おネギ
僕の目の前で僕が僕と抱き合っている。互いに唇を近づけている。唇が重なる瞬間、
目の前に藍色の椅子が連なっている。3人ほど間隔を開けて座っている。詰めれば横一列に11人ほど座れるようだ。脊髄に違和感を覚える。歯には鈍痛があり、抜け落ちてしまいそうだ。20分ほど前から記憶が無いことに気がつく。
窓の外には、見慣れた景色が広がっている。素朴な駅小屋が一つ。小屋の左隣に下根来町と掠れた文字で書いてある。
僕はこの町で生まれた。この場所というほうが正しいかもしれない。僕は生まれた時からおネギと友達だった。彼らは僕とは違い、畑で産まれる。彼らは野菜とは違い、意思がある。そして、人間のように歩き、喋る。
僕の祖父は、おネギを食べていたという。彼らを毎日煮殺しにしたり、切り刻んだり、磨り潰したり。おネギ達が悶絶する姿は、目に滲みるものがあった。ネギだけに。しかし、祖父は最高に滑稽だと毎日、笑い悶えていたそうだ。
現在ではおネギを、食べることや、傷付ける事も犯罪になる。榎木 門左衛門が制定した[おネギ国民法]があるからだ。榎木は下根岸町で生まれ、西暦2218年に第九十八代内閣総理大臣となった。
おネギ国民法によっておネギ大国の下根岸町には高度な経済成長が訪れた。畑が一面に広がる殺伐とした風景からは想像も出来ないような高層ビルが乱立され、国会おネ議義堂が設置された。日本の政治は四権分立
となり、下根岸町は経済特区に指定された。
僕は電車の中で、一つの顔を思い出す。根岸 凍鬼子彼女は小中学校の同級生だ。電車で登校する日はほぼ毎日見かけていたが、今日は見当たらない。