魔女カフェの困ったお客様
勢いです。それ以上でもそれ以下でもありません。
困ったものだ。
そう思うには十分な案件が目の前にあるのけど、どう対応していいのかわからない。
故郷を去って5年、自分なりに生活基盤をここに落ち着けるところまで来たのに、一難去ってまた一難というのはこのことか。
私の名前はアカネ。
本当の名前は捨てた。
この名前はそれなりに気に入っているし、異国風の名前はこの街の住民たちにとっては魔女の肩書のようなもの。
得体のしれない女が異国風の店を出しても、気に留めない雰囲気があるのはすぐに大きな港を持つ都市が側にあるからだろう。
この小さくもない街の一角で小さな店を開くにはそれなりに苦労もあったのでここをあっさりと手放すのは惜しい。
だが、目の前で優雅にこの店自慢のハーブティを飲んでいる相手にとっては関係ないことらしい。
「うん、今日もかわいい魔女さんのお茶は変わっているけど美味しいね」
こちらからの視線に気づいたのか、それとも違うのかちゃっかり2杯目をお替りしているのはどうかと思う。
ひとりで雑貨屋兼、カフェを開いたのは今から1年前。そしてひとりでは大変だからと、看板娘として近所の娘を一人雇ったのも1年前。
「ええ、うちのマスターのお茶は健康にもよくてすっごーくおすすめなんですよ!」
にこやかにうちの看板娘であるユニは、いかにも貴族風の男と雑談を交わしている。
1か月ほど毎日やってくる客だ、最初貴族だと碌なことがないのでユニも警戒していたのだが、昼時を過ぎおやつの時間よりは少々早い時間にやってくる相手に雑談するようになるには時間はかからなかったように見える。
そもそも相手も貴族風ではあるが、腰は低く優雅な仕草がこれでもかってほど似合っているのだが、町娘だと思って侮った態度はせず、とても気さくなさわやか青年風なのだ。
ユニがとっても大事にしている幼馴染の少年(年下)がいなければくらっと来ただろう。
少年はそんなユニの為に鍛冶職人として日夜修行に励んでいるわけだが、ユニも少年が独立したら一緒に鍛冶屋を手伝いたいと思っているからこそこうやってうちに手伝いに来てくれている。
将来の目標がある娘を口説くわけでもなく、他に客などいない状況で雑談を咎めることもできず主人の自分が店の片隅で小さくなっている現状がおかしいのだ。
もちろん、客の視線に入らないように気配を完全に消しているのだが、こちらから見えていることがわかるのかわからないのか「マジックミラー」越しに相手を見ているこちらの心臓がもちそうにもない。もともと嫌な客が来たら設置するためにここに立てかけられるようにしたのだが、本当にこれの存在がありがたいと初めて思った。
「健康になるお茶はいいねぇ、うちにも輸入したいけどそれは無理なんだね?」
「そうなんですよ。量産ができないからってこちらで提供するのがいっぱいいっぱいなんだとか、マスターの育ててるハーブの組み合わせも特殊なんですが、近所の女性には大人気なんですよ!冷え性が治ったり、寝起きがよくなったり、お通じがよくなたりと!」
お通じは年頃の娘が力説して言うことではないよユニよ・・・年下の彼氏のせいで少しばっかり恥じらいというものを置いてきて立派なおかみさん候補となり果ててないかい。
年頃の娘について後でお説教決定と。
「それはいいねぇ、うちの母上が喜びそうだ少しばかりのお土産程度は持たせてくれるのだろう?」
「それはもう!輸入するほどの量は用意できませんが、日用品ついでの買い物ぐらいの量はそろえることができますよ」
母上というセリフで、いかにも気の強そうな女性の顔が浮かぶ。あの人が冷え性やら、お通じで悩んでいたらちょっと面白い。
毅然とした態度で誰もかもを圧倒させ跪かせないと気が済まないようなご生活のあのご婦人がだ。
「眠りも浅いらしいんだけど、そういうのに効くのもあるのだろう?」
「もちろんです!眠りにいいのはラベンダーのポプリなどどうでしょう?枕元に置いておけばリラックス効果もあるんですよ!」
そうそう、お風呂に入れてもリラックスできるし、一押しのうちの雑貨商品だ。えらいぞ看板娘、この調子でこやつにたくさん売りつけるがいい。
店の中全部売りつけて、夜逃げしてしまおうか。
ああ、それもいい考えだろうな。
いつか鍛冶屋をするならここを譲って他の町に引っ越すのもありか。
いくつかのハーブは諦めるしかないが、ラベンダーやミントなどは持っていくことは可能だろう。
後3つほど国を超えて似たような街を探すのもありかもしれないな。
「じゃぁそれももらおうかな」
「ありがとうございます!包んできますね!」
とにかくお買い上げしてくれるようでありがたい。
だが、国から追放もしくは勝手に出てきたと思ったのだがまだ母親とは交流があるのだろうか。
そもそも、ここにこいつがいる時点でおかしい。
「そういえば、若様。探し人は見つかったんですか?」
「いいや、全然跡形もないぐらい消えてしまってね」
そりゃそうだ。
あの国を出るときに北東に進み途中から南西に進み、結局は南東のこの街に引っ越してきたのだから。
移動方法を「具現化」できてよかった。
ただ、惜しむとしたらなんで私は「4WD」の自動車に触ったことがなかったのだろう。
この世界はまだほとんど舗装などされておらず、徒歩か馬、それとも馬車が移動手段である。
まぁ救いはカ○君、君だ。マジで有効。
真っ赤なカ○君はそれなりに舗装されてない道もがんがん走ってくれたし、18歳の娘が移動するには十分な力となってくれた。
そう、私は魔女と呼ばれる存在の前に転生者という存在でもある。
転生者にありがちなチート能力は、「具現化」という能力。
つまり前世で触ったものを具現化する能力である。
1日5個まで質量が多いものだと1個か2個までしか出現することが不可能だが、バイク1台ぐらいなら余裕の範囲である。
ただし、「具現化」した後は1日近くの有効期限がなく無となるのでバイクを出現させてその後の後始末に悩むことはない。
「具現化」の欠点は時間が決まっていることと、生き物は具現化できないこと、そして電波の届かないところだ。
パソコンや、スマートフォンなどの便利用品は使えないが、電卓などの太陽光を使った製品は使えた。
本や家具なども使えたし、服とかは1日で消えてしまうが触ったことのあるドレスなどは、具現化できたので貴族令嬢してたころには大いに役に立った。
もともとうちはかなりの貧乏貴族であった。一応公爵家という身分はそれなりに高かったのに、先々代のおじい様がかなりの浪費家だったり、お父様が少々、いやかなり抜けていて領地を運営する能力が少々かけていたこともあり、貧乏だけど現状で満足してしまおうみたいな雰囲気があった。お母様も子爵家から嫁いできたのはいいけど、我が家の貧困ぶりはそれなりに有名だったらしく、それに耐えられる女性ということで選ばれたらしい。つまりふたりして現状を変えようとは思ってなかった。
それなのに、なぜか決まった私の婚約。
そうなのだ私に婚約者ができたのは10歳の時、同時に前世の記憶も思い出した記念日です。
我、公爵家にはお金はありません。あるのは古い歴史と地位だけです。そんな家と婚姻を結びたいと言い出したのは、なんとあの国の第一王子様でした。
ほら、なんか怖いと思いません?
裏があるに決まっていると、前世の記憶を取り戻した私は考えたのです。
すると、あの国の実態が徐々にわかってきました。
第一王子を産んだ王妃様は正妃でありますが、とっても強い侯爵家の娘さんでした。王子が王様になればすっごい強い後ろ盾になること間違いなしの。
その王子の婚約者です。普通は同じぐらい力のある侯爵家か公爵家からでるのが一般的なのですが、片方に力が寄りすぎないような制度があるのですよ。
その制度に乗っ取って我が家に白羽の矢が…つまり王子の実家が何にも力がなければ、王妃様の実家が次代でも勢力を保てるそう考えたらしいのです。
こちらとしては有難迷惑です。
記憶を取り戻したとはいえ10歳の娘に現状を打破する力はありません。
力のない我が家の後ろ盾になろうと、あれこれ言ってくる人々が群がるのは必須。
たぶんですが、王妃様の一族はその方々を我が家とも道ずれに蹴落とそうと考えているそう判断しました。
それからの私は頑張ったと思います。
まずはお父様と丁寧に話し合い、公爵家の実権を譲っていただきました。領地管理など人に丸投げのお父様は、私に実権を握られても自分の生活がそのままでしたらあまり気になさらないみたいで、どうしても大人の力が必要な場合のみ手伝いをお願いしました。
そして二つ目の問題が、我が家の存続のための人材確保です。
分家の中で、使い捨てにされてもいいような人材であり、有力な子がいないか探したところ。ひとり、分家筋の男爵家の庶子が見つかりました。
彼、かなりの魔力の持ち主で母親が亡くなった後に引き取られて、あまりいい生活をしてなさそうなのです。
魔力がありすぎて、男爵家の子供たちに嫉妬されいいようにいじめられていると聞きました。
私はこれだって思いましたね。
こういう子なら打たれ強そうだと。
ある程度教育して、我が家を継いでその子らに仕返しするのもよし。我が家が潰れても教育と魔力さえあれば自分で生きていけると思いますもの。
一方通行の条件だとしてもこれ以上都合のいい相手もいません。
こうして9歳になるあの子は我が家に迎えられたのです。
と、言っても別に父と母になつく必要はありませんし、公爵家はとても貧乏です。
食い扶持が増えたことは財政に少々厳しくはあります。
しかし教育をすると決めたからには、どうにかして困難を乗り越えなければなりません。
公爵家の跡取り候補であることは本人に告げて、教師も付けました。
しかし、あくまでも候補なのだからという理由を付けて彼の部屋は使用人と変わらない部屋に押し込めました。
使用人でも執事クラスのでしたが、かなり質素であるには変わりません。
男爵家で済んでいたころよりはましになった程度。
その後、食事マナーだけは毎日培っていかねばならないと思って食事だけは一緒にとることにしました。彼にかかわるのはこれまでのつもりです。
食事中はマナーだけではなく、嫌な相手と一緒でも表情を出さず優雅に食べることを義務づけました。
ただ、私を話し相手とみなして話すことは許しませんでした。
彼には今後の公爵家を押し付けるつもりです。
私のことなどどうでもいいように思っていただかないと困ります。
楽しい会話は今後12歳で男性用の学園に上がる頃に勉強すればいいのですから、今の彼には不要ですね。
最初は男爵家の扱いが悪かったのか、無口みたいでしたが。
時間がたつにつれて、本来の明るさを思い出したのか教師や執事のセバスチャンにはよく話すようになったらしい。
私は最後まで彼の笑顔を見たことはなかったけど。
彼が3年ほど自分のことで精いっぱいの間、私は公爵家の立て直しに勢力を注ぎました。
結果は10年後でよいので、まずは簡単な財政の立て直し、および第一王子の婚約者としての業務、教育をこなさねばなりませんでした。
「具現化」能力は本当に役に立ちました。前世の私は学生時代にコンビニでバイトしたことがあるらしく、栄養ドリンクには本当に世話に…まぁ1日で成分は飛んでしまうので子供でも飲んで大丈夫だと実験したのは内緒です。よい子の皆さんは真似しないようにお願いしますって誰に言ってるのかしら。
とにかくです。
ドレスなどはお針子を雇うお金がなかったので、お針子の代わりに足踏みミシンを具現化できたのもよかったです。
電気で動くものに関してはほぼ全滅でしたが、子供の頃近所の洋裁をしていたおばさんの家にあったミシンに何度も触れてたお陰です。
あの頃はミシンの音を聞くのが楽しくて、よく遊びに行ったものです。
電気ミシンの時代でも現役で動いてた足踏みミシン、こんなところで役に立つとは思わなかったです。ありがとうおばさん。
ただし、私が操作が少々ダメでしてメイド長が簡単にマスターしたのが少々落ち込む要素ではりましたけどね。
機械と針は具現化を使いましたが、糸と布は用意すれば次の問題はドレスのデザインです。
専門家が我が家にいなかったせいで、型紙が作れないという問題に直面した時、思いついたのが友人Aのコスプレでした。
学生時代からのコスプレ歴2桁の友人が、作っていたコスプレ衣装。
あれは触ったことがありますし、それ専用の専門誌も触ったことがあります。
いけると思った時に具現化できた自分を誉めたい。
その中で手作りできそうな衣装を作り、婚約者として最低限のお茶会に参加しました。
見たこともない衣装に最初は驚かれた方も多かったのですが、徐々に真似する人も現れたぐらいです。
最初はシンデレラ衣装に、白雪姫などわかりやすい衣装から、魔女っ子衣装をもじったものまで、幅広く作らせていただきました。
精神年齢?まぁいいじゃないですか、コスプレ気分で参加できるのも10代だからです。
母に強請られて同じ衣装を作ったのはいい思い出ということでよろしくお願いします。
そして15歳になると、女性も学園に通うことになります。
男性は12歳から、女性は15歳からというのは男性の方が学ぶことが多いのと、将来の適性を調べるためです。
女性は基本的に嫁に行った後、どう生活していくか社会のしきたり、国での役割など婦人教育が一般的な強化ですから、時間がずれるのは当たり前みたいなことが起きます。
勉強時間も男性に比べたら短時間ですし、午前中に学園で授業を受けて、午後からは帰宅する。
女性には寮もありませんし、貴族のお嬢様が寮生活などできるはずもないという考え方があるからだそうです。
必然的に男性は寮へ、女性は家にの構図が出来上がっていくわけですが、午後すぐに帰宅するのではなくランチをとったりサロンを開いたりと、交流を目的に学園内に残ることもできます。
私も一応婚約者がいるので、授業後は週に数回お話しする機会もぐっと増えるわけです。
この時、第一王子様は王太子となられ16歳になっていました。
「探すためにこの街にいらっしゃったのですよね?」
「もちろんさ。」
少し大き目な街とはいえ1か月もいれば、いないのもわかるだろうに彼はこの場所から離れようとしない。
気づかれたのか、気づくことはないと思っていたのに。
「見つかったのですか?」
「これがさっぱりだよ」
爽やかに笑って見せる彼こそ、元婚約者と言えばいいでしょうか。
そう、王太子となったはずの第一王子様その人です。
彼が私を探していることに気づいたのはこの街に彼がやってきて僅かしかたってない頃です。
風のうわさで貴族風の男が、『赤毛の娘』を探しているという噂が出回ったことです。
そしてある日彼はこの店にたどり着いた。
その日はユニはいなくて、私が対応したのだけど…
『いらしゃいま・・・せ?』
思わず疑問形になってしまったのは、驚きを隠せなかったから。
『やぁどうも、ここは身体にいいお茶を飲ませてくれると評判だって聞いたのだけど、お店は開いているのかい?』
昼過ぎのちょうど客足がなくなった午後、彼は爽やかにこの店にやってきた。
『はい、先ほどお客様がお帰りになって誰もいませんが、まだまだ営業中です』
『それならよかった。評判のお茶と何かお菓子もあったらそれを』
『……かしこまりました』
お供も連れず、ただ一人で旅姿の貴族風の男。
思わずぱちくりと瞬きをして、驚いたのは彼の身なりのせいだと誤魔化せたはずだと言い聞かせ、鳴り響く心臓の音を悟らせないように少々手荒にお茶の準備をした。
大丈夫、大丈夫、現在自分の姿は似てないはず。別人に見える化粧と、深い青のカラーコンタクト、そしてウィッグまでしているんだ。
噂が出てから毎日変装を念入りにしているし、もともとこの街にやってきたときもこのセットでいた。
もともとの真っ赤な髪はショートまで切りそろえてあり、その上から金髪のウィッグを身にまとい、ついでに眉毛だって剃って眉毛だってそろえてあるんだ。
元OLの実力を思い知れってほど別人に成りすましている。
彼が探す『赤毛』で『紫色の瞳』の女などこの街にはいない。あれはあれで珍しい色彩なんだから。
それから彼はこちらを値踏みするようにみることもなく、私が彼女だということも気づくこともなくこの店を出て行った。
彼が出て行った後のことは正直覚えていない。
ただ床に腰を抜かして座っているのをユニが発見するまで私は茫然とその場に座っていたのだから。
「どうしてここに来たのかお聞きしても?」
今日のユニは好奇心旺盛のようだ。
彼から情報を引き出してくれるには丁度いいので、こちらも聞き耳を立てているわけだけど。
「そうだね。もし、『赤毛』の『紫色の瞳』の人物の噂があれば教えてくれるといいんだけど、知らないって言ってたよね?」
「はい、そのような珍しい配色をお持ちの方には会ったことがありません」
「まぁこの辺りじゃ珍しいよね。」
「実はね、この国出身じゃないっていうここのマスターさんに見たことないか尋ねに来たんだよ」
「あ、そうなのですね」
そういえばそういう設定でした。そりゃ異国から流れてきたなら知ってる可能性はなくはないかな。
昨日、彼女について聞かれたことがあったけど、知らないで通したのでそれ以上ここに用があるとは思えない。
もう来ないと思っていたのに、何故まだここにいる。
探したいなら他を当たってくれ。
まぁ探しても無駄だけど……
ある意味ここにたどり着いている時点で、彼はかなりの強運の持ち主なのかもしれない。
「でも知らないらしいよ。『彼女』をって僕は彼女を探してるなんて言ったことないのにね」
ぎくっと心臓が跳ね上がる。
「女性の方だったのですか?」
「そうなんだよ。逃げられてしまって心当たり探しているところ」
よくある失態なのではなかろうか。
そういえば何故かここにいるのかはわからないけど、この人王太子だった。
貴族でもトップクラスの大物。
尋問とかすっごい得意そう……やはり逃げるか、逃げるしかないかな。
「気づいたのは宿に戻ってからなんだけど、今日マスターはいないんだよね?」
そう言って、マジックミラー越しにこちらを見る彼は正直足がすくみそうになる。
「え、あ、はい。今日は仕入れに行って出かけてます」
ユニにそう頼んでおいてよかった。とにかく、これは逃げの一手か、もしくは大人しく隠れている方が身のためかもしれない。
ああ、でもああ見えてもあの人、軍人だ。気配ぐらいとっくに気づいてそう。
服脱いだら結構筋肉質そうだなぁってダンス踊るたびに思ってたけど、今はそんなこと考えている場合じゃない。
顔合わせたくないのでここから出たいとは思わないけど。
「とても残念、今日は帰ってくるまでここにいてもいいかい?」
「えーと、どうかな。すぐ帰ってくるとは言ってませんでしたよ」
頑張れユニ、負けるなユニ、負けたらお姉さん泣いちゃう。
ダメなマスターでごめん。
それにしても見つけ出してどうするつもりなんだ。
婚約者として捨てたくせに、今頃探しに来るなんて理解に苦しむぞ。
「どうしても彼女に謝らないといけないことがあるんだ。それをとっても後悔しているからここにいるわけなんだけどね」
「何をなさったんですか?」
ユニ、興味津々なのはいいけど、貴族の問題に首突っ込んだら後々が困るぞ?
そういう教育も今後の課題と…いやマジで夜逃げしようと思っているから無理か、無理なのか。
「ちょっと僕が浮気してね」
「それは逃げられます」
そうそう、ちょっとじゃない浮気されたんで婚約破棄された記憶がまだ鮮明に残ってますとも。
勢力を削ぐための婚約者でしかない私に、彼はそれなりに気を使ってくれたのを知っている。
我が家が金銭面に結構大変なのを知ったら、第一王子の婚約者へのプレゼントとして、それなりの宝石を送ってくれたこともあった。
婚約者からのプレゼントという名目なら、何度でも利用できるアクセサリーはかなりありがたかった。
服は作れても安物の宝石は触ったことがあっても、高価なものなどほとんど触ったことのない前世だったからこそ大いに役になってくれた。
まだ成人していない貴族の子供たちは晩餐会や舞踏会など出ることはないけど、昼間開催されるお茶会などは頻繁に参加することが多かった。
公務の練習のためと、最低限でなければならないお茶会は多くてそのたびにエスコートしてくれた彼。
将来王になるために、必死に勉強していたのも知っている。
自分たちの関係の先に何があるのかもなんとなくだけど気づいていたに違いないのに、私が17歳になるまで本当に大事にしてくれた。
だから、あの1年間の彼の心変わりが許せない。
「彼女に説明しておけば逃げられなかったのかもしれない。だけどあの時の僕にはあれが最善の方法で、だからこそ今ここにいるわけなんだけど……」
「浮気したら逃げられるのは貴族も庶民も変わらない気がします」
「確かにそうだよね。本当にそこについては弁解の余地もないね」
優雅にお茶を一口飲んで彼はじっとこちらを見る。
見られているのは間違いない。
だけどここから出るわけにもいかない。
今自分がどういう顔しているのかわからないから。
「こんな小娘に人生相談なさりたいぐらい落ち込んでいらっしゃるのですか?」
「まぁそうともいう。こんなに彼女を探すのに時間がかかるとは思わなかった。正直のところ」
そりゃそうだ。逃げたとしても修道院か、もしくは隣の領土もしくは行っても隣の国ぐらいで、安全地帯を貴族の娘ならば選ぶだろう。
だが、私はそうはしなかった。何せカ○君が使えたので。
昼間の移動は目立つからって、夜の平坦な道は自動車まで使って移動した私に抜かりはない。
一応、ジェット機も乗ったことあるけど操縦はできないし、危険な坂道は避けたので大回りしたけど、文明の利器を侮るなかれ。
電波は触れないので通信系はほぼ全滅だったけど、電池やガソリンといったものは満タンで使えたので移動は楽にできた。
ドローンも触っておけばよかったと後悔はしたけど、周辺の国の地理はほぼ暗記していたので迂回しながらここにたどり着いた。
ここに来るまであの国の外周の国々を2周回ったので、私の噂らしきものがかく乱できただろう。
でもそれでも足りなかったからこそ5年もたって彼はここに来たんだろう。
「それにしても、何故かほっとするねこの店は」
「ありがとうございます?」
いきなりの話題展開にユニが困った顔をしている。
助け舟は出せないのがもどかしいが、これ以上ぼろを出すのもいただけない。
「彼女と過ごしてた日々のような気がして、こんな遠くまで来る予定はなかったけど、どれだけ僕は彼女を傷つけたのだろうっていつも思う」
「浮気されたら誰だって傷つきますよ?私だって彼にされたら、包丁の2本や3本、投げてやる覚悟ですもの」
普段はおっとり系の彼女にこんな一面があるとはびっくりだ。
彼氏君、しっかりしてないと尻に敷かれるよ。あ、もう敷かれてるのか。
なら問題なし。
「それは怖いけど、いいねぇ……」
「いいのですか?」
「ああ、とてもいい。だってそれだけ彼氏君の事好きだってことだろう?」
「ええ、まぁ大好きですが」
惚気かい?惚気なのかユニ!まぁ前から彼の話になると惚気るのは前提であったけど、いや顔を真っ赤にして揺れている場合じゃないよ?
「包丁の1本でも飛んできてくれたなら、わかかりやすかったなぁ僕の場合」
「彼女さんは何もしなかったのですか?お兄さんすっごいかっこいいのに」
そりゃかっこいい。国中の娘たちがため息つくほど、整った顔。サラサラの金髪に、深い緑色の瞳。
見つめられただけで失神したお嬢さんも少なからずいるぐらい、美男子なのだから。
「彼女は、僕が浮気現場を見せたら、ため息ついてそのまま去っていったよ。わかってたのになぁ……」
彼があの子と雑談している現場を私は確かに見ました。
あの子は私よりは身分は低かったけど、それなりに裕福な家の子で私よりは彼の後ろ盾になれるぐらいの財力と、力を持っていた。
私にあるのは、彼の婚約者である身分と、公爵家という古い身分だけ。いつつぶされてもおかしくないぐらいの、小さな力。
それでも足掻いたけど、彼にふさわしいとは思わなかったの。
だから、ああ、って思ったこれで吹っ切れると。
「なぜ見せたのですかと言っても?」
「若かったからなぁ、自分じゃなきゃ嫌だって言って欲しかったみたいだ」
一瞬何を言われてるのかわからなかった。
「本当はいろいろ思惑やら柵やらあったのも本当だけど、本音の本音は彼女に嫉妬してほしかったなんて馬鹿な理由だったりする」
「それは馬鹿だと思います」
「ああ、彼女に自分の気持ちさえ伝えてなかったのに、彼女だけに求めた僕が悪い」
そう言い切った、彼の言葉と共に小さな物音がした。
たぶん、彼が席を立った音。
足音が徐々に近づいてくる。
わかっているけど、逃げだせない。
ユニ何してるの、彼を止めて……じゃないと……
「だから、僕は何もかも捨ててきた。だって彼女だけ全部捨てるなんてフェアじゃないよね。素直になるのが一番だって父上には了解は取ったし、後のことは優秀な弟たちに任せてきたし、そもそも僕が継ぐ予定でなければ、彼女を巻き込むことなんてなかった。ただ、あの地位は彼女を婚約者にできるからこそ、手に入れた地位だったのに、一番欲しいものが手に入らないならいらない。」
マジックミラーの向こうで彼が止まった。
私は腰を抜かして動けない。立てない。
目から何故か水が零れてしまって、視界すらままならない。
「ずっとね、僕が欲しかったのは……君だけなんだ」
見上げた視線に彼がいた。
ガラスの隔たりもなく、ただそこに。
「やっと見つけた」
「私は違う……」
「違わない。だって僕が君を間違えるはずがないだろう?それに……」
首にかかっていたチェーンを彼が引き抜く。
ずっと国元から逃げだした時からつけていた小さなネックレス。
小さな小さな宝石がついていた。
「これは、僕が送ったものだろう?」
たくさん贈ってもらった宝石の中の一つ。
彼の瞳の色と同じエメラルドグリーンをしたそれは失踪時に唯一持ってきたもの。
「違います。たまたま買ったもの……」
「いや違わない。だってこれは、君がずっと身に着けてくれたものだから」
そう10歳の頃からずっと身に着けていた小さなネックレス。
17歳のあの日に一度外したネックレス。
だけど、未練だとわかっても持ってきたネックレス。
「じゃぁ質問の内容を変えるね。何故で泣いてくれているの?」
「泣いてなんていませ……」
反論しようとして視線を上げたら、視界が真っ暗になった。
何か温かいものに包まれて…理解ができない。
「な……」
「もういい。ごめん、僕が悪かったずっと僕が悪かった。だから泣くなって言わない。言わないけど、泣くならここで泣いて。いつでもどこでも。もう間違えないから、ね」
力強い空間に閉じ込められて、彼の声が頭の上から聞こえて、何が起きているのか理解ができなかった。
「ずっとずっと、初めて会った頃から君が好きだった。僕の婚約者は母上の実家より力がなければ誰でもよかったんだ。だから、何度かのお茶会で君に出会って、他の子よりひと昔のドレスを着てるのに凛として前を向いて、誰が何と言おうと君は動じない。まだ君は8歳ぐらいの女の子だったのに。それに興味を惹かれて、ずっと見てた。それに気づいた母上は君を婚約者にした。そして父上は、君を守れと僕に言ったんだ」
「……何故?」
「父上は母上を愛していたけど、実家の力を強くするつもりはなかった。後ろ盾なくても僕は優秀だったし、それを母に悟られることはしないようにと教育された」
そういえばこの方は母上様の操り人形のような評価でした。
母の実家に強く言えないという印象を持っていた気がします。
「僕が母上の実家の権力の増強とならないように、父上たちはあれこれしていたみたいだったけど僕は母上に順応なふりをすることを余儀なくされた。でも婚約者ぐらいは自分で決めたかったし、君でよかったって本当に思った。これから何があっても、君を守れさえいたら、凛として前を向いて一緒に歩いてくれそうだってね」
さらに腕に力を入れたのか、苦しいとつぶやくと、彼の力は抜けた。
逆に視界が開けてくると、今度は真正面に真剣な瞳があった。
懐かしい意志の強いその瞳に、何度勇気づけられたかわからない。
だって、いつか婚約そのものがなくなる日がくるかもしれないけど婚約者であるうちは私だけの人だったから。
身分だけはあるけど、価値観もあの国での必要性も違う私たちには、将来的に同じ道を歩ける理由がなかった。
「私は……」
「ああ、君は守られているだけの姫じゃなかった。そこはこの5年間痛感した。僕らの関係が将来破棄される可能性だって十分考えられたし、それに対応しない君じゃないってのもわかっている。だからこそ君の実家は息を吹き返している。君は義弟の教育すら見事にこなしてみせたのに」
「彼の地は軌道に乗ったのですね」
もう自分を隠すことができないと思った。
だからこそ、一番気にかけてたことを口にする。
「ああ、君の義弟はうまくやっている。本当は君を迎えに行くのは自分がやりたかったみたいだけど、ちょっと頑張って譲ってもらった」
「何を頑張たのですか?」
「ん?あ、うん、聞かれるよね、そりゃ…えっと、うん。まぁ一山燃えたぐらいだよ。うん」
「は?」
「まぁそうだね、ちょっとばかり決闘したら派手に魔法攻撃を互いにね、気づいたら何もない土地が増えたか・・・な?」
王家の私有地だから誰も住んでないから人的被害はなかったずとか付け加えないでください。
何故そこまでふたりで戦う必要性があったのでしょうか。
「君の義弟はとても感謝してる。財政困難であったのに、公爵家の跡取り候補としての教育も、他に見劣りしないほどの出資を彼だけにしていたのだろう?」
「彼を育てるのは義務ですから」
「その為に、自分の衣装など節約したって聞いている。財政困難な領地を彼の教育費のために急ぎ開拓したとも」
「我が家の為ですし」
「それなのに僕が送った宝石類は1つも手放さなかったって聞いた」
「そんなことできません」
王家の、王子様からのプレゼントを売りさばくようなこと考えたことはあっても実際にできるわけがない。
彼なりの援助方法だったとしても、1つ以外全部実家に置いてきたとしてもできなかった。
この1つも一番小さくて、彼の瞳に近かったからという理由で持ち出したのだけど…
「ああ、できなかったお陰で苦労したよ。もう2,3個大粒のを持ち歩いてくれば、もっと早く見つけられたのに」
「……どういうことですの?」
「強くはないけど追跡魔法がついてる」
「‥‥……!」
何てことだろう、そんなもの持ち歩いてればいつか見つかってしまうのも納得が。
「ただ、君が売ってしまった可能性もなきにあらずだし、それそこまで追跡魔法が強くないからこの店に入らないとわからなかった」
探し回るのにすっごく苦労したよって耳元で呟かないでください。
「……………ちょっとストーカーっぽい?」
ぼそっと聞こえた声に慌てて視線を動かせば、居心地悪そうにユニが立っていた。
そりゃそうだ、彼女がいたことを忘れていた。
「ゆ、ユニちゃん?」
「はーい!マスター!」
「えっと、その………」
「なんとなく話は見えてきたのですなので、お店をクローズにしようと思うんですけど、私は帰った方がよいですかね?」
「そ、そうしてくれると助かるわ。今日の分のお給料は早退関係なく出すわ」
「ありがとうございます!明日分はお兄さんがくれそうなんで、ごゆっくりどうぞ!」
「え?明日???」
なんか爆弾発言落とさないで……そしてそこで思いっきり3日分出そうとか言わないで。
「それとマスター、ちゃんと浮気相手のことも聞かないとダメですからね!結果は4日後聞きに来ますね!」
そう言い残すと彼女は、クローズと書かれた看板を持って店から出て行った。
「………そういえば、浮気相手の彼女は、どうなさったのです?」
「ああ、彼女なら今頃王太子妃になってるかな?」
「え?」
困った顔しても意味が分かりません。
「彼女は僕の弟と婚約したよ。もともと、彼女と僕は利害の一致で浮気してた。彼女は王妃派から力を減らすために父上たちが用意した刺客だよ」
「確か、子爵家のご息女でしたよね?」
「かなり財力があるところのお嬢さんとして育ってはいたけど、ぶちゃけ彼女は対王妃派の切り札でね。王妃派筆頭の侯爵家と常に対立している家の血筋なんだ」
「そのような話は聞いたことがないです」
「そこのところは複雑になるんだけど、先代の3人目の奥さんが産んだ娘と言えばいいのかな。嫁いで間もなく先代が天寿を全うしてね。今の子爵のところに後妻で入ったのだけど、その頃には彼女を身籠っていてね。父親がいないよりはと彼女の義父である子爵も兄である現当主も彼女を子爵家の子として育てることにしたらしい。母親も子爵家に嫁いでいるし、両親がいる家庭の方がよいだろうと。もちろん、子爵が彼女を激愛しているのは有名だから、最初にちょっとそんな噂もあったけど、先代も高齢であったし彼女の母親もまだまだ若かったことから、吹き飛んでしまったらしい」
「じゃ何故利害が一致したのです?そのまま彼女と結婚していれば、心強い後ろ盾ができたでしょうに」
「それじゃダメなんだよ。だって考えてみてごらん?どう考えても嫁と姑との争いが目に見えて起きるだろう?」
「弟君だって同じ王妃様の血筋では?」
「そこも問題なのだけど、現王室では王妃以外の側室を娶ることはあまりない。だけど、僕と弟との違いは母上自らの投資といえばいいのかな、国を荒らす原因となりかねない母上の血筋の権力の強さを調整するには第一王子でも利用すればいいと、僕が失脚すれば同時に母上も失脚する。それでも血筋的には弟も同じなのだから、力を奪いすぎないし、その弟があの彼女を娶ればバランスがとりやすいとまぁこんなからくりです。」
「…よかったのですか?」
誰よりもあの国の王になるために頑張ってきたのを知っている。義弟の為だとはいえ、たくさん出資したのは将来的に彼を支える一人になってもらうため。
それなのに、すべてを失ったと笑うこの人にどう言っていいのかわからない。
「もちろん、君が逃げた時点で僕の最大の目的はずれちゃったから仕方ないよね」
「天秤にかけたらあちらの方が重いです」
「いや、僕にとっては君がいることが前提。だから父上は君を守れって言った。何故なら僕が唯一欲しがったものだと知っているからね。だから、もう手放さないよ」
「でも、ここは小さくて、狭くて、お城みたいな場所じゃないですよ?」
女1人で用意できた一国一城の場所であるけど、彼には似合わない。
似合わないと思うのに……
「大丈夫、ちゃんと仕事も探してきた。とりあえず、この街の一等地に店を買ってきたからと従業員を雇って、貿易でもしようかと……ってあれ?どうしたの?」
思わずがくってしてしまった私を誰が責めよう。
何だろうこういう展開は、傭兵になるとか、君の店を手伝うとかそういう展開だと思ったのに、彼は元王子様だった。
「まだまだ小さな商売だけど、どうせならこの世界一番のお店にしてあげるし、せっかく国元離れたんだからいろんな国を回って面白いもの輸入したり輸出したりして、楽しもうかと思ってね。近くに貿易の要の港があるだろう?船も注文してあるから、一緒に世界を回ろうね。ずっと一緒に、ね?」
「………ずっと一緒にですか」
「ああ、ずっと一緒に」
彼と一緒にいることは楽しそうだと思ってしまった時点で、負け決定なのだろう。
4日後、ユニにもう1週間程休みますって彼が伝えたことにすら気づかないほど、ベットの住人となるなんてこの時の私には知る由もなかったのだけど。
めでたしめでたし?
書いてて途中で、アイテム出したりしたんですが最初に握りしめるとか、胸のあたりが熱く感じたとか足せばいいなぁと素で思ってますが、めんどくさいので(こら)そのままです。
最後まで見てくれてありがとうございました。
ちなみにカ○君は郵便屋さんのバイクです。ええ、あの赤いやつです。説明不足でごめんなさい。
誤字脱字、ツッコミ+感想あったらお待ちしてますm(__)m