婚約破棄?~では私の考えを述べましょう~
「婚約破棄?~ちゃんと確認しましょうね~」の姉サイドです。
あとがきもあります~。
公爵家長女、シェーラ・アーネスト。
私は昔から、面倒くさがりだった。
着替えはもちろん、侍女がやってくれることは大抵されるがままだったし、食にさほど興味もないので、形式あるコース料理は本当に苦手。これが一日三度もあるというのは、なんの拷問か。二皿目で食べる気もなくしてしまう。
夜会に行くのだって、アーネスト家の立場があるとはいえ、そこに至るまでのドレスや装飾品の準備、ダンスレッスン、マナーレッスン。なにもかもが億劫で仕方がなかった。
「シェーラ嬢は、人見知りなさるお方なのですね」
なんと奥ゆかしくてかわいらしい。
無理やりダンスに誘ってきた伯爵家の子息が、その後も何か言ってきたが、私の耳にはそれ以上入って来なかった。
夜会に参加した時は、静かに笑みだけ浮かべて聞く側に回り、あまり相手の興味を引かないように過ごしていた。それがどうやら『人見知り』というものに分類されたと知り、私は内心にんまりとしたのだ。
(だったら勘違いしたままでいてもらいましょう)
やがて『シェーラ・アーネスト嬢は人見知りがひどいらしい』という噂が社交界の中で立ち始めた。
とはいっても、私は腐っても公爵家令嬢。さすがに家の恥になるような態度は出来ないというもので、学園では常に上位の成績を収めていたし、自分から発言はせずとも何か聞かれれば答えられる姿勢は作った。
人見知り、つまり『初めて会う人』に対してそうなるだけで、接した事さえあれば『彼女もある程度は話せるのだろう』と思われるくらいに、自分を作り上げたのだ。
次第に『人見知りはするが、聡明で淑女らしいご令嬢』など、いったい誰の話?と聞きたくなるような尾ひれがつき、いつの間にか第一王子の婚約候補という、実に面倒な枠にはまってしまったのは自業自得のこと。
父と母、そして妹のヴェルザは、私が人見知りではなく面倒くさがりという事実を知っていたけれど、前者の方が外聞もいいので訂正せずにいた。陛下からの打診には頭を抱えていたみたいだけれど。
妹ではなく姉の私に話が来たのは、この時すでに、男児のいないアーネスト家の跡継ぎはヴェルザに決まっていたからだ。
私が却下したのだ「面倒だ」と。
父は呆れていたけれど、ヴェルザが領主の仕事へ女ながらに興味を持っていたことも、そのために暇を見ては領地をこっそり視察していたことも気づいていたので、それならばと了承したのだ。
婚約打診は、私には最適の隠れ蓑となっていた。
けど両親が亡くなってしまった時に後悔したのは確か。
妹に、背負わせすぎていないか、と。
「お姉様、以上がつい先ほど起こったことです。残念ですが、ルーカス殿下との婚約は破棄という形にさせていただきますね」
卒業パーティーから帰って来た妹夫婦の報告に、私は呆れながら「あら、そう」と返した。祝いの言葉を向けた後にされたのが、こんな話の内容だった。
「気の毒だったわね、ヴェルザ。せっかくの卒業だというのに」
「いいえ。あんな馬鹿げた勘違い思いつきもしませんでしたが、お姉様には無駄な時間を過ごさせてしまいました。ごめんなさい」
「いいのよ。妃としての修行はなかなか面白いものだったから」
ヴェルザが当主となり、私が正式な婚約者に迎えられたのは、ある意味陛下のご采配だったのだろう。遠縁とはいえ、元々は王族の血筋ではあるのだから、両親を亡くした姉妹二人が生きて行けるように、と。
さすがに私も重い腰を上げ、殿下妃としての勉強は怠らなかった。
それでも年下の婚約者には、政略婚以上の感情は持てなかったし、そもそも向こうから―勘違いとはいえ―なんの接触もなかったのだから、興味は持てなかった。
パートナーとして夜会へ参加することすらなかったのだから、正直こちらには非はないだろう。王族でなくとも、婚約者がいるのならば、普通は誘うものだ。
ヴェルザに言った通り、妃としての勉強は別に嫌いではなかった。
特に、一般の貴族令嬢が知り得ないドロドロとした王族のゴシップは、なかなかなもの。
これは噂好きの侍女たちが休憩時間に話してくれたので、私が聞いたわけではない。長いこと聞く側に回っていた私は、彼女達にとってちょうどいい話し相手だったのだろう。
「でも、厄介者がこの屋敷に留まるのは、あまりよろしくないわね」
「お姉様!またご自分をそのように言って!」
「だってそうじゃない。ジオルク様も、小姑がいては立ち回りにくいでしょうに」
「シェーラ殿、私はそのように思ってませんよ」
私の言い草に、妹の旦那は苦笑いする。
ヴェルザが当主になったことに対する罪悪感が少なかったのは、ひとえにこの―年上だが―義理の弟のおかげだろう。彼がいたから安心して妹を任せておけたのだ。まだ若い妹が当主として動けるのも、元王族であるジオルク様が陛下に進言したのではないかと予想している。父とよく交流していたのは、私も知っていた。
「それにあまり時間を置いてしまうと、陛下よりまた打診がありそうだわ。ルーカス様が万が一にでも継承権を剥奪されたとしたら、次はその下の弟殿下の婚約者にでもさせられそうよ。冗談じゃないわ。さすがに十も下は子供じゃないの」
「それもそうでしょうね……ご安心ください。私も今回の事を踏まえ、陛下からの打診は辞退させていただくつもりでしたから。お姉様には、もっといいお方と巡り会えるよう、そのためにも夜会に――」
「あら、いいわよ。面倒だから、自分で見つけておいたわ。別件で呼んだのだけれどちょうどいいわね」
ヴェルザとジオルク様が「は?」という顔をする。
するとドアがノックされ、侍女が客人の到着を報告した。入ってもらうよう告げると、現れたのは不機嫌そうな男が一人。彼は妹夫婦に気付くと「お久しぶりです」と頭を下げた。
「ダリウス兄様……?えっと、ジオルクは結婚式の時に会いましたよね?」
「ああ、幼なじみとして紹介されたからちゃんと覚えているよ」
ダリウス・ハルヴァルス伯爵家の長男で、親同士が友人だったことから、私たちは物心ついた時より遊ぶ仲だった。ちなみに歳は私と同じになるため、ヴェルザは彼を兄のように慕っていた。
「約束の時間より早いわね」
「父は学園の理事の一人だぞ?騒ぎがあれば当然すぐ耳に入る」
「あら、だったら話は早いわね。ダリウス、あなた、私の事を娶りなさい」
さも当然、命令口調で告げると、彼は頭を両手で抱え「やっぱりそういう話か……!」と唸るように叫ぶ。ヴェルザは口元を片手で押さえ「まあ」と驚きの言葉を漏らす。
彼を呼んだ本来の理由は、ヴェルザの卒業祝いの晩餐会への招待だった。
「あのなぁ!君の勝手には昔から振り回されていたが、今回のことはそうもいかないだろう!」
「何か問題があって?あなたは婚約者もいないし、私みたいな美人を妻に出来るなんて一生にあるかないかの奇跡よ」
ダリウスは、俗にいう強面なのだ。
別に睨んでいるつもりもないのにご令嬢は逃げるし、街を歩けば衛兵に不審者と間違えられる不憫な男。
けれどよくよく見れば、目はつぶらだし、笑うと愛嬌もある。
なんだかんだと性格もいいので、中身を知ればどうってことない。
その怖くもない性格の男は、怖い顔で私を睨む。とはいっても見ているだけなのだろう、実際は。
「どうせ俺の妻になりたい理由は、俺が君をよくわかっているからだろう」
「ええ、そうね。あなたといるのは、楽そうだもの」
「そういう理由で伴侶を決めようとするのがどうかと聞いてるんだがっ」
「あの、ダリウス兄様、少し落ち着いて……お姉様もさすがに失礼ですよ」
「……すまん、ヴェルザ」
ヴェルザにそっと腕を掴まれ、ダリウスは深い溜息をついた。
「シェーラなら、もっといい条件の相手が見つかるじゃないか」
先ほど睨んで来た姿とはうって変わり、少し肩を落として呟く彼に、私は思わず頬を緩めた。
「あなたがいいのよ。 授業中に眠りそうな私をこっそり起こしたり、木陰で寝ている私を隠してくれたり――優しいあなたの傍にいたいの」
ダリウスが真っ赤になって、がしがしと頭をかいた。
彼は私の事をよく知っているけれど、私だって彼が甘い事を知っている。
――それから彼が、私を好いているということも。その逆も然り――
お互い、それは感じ取っていた。
けれどダリウスは自分の周りからの評価―怖いと恐れられている―を知っていたので、可能性を感じても積極的に動くタイプでもない。
王族からの婚約話がなければ、私が動いていただろう。全てはタイミングが悪かっただけの話なのだから。
「ヴェルザ。アーネスト家の当主として、この話はまとめてくださるの?」
「……そうですね。進めても、問題はなさそうですけど」
そう言いながら、ヴェルザは嬉しそうな顔をする。
「ダリウス兄様、アーネスト家から申し出た方がよろしいかしら?」
「 少し待ってくれ。帰ったら父と話し合う」
「ふふっ、いい知らせを待ってますね!」
陛下の呼び出し前に、ある程度進めておかなくちゃ!
そういってジオルク様と一緒に「失礼しますね」と退室していく。彼女のことだ、うまいこと陛下を納得させてくれるだろう。
「怒っているのかしら?」
「君に勝てない自分が悲しいだけだ」
「悲しむだけ無駄ね。あまりしかめっ面していたら、人攫いにでも見えてよ」
座っていた椅子から立ち上がり、体格の良い彼の前へ歩み寄る。
「あなたがいやなら、そう言えばいいわ」
「俺は――」
「まあその場合、アーネスト家から申し込むけれど」
「逃がす気ないじゃないか」
公爵家の申し出を無下に断れまい。
「そうよ?悪いかしら。そもそも学園を卒業した時点で、あなたがさっさと動いていればこんな面倒なことにはならなかったのに」
「そ、それは、俺は君が婿をとるとばかり。お互いに長子だったし」
「見かけによらず弱腰なのは直した方がいいわ。何とかするから俺の所へ来い、くらい言えなかったの?」
「そんな性格はしていない!」
「わかってるわよ。わかってるからあなたが好きなんじゃない」
わざと背伸びをして顔を近づけると、片手で自分の目を覆って「近い!」とゆでだこになっている。どこぞの乙女なのだろうか、この男。
「まったく!世間は君を勘違いしているな!」
「それを利用して美談を流してもいいわね。『ご令嬢の人見知りを直した本当は優しい大男』ってところかしら?あなたの認識も変わるわよ」
「間違ってないが間違っている!それにいいのか、ハルヴァルス家は商業を主としているのだぞ。社交界から弾かれぬよう、夜会への参加は必須だ。君は今まで避けていただろうに」
この期に及んで、むしろ心配してくるというのか。
どこまでも私に甘い人だ。幼い頃からずっと変わらない。
そんなダリウスに、私は笑顔を向ける。
「いいわ。あなたに関わる面倒ごとなら、歓迎よ」
ヴェルザには、あと少しだけ頑張ってもらいましょう。
かわいい幼なじみを口説き落とす間だけ。
そう長くはかからないだろうから。
姉視点だったので、頂いた疑問を全部いれちゃうとおかしいよなってことで、ちょっとだけ混ぜながら仕上げました。
※ちなみに、領地はすぐ帰れるところなの?という疑問に関しましては、作中には書きませんでした。
いちおう距離的にはそんなに離れていない設定で都合よく!になってしまいますが。
例えば学園との取り決めで、出席日数を満たせば一日おきの登校でもいいよ、だとか、寮には基本的に泊まらないけれど一時的滞在は短期間だけしてるよ、だとか。
とりあえず納得しやすい設定を想像して頂ければと思います(笑
ただ単にテンプレらしく書きたかったので、あとは読者様の想像力にお任せです!すみません!←
読んでいただきありがとうございました!