。それは私も例外ではありません」


アルカナが冷めた声でそんなことを言ってきた。


「………実際そうなんだろうな。実験なんてトライアンドエラーだ。製作物に一々気をかけてたら何も進まなくなる。見た目が人の分、胸糞悪いが。いや、寿命や命令に忠実なところを除けば人となんら変わらない、か。なおさら質が悪い」


アクトが吐き捨てるように言う。


「その通りです。本来、博士やあなたたちのように、一つのホムンクルスを必要以上に気に掛ける必要はありません」


アルカナがやはり、冷めた声で告げる。アクトはそんなアルカナの頭を乱暴に撫でる。


「無茶言うな。一人の学生としてアルカナはリンクス学園にいるんだろ。ならホムンクルスとかそんなのは関係ない。第一Sクラスは多国籍で、人種だって同じじゃない。その中の一つにホムンクルスがあるだけだ」


「勝手に撫でないでください」


アクトの言葉に、アルカナが迷惑そうにその手を振り払う。


「んあ?人種の話をしたことあったか?黒人とか混じってないぞ、このクラス」


カイが首を傾げる。アクトはそんなカイをまっすぐ指さした。


「熊だって参加してんだ。気にする内容じゃない」


「………なるほど、一理あります」


「いや、さすがにそれはないだろ!?」


アクトの適当すぎる指摘にアルカナは理解を示し、さすがにカイが憤る。


「あーはいはい。話してないで進むわよ」


いつの間にか来ていた案内の人の傍にいるサーシャが三人に声をかける。アクトとアルカナがカイを放って先に行く。カイは慌ててその後を追った。


「………一応聞いておきますが、アクトさんも人種、という意味では一般的な帝国な方じゃありませんよね?」


案内の人について行きながら、シオンがアクトに並び、そんなことを聞いてきた。アクトは軽く目を見開き、頷く。


「正確にはハーフだけどな。半分は帝国人だよ。もう半分は、まあ秘密ってことにしておこう。しかしよくわかったな。俺の見た目は帝国人寄りだからほとんどの人が言われてもわからないってのに」


「………ええ、まあ。これでも王女ですし、人を見る目はあるんですよ」


アクトの回答に、シオンは視線を逸らしながら答える。


「物理的な目だろ、それ………」


あっても役に立ちそうにない目である。


「こちらでフォドラ博士がお待ちです」


しばらく歩いた後、案内の人が一つの扉の前で立ち止まる。サーシャはノックをし、返事が返ってきた後にドアを開け、中へと入る。生徒もその後を追う。


「よく来たね、リンクス学園S組の諸君」


部屋の中で柔和そうな老人が一人、椅子に腰かけて待機していた。この人がフォドラ博士なのだろう。


「お久しぶりです、フォドラ博士」


顔見知りなのだろう、アルカナが一歩前に出て挨拶する。


「ああ、久しぶりだねSV707号、いやアルカナ君」


フォドラ博士は一度アルカナを識別番号で呼び、その後名前へと訂正した。


「シヴィル博士はいないんですか?てっきり一緒に待ち構えているのかと思っていたのですが」


アルカナは気にせず、別の博士の名前を告げる。その言葉にフォドラ博士は目を閉じ、首を横に振る。


「一週間前に亡くなったよ。君を送り出した後、持病の心臓病が急に悪化したんだ。そのまま還らぬ人になってしまった」


その言葉にアルカナは目を見開き、体を揺さぶる。


「………そうですか。確かに元から体調が芳しくありませんでしたし、仕方のないことなんでしょう。造りだしたホムンクルスより先に逝くとは思いませんでしたが」


しばらくしてアルカナから出た言葉はそれだった。


「そのシヴィル博士って人がアルカナを生み出した人か?」


アクトが一つ、アルカナに質問をする。


「はい。SVナンバーのホムンクルスを造った方です。私が最終ナンバーになってしまったようです」


「いや、博士は体調が悪化した後、もう一体ホムンクルスを造ってる。もともと凍結していただけの素体みたいだが、何かしらの役目を与えている。最終ナンバーは君の妹になる」


アルカナの言葉をフォドラ博士がわずかに修正する。


「………私を送り出した後に別の世話役を造ったんですか。非合理的な行動が目立ちますね。そもそも私にその役目をインプットしておけばいいものを」


その修正を受けてアルカナが毒を吐く。が、その言葉にはいつもの覇気がなかった。


「それも違う。シヴィル博士が造った最終固体は世話役の素体じゃない。何を命じたのかは知らないが、行動を開始するとともにどこかへ消えてしまったよ」


「………何をやってるんですか、あの人は。脈絡がなさ過ぎます」


アルカナがやれやれと首を横に振る。


「そもそも私を気にかけすぎです。真意もわからず仕舞いです。色々問いただすつもりでしたのに」


「………君の疑問はもっともなことなのだと思う。私も最初、ヴァント博士が何をしたかったのかわからなかった」


フォドラ博士もアルカナの言葉に頷く。それをアルカナは半眼で睨む。


「まるで今ならわかる、みたいな言い方ですね」


「否定はしないよ。答え合わせは行っていないけどね」


アルカナの視線に、フォドラ博士は頷く。


「ただ、その答えは自分で探して欲しいかな。それを知った今だとこんな言葉を使いたくはないが、あの博士の最高傑作である君なら、できるはずだ」


「………意味わかりません」


アルカナはそれだけ言い残し、部屋を出て行ってしまう。リュテはそれを慌てて追いかける。


「俺も退屈な話より、追いかけっこかな」


カイも出て行ってしまった。


「リュテはともかく、カイはいない方がいいか」


三人を見送ったアクトがそんなことを呟く。


「人の創造、ですね。そのシヴィル博士が最後になそうとしていたことは」


それからアクトが答え合わせ、と言わんばかりに単刀直入に尋ねる。


「当たらずとも遠からず。あの博士はそんなこと、考えてもなかったはずじゃよ。結果的にそうなっていた可能性もあるわけじゃが」


アクトの答えにフォドラ博士は肩を竦める。


「違うのか?俺もそうだと思っていたんだが。アルカナはあまりにも人すぎる。先ほどの最高傑作って言葉が頷けるほどにな」


ゼノンがフォドラ博士に尋ねる。


「だから当たらずとも遠からず、じゃ。ちなみに儂にアルカナほどのホムンクルスを造れ、と言われても無理じゃ。そもそもあの馬鹿はアルカナに関する資料を何一つ残しておらん。すでに消滅した技術じゃよ」


「シヴィル博士は独身でしたか?」


今度はシオンが質問をする。その質問にフォドラ博士は片目を見開く。


「その通りじゃ」


「けっ、そういうことかよ」


シオンの質問の答えにゼノンの合点がいく。


「ま、その話はいいじゃろ。今回の遠征じゃが、S組の皆にはホムンクルスに関して学んでもらう予定じゃ。さすがに製造方法とかは秘密じゃが、おぬしらの仲間の一人について、見えてくることがあるじゃろ」


それを区切りに、フォドラ博士はこの遠征の目的に触れる。


「と言っても今日は移動で疲れたはずじゃ。実際の講義は明日からになる。アルカナ君以外のホムンクルスと実際に触れあってもらう予定もあるから、どれだけアルカナ君が特別な存在なのか、それでわかるはずじゃ」






「アルカナちゃん、待って!」


逃げ出すように研究所から飛び出したアルカナを、リュテが捕まえる。


「………なんですか?」


リュテに捕まえられたアルカナは、冷めた瞳でリュテを見る。


「どうして飛び出したの?何かわかったかもしれないのに」


リュテがアルカナに諭すように話をする。


「博士がいなくなったのが寂しいのはわかるけど………」


「寂しい?私はそんなことを感じるように造られていません。造られるはずがないんです………」


アルカナは小さく震える。


「私に感情なんてありません。思考能力なんてありません。私はホムンクルスです。与えられた役割の元、動く人形、なんです………」


アルカナは空を仰ぐ。


「なのになんで、私には役割がないんですか………?なんで空っぽなのに、終わらないんですか………?博士は私に、何を望んだのですか?世話役もろくにこなせず、博士の汚名を雪ぐこともことも出来ない、出来損ないに」


「アルカナちゃん………?」


アルカナの呟きにリュテは眉を顰める。アルカナの在り方が歪だと感じたのだ。


感情や思考能力がないなんてことはない。いつも怒ったりいらだってばかりだが、感情を露にすることが多いし、物事を順序立てて考えることが出来ている。今の呟きだって、本当にただの人形なら出てくる言葉じゃない。そもそも役割を与えられていない人はたくさんいる。Sクラスのメンバーは貴族や騎士が多いので、役割がないということはないが。


それに博士の汚名を雪ぐ、なんて言葉はどこから出てきたのか。一体誰がそれを望んだのか。そもそも博士は汚名を被っていたのか。それすらわからないのに、出てきた言葉。それにアルカナが出来損ないなんてことはない。リンクス学園に通う人は皆、それなりに武術なり魔導なりに造詣があるか、シオンのように特殊技能を既に会得しているような人ばかりなのだ。そんな中で弱い、と言われていても世間一般的には強い部類に入る。


それにアルカナの比較対象に問題がある。アルカナが目の敵にしているのは、アクトだ。学生レベルではすでに別次元の高みにいるであろう人と比較を行っていれば、同じ次元の人じゃない限り霞む。


「アルカナちゃんは十分頑張ってるよ。きっといつか、結果が出るから………!」


「もういいです。博士はもう、いませんから」


かける言葉の見つからないリュテが、どうにかアルカナを励まそうとするが、アルカナにその声は届かない。


「博士の死を聞いた時、私は何もわからなくなりました。いつも通り振る舞おうにも、私のいつも、もわからなくなりました。博士の終わりと同時に、私も終わると思っていた時もありました。なのに、私は残ってしまいました」


アルカナがリュテを振り返る。その表情は、全てが抜け落ちたものだった。リュテはその物言わぬ迫力に、一歩後ずさる。


「なんでなんですか?どうして私は残ったんですか?博士は私に何を望んだのですか?何もできない、こんな私に」


もし泣いていたのなら、もし悲しんでいたのなら、リュテはまだ声をかけることが出来た。その悲しみは推し量れないが、それでも汲み上げることは出来た。


だが、アルカナは何もかもが抜け落ちた顔をしている。いつものような無表情でもなく、相手を見下すような、挑発的な表情でもなく。本当の意味で、全てが抜け落ちていた。


「おー、いたいた」


リュテがどうするべきか悩んでいたところに、後ろから声を掛けられる。アクトのものだ。アクトは何でもないかのように二人の元へ来て、アルカナを見る。


「――俺なんかより、よっぽど人間やってんな」


それからアルカナの頭を乱暴に撫でる。アルカナはその乱暴な撫で方にも、反応を示さない。


「私は人間ではありません」


アルカナはそんな言葉でアクトを突っぱねる。アクトはもう一度強く頭を撫で、戻り始める。


「きっとすぐわかる。博士がなんでアルカナを生んだのか。アルカナに何を望んでいたのか。その後はアルカナ次第だが、どんな答えを出しても博士の期待を裏切ることはないさ」


アクトはそのまま背中越しに手を振る。


「アクト、歩いてホテルまで行くつもり?バスあるけど」


そこにサーシャから声がかかる。アクトは一度その場で停止、そのまま180度回転してそそくさ戻ってきた。


「締まんねえな、おい」


ゼノンに茶々を入れられる。


「うるせえ。誰だって凡ミスくらいやるわ」


その言葉にアクトは顔を赤くして訴える。意図してやった行為ではないらしい。






「アルカナさん、隣いいですか?」


夜、テラスで夜風に当たっていたアルカナの元にシオンがやってくる。アルカナは一目シオンを見たが、それ以上の反応を示さなかった。


「ショックですよね、大切な人がいなくなってしまうのは」


「そんな機能は備わっていません」


シオンの語りかけに、アルカナはそっけなくそれだけ答えた。


「あるよ、間違いなく。なかったらそんな顔しないから」


シオンがアルカナの両肩に手を置く。


「アルカナさんはまだ幼いから。うまく自分の心を整理できてないだけ。誰よりも負けず嫌いで、努力家なアルカナさんだからわかる日が来ますよ。博士が何をアルカナさんに望んでいたのか。アルカナさんがその期待にどれだけ応えられているのか」


「………それは私にそうインプットされているからです。私は博士の望みを何一つ叶えることすら叶いませんでした。いえ、そもそも博士の期待すら知ることすらできませんでした」


シオンがアルカナに声をかけるが、その声はアルカナに届かない。


「じゃあ逆に考えてみたらどうかな?」


シオンはその回答を予測していた、とアルカナに話を続ける。


「アルカナさんは博士の望みを知らなくてもよかった。知らないからこそ、博士の望みを叶えられた。博士はアルカナさんに何もインプットしていなかった」


「ありません」


シオンの言葉をアルカナが一言で斬り捨てる。


「博士は私に何かを望みました。そうでなければ私が学園に行かせる理由はありません。それにホムンクルスは役目がないと存在を維持できません。それがホムンクルスなんです」


「じゃあなんでアルカナさんは役目を認識してないわけ?最初から自分に役目はない、って認識でしたよね?ですが、アルカナさんはそれでも問題ありませんでした。少し攻撃的でしたけど、私たちとの差なんて、体格くらいしか感じられませんでしたよ」


アルカナがあり得ない、とシオンの言葉を否定したら、今度はシオンがアルカナの言葉と、実際のアルカナとの違いを指摘する。


「それは――」


アルカナはその指摘に何も返せなくなる。実際、アルカナは自分に与えられている役目を知らない。


「私が認識する必要のない、役目があるはず、です」


アルカナが自信なさげに呟く。


「では、一つ仮定を」


シオンがアルカナに背を向け、部屋の中に戻ろうとする。


「そもそもアルカナさんがホムンクルスではない、としたら?」


「――――」


シオンの指摘にアルカナは言葉を失う。そのままシオンはその場を去った。


「あり、得ません。私には、造られた、記憶が………」


アルカナは一人、虚ろに呟く。その言葉は、夜空に吸い込まれて消えた。



「アルカナさん、隣いいですか?」


夜、テラスで夜風に当たっていたアルカナの元にシオンがやってくる。アルカナは一目シオンを見たが、それ以上の反応を示さなかった。


「ショックですよね、大切な人がいなくなってしまうのは」


「そんな機能は備わっていません」


シオンの語りかけに、アルカナはそっけなくそれだけ答えた。


「あるよ、間違いなく。なかったらそんな顔しないから」


シオンがアルカナの両肩に手を置く。


「アルカナさんはまだ幼いから。うまく自分の心を整理できてないだけ。誰よりも負けず嫌いで、努力家なアルカナさんだからわかる日が来ますよ。博士が何をアルカナさんに望んでいたのか。アルカナさんがその期待にどれだけ応えられているのか」


「………それは私にそうインプットされているからです。私は博士の望みを何一つ叶えることすら叶いませんでした。いえ、そもそも博士の期待すら知ることすらできませんでした」


シオンがアルカナに声をかけるが、その声はアルカナに届かない。


「じゃあ逆に考えてみたらどうかな?」


シオンはその回答を予測していた、とアルカナに話を続ける。


「アルカナさんは博士の望みを知らなくてもよかった。知らないからこそ、博士の望みを叶えられた。博士はアルカナさんに何もインプットしていなかった」


「ありません」


シオンの言葉をアルカナが一言で斬り捨てる。


「博士は私に何かを望みました。そうでなければ私が学園に行かせる理由はありません。それにホムンクルスは役目がないと存在を維持できません。それがホムンクルスなんです」


「じゃあなんでアルカナさんは役目を認識してないわけ?最初から自分に役目はない、って認識でしたよね?ですが、アルカナさんはそれでも問題ありませんでした。少し攻撃的でしたけど、私たちとの差なんて、体格くらいしか感じられませんでしたよ」


アルカナがあり得ない、とシオンの言葉を否定したら、今度はシオンがアルカナの言葉と、実際のアルカナとの違いを指摘する。


「それは――」


アルカナはその指摘に何も返せなくなる。実際、アルカナは自分に与えられている役目を知らない。


「私が認識する必要のない、役目があるはず、です」


アルカナが自信なさげに呟く。


「では、一つ仮定を」


シオンがアルカナに背を向け、部屋の中に戻ろうとする。


「そもそもアルカナさんがホムンクルスではない、としたら?」


「――――」


シオンの指摘にアルカナは言葉を失う。そのままシオンはその場を去った。


「あり、得ません。私には、造られた、記憶が………」


アルカナは一人、虚ろに呟く。その言葉は、夜空に吸い込まれて消えた。






「ホムンクルスとは、一言でいえば人造人間であることを示す」


翌日、Sクラスの面々は研究所でホムンクルスに関する講義を受けていた。


「ただ、人造人間と一言で言っても、実際の人とは大きな差異がある」


教鞭を振るっているのはまだ若い研究員だ。歳がSクラスの面々と近く、また研究員自身も自分の知識の再確認を行う、という意味を込められて採用されていた。知識の豊富なベテラン研究員は忙しくて、こんな雑用をしていられない、という事情もあったが。


「ここで問題。普通の人とホムンクルスの違いをそれぞれ一つずつ挙げてみて。出来る限り被らないように。あ、SV707は答えなくていいよ。いくらでも知ってるだろうし」


研究員が問題を出す。その際に、アルカナから回答権を剥奪した。


「ん、ホムンクルスと俺たちとの違いか………」


カイが顎を摩る。まだ誰も答えていない。回答権を剥奪されたアルカナはともかく、まずは座学方面で最も問題のあるカイに答えさせようという魂胆だ。


「………ちっちゃい?」


カイはアルカナを見た後、そんなことを口にする。


「今、なんでこっちを見たんですか?喧嘩なら買いますよ?」


その視線にアルカナが静かに切れる。一晩経って、少し落ち着いたようだ。それでも覇気が欠けていたが。


「やめろ。授業中だ。

食物ですね。本来、ホムンクルスは胃が弱く、ゼリー状のものや栄養剤じゃないと栄養補給が出来ない」


それをアクトが諫め、別の答えを口にする。その答えに研究員は頷き、他のメンバーの視線がアクトに集まる。アクトはその視線をさらっと流す。S組発足の日、何をやったのか、という疑念の目だ。


「そうだね。まあ身体的特徴として小さい、というのもあるけどね。アクト君はよく調べてるね」


研究員はその集まった視線の意味に気付かず、アクトを褒める。


「寿命、だな。本来ホムンクルスは2年くらいが限界だと聞いている」


次にゼノンが回答する。


「そうだね。最長記録でも5年が限界だ。中にはこれ以上長生きするホムンクルスを造ろうとしている研究者もいるけど、記録するのが大変だし、そもそも使い捨ての認識が強いホムンクルスの稼働年数を上げていく必要があるのか、という議題もある。介護用などの長期使用目的には理に適っていると僕は思うんだけどね」


ゼノンの回答にも研究員は頷き、捕捉を行う。


「役目、ですね。ホムンクルスは何かしらの目的や役目を与えられて、それをこなすと稼働が終了する、と聞いたことがあります」


次にリュテが回答する。その答えにも研究員は頷く。


「それも正しい。介護用のホムンクルスなんかはその役目より自身の寿命が先に来たりするけど、ホムンクルスの平均寿命が短のはそれが要因になってる、という研究結果もあるくらいだし。役目のないホムンクルスを生み出す、という研究もあったりするけど、それは全然成果が出てないよ」


研究員がリュテの回答も正解、と頷いてから補足を行う。


「感情ですね。ホムンクルスは喜怒哀楽を示しません。そういう感情を見せかけるように出すことは出来ますが、どこかちぐはくな喜怒哀楽になってしまいます。自立した思考回路を持たないことが原因ですね。そのためホムンクルスには曖昧な命令や臨機応変な対応を求めることは出来ません。生体を模した機械、というべきでしょうか。私としたらその製造方法や研究所法に興味があるんですか、それに触れることはありますか?その辺の研究の進行具合も知りたいです」


最後にシオンが暴走する。補足の必要性がない答えが出てきて、研究員が額に汗を浮かべる。


「き、君はよく知ってるね………。その辺の研究は私の専門外だからわからない、としか答えられないかな」


研究員が額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。


「まあ、君たちの場合、身近に具体的なホムンクルスの例がいるわけだし、最後の彼女以外知っていてもおかしくないよね。最後の彼女だけはちょっと知りすぎな気もするけど………」


それからアルカナを見る。


「え、今のアルカナに当てはまるか?」


そこにカイが疑念の声を出す。


「カイの言った小さいは当てはまるだろ」


そこにアクトがにやり、と笑いそんなことを言う。


「けど他は微妙だよな。寿命とかは知らんが、食物に関してはどっかの誰かさんが無理やり食わせてるくらいだし。拒絶反応とかも起きていないし、最近はゼリーとか飲んでる姿見ないぜ」


ゼノンがアクトの言葉に乗る。


「うーん、アクトさん策士ですね。一番わかりやすいところから突っかかりますか」


シオンがアクトがなぜ、食物に関して触れたのかを見抜く。


「感情もしっかりしてますよね。先ほどのカイ君の言葉に憤ってましたし、普段は怒りっぽいですが、それ以外の反応もきちんと示します」


リュテもシオンの説明に乗っかり、ホムンクルスとアルカナとの違いについて触れる。


「役目もですよね。アルカナさん、特に何かしらの縛りがあるわけじゃないですし。何より本人がその役目を自覚していないのに、継続してることがありえるんでしょうか」


最後に、シオンがリュテの言葉を拾う。


「ち、ちょっと待ってくれ!」


それらの言葉に研究員が慌てる。


「正直なところ、役目に関しては本人に自覚させない手法が確立してる。感情も怒りっぽいところがあるというのなら、十分再現性はあり得ると思う」


研究員が宙に視線を彷徨わせ、事実を確認するように呟く。


「けど、ホムンクルス用の食物以外を摂取して拒絶反応が起きない?考えられない。普通なら食べた瞬間に拒絶反応を示して吐き出すはずだ。改善しようとした研究もあるけど、人間同様の消化器を再現するのは難しく、全然進歩がない」


それからその場を行ったり来たりする。アルカナはその指摘に目を見開いた。


「………」


アクトは無言で椅子を引き、わずかに腰を上げる。


「シヴィル博士には申し訳ないけど、SV707はかなり特殊な固体みたいだな。サンプルとして研究連に回すべきだと思う。解体すれば研究において新たな進展も見られるか…………?」


研究員がそんなことを呟き始める。その言葉にアルカナは身を硬くした。


「済まないが、今日の講義は中断する。SV707は一緒に来てくれ」


研究員が懐から何かを取り出し、それをアルカナに向ける。アルカナは向けられたものをまっすぐ見る。


「さすがにそれを見過ごすってのは無理があるだろ」


研究員が動き出すより早く、その後ろにゼノンが立っていた。


「なんだい?私は研究を進めようとしているだけだよ?クラスメイトが一人欠けるのは寂しいかもしれないけど、ホムンクルスである彼女に拒否権はない。私が行っているのも正当な手順だ」


研究員は取り出したデバイスをゼノンに見せる。


「これはホムンクルスを強制的に従わせる装置でね。役目の上書きが出来るんだ。この研究所内でしか使えないロックが掛けられているけど」


研究員が肩を竦める。


「人権のないホムンクルスを私が連れて行っても何の問題にもならない。けど、君たちが怒りに任せて私に手を出すのは問題だよ」


「てめえ…………!」


ゼノンが拳を振るわせる。法、という盾の前に、ゼノンは手が出せなくなる。


「じゃ、こっちをどうにかすればいいわけだ」


するといつの間にかアルカナの後ろに移動していたアクトが肩を竦める。


「あなたたちに手を出すのは問題になる。けど、アルカナの所有権があるわけでもない。連れて行って研究所から逃げても問題ないわけだ」


「………屁理屈を」


アクトの言葉に、研究員が睨みを利かせる。


「SV707、そいつについて行くな。命令だ」


「………どうして、ですか?」


研究員が再度命令を出すと、アルカナが自分の掌を見つめ、呟く。その言葉に研究員は怪訝な目をする。


「どうしてって」


「どうして、私にはそれの効力がないんですか………!」


研究員が口を開くと、アルカナが感情を抑え込むかのように、言葉を吐く。


「それはすべてのホムンクルスに有効なはずです!例外はない…………!なのに、なんで…………?」


「なんだって?」


アルカナの言葉に研究員が目を見開く。


「…………まあいい。まずはSV707を調べてからだ。ただ君が失敗作だという言葉は取り消させてもらうよ。今までに例のないタイプのホムンクルスみたいだ。比較すること自体が間違いだった」


それからアルカナに向けて一歩踏み出す。


「よっと。第玖術式“斥力”発動」


それを見たアクトはアルカナを担ぎ上げ、術式を展開する。


「な、なにをあうっ」


いきなり担ぎ上げられたアルカナは抗議の声をあげようとして、衝撃に舌を噛む。常識を逸したスピードでアクトが走り出したのだ。


「…………ほんと、あいつは何もんなんだ」


信じられない勢いで抗議の部屋を飛び出していったアクトを見て、ゼノンがぽつりと呟いた。


「すまない。貴重なサンプルを発見したが逃げられた。鹵獲の準備を行ってほしい。対象はSV707。従来のホムンクルスとかけ離れた挙動を示している」


全員が呆れている中、研究員は通話装置でどこかに連絡をしていた。それを見ていた残った4人の生徒に囲まれた。


「………そこまでしといて、無事で済むと思うなよ?」


目の前に立ったゼノンがそう凄む。それだけで研究員は腰が引けたように逃げ出した。





「ここまでくれば平気か。つーかさすがに魔力マナが枯渇した」


アクトはアルカナを抱えたまま、フォルナを一望できる丘の上に来てそんなことを呟く。


「何をふざけたことを…………!それといい加減降ろしてください!」


枯渇した、とか言いながらケロッとしているアクトにアルカナが怒る。全然枯渇した様子が見られないからだ。それと肩に担がれている状態に関しても文句を言う。


「悪い悪い。けど、魔力マナが枯渇したのは本当。俺は特異体質で生命維持に魔力マナを使ってないんだよ。その分絶対量が少ないんだけど」


アルカナを降ろしつつ、アクトが謝る。それから普段使っている魔導銃を見せる。本来、自動的に魔力マナが供給され、起動しているそれが今は、完全に沈黙していた。


「つくづく出鱈目な人ですね。そんな人、聞いたことありません」


「有名じゃないからな。ただ、そこそこ同じ体質の人はいるぞ。気付かないこと多いだけで。シオンあたりは俺のこの体質に気付いていそうだし」


アルカナの半眼の睨みにアクトは肩を竦めて答える。


「それよりアルカナのことだろ。しばらく研究所に狙われるぞ。アルカナが特別だと気付かれたんだからな。さすがに解体まで行くとは思ってなかったけど…………」


アクトがその場に座り込み、話をアルカナに持っていく。


「…………一体いつから気付いていたんですか。私が普通のホムンクルスじゃない、ということに。いえ、そもそもホムンクルスかどうかすらわからなくなってしまいましたけど」


アルカナもアクトの正面に座り、話をする体制に入る。


「いつから、と聞かれたら地下に落とされた時、だな。前に見たホムンクルスとあまりにも違いすぎていたから。いやまあ、食物に関しては後から調べたことだからあの時は知らんかったけど」


アルカナの疑問にアクトは正直に話す。


「しかしホムンクルスかどうかも怪しい、か。それもそうだな。事実を知ってそうな博士はもういないわけだし。それをどう調べるか。研究所ならなんかわかりそうだけど…………」


「解体されるのは勘弁です。死にたいわけじゃありませんし、私がなんなのか、知ることが出来なくなります」


アクトが腕を組んで勘が込むと、アルカナも同様に案を出そうとする。


「となると博士が何か残している可能性を探った方がいいわけだ。フォドラ博士なら何か知ってる可能性があるけど」


「もしくは博士が最後に造ったというホムンクルスですね。そちらの線も調べた方がいいかと」


アクトがフォドラ博士に話を聞く考えを示すと、アルカナがもう一つの情報源を挙げる。


「それと、あなたが今知っていることを今話す必用もあると私は思います。まだ隠していること、ありますよね。色々と」


それから目の前にいる情報源に問いただす。


「………確証はないけど、一つフォドラ博士からアルカナを生み出した目的を告げられてる」


アクトはしばらく悩んだのち、その情報を提示することにした。いつ明かすのか、難しい問題だからだ。


「シヴィル博士は自分の子供を生み出そうとしたみたいだ。生涯独身だったらしいし、そういう思いが浮かんできてもおかしくはない。いつからそんな思いを抱いていたのかはわからないけど、5年前からアルカナに関する研究をずっとしていたらしい。SV706を造りだしたのが5年前みたいだし」


「………子供、ですか。それをホムンクルスで生み出そうとし、結果私が造られた」


アルカナはアクトの提示した情報を加味し、考える。


「………確かにそれは色々と辻褄が合います。私に役目がないこと。普通、子供にそんな役目なんか与えません。博士が私に色々と語りかけ、嬉しそうにしていたのも納得がいきます。私が自立した考えや、人に近い感情を持っていることも。学園に通わせようとしたのも、そう言った面からなのでしょう」


自分の子供相手なら、なんら一切の違和感がない博士の行動にアルカナはその仮説が有力だと判断する。


「ですが、それだけでは説明が出来ない部分が多々あります」


「技術面、だな。そちらに関しては完全に不明。そもそも記録が一切残っていないらしい。そっち方面調べるならシオンあたりに協力してもらった方がいいだろうな。俺は専門外だ」


「そうですね。どんなに強い思いがあっても、それを成し遂げるのは尋常ではありません。そもそも普通に子供をつくった方がはるかに楽です。年齢がそれを邪魔したのかもしれませんが。もしくは」


推測を重ねている中、アルカナは何かに気付いたかのように、眉を顰める。


「もしくは、私が記憶喪失の普通の人間、という可能性ですか。いえ、もしかしたら直接記憶を消した可能性も…………?」


それから飛躍した答えを出す。


「飛躍しすぎだろ。ちゅーか、ちゃんとした人間の記憶弄る技術なんかねえよ。ホムンクルス使って練習することは出来るだろうけど、人間の思考回路はホムンクルスと比べて複雑だ。同じように弄りまわすことなんてできやしない。人間を直接実験に使うような真似、出来るはずないし。

それと、魔導で認識を錯覚させることは出来るが、常に魔導を発動させておく必要がある。はっきり言って燃費悪すぎて実用性はない。第一認識をずらすだけで、記憶をどうにかする、なんてことは出来ない」


アクトが肩を竦め、アルカナの考えを否定する。


「それにいくら自分の子供が欲しいからって、記憶喪失の子供を騙すか?」


「………ないと思います。私の知る限り、そんな真似ができるような人ではありませんでした。それに培養槽にいた記憶を保持していますので、可能性は低いと私も考えています」


アルカナもその考えがないと思い、可能性が低い旨を告げる。


「そ、それはそれで生々しいな………。けど、それなら博士がなんらかの特殊な処置を施したホムンクルスを生み出したのは間違いないだろう。それが完全自立型ホムンクルス、アルカナだ。俺が考えるに、従来のホムンクルスに関する常識のすべてに当てはまらないと思う」


アルカナの物言いにちょっと引きながら、アクトはアルカナの能力に関する推測を口にする。


「そうですか」


アルカナがゆっくりと目を閉じる。


「………先ほど述べた通り、私は別に死にたいわけではありません。ですが、何をしたらいいのかもわかりません。目的のない私は、何をすべきなのでしょうか」


それから根本的なことをアクトに尋ねる。


「そ、それを俺に聞くか………?どっちかというと、教師の分野だろ、それ。てか明確な答えなんてないし、普通の人だって何をすべきなのか理解してる方が少ないんじゃないか?」


「そうでしょうか。S組の皆さんは明確な目標を、目的を持っています。あなたは主のため、リュテは将来の旦那様のため、カイは強くなるため、ゼノンはシオンの護衛、シオンは知識のため。目的があります」


アクトの詰まった答えにアルカナが反論する。


「あー。それ言われるかあ。反論しにくい。S組の面子は確かに目的がある、のか」


アルカナの指摘に、アクトは返事に困る。


「けど、なんとなく流されるように生きてる奴だっているはずだ。一日一日を足掻くように生きてる奴だっている。わざわざ答えを求める問いでもない」


アクトはなんとかそんな言葉を捻りだす。


「それが出来そうにないのなら、そうだな、まずは博士の真意を探る、ってのを目標にしたらどうだ?推測は出来てもそれが正しい、とは言えないんだから」


「そう、ですね。そうすることにします」


アクトの提案に、アルカナは戸惑う様に頷く。


「そうと決まれば、まずはこの場を切り抜けることを考えますか」


「………え」


アクトが急に立ち上がり、臨戦態勢に入る。それを見たアルカナは一瞬呆け、それから慌ててアクトの後ろに回りデバイスを展開する。


「Gaaaaa!!!」


いつからそこにいたのか、大型の熊の魔物がいた。腹を空かせているのか、口元からだらだらと涎を流している。


「本来なら強力な魔導が使えるあなたが中心に戦うべきなんでしょうが………」


「ガス欠中。ま、こいつがあるし、アルカナが魔導を使う時間くらいは稼げるさ。俺とこの前模擬戦を行った時の感覚を忘れんなよ」


アルカナがアクトをちらりと見ると、肩を竦めて刃渡り20センチくらいの短剣を取り出す。


「なんでそんなの持ってるんですか………」


「魔導が使えない状況を想定しておくのは騎士としての基本だ。本来は実弾拳銃使うんだが、さすがにそんな物騒なもん、持ち歩けねえよ」


アルカナがジト目でアクトを見ると、飄々と理由を答える。


「アルカナも想定した方がいいぞ。学生レベルならそんな状況に陥ることないだろうけど」


「善処します。ブラスト」


アクトの助言にアルカナは適当に答え、魔物への攻撃を開始する。突進を仕掛けてきた魔物に、空気の球をお見舞いする。魔物はその魔導を無視し、突っ込んできた。傷を負った様子はない。


「魔導効かねえタイプの魔物かよ!?こんな街の近くに出てくるとか聞いたことねえぞ!」


まったく傷を負っていない魔物に、アクトは毒づく。


「ショット」


再度アルカナは魔導を使い、弾かれることを確認する。それと同時に、アクトと対峙していた時のような調子が出ないことに、違和感を感じる。あの時はアクトの連鎖チェインについて行けたのに、今はあれの半分の速度でしか魔導を行使できない。


「はっ!」


アクトは魔物の懐に潜り込み、3度、切り込む。物理攻撃は無力化出来ないのか、血が飛ぶ。魔物はすぐさま目の前の獲物にかぶりつこうとしたが、ひらりとアクトはそれを躱す。


「よっと!」


それからその首筋に一太刀入れる。致命傷は避けられたものの、大量の血が舞い、魔物が怒りに吠える。大きく右腕をアクトへ振るう。アクトは体を回転させながら魔物の上に飛び上がり、その攻撃を躱しながら背中を切り裂く。


「それ!」


魔導がうまく通じないと判断したアルカナは、刃のデバイスで切り裂くことにした。数多の刃が魔物の体を襲う。が、分厚い皮を切り裂くことは叶わず、弾かれてしまった。


「それ、仕舞ってくれ。俺が近づけん」


出鱈目に動き回る刃のデバイスに、アクトは額を抑える。


「………」


アルカナはその指示に従い、デバイスを引っ込めた。それと同時にアクトが再び懐へ潜り込み、神速の太刀筋を見せる。目を貫き、関節を切り裂き、最後に首筋の弱点を切る。その間、アクトは一人魔物の攻撃を凌ぎきった。


「………なんなんですか、あなたは」


アクトの卓越した短剣の扱いに、アルカナは悔しそうに呟く。その太刀筋は、剣を使うリュテを上回っていた。


「昔、魔導銃じゃなくて剣を使ってたんだ。俺の剣は我流の、殺すための剣だから捨てたけどな。守るための力じゃない。だいぶ鈍ってるし、今となっては護身用程度だ」


血に倒れた魔物を背に、アクトは血を払って短剣を仕舞う。護身用にしては卓越しすぎた剣であったが、今ここにそれを指摘する人はいない。


「それよりさっきのあれはなんだ。ふざけてるとしか思えない魔導だったぞ。あんなちんけな障壁なら貫る。それに発動スピードもあの時の比じゃない。一瞬、俺を上回ったのに、なんで落ちてんだよ」


それからアルカナの失態について指摘する。


「………わかりません。あの時の力が出なかったんです」


アルカナは俯き、答える。それから驚いたように顔を上げる。


「上回った………?」


それはさすがに聞き逃せない一言だった。


「ああ。あの時、俺は俺の魔導発動ペースじゃ間に合わないことが瞬時にわかった。コンマ数秒程度だったけど、確かに上回れた。あのまま続けてれば、撃ち損じが生じていただろうな」


アクトは両手を組み、アルカナを見下ろす。


「まずわかったこと。まずアルカナにとって、その刃のデバイスは無用の物でしかないみたいだな。捨てろ、とは言わんが使う必要がまるでない」


アクトが今までのアルカナの戦い方から、一つの結論を告げる。


「最初はとんでもない武器かと思ったんだが、燃費が悪すぎる。一度奪った時にわかったが、それの魔力マナ消費量、尋常じゃねえぞ。それに個々に動かすことが出来ん。集団としての運用しかできないから、バラバラである意味がない。軽いから大した威力にならんし。よくもまあ、そんなもん浮かせたまま魔導が使えるよな」


「………」


アクトの指摘にアルカナは畳んだデバイスを見る。腰のポシェットに入るほどの大きさだ。


「………けど、これは私のために博士が用意した専用デバイスです。私の能力スペックを最大限に引き出すためのデバイスだと」


「なら何が原因で使いこなせていないのか、それを考えてみろ。そのデバイスの特徴とかにヒントがあるはずだ。少なくとも俺はそんなもん、使えねえ」


アクトは服に着いた土を払い、アルカナに背を向ける。


「血の匂いに誘われて魔物が来るのも時間の問題だ。戻るぞ。あ、俺が短剣使ってたのは秘密な。特にリュテとカイには。あいつら、俺が短剣使えると知ると、勝負吹っ掛けてきそうだ」


アクトが来た道を戻る始める。アルカナもその後に続く。


「模擬戦くらい受けたらどうですか?いくらあなたが無駄なことを嫌う性格でも、あなた自身の経験にならないとは限りません」


「――殺すぞ、二人を」


アルカナの指摘にアクトは抑揚のない声でそれだけを告げる。


「さっき言っただろ。俺の剣は殺すための剣。いくら鈍ってるとは言っても、その本質は変わらない。一度抜けば、何かを殺すまで止められない。止まらない。今回は魔物が目の前にいたから問題なかったが、人が相手なら、俺が剣を抜くことはない」


「あり得ません。あなたにはあなたの性格が、意思があります。それを失って殺す為だけに動くなんてことは」


「あり得る」


アクトがアルカナを見る。その瞳は、アルカナが今まで見てきた目の中でも、あまりにも無機質で、冷たいものだった。


「戻るぞ。くれぐれも剣のことは言うな」


有無を言わせない態度で、アクトはそれだけを告げた。







「うーん、なかなか難しい問題ですよね。あの後研究所はアルカナさんを捕獲する方向で動いていますし。私たちに関しては好きにしていい、という感じでしたけど。このまま講義も続けてくれるそうです。参加は任意で、アルカナさんを匿ってもいいそうです。たぶん、私たちの心情をおもんばかっての判断だと思います。シヴィル博士に恩がある方も総じて反対していますし、しつこく狙われる心配はないと思いますが………」


シオンがアルカナのしたいことを聞き、どうするべきか考える。


「少なくとも1人でアルカナを行動させるべきじゃないのは確かだ」


ゼノンが狙われているアルカナを見て呟く。


「かといって、アルカナちゃんを連れて研究所も行けないよね。アルカナちゃんの知りたいことに一番近いのって研究所だし」


「ぶっ飛ばせばいいんじゃねえのか?」


「脳筋の考えは求めていません」


リュテが困ったように首を傾げ、カイが問題外の提案をする。それをアルカナがばっさりと切り捨てる。


「明日、俺は研究所に行くぞ。今日飛び出しちまったし、フォドラ博士だっけ?になら追加で話聞けそうだし」


そこにアクトが明日の行動を告げる。


「じゃあそちらは一人に任せましょう。研究者に囲まれたところでケロッとして帰って来そうですし。目的も十分に達することが可能だと思います」


するとアルカナがそんなことを言い出す。


「………おい」


思わずアクトが半眼でアルカナを睨む。


「信頼してるんですね」


シオンが楽しそうにアルカナを見る。


「なんだかんだ私に構ってくるのはアクトですので。正直、うざったいですけど」


「泣くぞ、俺、泣くぞ?」


あまりのひどい言い草にアクトが落ち込む。


「それに私たちでは、彼の足を引っ張りかねませんので。私以外危機的状況ではないとはいえ、状況が読めない今、上位騎士であるアクトの能力パフォーマンスを最大限に発揮させる必要があると思います」


アルカナの言葉にアクトは怪訝そうな目を向ける。アクトの最大限の能力パフォーマンス、それは先ほど見せた短剣のことを指しているのはわかった。


「騎士と諜報員は違うんだぞ………。必要以上にハードル上げないでくれ」


「でしたら私も研究所に行きます。まだいろいろ聞きたいことありますし」


アクトが額を抑えると、シオンが研究所に行く旨を告げる。


「私ならアクトさんの足を引っ張ることにはならないと思います。ティファナちゃんに乗って逃げればいいんですから」


両手を合わせてシオンが屈託なく笑う。


「てかそもそも戦いになる可能性も低いけどな」


ゼノンが肩を竦める。


「相手は素人だ。姫さんも素人には変わりないだろうが、アクトという達人がいる中、無謀なことはしないだろ。第一、リンクス学園は魔物との戦いが授業にあるんだ。誰もがただの研究員に負けることはない」


「素人、ね………」


ゼノンの言葉にアクトは疑念の目をシオンに向ける。


「とりあえず明日は俺とシオンが研究所、残りは街中で集団行動ってところか。先生はどうするか知らないけど。それでいいか?」


それから明日の予定をアクトがまとめる。異論は上がらなかった。

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