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メルシュ博士のマッドな情熱  作者: 京衛武百十
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非常停止信号

「非常停止信号だよ。一般には知られていない機能だし、現在のメイトギアのセーフティーから考えればもはや意味がないと思われがちだが、こういう時には役に立つねえ」


床に倒れ伏したメイトギア達を見下ろしながらメルシュ博士は「くくく」と笑った。


博士が口にした<非常停止信号>とは、ロボットが万が一暴走した場合などに緊急停止させる為の信号である。ただ、現在ではロボット自体のトラブルによる暴走事故は、もう数百年の間、一件も確認されていない。ロボットが原因の事故や事件は全て、人間の側が適切な扱いをしなかったり、違法な改造を加えたことによって起こったものだった。


それでもこの非常停止信号による緊急停止の機能は、ロボットに搭載されている人工頭脳の基になるチップの製造段階で既に組み込まれているので、これを無効化するにはチップそのものを一から作るしかなかった。人工知能の製造に係わる法律でそうなっているのである。


しかしそのおかげで、違法な改造を受けて通常のセーフティーが外されているロボットでも強制的に停止させられる利点があり、一般には殆ど知られていないながら今なお残されているという機能であった。ただその反面、信号が届いた範囲の全てのロボットが強制的に停止させられてしまうという欠点もある為、非常停止信号を発する機器は、警察や軍などの使用の許可を受けている機関のみに供給され、銃器と同等の扱いを受けていたりもするが。メルシュ博士はその機器を自作していたのである。


メイトギア人間であるフィリス・フォーマリティが意識を失ったのも、別室に待機していた本体のフィリスEK300が非常停止信号の影響で緊急停止してしまったからだった。


「この機能の欠点は、再起動に手間がかかるということでもあるな…」


フィリスEK300を再起動させる為の操作をしていたメルシュ博士がぼやいた通り、異常なロボットを緊急停止させるのが目的の為、その異常が解消された、もしくはその異常が存在しないということをロボットが自己診断して、更に人間がその内容を確認した上でないと再起動できなかった。


こうしてアリスマリアHがぼやいているその時、上空百キロの位置に静止衛星として固定された<アリスマリアの閃き号>内部を、不穏な空気が満たしていた。待機状態にあったメイトギアの一体が、博士の指示も操作もなく勝手に起動したのである。


「起動に手間取ってしまいましたが、このままメルシュ博士を破壊してしまえば私達の勝ちです!」


それは、ハッキングによって乗っ取られたメイトギアであった。



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