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救われた世界より  作者: ここなっと
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リンクス学園

「皮肉なもんだよな」


4人掛けのボックス席を一人、独占している少年が呟く。それから読み終わった本を閉じ、窓の外を見る。


「20年前、この世界には魔王がいた。その魔王は皮肉にも、“人類の敵”であったわけだ。敵がいたから人類は手を取りあえた。が、“人類の敵”を失った途端、人類はその敵意を自分たちに向けた」


ふう、とあまりにも達観し、極端な見方をした少年は脱力するかのように椅子に寄り掛かる。その際に珍しい青みを帯びた白髪が流れる。


綺麗な少年だ。リンクス学園に通う生徒は10代半ばから20代半ばまで。その例に漏れず、その少年も10代半ばであり、この春からリンクス学園に通うことになった人物の一人である。その容姿は少年らしさがある割に、異様なまでに整っている。女性が嫉妬してしまいそうなほど奇麗なのだ。最も、女装させればわからないか、と聞かれたら否、と答える姿ではあるのだが。それだけ男らしさは溢れている。その上で綺麗、と言わせる容姿をしている。最も、今はさもめんどくさそうに脱力し、目を細めているのでとても綺麗、なんて言える雰囲気ではない。細めた目の奥から鋭く、赤い瞳が覗いていた。


「共通の目的があれば手を取りあえる。が、共通の目的がなければ私欲に走る。なら、今この学園でどんな“私欲”が待ってるんだか」


皮肉げに少年が笑う。手を取り合うことを目的とした学園の真実、そんなものはすでにわかっている、と言わんばかりに。


「ここ、いいですか?」


そんな少年の様子には気付かず、一人の少女がボックス席に顔を覗かせる。一人しか座っていないことに気付いたのだろう。礼儀として声はかけたが、少女は既に半身以上ボックス内に入り込んでいる。


「どうぞ」


特に断る理由のない少年は事務的な笑みを浮かべ、それから呆れる。少女がボックス内に持ち込んだ荷物の量に呆れたのだ。大きな鞄が一つに、小物を入れるためだろう、中くらいの鞄が一つ。それに対し、少年はほとんどの荷物を既に学園の寮に送っている。そのため手元の荷物は小さい手提げ鞄一つ。少年が乗った駅から学園は鉄道でも数日かかる距離だが、季節的に汗はそんなに掻かないので一張羅で事足りる。洗濯は出来ないが、シャワールームなども備え付けられているので、衛生的にも問題ない。少年のように遠方から来ているわけでもなければ、必要のない荷物である。荷物を送り忘れて数日分の着替えを手運びしている、とかじゃない限りならないであろう荷物だ。


「ふう」


少女は無理やりその荷物をボックス内に押し込むと、席に座る。一人で二人分の席を独占してしまった。少なくとも少年はそんな真似をしていない。誰も同じボックス内に入ってこなかっただけだ。


「あなたはどこからいらしたんですか?」


一度閉じた本を再度開いた少年に、少女が話しかける。少年は軽く首を横に振り、本をまた閉じてから少女の問いに答える。


「帝都アルガイダからです」


「へえ、帝都からなんですか!ずいぶんと遠くから来たんですね」


少年の答えを聞いて、少女が手を合わせる。そこで初めて、少年は少女の顔を見る。少し童顔だが、宝石のような少女だ。背中まで伸ばしたプラチナブランドの髪をポニーテールで纏めている。少年と同じ赤い瞳が、少年の赤い瞳と交差する。少女も初めてその少年の顔をしっかりと見る。男性としたらあまりにも綺麗すぎる顔を。珍しい髪の色もその綺麗さを際立たせていた。


ちなみにこの列車には帝国からリンクス学園に行く生徒しか乗っていない。その数は現在、30人前後。毎年40人の生徒がリンクス学園に送られているのだ。残り一駅あり、国境近くの生徒は直接学園に行ったりするのでまだ全員が乗っているわけじゃない。が、その生徒のほとんどが国境付近に住んでいる優秀な人物か、それなりに高貴な身分の人である。少年のように遠くにある帝都から来る、という人は毎年一人いるかどうか、程度になる。


「他に遠くから来られた方はいるんですか?」


少女は一瞬、少年の容姿に息を飲んだが、それでも興味本位で質問を重ねていく。ちなみに少年は少女の容姿を見てもなんの反応も示さなかった。


「俺――私の知る限り、首都より遠路を来ている方はいませんね」


少年は普段使用している一人称を使いかけ、慌てて切り替える。相手の方が身分が高い可能性が高いからだ。少年は目を引く容姿をしているが、平民である。奴隷(ほとんどが犯罪者)を除けば、最下位の身分である。身分にうるさい相手なら、一人称一つとってもいらだたせる対象となる。


「無理にかしこまる必要ありませんよ。同じ学生なんですから」


幸い、少女は身分に関して五月蠅い人ではないようだ。最も、この一言でこの少女がやんごとなきお方というのは確定したが。


「私はリュテーヌ・A・エルゼグザです。リュテと呼んでください」


少女、リュテが自ら名乗り出る。間に挟むAはアルバレアのAであり、それを名乗れるのは公爵以上の身分だけである。王家は伝統的にアルバレアを直接名乗るので、実質的に公爵家の人間となる。


「………アクト・フィファーンです。身分はありません」


少年、アクトもリュテに返す形で名乗り返す。それから手早く荷物をまとめ、アクトは席を立つ。それからでは、とリュテに声をかけてからボックスを後にした。公爵家の人間と関わりたくない、というのが見て取れた。


「あ………」


リュテが出て行ってしまったアクトに手を伸ばす。が、アクトはそれに気付くことなく、空を切る。


「うーん、帝都から来た、ということはあの人に関して、何か知ってそうなんだけど………」


リュテは頬に人差し指を当て、困ったように首を傾げる。それから気にしてても仕方ない、とばかりに大きな鞄を開く。そこにはとあるグッズが大量に収められていた。


「うへへぇ」


それを見たリュテの顔がだらしなく緩む。そのグッズはすべて、剣聖にまつわるものだった。





『この学園は帝国、連合国、王国の三国が手を取り合うためにつくられたものである』


入学式、壇上で柔和そうな初老の男性が話をする。リンクス学園の学園長だ。が、長々とエンドレスに近い形で話をするため、ほとんどの入学生がうんざりしていた。連合国から来た少年、カイ・オーレンもその一人である。カイは入学生の中で最も目立つ姿をしている。背が一つ飛びぬけて高く、体格もかなりがっちりしているのだ。目立たないわけがない。少し掘りの深い顔つきに、流すようにしている茶髪が特徴である。周囲にいるだけで怖い、という印象はないが、近寄りがたい雰囲気は出ている。現に両隣の生徒は委縮していた。


『皆さん、仲良く学園生活を送りましょう』


カイが船をこき始めると同時に、学園長のありがたくもない話が終わる。カイ同様、船を漕いでいた人が一斉にそれに気付き、慌てて姿勢を正す。それと同時に、カイは周囲を見渡し、もともと姿勢を崩していなかった人物が何人いたかを把握する。


帝国5人、連合国3人、王国4人と。ちなみにカイは連合国の人間である。最も、連合国は小さな国の集まりであり、帰属意識はかなり薄いが。それから別の人が挨拶を始める。カイは暇つぶし、とばかりに船を漕いでいなかった人を観察する。


カイがリンクス学園に来たのは、武術の修行のためである。独特な体術を会得しているカイは、他国の武術を取り入れることでさらなる高みへと昇るためにリンクス学園に入学したのである。先ほど船を漕いでいなかった人の中で、直感的に強者だと思える相手を探したのだ。


結果、帝国に2人、連合国0人、王国3人。もっとも直感で判断しただけだし、船を漕いでいない相手を見ただけなので他にも強者はいるだろうことはわかっている。


それから新入生の数を暇つぶしに数える。そこで違和感を感じた。


人が多い、と。本来、リンクス学園は各国から40人ずつ、計120人の生徒を集める。クラス分けも国ごとに分かれていて、20人ずつの計6クラスになる。同じ学び舎で学んでいても、他国の人と関わることなんてほとんどないという謎の仕組みになっているのだ。学園の創設理念と反しているが、それを指摘する人は誰もいない。


それなのに今回、人が多い。数え間違いかもしれないが、120人いるはずの入学生が、126人いる。そのことにカイは眉を顰める。


そのことを確認するため、何度か数えなおしをしていると入学式が終わる。それからクラス発表が行われた。といっても、国ごとに半数が呼ばれ、残りが別クラスになる、程度の発表にすぎない。


「――以上だ」


なのに、連合国から二人、名前を呼ばれずに残った人物が出た。そのうちの一人がカイ。もう一人は、学園長の話の間、船を漕いでいなかった小柄の少女である。名前を呼ばれないという異常な事態になっても、微動だにしていなかったが。


2人は同じ連合国の生徒から奇異な目を向けられる。その気持ちはカイにもよくわかる。カイも同じ気持ちだからだ。主観的か、客観的かの違いはあるにしても。


カイは周囲を見渡す。すると同様に、各国から男女一人ずつ、あまりが生じていた。帝国からは強い、と判断した白髪の少年、アクトと、ノーマークだった金髪の少女、リュテが。王国からは強いと判断した金髪の少年と、船を漕いでいなかった黒髪の少女が。


「………なぜ俺たちは呼ばれなかったんですか」


カイが首を傾げている中、アクトが一人、教師陣に説明を求めに動いた。声を掛けられた教師はにやり、と笑ってアクトの質問にその場で答えず、壇上にあがる。


『さて、君たち6人はなぜ自分が呼ばれなかったのか、疑問に思っているな?』


「当然だ」


カイも立ち上がり、アクトと同様に壇上へと教師を問い詰めるために上がる。


「いえ、私にそのようなプログラムはされていません」


後ろからそんな声が聞こえた。驚いてアクトとカイが声の方向を見る。そこにはカイと同様に連合国に所属している少女が、無表情で3人を見ていた。


「連合国のホムンクルス、か?なんでわざわざ学園に………」


アクトが一目見てその少女の正体を見破る。カイはその少女の言葉に納得が行きつつ、アクトと同様に何故、という疑問が生じた。


ホムンクルス、人造人間。あらかじめ知識をインプットさせ、成長した姿で誕生させた存在だ。見た目は人だし、能力も高い。が、結局のところ作られた存在であるのは変わりなく、思考能力を持たない。ただ命令を聞くだけのロボットと同じであり、学園に通わせる意味などない。寿命も数年と短く、下手をしたら王国が開発した自立型自動人形の方が稼働年数及び仕事量を越えていく。


「私は新型ホムンクルスSV707号、名称アルカナです。ホムンクルスの研究実験のため、学園に通うことになりました」


アルカナが淡々と自分のことを語る。アクトはやれやれ、と肩を竦める。カイは以前見たことのあるホムンクルスとの違いに驚いた。以前会ったことのあるホムンクルスはここまでしっかりとした会話は出来なかった。王国の自立型自動人形の登場でほとんど需要のないホムンクルスに何を期待しているのか、その狙いがわからない。


「くく、学園に通うホムンクルスとか面白すぎるな」


今度は王国の男子生徒がやってきた。短い金髪を逆立てた、見るからに不良と思しき男だ。


「ホムンクルスの入学が可能なら、ティファナちゃんの入学もいいですよね!?」


すると今度は王国の黒髪の少女が教師に詰め寄る。その後ろからバチバチ、と音を立て、一体の人形が姿を現す。王国の自立型自動人形だ。


「事情が違う。そもそも人じゃないだろ、それは。それより話が進まないから静かにしてくれ」


出鼻を折られた教師が額を押さえ、詰め寄ってきた4人を睨む。それから1人動き損ねたリュテが慌てて壇上に上がってくる。それを見たアルカナも壇上へと昇ってきた。そのことにカイは両目を見開く。


何の命令もされていないのに、ホムンクルスが動いた、と。そもそも先ほども誰も聞いていないのに自ら名乗り出ていた。流暢に話すことを含め、普通のホムンクルスではないことがよくわかった。


「はあ、やっぱ全員集まってきたか。まあいい」


教師が6人の人物を見る。国も性別も、何もかもが異なる6人を。


「君たち6人は特設クラス、S組に配属される生徒になる」


教師が6人を順番に見る。


「アルバレア帝国、アクト・フィファーン、リュテーヌ・A・エルゼクザ」


「………」


「え、え?」


アクトとリュテが呼ばれる。アクトは考え込むかのように顎に手を当て、リュテは突然の内容に困惑する。


「フィアル連合国、カイ・オーレン、アルカナ」


「………」


「はい」


次にカイとアルカナが呼ばれる。カイは見定めるように教師を睨み、アルカナは無表情に頷いた。


「レスガント王国、ゼノン・アルブレスタ、シオン・レスガント」


「あ?」


「むー………」


最後にゼノンとシオンが呼ばれる。ゼノンは教師を睨み、シオンは不満そうに教師を見た。


「いや、レスガントて」


そこにアクトが思わず口を挟む。シオンの苗字がもろに国名なのだ。引っ掛からない方がどうかしている。王族以外考えられない。


「生徒同士の交流を深めるのは後にしてくれ。まずはこのクラスがなんなのかを説明する」


「………」


一方的な教師の言葉にアクトが無言で睨む。教師は一度、咳ばらいをし、6人の新入生を再度、見る。


「君たちSクラスは今の世界情勢を正すために特設されることになった新クラスだ。各国から代表の生徒を集め、共に学ばせる。お互いの国が分かりあうための布石となるために」


「降りさせてもらう」


教師の簡単な説明に、アクトが即座に踵を返す。あまりにもあっさりとした物言いに、アルカナを除いたその場にいる全員が唖然とする。


「………君はそう言うと思っていたけどね」


そんなアクトの前に一人の女性教師が立ちふさがる。


「けど、いいのかな?君たち6人は全員、すでにSクラスへの配属が決定してる。つまり他のクラスに入る余地はないわけだ。あぶれた6人組。そこを抜けるとなると、学園を抜けることになる。帝都から来てる君は帰る足もなく、頼れる相手もいない。路頭を迷うことになるよ?」


それから女性教師は一歩アクトに近寄り、何事か耳打ちする。


「………ほとんど強制としか言えないような脅しじゃねえか」


アクトは露骨に眉を顰め、首を横に振る。脅しに屈したのだ。


「他の者たちも異論があるなら聞き届けよう。ただ、彼のように抜けるとなれば、学園をやめることになる」


「見事なまでの脅しっぷりだな」


ゼノンも脅している教師を睨む。


「が、悪くねえんじゃねえの?もともと存在意義のわからなかった学園に一石を投じようってんだ。付き合ってやんよ」


それから参加表明を示す。


「わ、私も国際平和に繋がるなら参加します!」


それからシオンも参加表明を示す。


「ま、異論はない」

「問題ありません」


続いてカイとアルカナも同意する。修行のため学園に来たカイも、ホムンクルスであるアルカナも特別クラスに配属されることに不満はない。


「えっと、私も問題ありません」


リュテも頬をかいて賛同する旨を伝える。


「脅しておいて今更だろ」


最後にアクトが肩を竦める。


「全員参加だな。ま、一人を除いて問題なさそうな人を選んだから当然だな」


「ならなんで俺を入れた」


教師が頷き、わざわざ反論するであろうことが予想されたアクトが不満の声をあげる。


「一人、反骨精神みたいなのが必要だからよ。それにとある方からの推薦もあったしね」


女性教師が面白そうにアクトを見る。その視線にアクトは露骨に顔を顰め、背ける。


「くく、反骨精神、ねえ」


ゼノンが面白そうにアクトに肩を組む。


「それならこんな風に他国の人間に肩組まれんの、心底嫌じゃないのか?」


「あんま馴れ馴れしくすんな」


アクトが軽く腕を払う。が、かなりがっちりと肩を組まれていて外れない。そのことにアクトはむすっとする。


「別に多国籍の人を嫌っているわけじゃない。大きな流れの中に一石を投じただけで何も変わらない。無意味だと思っただけだ」


やがて腕を振り払うのを諦めたアクトが疲れたようにゼノンを睨む。


「そうやって全てを割り切るのは早すぎやしないか?あまりにも達観しすぎている」


その言葉にカイが口を挟む。アクトのどこか諦めている物言いに、眉を顰めた。


「彼の言いたいこともわかる。が、だからと言って何もしない、という選択肢は存在しない。このままでは20年前に戻るだけだ。今度は人間同士の争いになるが」


そこにまるで何かを見越しているかのように、教師がアクトの前に立つ。


「皮肉なもんだよな。魔王がいれば、人は手を取りあえた。が、いなくなったらいなくなったでその刃を自分たちに向ける。俺も人のことを言えたことじゃないだろうが、“目的”がなくなった途端、欲が出た」


アクトがゼノンの腕を払う。ゼノンの拘束も緩んでいたのか、今度は腕を完全に振り払う。


「かの英雄様も、やったことは本当に正しかったのか?魔王がいれば、このような人と人が争う構図にはならなかったんじゃないのか?」


「っ!」


アクトのあまりの物言いにリュテがアクトの胸倉を掴む。


「正しいに決まってる!剣聖様は世界を救ったのよ!」


リュテがアクトに吠える。アクトはいきなりの剣幕に目を白黒させる。


「見方の問題ですよ。確かに剣聖は世界を救ったんでしょう。ですが、ひとたび別の見方をすれば、そんな見え方もします。私がすれているだけかもしれませんが、そんな視点が存在するのも確かなんですよ」


アクトはリュテに冷静に返す。言葉使いが丁寧なのは自国の公爵家の人間が相手だからだろう。その言葉にリュテは何も言い返せず、黙り込む。仮にも公爵家の人間なのだから、その手の話は聞いたことがあるのだろう。


「面白い方ですね。一般的とは異なる視点から事実を見れる、というのは一種の才能ですよ。そこから新しい発想や発明に繋がるんで、どのようにしたらその手の見方を出来るようになるのか、お伺いしたいですね」


今度は面白そうにシオンが近寄ってくる。アクトは緩んだリュテの手を優しく外し、シオンに一礼する。


「たいしたことではありません。このような見方しかできないだけですよ」


アクトは2人から一歩下がる。公爵家の人間であるリュテはもちろんのこと、おそらくレスガント王国の王女であるシオンとも必要以上に関わりたくない、というのが本音なのだろう。


「ふむ、なんでそんなに二人から距離を置くんだ?」


2人から身を引いたアクトにカイが近づく。


「2人ともたいした実力ではあるまい?お主の方がずっと強いと思えるが?」


アクトがカイを見る。かなり体格のいい少年を。真正面から戦ったら力押しでまず勝てないであろう相手だ。


「相手は帝国の公爵令嬢と王国の王女様だぞ?腕っぷしならそうそう簡単に負けるつもりはないが、身分というものがある」


「ふむ?二人とも自分の身分に対して言及していたか?」


アクトの言い分にカイが首をひねった。


「いやわかるだろ。ミドルネームやファミリーネームから」

「ただのリサーチ不足です。少しは頭を使ったらどうですか?」


カイが首をひねるとゼノンがアクトと同じ考えのもとの指摘を行い、アルカナからは毒が飛んできた。思わずアルカナに視線が集まる。


「なんでしょうか」


視線が集まったアルカナが首を傾げる。自分が何を言ったのか自覚していないらしい。


「とりあえずいいか?」


勝手に話をしている生徒たちに咳ばらいをし、教師が割り込んでくる。


「私はディラン・マグダエルという。君たちの担任教師だ」

「サーシャ・ライデンよ。副担任を務めるわ」


今まで名乗る暇がなかった二人の教師が名乗り出る。


「なんというか、予想していたよりかなり濃そうなメンバーが集まったみたいだが………。とりあえずこれからオリエンテーションを始める。場所を変えるからついてきてくれ」





『この学園は帝国、連合国、王国の三国が手を取り合うためにつくられたものである』


入学式、壇上で柔和そうな初老の男性が話をする。リンクス学園の学園長だ。が、長々とエンドレスに近い形で話をするため、ほとんどの入学生がうんざりしていた。連合国から来た少年、カイ・オーレンもその一人である。カイは入学生の中で最も目立つ姿をしている。背が一つ飛びぬけて高く、体格もかなりがっちりしているのだ。目立たないわけがない。少し掘りの深い顔つきに、流すようにしている茶髪が特徴である。周囲にいるだけで怖い、という印象はないが、近寄りがたい雰囲気は出ている。現に両隣の生徒は委縮していた。


『皆さん、仲良く学園生活を送りましょう』


カイが船をこき始めると同時に、学園長のありがたくもない話が終わる。カイ同様、船を漕いでいた人が一斉にそれに気付き、慌てて姿勢を正す。それと同時に、カイは周囲を見渡し、もともと姿勢を崩していなかった人物が何人いたかを把握する。


帝国5人、連合国3人、王国4人と。ちなみにカイは連合国の人間である。最も、連合国は小さな国の集まりであり、帰属意識はかなり薄いが。それから別の人が挨拶を始める。カイは暇つぶし、とばかりに船を漕いでいなかった人を観察する。


カイがリンクス学園に来たのは、武術の修行のためである。独特な体術を会得しているカイは、他国の武術を取り入れることでさらなる高みへと昇るためにリンクス学園に入学したのである。先ほど船を漕いでいなかった人の中で、直感的に強者だと思える相手を探したのだ。


結果、帝国に2人、連合国0人、王国3人。もっとも直感で判断しただけだし、船を漕いでいない相手を見ただけなので他にも強者はいるだろうことはわかっている。


それから新入生の数を暇つぶしに数える。そこで違和感を感じた。


人が多い、と。本来、リンクス学園は各国から40人ずつ、計120人の生徒を集める。クラス分けも国ごとに分かれていて、20人ずつの計6クラスになる。同じ学び舎で学んでいても、他国の人と関わることなんてほとんどないという謎の仕組みになっているのだ。学園の創設理念と反しているが、それを指摘する人は誰もいない。


それなのに今回、人が多い。数え間違いかもしれないが、120人いるはずの入学生が、126人いる。そのことにカイは眉を顰める。


そのことを確認するため、何度か数えなおしをしていると入学式が終わる。それからクラス発表が行われた。といっても、国ごとに半数が呼ばれ、残りが別クラスになる、程度の発表にすぎない。


「――以上だ」


なのに、連合国から二人、名前を呼ばれずに残った人物が出た。そのうちの一人がカイ。もう一人は、学園長の話の間、船を漕いでいなかった小柄の少女である。名前を呼ばれないという異常な事態になっても、微動だにしていなかったが。


2人は同じ連合国の生徒から奇異な目を向けられる。その気持ちはカイにもよくわかる。カイも同じ気持ちだからだ。主観的か、客観的かの違いはあるにしても。


カイは周囲を見渡す。すると同様に、各国から男女一人ずつ、あまりが生じていた。帝国からは強い、と判断した白髪の少年、アクトと、ノーマークだった金髪の少女、リュテが。王国からは強いと判断した金髪の少年と、船を漕いでいなかった黒髪の少女が。


「………なぜ俺たちは呼ばれなかったんですか」


カイが首を傾げている中、アクトが一人、教師陣に説明を求めに動いた。声を掛けられた教師はにやり、と笑ってアクトの質問にその場で答えず、壇上にあがる。


『さて、君たち6人はなぜ自分が呼ばれなかったのか、疑問に思っているな?』


「当然だ」


カイも立ち上がり、アクトと同様に壇上へと教師を問い詰めるために上がる。


「いえ、私にそのようなプログラムはされていません」


後ろからそんな声が聞こえた。驚いてアクトとカイが声の方向を見る。そこにはカイと同様に連合国に所属している少女が、無表情で3人を見ていた。


「連合国のホムンクルス、か?なんでわざわざ学園に………」


アクトが一目見てその少女の正体を見破る。カイはその少女の言葉に納得が行きつつ、アクトと同様に何故、という疑問が生じた。


ホムンクルス、人造人間。あらかじめ知識をインプットさせ、成長した姿で誕生させた存在だ。見た目は人だし、能力も高い。が、結局のところ作られた存在であるのは変わりなく、思考能力を持たない。ただ命令を聞くだけのロボットと同じであり、学園に通わせる意味などない。寿命も数年と短く、下手をしたら王国が開発した自立型自動人形の方が稼働年数及び仕事量を越えていく。


「私は新型ホムンクルスSV707号、名称アルカナです。ホムンクルスの研究実験のため、学園に通うことになりました」


アルカナが淡々と自分のことを語る。アクトはやれやれ、と肩を竦める。カイは以前見たことのあるホムンクルスとの違いに驚いた。以前会ったことのあるホムンクルスはここまでしっかりとした会話は出来なかった。王国の自立型自動人形の登場でほとんど需要のないホムンクルスに何を期待しているのか、その狙いがわからない。


「くく、学園に通うホムンクルスとか面白すぎるな」


今度は王国の男子生徒がやってきた。短い金髪を逆立てた、見るからに不良と思しき男だ。


「ホムンクルスの入学が可能なら、ティファナちゃんの入学もいいですよね!?」


すると今度は王国の黒髪の少女が教師に詰め寄る。その後ろからバチバチ、と音を立て、一体の人形が姿を現す。王国の自立型自動人形だ。


「事情が違う。そもそも人じゃないだろ、それは。それより話が進まないから静かにしてくれ」


出鼻を折られた教師が額を押さえ、詰め寄ってきた4人を睨む。それから1人動き損ねたリュテが慌てて壇上に上がってくる。それを見たアルカナも壇上へと昇ってきた。そのことにカイは両目を見開く。


何の命令もされていないのに、ホムンクルスが動いた、と。そもそも先ほども誰も聞いていないのに自ら名乗り出ていた。流暢に話すことを含め、普通のホムンクルスではないことがよくわかった。


「はあ、やっぱ全員集まってきたか。まあいい」


教師が6人の人物を見る。国も性別も、何もかもが異なる6人を。


「君たち6人は特設クラス、S組に配属される生徒になる」


教師が6人を順番に見る。


「アルバレア帝国、アクト・フィファーン、リュテーヌ・A・エルゼクザ」


「………」


「え、え?」


アクトとリュテが呼ばれる。アクトは考え込むかのように顎に手を当て、リュテは突然の内容に困惑する。


「フィアル連合国、カイ・オーレン、アルカナ」


「………」


「はい」


次にカイとアルカナが呼ばれる。カイは見定めるように教師を睨み、アルカナは無表情に頷いた。


「レスガント王国、ゼノン・アルブレスタ、シオン・レスガント」


「あ?」


「むー………」


最後にゼノンとシオンが呼ばれる。ゼノンは教師を睨み、シオンは不満そうに教師を見た。


「いや、レスガントて」


そこにアクトが思わず口を挟む。シオンの苗字がもろに国名なのだ。引っ掛からない方がどうかしている。王族以外考えられない。


「生徒同士の交流を深めるのは後にしてくれ。まずはこのクラスがなんなのかを説明する」


「………」


一方的な教師の言葉にアクトが無言で睨む。教師は一度、咳ばらいをし、6人の新入生を再度、見る。


「君たちSクラスは今の世界情勢を正すために特設されることになった新クラスだ。各国から代表の生徒を集め、共に学ばせる。お互いの国が分かりあうための布石となるために」


「降りさせてもらう」


教師の簡単な説明に、アクトが即座に踵を返す。あまりにもあっさりとした物言いに、アルカナを除いたその場にいる全員が唖然とする。


「………君はそう言うと思っていたけどね」


そんなアクトの前に一人の女性教師が立ちふさがる。


「けど、いいのかな?君たち6人は全員、すでにSクラスへの配属が決定してる。つまり他のクラスに入る余地はないわけだ。あぶれた6人組。そこを抜けるとなると、学園を抜けることになる。帝都から来てる君は帰る足もなく、頼れる相手もいない。路頭を迷うことになるよ?」


それから女性教師は一歩アクトに近寄り、何事か耳打ちする。


「………ほとんど強制としか言えないような脅しじゃねえか」


アクトは露骨に眉を顰め、首を横に振る。脅しに屈したのだ。


「他の者たちも異論があるなら聞き届けよう。ただ、彼のように抜けるとなれば、学園をやめることになる」


「見事なまでの脅しっぷりだな」


ゼノンも脅している教師を睨む。


「が、悪くねえんじゃねえの?もともと存在意義のわからなかった学園に一石を投じようってんだ。付き合ってやんよ」


それから参加表明を示す。


「わ、私も国際平和に繋がるなら参加します!」


それからシオンも参加表明を示す。


「ま、異論はない」

「問題ありません」


続いてカイとアルカナも同意する。修行のため学園に来たカイも、ホムンクルスであるアルカナも特別クラスに配属されることに不満はない。


「えっと、私も問題ありません」


リュテも頬をかいて賛同する旨を伝える。


「脅しておいて今更だろ」


最後にアクトが肩を竦める。


「全員参加だな。ま、一人を除いて問題なさそうな人を選んだから当然だな」


「ならなんで俺を入れた」


教師が頷き、わざわざ反論するであろうことが予想されたアクトが不満の声をあげる。


「一人、反骨精神みたいなのが必要だからよ。それにとある方からの推薦もあったしね」


女性教師が面白そうにアクトを見る。その視線にアクトは露骨に顔を顰め、背ける。


「くく、反骨精神、ねえ」


ゼノンが面白そうにアクトに肩を組む。


「それならこんな風に他国の人間に肩組まれんの、心底嫌じゃないのか?」


「あんま馴れ馴れしくすんな」


アクトが軽く腕を払う。が、かなりがっちりと肩を組まれていて外れない。そのことにアクトはむすっとする。


「別に多国籍の人を嫌っているわけじゃない。大きな流れの中に一石を投じただけで何も変わらない。無意味だと思っただけだ」


やがて腕を振り払うのを諦めたアクトが疲れたようにゼノンを睨む。


「そうやって全てを割り切るのは早すぎやしないか?あまりにも達観しすぎている」


その言葉にカイが口を挟む。アクトのどこか諦めている物言いに、眉を顰めた。


「彼の言いたいこともわかる。が、だからと言って何もしない、という選択肢は存在しない。このままでは20年前に戻るだけだ。今度は人間同士の争いになるが」


そこにまるで何かを見越しているかのように、教師がアクトの前に立つ。


「皮肉なもんだよな。魔王がいれば、人は手を取りあえた。が、いなくなったらいなくなったでその刃を自分たちに向ける。俺も人のことを言えたことじゃないだろうが、“目的”がなくなった途端、欲が出た」


アクトがゼノンの腕を払う。ゼノンの拘束も緩んでいたのか、今度は腕を完全に振り払う。


「かの英雄様も、やったことは本当に正しかったのか?魔王がいれば、このような人と人が争う構図にはならなかったんじゃないのか?」


「っ!」


アクトのあまりの物言いにリュテがアクトの胸倉を掴む。


「正しいに決まってる!剣聖様は世界を救ったのよ!」


リュテがアクトに吠える。アクトはいきなりの剣幕に目を白黒させる。


「見方の問題ですよ。確かに剣聖は世界を救ったんでしょう。ですが、ひとたび別の見方をすれば、そんな見え方もします。私がすれているだけかもしれませんが、そんな視点が存在するのも確かなんですよ」


アクトはリュテに冷静に返す。言葉使いが丁寧なのは自国の公爵家の人間が相手だからだろう。その言葉にリュテは何も言い返せず、黙り込む。仮にも公爵家の人間なのだから、その手の話は聞いたことがあるのだろう。


「面白い方ですね。一般的とは異なる視点から事実を見れる、というのは一種の才能ですよ。そこから新しい発想や発明に繋がるんで、どのようにしたらその手の見方を出来るようになるのか、お伺いしたいですね」


今度は面白そうにシオンが近寄ってくる。アクトは緩んだリュテの手を優しく外し、シオンに一礼する。


「たいしたことではありません。このような見方しかできないだけですよ」


アクトは2人から一歩下がる。公爵家の人間であるリュテはもちろんのこと、おそらくレスガント王国の王女であるシオンとも必要以上に関わりたくない、というのが本音なのだろう。


「ふむ、なんでそんなに二人から距離を置くんだ?」


2人から身を引いたアクトにカイが近づく。


「2人ともたいした実力ではあるまい?お主の方がずっと強いと思えるが?」


アクトがカイを見る。かなり体格のいい少年を。真正面から戦ったら力押しでまず勝てないであろう相手だ。


「相手は帝国の公爵令嬢と王国の王女様だぞ?腕っぷしならそうそう簡単に負けるつもりはないが、身分というものがある」


「ふむ?二人とも自分の身分に対して言及していたか?」


アクトの言い分にカイが首をひねった。


「いやわかるだろ。ミドルネームやファミリーネームから」

「ただのリサーチ不足です。少しは頭を使ったらどうですか?」


カイが首をひねるとゼノンがアクトと同じ考えのもとの指摘を行い、アルカナからは毒が飛んできた。思わずアルカナに視線が集まる。


「なんでしょうか」


視線が集まったアルカナが首を傾げる。自分が何を言ったのか自覚していないらしい。


「とりあえずいいか?」


勝手に話をしている生徒たちに咳ばらいをし、教師が割り込んでくる。


「私はディラン・マグダエルという。君たちの担任教師だ」

「サーシャ・ライデンよ。副担任を務めるわ」


今まで名乗る暇がなかった二人の教師が名乗り出る。


「なんというか、予想していたよりかなり濃そうなメンバーが集まったみたいだが………。とりあえずこれからオリエンテーションを始める。場所を変えるからついてきてくれ」





「それで、こんな新しそうな施設で何をするんだ?」


6人は新設されたであろう施設の中で一ヶ所に集められた。そのことにアクトが疑念の目を教師たちに向ける。


「ここは新設された魔物との戦闘訓練に使う施設だ。地下空間には何体もの魔物が放たれている」


「ほう」


ディランのその言葉にリュテとシオンはぎょっとし、カイは楽しそうに笑う。ゼノンはけッ、と吐き捨て、アクトは眉間を揉む。


「一度は一つの目的があり、そのために人々は協力できた。なら、同じ状況下に置けば一度は協力できる――そうは思わないか?」


「無茶苦茶な理論だな」


アクトが教師を睨む。


「ま、テストクラスだから色々試行錯誤なんだよ。あきらめてくれ」


ディランはそう苦笑いし、手に持っていた何かのスイッチを押す。次の瞬間、6人が立っていた床が抜ける。ゼノンは無茶苦茶すぎるだろ、と心の中で毒づき、いきなり床が抜けたことでバランスを崩した自国の王女様を助けるべく、手を伸ばす。


「テ、ティファナ!」


が、それよりも早く虚空から一体の無骨なロボットが現れる。そのロボットがシオンを抱きかかえ、抜けた地面に逆噴射をかけることで主を軟着陸させようとする。


「タイミング考えろぉぉお!」


それと同時に、近くにいたゼノンが逆噴射の衝撃に吹き飛ばされる。一人余計な衝撃を貰ったゼノンは先に落とし穴の先へと消えていった。


「なかなかに屑な考えですね」


アルカナは無表情のままそんなセリフを残し、直立したまま落ちていった。カイは反応したが、何かを悟ったかのように、何も言い残すことなく落ちていった。


「………あ」


リュテは地面が消えた瞬間、バランスを崩した。落とし穴に気付いて逃げようとし、失敗したのだろう。足や背中からではなく、頭を下にして落ちていく。


「ちっ!」


それを見た、落とし穴の傾いた床でバランスを取っていたアクトが跳ぶ。リュテの肩を持ち上げ、足をすくい上げる。俗に言うお姫様抱っこだ。アクトはそのままの体制で穴へと落ちる。その先に分厚いマットが敷かれていた。二人分の体重を受けたマットは、想定していた高さより高く、二人をはね上げる。再度空中に投げ出された二人は、今度こそバランスを取れず、マットへと落ちる。アクトは背中から。リュテはお尻からアクトの上に落ちた。


「ぐぇ」


鳩尾に落ちてきたリュテの衝撃で、アクトは潰れたカエルのような声を出す。が、リュテにはその声が聞こえなかった。ただでさえいきなりお姫様抱っこされ、今はアクトの上に馬乗りになっている状態だ。しかも制服を着ているため、スカート着用であり、かなり際どい所まで捲り上がっている。


「ひゅう!」


先に落ちたため既にマットから降りていたゼノンが口笛を吹く。その瞬間、リュテの拳がアクトの鼻っ面を抉った。それでアクトは完全に沈黙する。顔を真っ赤に染めたリュテは肩を震わせながら、マットを降りる。


「………理不尽だ」


とばっちりを受けただけのアクトもよろよろと鼻を押さえながら、マットを降りる。


「ごめんさない、穢されてしまいました………」


リュテはボロボロになったアクトに気付かず、何かに懺悔する。


「恋人でもいるんですか?」


そんなリュテにいまだにティファナに抱きかかえられたままのシオンが声をかける。


「許嫁です。私、剣聖様の息子さんと許嫁なんです」


するとリュテは即座に答える。その表情はどこか恍惚としていた。アクトとゼノンはあ、これは触れちゃいけない奴だ、と目を逸らす。


「まあ、そうなんですね!」


「剣聖様の息子なんですから、凛々しくて礼儀正しく、お強き方なんですよ!」


一方、そんな表情に気付けないシオンが呑気に会話を続けていく。リュテもそれに応じるかのように会話を続けた。


「おい、剣聖に子供っているのか?」


ガールズトークっぽいなんらかの会話が繰り広げられている中、ゼノンはアクトに声をかける。


「………噂程度なら聞いたことがある。が、表舞台に出てきたことはないな。おそらく出せないか、出られないような奴なんだろ。父親のことをとにかく鼻にかけてるようなタイプだったりとか」


ゼノンの質問にアクトは憶測を交えて答える。その答えにゼノンはだよな、と頷いた。


「アクト、やるな!あのリュテーヌという人もだ!二人は落とし穴に気付いていただろう!リュテーヌは対応まで出来ておらんかったみたいだが、俺もまだまだだな!」


そこにカイが加わってきた。


「声が大きいです、脳筋」


傍にいたアルカナがカイに対してまた毒を吐いた。カイはその言葉をわっはっは、と笑い飛ばす。それを見たゼノンは強くアクトの肩を抱き、小さく声を出す。


「まさかとは思うが、このクラス、まともな奴がいないんじゃないのか?」


アクトはその言葉に再度、周囲を見渡す。どこか妄想じみた発言をまき散らすリュテ、それを聞いているシオン、豪快に笑うカイ、そんなカイに毒を吐き続けるアルカナ。


「………念のため聞いておきたいんだが、君のところの王女様はまともじゃないのか?」


「………あの人は一方面においては天才だ。間違いなく。ただ、それ以外はからっきしのメカオタク王女として有名だ。常識、という言葉は知らない」


アクトの問いに対してゼノンは包み隠さず答える。その答えにアクトは絶句した。


「俺がまともだとは思わない。常識的だとも。ただ、こんなメンバーの中じゃ、俺はまだまとも、なのか?」


「………俺もまともな分類になるんだろうな」


ゼノンが疲れたように言うと、アクトも疲れたように吐き捨てる。移動前、教師が言っていた濃いメンバーが集まった、というのが身をもって実感できたのだ。


『全員無事か?』


そこに天井に設置されたスピーカーから声が聞こえた。ディランの声だろう。全員が恨めしそうにスピーカーを見る。


「わざわざ落とす必要あったのか?」


恨めしそうにアクトがスピーカーを睨む。


「確かにな。そこまで必死に隠そうとしていた落とし穴じゃなかったし、何のために用意したんだ」


アクト同様に、落とし穴が露見する前から気付いていたのだろう、ゼノンもスピーカーを睨む。


『ふむ、アクトとゼノンはやはり、気付いていたのか。騎士出身者はやはりそう簡単に陥れられないか。リュテーヌは直前に気付いたようだが、対応が遅れたな』


「「「騎士出身!?」」」


スピーカーからのディランの声にアクトとゼノン、二人に視線が集まる。その視線にアクトは深くため息をついた。


「アルバレア帝国第二皇女率いる帝国騎士第四師団所属の騎士で、序列は八位だ。今回、この学園には姫様から知見を広めてこい、って無理やり入学させられたんだ。おそらくこのクラスへ所属するように言ってきたのも姫様なんだろうな」


アクトが眉間を揉む。が、全員が全員、アクトの告白に絶句していた。


「え、ちょっと待って。皇族直属の騎士団に所属していて、しかも序列が八位って………。実はとんでもなくエリート?」


帝国皇族直属の騎士。それだけで世間からはエリート扱いされる集まりだ。その中で一桁の序列を持つ、というのはエリートの中のエリートである、というのが帝国に所属する人たち共通の認識だ。その認識を持つリュテが震える手でアクトを指さす。


「さきほどは失礼しました。下手に助けようとした私に非があります。

私の実力はそれほどでもありません。どちらかというと、姫様の執事のような扱いでした。戦闘より事務仕事の方が多いくらいです。姫様からの信頼が厚いためか、実力に合わぬ序列をいただいているにすぎません」


アクトはリュテの指摘にまずは先ほどの問題について謝罪し、それから自分の実力を否定した。リュテはわなわなと震える。


「ま、俺はこいつほど特殊じゃない。騎士団所属なのは事実だが、下っ端もいいとこだ。たまたま歳が同じだから、シオン様の護衛を請けおった」


ゼノンはめんどくさそうに首を回して自分の立場を答える。


「そ、そうなんですか!?」


護衛される側が認識していなかったみたいだが。その事実にゼノンはがっくりと肩を落とす。


「ほう、他国の騎士が二人もいるのか。これはなかなか愉しめそうだ!」


そこにカイの豪快な笑い声が響く。


「うるさいです、脳筋。永遠に黙ってください」


その笑い声に、迷惑そうに顔を顰めたアルカナが毒を吐く。


「一応、私からも。名前と製造番号は先ほど述べたとおりです。ですが、私は他のホムンクルスと違い、目的をインプットされていません。実験的に作られた固体です。何の実験かの情報もインプットされていません」


それからアルカナが自分に対する情報を口にする。が、前二人と比べると謎が多い存在であることは間違いない。


「俺は武者修行のためにこの学園に来た!後でそこの二人とは手合わせ願う!」


今度は勝手にカイが学園に来た目的を告げる。それからアクトとゼノンに勝負を吹っ掛ける。


「断る」「パス」


2人とも即答で拒否した。


「え、えっと、私はレスガント王国の第三王女です。こちらは私の親友のティファナちゃんです」


『ピピピ』


続いてシオンが挨拶を行う。それと同時に、シオンを抱きかかえているロボットの紹介をした。


「………私は皆さんのような経歴はありませんね。剣聖様の息子さんと婚約してますけど、貴族としてはよくある話ですし」


「さっき許嫁だったよな………」


リュテが頬をかいて自分のことを言うと、誰にも聞こえないような小声でアクトが突っ込んだ。


『あー、とりあえず説明続けるぞ』


話が脱線し続けているこの状況にディオンが口を挟んでくる。


『その地下室には何体もの魔物が放たれている。全員で協力して地上に上がって来てくれ。各人の武装は予めその部屋に運び込んである。危なくなったら俺たちが介入するけど、全力で挑んでくれ』


検討を祈る、とそれだけを言い残して音声が途絶える。


「ただ投げ出しただけじゃねえか」


しばらくしてゼノンが呟く。


「これが皆さんの武装でしょうか」


アルカナが部屋の一角にある4種類の武器を指さす。レイピアにハルバート、ナックル、大型拳銃。


「………みたいだな」


アクトもそれに気付き、そのうちの一つ、大型拳銃を手に取る。


「第壱術式“魔弾”転写、装填、発動。照射!」


それから複雑な術式を展開、一発の弾丸を天井、正確には落とし穴の場所に向けてぶっ放す。強烈なエネルギー弾は天井にぶつかり、障壁に弾かれ霧散した。


『あー、壁とかは強力な防壁魔法をかけてっから破壊しようとしても無駄だぞ。お前さんが本気を出したら障壁貫きそうだが、それは勘弁してくれ』


すると再度スピーカーから声が聞こえてきた。施設を壊されるのは困るらしい。


「第陸術式“消失”転写――」


『だからやめろって言ったんだろ!』


それでもなお、先ほどより膨大な魔力を解き放って破壊工作を続けようとするアクトに制止が入る。二度目の制止にアクトはわかりやすく舌打ちした。


「魔導銃使い、ですか」


アルカナは破壊工作を実行していたアクトを見上げ、無表情で呟く。


「なんというか、意外だな。もっと肉薄した戦いをするのかと思ったが。魔導使いだったのか」


カイがナックルを付けながらアクトを見下げる。その脇でリュテがレイピアを、ゼノンがハルバートを手にする。


「一応、魔導を用いないタイプの武器も使えるけどな。ただこいつの方がいろいろとやりやすい。一番しっくり来るし」


アクトはカイの質問を受け流す。それから武装のない二人を見る。


「失礼ですが、シオン様はよろしいのでしょうか?ゼノンがおられるとはいえ、最低限の自衛は必要だと思いますが」


「別に敬語を使わなくていいですよ。私は王位継承権を放棄してますし、あまりかしこまられるのは苦手なんです。

あ、私はティファナちゃんがいますので、武装とかそういうのは必要ないです」

『ピピピ』


アクトはまず、シオンに声をかけたところ、ロボットがいるから問題ないと答えた。ロボットはシオンの言葉に反応するかのように、体のあちこちに仕掛けられている機関銃を露出させた。それを見たアクトの顔が引き攣る。アクトが知っているロボットとはかけ離れ過ぎた存在だったために。


「言ったろ。うちのお姫さんは一方では規格外の天才だってな。俺みたいなやつで十分護衛が務まっちまうくらいに」


そこにゼノンが耳打ちする。


「デバイス起動。バトルモード展開」


今度はアルカナが動く。その周囲にいくつもの小さな破片がいくつも浮かぶ。それら一つ一つが小さな刃となっているようだ。


「私はこれがあります。心配は不要かと」


「………反則だろ、それ。どうやって防げって言うんだよ」


無数の宙を舞う刃に、ゼノンが愚痴る。


「とりあえず全員が全員、最低限の自衛は出来るってことでいいか。で、これからどうするか、だが」


アクトが視線を彷徨わせる。部屋から出るには二つの道があり、そのどちらかが正解かわからない。もしかしたら両方とも出口に繋がっているのかもしれないし、片方は外れかもしれない。同時に起動させなければならないような仕掛けもあるかもしれない。


「二手に別れるのが効率的ですね。どうしますか?」


アルカナが案を出してくる。アクトはそれを意外と思いながらもいいんじゃないか、と他のものに確認する。異論は出なかった。


「班分けは………男女別でいいか?単純だし」


「不可です。実力差が大きすぎます。仮に無能だとしても、現役騎士はばらけさせるべきかと」


そのままアクトは一番単純な班分けを提案するが、今度はアルカナに否定される。突然吐かれた毒とホムンクルスとしたらあり得ない提案に、アクトはジト目でアルカナを見る。それに実力差が大きいのは現役騎士より、意味不明な武装を持っているシオンとアルカナの二名である。男子側の実力が大きいのではなく、女子側の実力が変なことになっている。


「あー、じゃあゼノンとアルカナをチェンジでいいか?」


意味不明な武装とアルカナの意見を交えたうえでアクトは一つの提案をする。アクト自身が動くのもありだが、ゼノンはシオンの護衛として来ているのだし、リュテとはさすがに気まずさがある。そのことをふまえての提案だった。


「俺は構わねえぞ」

「脳筋と一緒なのは気に入りませんが、妥当かと」


アクトの提案にゼノンとアルカナは頷く。


「はっはっは!俺も問題ない!」

「えっと、大丈夫です」

「いいと思います」


他の三人も賛同し、アクト、アルカナ、カイのチームとリュテ、シオン、ゼノンのチームで行動する運びとなった。二手に別れ、地上への出口を探して動き始める。


『おーい、通信機器、忘れてるぞー』


誰もいなくなった落下地点に、そんな声が響く。





「おらぁ!」


ゼノンは大きく振りかぶったハルバートを狼型の魔物に向けて勢いよく振り下ろす。その一撃は脳天を撃ち砕き、完膚なきまでに破壊した。


「ふう、魔物放ってる言っても、雑魚ばかりか」


くるくると手の内でハルバートを回し、ゼノンが息を吐く。これまで何度か魔物との戦闘を行ってきたが、どれも手こずるレベルの魔物ではなかった。


「そう、ですね。学園の施設ですし、そんな危険な魔物は放てなかったんでしょう」


リュテはレイピアを収めながらゼノンの言葉に賛同する。その足元には2匹の狼型の魔物の死骸があった。リュテが仕留めたものである。ちなみにゼノンの足元には3体の同型の魔物の死骸がある。


「これなら問題ないですねー。ティファナちゃんの敵じゃありません」


シオンがロボットに抱きかかえられたまま、のほほんと言う。リュテとゼノンはそれを白い目で見る。その足元には一匹の魔物の死骸もない。が、二人の武器の範囲外のあちこちに魔物の死骸が山積みになっていた。全てシオン――ティファナが屠った魔物である。質は大したことないのだが、異様に数が多かった。ティファナがいなければジリ貧になっていた可能性があったくらいに。


「これ、向こうは大丈夫か?」


ほとんどチートのティファナがいるからこそおこぼれを駆除する程度で済んでいたが、もう片方のチームにはティファナのような異常すぎる殲滅力を保持していないはずだ。同等の数が襲ってきているなら、かなり危険である。


「アクト君とカイ君は結構強そうだけど、アルカナちゃんは未知数ですよね」


リュテが冷静に別チームの戦力を判断しようとする。


「確かにな。あのアクトってやつはたいしたことない、って言いながら実力は俺以上だろうな。カイも相当鍛えてやがる。脳筋ってのが欠点だが、その辺は他の2人がうまく手綱を握れるはずだ」


ゼノンも別チームの実力を高く見積もっている。


「2人ともー、早く行かないとまた魔物が集まっちゃいますよー」


そこにシオンから声がかかる。シオンは既に一人で先に進んでいた。それを見たゼノンは見るからに舌打ちし、追いかける。リュテも慌てて二人を追いかける。





「………何やってんだよ」


一方その頃、アクトは腕を組み、呆れ顔でチームメンバーを見ていた。その視線の先では豪快に笑いながら魔物を拳で屠っていくカイの姿があった。それに負けじと宙に浮く刃で同様に魔物を屠っていくアルカナ。が、こちらは既に息が切れていた。ぜえぜえ、と今にも倒れそうな青い顔で何とかカイについて行く。ちなみにアクトは銃を手にとってすらいない。魔物の数は多いが弱いため、暴れまわってるカイに任せてしまえばいい、という判断だ。アクトは無言でアルカナに近寄り、その頭を叩く。


「いい加減休め。あのバカについて行こうとしたら体力が持たんぞ。何が出るかわからんから温存しとけ」


「あん、な、のう、きんに、まける、なんて、ありえ、ません………!」


アクトがアルカナを制止させると、アルカナは意地でもカイに負けないと食らいつこうとする。


「やめとめ。あいつは確かに脳筋だが、裏を返せば体力方面では化物じみてるってことだ。そんなもんについて行くだけ無駄だ」


次々と魔物を屠っていくカイに、アクトは呆れる。体力がほぼ無尽蔵。あれについて行くなんてアクトも出来ないだろう。そもそも魔導銃は体内にある魔力≪マナ≫を消費する。これが枯渇すれば戦えなくなる。というより、生命維持にも魔力≪マナ≫は消費するので、絶命する。その前に動けなくなるものだが。


「察するに、その刃は一種の魔道具だろ。ろくに体力もないのにそんなもん使い続けたら死ぬぞ。ここはあの脳筋に任せて休んどけ。休めるときに休むのも戦いのうちだ」


アクトの言葉にアルカナは一度、アクトを睨む。が、すぐに糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。アクトはアルカナを抱きかかえ、背負う。それからようやく、魔導銃を構える。


「第漆術式“閃光”転写、装填、発動。照射!」


アクトが術式を発動させる。魔導銃から小型の陣が生じ、そこからいくつもの光の線が撃ちだされる。その光の線は周囲にいた魔物全てを焼き払い、全滅させる。


「ほら、いつまでも遊んでないで行くぞ」


いきなり魔物が全滅したことにより唖然としていたカイに、アクトは声をかけてから先に進み始める。


「お、おいおいおい、アクト、おめえ、めちゃくちゃ強いじゃないか!後で俺と一勝負――」


「しない。最小限の浪費で最大限の仕事をしただけだ。無意味な戦いは不要だ」


カイがアクトの実力に驚きつつ、勝負を吹っ掛けるが、拒否される。


「ははぁん?騎士の八位なのに俺と戦って負けるのが怖いのか?」


すると今度はカイがわかりやすい挑発をする。アクトはため息をついた。


「騎士の八位じゃない。第四騎士団の中の八位だ。それに実力で八位にいるわけじゃない。名も知れない相手に俺個人が負けたところで俺は何とも思わない」


そんな安い挑発にアクトは乗らなかった。少し体制の崩れたアルカナをしっかりと背負いなおし、一人先に進む。カイはどうやってアクトを自分との戦いの舞台へ引き込むかを考えている。


「………そのうち授業で模擬戦を行う機会があるはずだ。正直シオン様だけはいろんな意味で相手したくないけど」


アクトは首を横に振る。シオン相手だとさすがに身分という壁が存在するし、何よりロボットによる掃射で蜂の巣にされかねない。


アクトのその言葉に仕方ないか、とカイもアクトの後を追う。するとすぐさま一つの大きな扉に辿り着く。


「こっちが当たりか?」


カイが扉を見上げる。


「違うな。両方のルートが正解だ。ただ同時にレバーを下ろす必要がある仕掛けだな。向こうと連絡取る手段がないけど………」


カイの言葉をアクトが否定する。その目の前にはレバーがあり、それを下ろす。が、それは5秒後に元の位置に戻ってしまった。


「ずっと下げといて向こうが引くのを待つか?」


カイが脳筋らしい提案をする。アクトは任せた、とカイにその役を任せる。案としたら悪くはない。いつ向こうがレバーを下げるのかわかったものじゃないこと以外。もしかしたら先に扉についていて、連絡手段を確保するために戻っている可能性もあるのだ。そうなったらただの無駄である。


が、その心配は無用だった。すぐにガコン、という音が響いて扉が開く。わずかにアクトたちが先に扉の方に早く来ていたらしい。


『おう、連絡手段なしでその仕掛けを突破すんなよ。アクトなら扉をこじ開けるくらいやってのけたかもしれないが』


扉の向こうにある部屋のスピーカーから声が響く。


「出来たのか?」

「壊していいなら」


カイがアクトに聞き、アクトは肩を竦める。それからアクトが先に扉の向こうに進む。反対側から別行動をしていた3人が姿を現す。


「う、ん」


さらにアルカナが目を覚ます。アルカナは周囲を見渡し、現在の自分の状況を確認するとそそくさとアクトの背中から降りる。


「………不埒ですね。女性を背中に背負うなんて」


それからアクトに向けて毒を吐く。


「ならペース配分考えろ。無理なペースで頑張っても体壊すだけだ。てか女性らしさなんてないだろ」


アクトが呆れつつ毒を吐き返した。するとアルカナは明らかにムッとしてアクトの膝裏を蹴り飛ばす。関節を攻撃されてはどうにもならず、アクトは思い切り体制を崩す。


「………やっぱ普通のホムンクルスじゃないよな」


膝裏を摩りつつ、アクトは呟く。本来、ホムンクルスは怒りを露にしない。なのに今、アルカナは明らかに怒りを露にした。


「何やってんだ?」


立ち上がったアクトにゼノンが近づいてくる。アクトはなんでもない、と首を横に振る。


「っ!気を付けろ!」


それから何かに気付いたかのように叫ぶ。次の瞬間、空間が歪み風景が暗く閉ざされる。


「え、なにこれ!?」


リュテが歪んだ空間を見渡し困惑する。


「上位の魔物が展開する隠蔽空間です!こんなことが出来る魔物を用意してるとは思っていませんでしたけど!」


「たりめえだ!下手すりゃ死人出るぞ!」


アクトがリュテの疑問に答えると同時にゼノンが叫ぶ。


「面白そうだ!」


カイが掌に拳を打ち付ける。


「馬鹿ですか?死にたいのですか?」


それをアルカナが罵倒する。この中で一番疲弊しているのはアルカナである。この上に上位の魔物と戦うのはきついのだろう。


空間をさらに歪ませ、魔物が姿を現す。それは先ほどまで両チームが散々倒してきていた狼型の魔物を大型にしたものだった。体長は3メートルほどだろうか。グルルルル、と敵意を露にする。


「………散々倒してきた魔物の親玉、いやボスってところか。大量に仲間を連れ去られて取り返しに来た、ってところか?」


「だろうな。もしくはこいつもろとも連れてこられたか」


アクトとゼノンが冷静に魔物の分析を行う。その言葉が合図であったかのように魔物が飛び出す。迷わずアクトに向かい、その爪を振るう。


「第壱術式“魔弾”照射!」


アクトはその一撃をスライディングで躱し、腹部に向かって銃を連射する。が、その全てが体表に現れた防御魔法陣に弾かれる。


「かてえよ!」


その結果に思わずアクトが叫ぶ。魔弾の威力はアクトが使える術式の中で最低と言っていいものだが、それでもうろついていた魔物程度なら一撃で屠れる威力がある。高速発動、連射が効く、という特徴からこの術式を選んでいたが、失敗したようだ。


「おらあ!」


ゼノンがハルバートを魔物の鼻っ面に叩きつける。が、それすらも防御魔法陣によって弾かれてしまう。弾かれた勢いで吹き飛ばされたゼノンはぐるぐると転がり、勢いを殺す。


「ティファナちゃん!全門解放!」


入れ替わりにシオンがティファナに指令を出す。シオンの命令を受領したティファナは全身に仕組まれている武装を展開、それらをぷっぱなした。何十、何百という弾丸の嵐が魔物を抉る。さらに何発ものミサイルが魔物にぶつかり爆発する。そんな状況が数秒続き、やがてティファナが沈黙する。体に仕組んでいたすべての弾丸を使い切ったのだろう。カチャカチャという音が虚しく響く。


「グルルルル………」


それほどの弾丸の嵐を浴びても、魔物は生きていた。無傷とはいかず、体のあちこちに傷を負っていたが、致命傷からは遠い。魔物は視線をシオンから逸らし、離れたところで術式を展開するアクトへと襲い掛かる。


「チッ!」


狙われたアクトは舌打ちし、後ろに飛ぶ。直前までアクトがいた場所に魔物の爪が振り下ろされる。


「たあっ!」


魔物が着地した瞬間、高く飛んだリュテが魔物の目をレイピアで貫く。反応の遅れた魔物はその一撃をもろに受け、片目を失明する。苦痛に暴れまわり、慌ててリュテが距離を取る。


「第陸術式――」


「ガウッ!」


その隙に再度術式を展開しようとしたアクトに、魔物は意地でも食い下がる。再度舌打ちしてアクトは後ろに下がった。


「なんでアクト君ばかりを狙ってるわけ?敬語とかいいから簡潔に答えて」


リュテが下がったアクトの傍に行き、質問する。


「俺があいつを確実に仕留める手札を持ってることが本能的にわかってる、んだと思う。実際、さっきからぶん殴ってるカイは気にも留めていない」


アクトも事態が事態なので、敬語を使わず答える。それから暴れまわっている魔物をひらひらと躱しながら殴っているカイについても指摘する。


「………よくあの状態で死にませんね、あの脳筋は」


いつの間にかアクトの傍に来て様子を見ていたアルカナが呟く。


「それだけ戦いなれてるってことだろ。あんな真似、俺は出来そうにないけど」


アクトもカイの凶行に呆れる。


「それが普通だろ。てかあのデカブツ倒せるもん持ってんならさっさと使っちまえ。どうせ簡略術式展開とかも出来んだろ。隠すなよ」


ゼノンも近づいてきてアクトに終わらせるように促す。その言葉にアクトは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


「………出来たらとっくにやってる。だが、学生になるにあたって武装を学生モデルに変えたから十二分に力を発揮できないんだ。スペック低すぎて」


「何やってんだよお前は!?」


アクトのあまりの告白にゼノンが切れる。


「し、仕方ないだろ!?今まで騎士団から貸し出しされてた魔導銃使ってたんだから!学園にそんなもん持ってくるわけにはいかないから自前の買ったんだよ!初日からこんなハードな戦いになるとは思ってないし!少しずつ慣れていくつもりだったんだ!ハイスペックの魔導銃は馬鹿みたいに高いから俺だと手、出せないし!」


切れたゼノンに対してアクトも切れ返す。その間も魔物は暴れ続ける。


「ぜ、全員でアクトさんが術式を展開する時間を稼ぎましょう!」


何事かと近寄ってきたシオンがカイを除く全員に提案する。その案は即座に採用され、シオン、ゼノン、リュテが飛び出す。アクトは魔力≪マナ≫を使い切ってほとんど動けないアルカナに一つ指示を出し、再び第陸術式を展開する。


「グォォォオオオ!」


すると当然のように魔物がアクトにめがけて走り出す。アクトはそれでも術式展開を止めず、魔物を睨み続ける。


「第陸術式“消失”転写」


全員が魔物の突進を止めようとする。が、魔物はその一切を無視。意地でもアクトに肉薄する。


「装填」


幾重もの魔方陣が展開し、それが魔物を貫く。けれど、その術式が完成するより早く、魔物がアクトへと辿り着く。


「展開」

「ガウッ!」


魔物の爪が振り下ろされる。その爪は宙を裂き、地面に突き刺さる。


そこにアクトは、いない。宙を滑るように移動し、爪を回避したのだ。その足の下には、アルカナが使っている刃の武装があった。複数集めることで足場へと展開し、それで移動し回避したのだ。


「げ、限界、です………」


アルカナがその場に崩れ落ちる。それと同時にアクトが地面に着地し、術式を発動させる。


「照射!」


アクトの魔導銃から光が撃ち出される。その光は魔物の体を、何十にも展開された防御魔法陣を、あまりにもあっさりつ貫き、術式の名前とおり、消失させた。心臓を撃ち抜かれた魔物は大きくビクン、と跳ね、もがく。慌てて近くにいた人が逃げる。魔物はしばらく動き続けたが、やがて沈黙した。


「ふう」


とんでもない術式を発動させたのにも関わらず、アクトは顔色一つ変えない。帝国第四騎士団序列八位、その実力の一端が見て取れた。


「お前、まだまだ余裕って感じだな?」


ゼノンがそんなアクトを睨む。息も絶え絶えなアルカナと比べてあまりにも余裕がありすぎる。


「アルカナは道中魔力マナを使いすぎてたからな。その分俺は温存していただけだ。カイも暴れまわっていたし」


「がっはっは!そうは言っても道中魔物を一番屠っていたのも間違いなくアクトだろう!」


アクトが大したことない、と話を終わらせようとしたところ、カイが余計をことを口にする。


「第漆術式はあれで一つの術式だ。敵が弱いから周囲を殲滅できただけで、今倒した奴が相手だとかすり傷一つ付けられないような術式だぞ。第壱術式よりかは上だが、今使った第陸術式と比べたらそよ風も等しい。第陸術式をもう一発なんて言われたらさすがにきついし」


「けっ、上位騎士様はやっぱ次元が違うねえ」


アクトの告白にゼノンが唾を吐く。きつい、ということはまだ使えなくはない、という裏返しでもある。そういう意味を込めたゼノンの指摘にアクトは肩を竦め、さらに別の術式を発動させる。魔導銃は使わない。


「“付与”」


あまりにもあっさりと一つの術式を駆動させる。その術式はアクトの中にある魔力≪マナ≫の一部を切り離し、アルカナへと与えた。と言っても本当に最小限の魔力マナだけである。


「うっ………」


魔力マナを渡されたアルカナが目を覚ます。


「おーおー、思ったより苦戦したみたいだな」


そこに二人の教師が階段を使って降りてきた。起きたばかりのアルカナを除き、全員で恨めしそうに教師を睨む。


「いきなり上位種なんかと戦わせておいて何言ってやがる。しかもこんなバケモンみたいなのと」


ゼノンが二人の教師に文句を言う。教師二人は苦笑し、倒された魔物の姿を見て顔を青ざめさせる。


「お、おい、なんだこいつは?こんな上位種、用意した覚えないぞ?」


「………見たところ狼型の上位種みたいだけど、体格が異常ね。ここまで大きくなるなんて信じられない」


ディランとサーシャが手分けして魔物を調べ始める。


「………マジかよ。こいつ、かなり丈夫な皮してんぞ。それをこんな風にずだぼろにした上に、こんなバカでっかい穴開けるとか、お前らほんとに新入生か?いや、一人とんでもないのが混じってるのは知ってるが」


ディランがぽつりと呟く。その言葉にアクトは知らん、と視線を逸らした。


「体をずだぼろにしたのはシオンさんで、風穴開けたのはアクトさんだと推測されます。正直、この二人が規格外かと。アクトさんは人間やめてるんですか?」


「止めてねえよ。てか俺レベルで人間やめてたらもっと上の奴とかどうなるんだよ。例えばそこにいる男性教師とか」


アルカナがアクトに向けて毒を吐くと、アクトは半眼で教師を睨む。


「はて、何のことやら」


視線を集めたディランは飄々とその視線を受け流す。その姿からは実力のほどは見て取れない。


「それに実戦経験がないだけで伸びしろがすごそうなのもいるしな」


ちらりとアクトがリュテとアルカナを見る。現在の実力はたいしたことないが、鍛え方次第では伸びるだろうと思われる二人だ。


「ま、今回はアクトがいて助かったみたいだな。ま、あの姫さんの推薦だ。期待させてもらうぜ、”世話焼きアクト”さん?」


「………」


アクトが顔を引きつらせる。今言われた世話焼きアクトの意味がわかっているのだろう。


「どういう意味だ?名誉なんだか不名誉なんだかわからん名前だが」


ゼノンがディランに名前の由来について尋ねる。アクトは黙っとけ、と言わんばかりに鬼気迫るオーラを放出させる。


「そのうちわかんだろ。そいつのライフワークみたいなもんだからな。早けりゃ今日中にわかるはずだ」


ゼノンの問いにディランは楽しそうに笑いながら答える。


「サーシャ、俺はこいつについて調べっから生徒を寮に案内してくれ」


「了解。ついてきて」


ディランの言葉にサーシャが頷き、アクトを除いてその後に続く。


「おい」


一人残ったアクトがディランに声をかける。


「お前さんも行った方がいいぞ。学園は広いし、寮はSクラス専用の寮だからわからなくなるぞ」


アクトが残っていることを承知の上で、ディランは振り向かず注意をする。


「質問とかは後で受け付ける。ただ今のうちに一つだけ言っておく」


ディランは立ち上がり、アクトをまっすぐ見た。


「お前さんが姫さんの期待に応えたきゃ、Sクラスをうまくまとめてみろ。あの人はSクラスの創設に関わっているぞ。その上で最大の手札を切っている。どれだけ平和な世界を望んでいるのか、第八位のお前ならわかってんだろ」


「………善処する」


ディランの言葉にアクトはそれだけ答え、その場を去っていった。





「アクト君てディラン先生と知り合いなの?」


夕食時、リュテが何気なくアクトに尋ねる。二人がお互いを知っているかのような話をしていたのが気になったのだろう。その口調に落とし穴に落とされた直後のような棘はない。あまり気にしないタイプなのか、それとも割り切ったのか。


「いえ、存じません。先生は私のことを知っているみたいでしたが」


その問いにアクトは正直に答える。その回答に全員が白い目でアクトを見たが。


「知ってる艇で話をしてたと思うんですが」


今度はシオンが率直にアクトに尋ねる。


「いえ、そんなつもりはありませんでした。先生の実力なら体の動かし方から推測したにすぎません」


「確かに上位騎士ならそんくらいのことを出来てもおかしくないが………」


ゼノンが肩に手を置き、首を回す。


「はっはっは!やはりこのクラスの中じゃアクトが一つ頭抜けているみたいだな!」


カイが豪快に笑う。


「今はな。そのうち追い抜かれるだろ」


カイの言葉にアクトは肩を竦める。


「それより、何してんだ?」


それからアルカナを睨んだ。


「食事です」


アルカナはアクトの質問にその単語で答える。それからサプリメントを口に放り込み、水で流し込む。ちなみに目の前に置かれている料理には目もくれない。それからエネルギー補充のためのゼリーを手に取る。


「それは食事とは言わん」


ガシッ。そんな音が聞こえそうな勢いで、いつの間にかテーブルの反対側に回り込んだアクトがアルカナの頭を鷲掴みにする。


「!?」


突然の出来事にアルカナが驚愕する。誰一人としてその動きを目で追えなかった。


「そんなもんで今まで栄養補給してたのか?そんなんだから体力がつかないんだ。固形物をきちんと摂取しろ」


「ホ、ホムンクルスに人と同じエネルギー補充手段はむぐっ」


アルカナが口答えしようとすると、アクトが問答無用で出された食事をアルカナの口の中に突っ込む。アルカナは涙目になって食事をとらされていく。それを見たリュテとシオンが、皿の隅に寄せていた野菜をそっと戻し、一気に飲み下した。


「………くっ、これが“世話焼きアクト”か」


出された食事を完食させられ、テーブルに撃沈したアルカナを見てゼノンが笑う。ディランが言っていたアクトの不名誉な呼び名の正体か、と。


「俺が世話焼きなんじゃない。周りが非常識すぎるだけだ。身の回りのことがしっかり出来てれば俺は何も言わないぞ」


バツが悪そうな顔をしてアクトが反論する。変に世話を焼きたがる自分の癖は自覚しているらしい。


「………ただの迷惑行為です。うっ、気持ち悪い………」


アルカナが恨みを込めた目でアクトを見る。それから固形物を取ることに慣れていないのか、口元を抑える。


「おう、やっぱ初日からやらかしたか」


そこにディランがやってくる。突っ伏したアルカナを見て、予想通りと笑う。


「なんですか、その人が予想通りの動きをした、みたいな物言いは」


アクトがディランを半眼で睨む。その視線にディランはおお怖、とおどけて肩を竦めた。


「それだけ有名ってこった。しかも間違ったことを言わないから質が悪い」


ディランが料理をキッチンのおばさんから受け取りながらアクトににやりと笑いかける。


「ま、お前さんたちも世話焼きの餌食にならんよう気を付けるんだな。餌食になったところで俺たち教師陣は見捨てる以外の選択肢ないし」


「理不尽です………」


顔だけ上げてアルカナが訴える。


「お前はいろいろと面倒見てもらえ。常識とかろくに知らないだろ。魔導師としての腕も一流だ。教えを乞うのもありだと思うぞ」


「一理あるのがむかつきますね」


ディランの言い方にアルカナがムッとする。が、その言い分は正しいことはわかっているらしい。


「そもそも俺の意思はどこ行ったんだ、それは」


2人の言葉にアクトが額を押さえる。当事者一人の意思を完全に無視して話が進んでいるのだから当然だ。


「お前さんは動きがあると強制的に巻き込まれるだろ。性格的にもおせっかいを焼きたがるんだから」


「ふむ、なら俺とも手合わせ願おう」


ディランがアクトの性格を指摘し、またもやカイがアクトに手合わせを願う。


「断る。おせっかいを焼きたいわけじゃないし、戦う理由もない」


その両方の言葉をアクトは一刀両断する。


「ああ、ついでだから俺とも手合わせしてくれ。上位騎士様の実力のほど、見せてくれ」


すると今度はゼノンが手合わせを申し出た。


「おい、話を聞いてたか?」


完全に本人の意思を無視して話が進んでいるので、アクトが半眼でゼノンを睨む。


「あ、私も剣術について教えてもらっていいですか?宮廷剣術について教えて欲しいんですけど」


今度はリュテが剣術を教えて欲しいと来た。


「そもそも宮廷剣術を知らないんですが」


アクトが目頭を押さえて呻く。


「あ、私は魔導回路構成の理論について」


「だーーー!!!!!お前らいい加減にしろ!!俺はそんな万能人間じゃねえぞ!」


シオンが魔導機械工学に関する話を振ったところでついにアクトが切れた。


「剣術や魔導工学についてはお前らの方が詳しいだろ!なんで俺に聞く!それに手合わせ言ったらお前らに勝てねえよ!俺は魔導士で対人戦の一対一は想定してねえんだ!」


切れたアクトは今まで礼儀正しく接していたリュテやリオンに対しても無遠慮な口調で叫ぶ。いきなり口調の変わったアクトにゼノンとディラン以外が目を点にした。


「けっ、ようやく肩の力を抜いたのかよ。初日だからある程度は仕方ないにしろ、一人超人じみててとっつきにくいんだよ。これから同じクラスになるってのに」


息を荒げたアクトにゼノンが語り掛ける。


「そうだな。学園側も学園に通う生徒は皆平等ってことになってる。中にはそんなのおかまいなしみたいな奴もいるけど、そういうのはそもそもSクラスの選考から外れてる」


ディランも頷く。


「いやまあ、お前さんの場合多少は威厳が必要なのかもしれないけどな。上位騎士の上、他の奴より年上なんだから」


「え、年上、なんですか?」


ディランの言葉にシオンが驚く。それはアクト以外全員に共通していることだった。


「ああ、細かい事情は知らんがアクトはお前たちより一つ上だ。騎士やってたから時期がずれたのかもな。あ、アルカナは別な?表向きの年齢はお前たちより下だから。実年齢はもっと下だろうけど」


「余計な情報です」


ディランの言葉にアルカナが睨む。


「本当は学園に通う予定はなかったんだ。だが、姫様に通えって指示を受けてな………」


アクトがまた眉間を揉みながら答える。


「当たり前だろ。お前さんみたいなのを腐らせておく必要はない。現時点で一流の騎士にして、まだまだ伸びしろのある将来有望な若手なんだから」


ディランが食堂のおばさんから夕食を受け取りながら答える。


「学生になることで今まで見えてこなかった部分も見えてくるはずだ。お前のところの姫さんもそれを望んでいるんだろ。あの姫さんだって色々問題抱えてるって話は聞いてるし」


ディランが空いている席について、食事を始める。


「問題そのものを解決する手助けは出来ないが、指標を示すことは出来る。それが俺たち教師の仕事だ。アクトだけじゃない。お前ら全員、それぞれ問題抱えてんだろ。その解決をする手伝いをするのが俺たちの仕事だ」


がつがつと食事を口に押し込みながら、器用にディランは喋る。ディランの言葉に一同、視線を逸らす。


「何教師みたいなこと言ってるんですか」


アルカナがぼそりと小さく呟く。


「みたいじゃなくて教師な。俺はあんま気にしないけど、口には気を付けろよ。変な奴に目を付けられると何されるかわかったもんじゃないぞ。お前さんはこの中じゃ一番弱っちいし」


「なっ――」


アルカナを呟きを聞いていたのか、ディランが訂正する。それからアルカナの口調を直すように注意した。余計な一言を加えたうえで。その言葉に憤ったアルカナは立ち上がり、刃のデバイスを展開した。


「プレス」


が、それが動き始めるより早く、ディランが人差し指を振り下ろす。気団がアルカナを押しつぶし、床に押さえつけた。


「う、うう………!」


アルカナは意地でも立ち上がろうとする。が、ろくに動けないのか呻くだけだ。


「体力、魔力マナ、判断能力、実戦経験、魔導――その全てにおいて最下位だろ。いや、カイ相手に魔力マナや魔導の腕は勝ってるか。たいした規模の魔法じゃないからお前らなら簡単に解除できるだろ」


「悪いが俺も魔力マナや魔導の腕はからっきしだ。その程度の魔導の解除なら可能だが」


ディランの分析にゼノンが修正を入れる。


「俺なら気にせず動けそうだな」


カイはそんなことをぶっちゃける。


「どうして誰も助けようとしないんですか。ディスペル」


リュテがプレスの中に右手を差し込む。そのまま魔導を発動し、プレスを無力化した。気団の圧力から解放されたアルカナは、しかし微動だにしない。


「別に怪我をするような規模じゃないですから。アルカナさんにも少し現実を見てもらうためには必要なことでしょうし、しばらく様子を見ることにしました」


リュテの言葉にシオンが人差し指を頬にあてて首を傾げる。


「俺も同感だ。俺たちの中で一番特殊な事情があるんだろうが、このままじゃいけないのだけはわかる」


アクトが頷き、一人席を立つ。


「お、どこに行く?」


「部屋に戻る。明日から授業があるから予習でもしとく」


ディランの問いにアクトは背中越しに手を振る。


「ああ、もしやる気があるなら俺の部屋に来い。少しくらい魔導の扱い方を教えてやる。正直、地下の時のようなバカみたいな使い方をしてたんじゃ死ぬぞ。さすがにそれは目覚めが悪い」


それからアルカナにそれだけを言い残し、姿を消す。


「たく、やはりなんだかんだで面倒見がいいんだな」


ディランは食事を終え、口元を拭いながらアクトが出て行った扉を見て笑う。


「………」


その後に続くかのように、おぼつかない足取りでアルカナが部屋を出て行った。教えを乞う――わけでもなさそうだ。


「前途は多難かねえ。あ、今のうちに聞きたいことがあれば答えるぞ。わかる範囲でだが」


ディランがため息交じりに言い、残っている4人に質問があるかどうかを尋ねる。


「Sクラスの活動の予定は?」


ゼノンがすぐにディランに質問を飛ばす。


「今んとこ他のクラスと違うようなことをする予定はない。ただ一か月以内に何かしらのアクションがあることだけは言っておく。その内容は秘密だ」


その質問にディランは答えられる範囲で答える。


「ディラン先生は強いのか?」


今度はカイが掌に拳を打ち付けながら質問する。


「想像にお任せする。ただま、アクトに負ける気はしない」


「けっ、上位騎士のあいつに負ける気はしないって、相当だな」


ディランの回答にゼノンが悪態をついた。


「確かにあいつは上位騎士だが、上位騎士の中で見たら底辺もいいとこだぞ。まだまだ伸びしろがあるってのに、限界を感じ始めてるみたいだし」


ゼノンの悪態にディランが補足を入れる。


「………あれで底辺って、上位騎士はどんなバケモン集団なんだよ」


「ディラン先生とアクト君って知り合いなんですか?」


今度はリュテが質問する。アクトにも聞いていたことだ。


「いや、知り合いじゃないな。ただちょっとした縁があってあいつのことを知ってるだけだ。あんま邪推はするなよ。プライベートなことだし」


リュテの質問に対し、アクトと同じことを答える。


「ティファナちゃんに内蔵する魔力変換回路の構成をより効率よく大気中から」


「待った、俺は魔導工学専門じゃねえからわかんねえよ。姫さんの魔導工学は既に学生レベルにねえし」


最後、と言わんばかりにシオンがディランに魔導工学の内容を聞こうとしてタンマがかけられた。


「ちなみに俺が担当する座学は現代政治だ。そんだから理系科目に関してはそんな詳しくないんでそこんとこよろしく」





「まったく、いきなり無茶するかね」


翌朝、アクトが寮の中にある訓練室を訪れると刃のデバイスを宙に浮かべて動かしているアルカナの姿があった。声をかけたアクトを一度ちらりと見、それからすぐに再び動かす練習を始める。


「スナッチ」


そんなアルカナの様子にアクトはため息一つつき、その魔導制御を奪う。アルカナの周囲を回っていた刃が完全に静止、アクトのもとへ集まる。


「なっ」


「制御が甘すぎる。上位騎士相手だと使用する魔導が奪われるなんて日常茶飯事だ。そんな常に無駄な魔力マナを放出して制御してるなんて、奪ってくださいって言ってるようなもんだぞ」


驚愕するアルカナに、アクトは冷静に返す。


「いいか、魔力マナってのは有限だ。使えば使うほど体内に蓄えられる魔力マナの絶対量は増えていくが、そんなのは微々たるものだ。なら何が差となって現れるのか」


「………生まれつき持った魔力マナの絶対量、ですか?上位騎士になれるような人なんですから、それは規格外の魔力マナを持っているんでしょうね」


アクトが魔力マナについて説明をしていると、アルカナが苦虫を噛みつぶしたような顔で自分の非力さを呪う。それをアクトは首を横に振って否定する。


「それもあるだろう。中にはバカみたいな魔力マナを身に秘めている化物もいる。が、少なくとも俺はそんなんじゃない。むしろ平均より魔力マナの量は少ないくらいだ。俺よりずっとアルカナの方が多いだろ。リュテやシオンも俺より魔力マナは多いだろうな」


「………え」


アクトの告白にアルカナは言葉を失う。


「ならなんで、俺とアルカナに圧倒的と言っていいほどの差があるのか。答えは単純だ。使い方。魔力マナを水に例えると、アルカナは蛇口を全開に捻っている状態で魔導を使っている。それに対して俺は蛇口から出る水をホースで調節している。必要最小限の水しか出していないわけだ。無駄がないわけだから奪う余地もない。それに対して適当にぶちまけているアルカナは、あたり一面に余計な魔力マナがあるわけだから、簡単に奪えるってわけだ」


「………」


アクトの説明にアルカナはただ睨むしかできない。結局のところ、圧倒的に経験の差が出ている、ということなのだ。


「いきなりこのデバイスを使うのは問題外だ。もっと単純なことから始めるぞ」


アクトが刃のデバイスとの接続を切り、右手の人差し指をアルカナに向ける。


「勝手に仕切らないでください」


デバイスの制御を取り戻したアルカナは、全ての刃を懐に戻しアクトと対峙する。


「やることは単純だ。こいつを使う」


アルカナが対峙したのを見て、アクトは一枚の紙を懐から取り出す。何の変哲もない、白紙の紙だ。


「こいつ自体はどこにでもある普通の紙だ。これに適切に魔力マナを込めると、こうなる」


アクトが右手の人差し指を紙にあてる。すると紙がうっすらと光る。


「行き場のない魔力マナが紙の表面で勝手に光へと変換されてるんだ。使う魔力マナの量は最小、だけど精密な制御が求められる。やってみろ」


手本を見せたアクトがその紙をアルカナに渡す。アルカナは無言でそれを受け取り、アクトと同様に魔力マナを込める。


次の瞬間、紙が燃えて灰になる。発光どころの騒ぎではない。アルカナは突然燃えた紙に慌て、手を放す。


魔力マナを込めすぎるとそうなる。余剰エネルギーを変換しているわけだから、多すぎると発火するのは明白だ。かといって少なすぎると発光しない。本当に適切な量を込める必要がある。紙の厚さや大きさによってもその量は変化する。まずは同じ規格の紙を大量に用意し、それで一定の魔力マナを引き出せるように練習するんだな。この訓練で魔力マナが枯渇するなんてあほなことはしないでくれよ」


予想通りの結果にアクトは何が起きたのかを説明する。


「くっ………」


アルカナは悔しそうに歯を食い縛り、訓練場を後にする。紙を探しに行ったのだろう。アクトが実践してみせた魔導の強奪と紙の発光、この二つの原理の大本は魔力マナの制御にある。これは努力次第でどうにでもなる部分でもあるので、実際にこの手法で訓練する気になったのだろう。


ただ一つ、問題がある。


「優しいんだが、えぐいんだがわからねえことやるんだな」


訓練場の入り口で一部始終を見ていたディランがアクトに声をかける。


「紙に魔力マナを込めすぎると発火する。これはまあ、マジだ。行き場のないエネルギーを加えたところで熱に変わるだけだからな。ただ、適量なら発光する――これは嘘だ。大方、こっそり光を放つ魔導でも使ってたんだろ」


「そのことに気付けるかも気になるからな」


ディランの言葉をアクトは肯定する。それからなぜそんな真似をしたのかを説明した。


「アルカナはホムンクルス。だけど俺の知っているホムンクルスとはあまりにもかけ離れている。食事を適当に済ませようとするのは変わらんが、以前協力したことのあるホムンクルスは使命を全うすることだけを考えて、それ以外のことには何一つ興味を示さなかった。文字通り機械を相手にしているみたいだったよ。それに対してアルカナは信じられないほど人間味を帯びている。その上で何かを探すかのように生き急いでいて、それが異様な攻撃性として表れている。そんな印象を受ける」


「ほー。やっぱ世話焼きは着眼点が違うねえ。よく見てるなあ」


アクトの分析にディランは素直に称賛する。


「世話焼きはやめろ」


アクトは嫌そうに顔を顰めたが。


「いやでもその推測は俺も同意見だ。アルカナはS組の中で一番危うい。何かの衝撃でふらりと消えちまいそうなくらいに。アクトもそれとなく気をかけておいてくれ。教師より学生の方が胸をうちを明かしやすいこともあるからな」


「それっぽいこと言って、教師の仕事を押し付けようとするな」


ディランがアクトにお願いをし、それをアクトは跳ね除けた。


「頼んだぜ」


それを無視してディランは一人、訓練場を出る。アクトはこれ見よがしに大きく息を吐き、ディランと同様に訓練場を後にする。

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