百聞と一見
当社は製造業であるが、消費者が手にする最終製品をつくっているのではない。
当社がつくっているのは、そのひとつ手前の中間製造物である。
素材であったり、部品であったり、である。
非常に汎用性の高い中間物を製造しているため、開発を含めた製造部と顧客獲得をいろいろ企図する営業部との両方が充実している必要性がある。
ただ、その扱っている製品の性質から、需要は地道に掘り起こすものであり、かつ顧客が企業に限られることから、テレビコマーシャルで周知するといった宣伝広告活動の必要性のない当社ではあった。
ところが、『未来プログレスプロジェクト』の新しい取り組みとして、当社も一般の消費者に対する知名度を上げていこうではないかという提案が出された。
取締役会でその方針が決定された。
会社の組織の中に広報部はあるものの、経営上の取材や問合せの回答が専門の部署であって、製品や会社をアピールすることには慣れていない部署なので、この宣伝広告の企画は営業部が担うことになった。
会社挙げてのプロジェクトなので、全国のエリア営業部長が本社に一同に会して、計画のとりまとめを命じられた。
招集されたエリア営業部長全体会議の議長は本社エリア営業部長OS氏、例の下駄をはかせてもらった営業部長である。副議長は、今年度の会社賞対象者ということで私に押しつけられた。
「重責を担うことになった」とプレッシャーを感じていたが、意外なことにOS氏こと本社エリア営業部長は、会議の冒頭から魅力的な提案を示した。
それは、知り合いに大手の広告会社の重役がいて、テレビコマーシャルの枠で大幅に値引きをするから、助けて欲しいと言われているいう話だった。
あるテレビ番組の企画のスポンサーがどうしても見つからないらしく、その番組のスポンサーを引き受けてもらう代わりにスポットのコマーシャルを大幅に値引きして、コマーシャルを数多く放映してもらえるというものだった。
非常にコストパフォーマンスのいい話に聞こえた。もともと営業畑は話がはやければ決断もはやい部署なので、エリア営業部長会議はおおよそ、その提案に乗り気となった。
ただ、一部のエリア営業部長からは、相見積もりをとって、本当に「お得」なのかを確認すべきだ、という意見が出て、他の広告会社、数社に同じ条件で見積りを上げてもらったあとに、判断をまとめるということで決着した。
OSエリア営業部長は「嘘じゃないのだから、僕の話を信じて欲しいのに」とぼやいていた。
翌月の会議には、他の広告会社からの見積もりもあがり、OS本社エリア営業部長の言うとおり、「お得」な話だったことも確認され、営業部としてはテレビコマーシャルの線で企画がまとめられた。
私の印象としては、OS氏と言えば、本来の実力以上に下駄をはかせてもらって本社エリア営業部長になった人物だと思っていたので、仕事のできない人だと思っていた。
だが、今回の仕事ぶり、提案をもってくるそのやり方や会議のまとめ方などを見て、私の中の評価が大きく変わった。どうやら親分のKE取締役は、能力のある子分を早く出世させるために、下駄を履かせた、というのが事実らしい。
言うなれば、国家公務員のキャリア官僚が、とりあえず理由もなしにすごいスピードでエレベーター式に出世していくようなものである。
物事というものは実際に自分で見たり聞いたりしないとわからないものだ、とつくづく感じた。
まっ、私のこの認識が、正しいのか、間違っているのかは、本当のところはまだまだわからないのだが。
会社の中では、会社にとってよかれと思っているその内容が、一致していない人々がたくさんいて、それぞれの人がそれぞれの考えで、自分の正しいことに基づき行動して、それを実現しようとしている。
映画やテレビのように、正しい方と悪い方が単純に区別できるわけではないということなのだと、改めて思い知った。