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すぐ終わります。
「おおゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない。しんでしまうとはいったいなにごとか。おお ガイアよ! このものにガイアさまのごかごのあらんことを!」
教会の神父の一言で、俺は自分が超絶クソゲーRPG『ガイアオブドラゴン』の主人公になっている事に気づいた。
死亡時に何度も聞かされることになるこの罵倒に近いセリフは、まぎれもなくあのゲームのものだ。
さかのぼること数刻前、気がつけば俺は全裸でどこぞの森に立ちつくしていた。
異世界転生もののテンプレにはよくある展開だが、この後がいただけない。
急な事態に俺が混乱していると、どこからともなく魔法使い風の男が目の前に現れた。
彼が何らかの説明をしてくれるのかと思いきや、
たたかう
まほう
どうぐ
というどこかで見覚えのあるコマンドのインターフェイスが目の前に浮かび上がる。
すると同時に男が杖を振りかざした。
『ブラック・ファイア』
たかゆきは50のダメージを受けた。
ちからつきた……。
というログが流れて画面が暗転する。
そして次に目覚めると、教会の神父に罵倒されているという理不尽な現状に戻る。
ゲームスタートを選んだ途端、いきなりフィールドに放り出され、全くのノーヒントでゲームが始まる。
スタート地点付近にいるザコが即死級の魔法を放ってくる。魔法は必中なので発動されたら確実に死ぬ。
戦闘から逃げることはできない。というか逃げるという選択肢がない。
そしてデスルーラからの罵倒。
……などなど。
以上の流れから、ここは間違いなくあの悪名高いレトロクソゲーRPG『ガイアオブドラゴン』の世界であるという結論に達する。
なぜ俺がこの世界の主人公になってしまったのかは謎だが、どうやらこれは夢ではないらしい。
死んでも復活するところを見るに、おそらくクリアしないと脱出できないに違いない。
誰もが三十分……いや五分で投げると言われるこのゲーム。
普通の人間ならここで頭を抱えて途方に暮れてしまうところだろうが、幸運にも俺はこのゲームをやりこんで知りつくしている。
もちろんクリアへの最適解も頭に入っているわけだ。
教会で復活した俺は当然のごとく全裸である。
たかゆき HP24 MP0 LV1
というステータスウィンドウが、常に視界の左上にぼんやりと表示されている。
たかゆきというのは俺の名前だ。
主人公のデフォルトネームは存在せず、どこの誰で何者なのかも全くわからない。
というか設定されていない。
まずはステータスを確認する。
このゲームのステータスは、HPMPの他に以下の6つのパラメータがある。
つよさ
まもり
すばやさ
たいりょく
かしこさ
うん
レベルアップすると、ボーナスポイントが3~5与えられ、上昇させるパラメータを自分で選ぶことができる。
ただし死にステータスばかりのため、誤った育成をすると詰む。
自由なキャラメイク! が売りのゲームのはずが、だがクリアできるとは言ってない状態なのである。
実際に割り振るべきパラメータは、つよさとすばやさの実質二択である。
それ以外にはほぼ割り振る意味はない。
まもりは一応防御力が上がることになっているが、防御力はほぼ装備品で決まるため上げるメリットがない。
さらにこのゲーム、魔法は防御力にかかわらず固定ダメージである。
後半の敵はほとんど魔法しか使ってこないので防御力自体がほとんど意味をなさない。
たいりょくはレベルアップ時に増えるHPの上昇率に影響する
しかし上昇の振れ幅は3~8の間で、そこまで大きな差はない。
あくまで確率が上がるだけなので、たいりょくをあげていてもHPが3しか上がらなかったなどというふざけた現象が起きる。
無理やり取ってつけたようなステータスで、必要性を感じない。
かしこさはレベルアップ時に増えるMPの以下略。
うんはクリティカル攻撃の確率とアイテムドロップ率が上がるというが、全く実感できない。
クリティカルは威力1.2倍という下手すると乱数レベルの倍率であってもなくてもどうでもいい。
その上モンスターからしか入手できないレアドロップアイテムなどというものは存在せず、ドロップするものと言えばせいぜいやくそうだとかそのぐらいのものである。
と、これらがほぼ無意味な罠ステータスである一方、つよさとすばやさはなかなかの壊れっぷりである。
つよさは直接攻撃で敵に与えるダメージに影響する。
1や2上げたところで影響は微々たるものだが、なぜかつよさが8の倍数になるごとに謎の補正がかかり、それまでの倍々に与ダメージが変化する。
それに武器の攻撃力も乗法で加算されるため手に負えない。
そして最も問題なのがすばやさである。
このゲームの戦闘は、アクティブ・リアル・バトルとかいう某大作RPGのパクリシステムだがパクリきれていない完成度の低さのため、すばやさを上げまくると敵が一回動く間に三、四回は行動できるというクソみたいな仕様となる。
逆に素早さを上げていないと動く前に一方的に殴り殺されるという、要するにすばやさゲーである。
つぎに装備品を見ていこう。
装備のカテゴリは、
けん
たて
アクセサリ
の三つのみである。
けんと言いつつ、なぜか槍だとか斧も装備できる。
そのため「けん てつのやり」だとかいった意味不明な表記になる。
そして「たて」の項目も同様に防具全般が装備可能である。
なのでこちらも「たて かわのよろい」などという謎表記が起きる。
よろいを手に持って盾にするというシュールな絵面を想像するが、実際には単なるミスだろう。
そのくせ盾はきのたて、てつのたて、ドラゴンシールドの三種類しか存在しない。
途中で考えるのがめんどくさくなったに違いない。
一通り確認し終わった俺は、教会を出て村の探索を始める。
設定では人類は魔物たちの恐怖に怯えているというが、どいつもこいつものんきに散歩している。
ゲームの住人なので俺が全裸だろうが誰も気にしない。これはある種ゲームに忠実であると言える。
適当なキャラに話しかけてみると、
「よう!」
とだけ返ってきた。
このゲームの会話テキストは非常に散文的である。
村人に話しかけることによって何らかのフラグが立つといったことは一切なく、基本会話をする意味はない。
俺はゾンビのように徘徊する村人をかわしつつ、村北東の民家の入り口へ向かう。
そしてそこから南へ7歩、東へ5歩進んだ地点のなにもない地面を掘り返した。
『ドラゴンキラーをてにいれた』
このように、最初の村に最強の武器であるドラゴンキラーが全くのノーヒントで落ちている。
南へ7歩、東へ5歩という情報はゲーム中にはなく、特に何の意味もない数字である。
そしてこの武器、ドラゴンキラーという名前だが、ドラゴンによく効くというような効果はない。
そもそも種族特効などという上等なものはこのゲームには存在しない。
その後、俺はセオリーにのっとって早速レベルを上げるため、村を出た。
武器のおかげで攻撃面に関しては問題がないが、とにかく素早さを上げないことには話にならない。
狙いはあくまどう狩りである。
あくまどうとはしょっぱな俺を教会送りにした魔法使い型モンスターである。
あくまどうはその強さも相まって、取得経験値量も異常に多い。
一体でスライム五十匹分に相当する。どう考えてもコイツは配置場所を間違ったのではないかという説が濃厚である。
モンスターはフィールドに立っているだけで勝手にエンカウントする。
もちろんシンボルエンカウントなどという上等なものではなく、ランダムエンカウントであるにもかかわらずだ。
開発の言い分によるとリアルさを追求した結果だとか抜かしているが、ほかがガバガバすぎるこんなクソゲーにリアルもクソもあったものではない。
その上異常なエンカウント率の高さ……というか、一歩歩けば戦闘になる時もあれば、なかなか敵に出会わないこともある。
俺はしばらくの間エンカウントを繰り返し、レベルを13まで上げてすばやさに全振りした。
13で止めたのは、なぜかレベル13以降は急激に要求経験値が跳ね上がり、レベル上げ効率が悪くなるのだ。
その間あくまどうに五、六回教会送りにされたがこれはもはや不可抗力である。
最強武器を持っていても先手を取られて魔法を使われると普通に死ぬ。
レベル上げも終わり、そろそろ村の東の城に向かうことにした。
すばやさがそこそこまで上がると、ドラゴンキラーの破壊力もあって一気にヌルゲー化する。
道中の魔物をワンパンしつつ城下町へ入ると、俺は一目散に酒場に向かった。