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魔王と世界が解放された日

「見事だ」


青白い炎と燻る煙が香る荒野のような状態になった城の最上階でその男は呟いた。


男の上半身は戦闘の影響で裸となり、背に生えた漆黒の翼は骨が折れていて皮膜は穴だらけ、下半身は人の足の代わりに化け物のような太い触手がへそのした辺りから何本も生えているが力尽きたそれらはもはや動くことも無い。


その男の胸元にある宝石のような魔石を断ち割るかのように突きさされた半ばに折れた剣が男に致命傷を与えていた。


もう少ししたらこの男の命は消え去る。


「四桁のレベル台の私に比べレベルもはるか低く、人という弱小の種族に生まれたのにも関わらずその呪いにも似たスキルに翻弄されることなく使いこなしたそなたはまさに勇者」


この男の名前は魔王という。


生まれながらにして余りにも強大な力を持っていたがゆえにこの男は単体名を呼ぶことすら恐れられ、いつしか忘れ去られてしまい魔王としか呼ばれなくなった哀れな男。


世界から戦争を根絶するためあえて世界の全ての力を集約し、己を鍛えることをせずその力の保全と研鑽に注いでしまったがゆえに神へとなれなかった哀れな男。


強大な力と世界の力に加えてそれを制御すらできる才能により世界中の知性ある生物のほとんどから嫉妬を買い、ありとあらゆる暗殺者という名の勇者を送り込まれた哀れな男。


それがこの魔王だ。


そして人間の種族の中でも最弱と呼ばれるノーマルヒューマン、通称ノービスと呼ばれる種族から選ばれた暗殺者が俺だ。


しかもこの世界のノービスは余りにも弱すぎて異世界から召喚するしかなく、その異世界から召喚したノービスに洗脳の魔法と奴属の魔法を使って操り人形にされたのが俺だ。


魔王が世界の力を集約して持っていたがために世界中の生物のレベルや能力が余りにも低く、レベルが100まで上がるまでに五年もの時間が必要であり、その間俺は操られるがまま魔物や魔族を殺しまくった。


幸い異世界召喚特典だかなんだか知らないがレベルが100を超えたときに魔法が解除され、世界の真実を知った俺はノービスはもちろんその他の生物の思惑に関係無く魔王の解放に乗り出した。


「生き残ることに特化したスキルに魔王殺しの剣。他の者が龍やら神やらと契約するというのに唯一の共が生命の精霊一体のみとは。しかもあの精霊……大精霊でもなかっただろう」


呆れるかのような視線を受けて俺は苦笑いしかできない。


かくいう俺も満身創痍であり、声帯も損傷しているがゆえに碌な声もでやしない。


魔王は力の強い存在にはさらに強い力が使えるという鬼畜なスキルを持っていたため、俺は碌にレベルも上げることもできず、お供も戦闘能力の無い存在にしか頼ることができなかった。


俺の拳では魔王に傷を付けることもできないし、一撃を食らえばそれだけで体は死んでしまうし、威圧だけで本来ならば足が石化したかのように止まってしまい何もすることもできずに魂さえも消滅していただろう。


ゆえに俺は魔王がより強くなってしまう能力は一生に一度だけ使える能力のリセットをすることで極力伸ばさず、足の速さと状態異常耐性スキルと自己再生系スキルに加えて暗殺者系統のスキルしか取得していない異常な勇者として魔王との戦いに臨んだ。


もちろん単身で戦ったわけでは無い。


同時に乗り込んだ他の種族の勇者パーティーと龍と天使の混成部隊の団体が魔王の配下達を一掃して魔王に戦いを挑み、さらに魔王と戦って全滅した後に魔王に戦いを挑んだ。


ちなみにお供の精霊はいるだけで存在が吹き飛んでしまうがために置いて来ている。


ゆえにこの巨大で広大な城の最上階を吹き飛ばしたのはそんな団体と大戦争を繰り広げた魔王であるので断じて俺では無い。


俺はちくちくと消耗した魔王の魔石に魔王の殺しの剣を突き刺していただけだ。


それはもう魔王の魔石が割れるまで無数の回数を魔石に剣を突き刺した。


ただそれだけである。


「我を解放するまで世界が成長するのにはまだまだ先だと思っていたが、今日この日となろうとはな。しかしそれもまた悪くはない」


動かなくなった魔王の足の先端がさらさらと砂へと変わっていく。


強大な力を持ち、さらに世界の力を一身に受けていた魔王は屍を晒すという普通の生物の死すら体験することができない。


だがそんな魔王の表情は実に晴れやかだった。


千年を超える時間を生きてきた魔王がようやく死を迎えることができる。


その心境が安らかであったことに俺は安堵の息を漏らした。


「敵である私の幸福を願うか。実に甘い男ではあるが、それもまた私の運命でもあるか」


力を集めて守っていたのが魔王であるならばいつの日かそれが解放されるのはそれも運命。


決まり切っていたことではあるが必然であるそれを俺も魔王も受け入れた。


世界はこれから混沌の時代を迎える。


解放された力は全ての生物の力へと変換され、ありとあらゆる生物が魔王級へと至る力を持つ、あるいはその先の神へすらも至ることができる。


無限の進化、それが世界に良い影響をもたらすか、悪い影響をもたらすかは分からない。


だがしかしそれは生きとし生ける者達全ての悲願である。


「褒美だ」


もはや死に体である俺も魔王と共に存在の消滅を待つばかりであった。


一緒に死んでやるよ的な軽いノリであったのだが魔王は胸元の割れた魔石から頭までを残してその他の全身を一瞬にして砂になるほどの力を使って俺の体と魂を修復し、なおかつ俺の腕の中に宝箱を出現させる。


「おい。なにやってんだあんた」


「魔王を倒した勇者には栄光と宝箱とは決まっているようなものだろう」


どや顔で俺にそんなことをのたまう魔王に俺は白い目を向ける。


そんな俺の体がさらに光に包まれる。


更なる魔法を俺へと使おうとするがために魔王の残った体が急速に砂へと変わっていく。


これは転移魔法か?


「勇者よ。そなたはこれからの動乱の時代には似合わぬ。世界の混乱がある程度落ち着いた未来へと飛ばすがゆえに好きに生きよ。そなたはもう勇者のスキルの呪いに縛られておらぬ」


洗脳と奴属の魔法が解かれても俺には勇者のスキルが有るはずだったが、魔王を倒したせいかそのスキルはもはや俺の体から抜け出してしまったようだ。


俺を縛り付けている異質な存在は無く、あるのは世界の終わりと始まりを見届ける解放感しかない。


そして魔王は俺を未来へと飛ばす魔法を使っているようで魔王の力が消えていき、魔王が制御していた世界の力が解放されようとしているのがわかった。


そんな魔王はもう顔の半分以上が砂へと変わっていた。


「勇者よ、幸運を」


「ああ、ありがとうな魔王」


それが俺と魔王が交わした最後の言葉。


そして……。


「ああ、死とは私にとってこれほどにも安らかな……」


これが魔王が残した最後の言葉だった。

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