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メルシュ博士のマッドな情熱  作者: 京衛武百十
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二つの体

メルシュ博士は稀代の天才であると同時に、途方もない努力家でもあった。ただし、その努力は自らの興味がある方向にのみ発揮されるものではあったが。


彼女は、研究の傍ら、二つの体を同時に扱う訓練を続けた。最初はそれぞれを交代で使い、双方の体の感覚の違いを確実に掴み、その上で少しずつ同時に動かすことを始めてみた。


初めはやはり混乱した。視点の違う二種類の視界を同時に認識するということがまず難しく、気分が悪くなり、クローン体であった方の生身の体はその所為で嘔吐したりもした。さらにはどちらがどちらかが分からなくなって、ペンで字を書こうとしているのに、ペンを持っていない方の体で字を書こうとしてしまったりもした。


だが、非常に高性能な人工頭脳に移された彼女の意識は、人工頭脳の機械としての機能にも助けられ、徐々にその感覚を掴んでいった。そして二週間が経つ頃には、ほぼ完全に同時に二つの体を操れるようになっていたのである。上手く言葉では説明できないが、自分の中に二人の自分を作り、それぞれがそれぞれの体を管轄するとでも言えばいいのか。疑似的に別人として存在すると言うか。


しかし、一度感覚を掴んでしまえば、後は早かった。二つの体を同時に使い、これまでの二倍近い効率で研究をこなすことができた。完全に二倍にならないのは、まだ習熟が十分ではないからだろう。


なお、生身の体の方は、今なお全裸のままのロボットの体とは違い、動きやすく汚れても気にならないラフな格好の上に白衣という形ではあるが、ちゃんと服を着ていた。ロボットの体の方は少々のことでは傷も付かないものの、さすがに生身の体はそうもいかない。現在は温暖な気候とは言え朝晩は冷えることもある。そういう部分でも生身の体の方は気を遣わなければいけなかった。


「やれやれ。感覚が鋭いのはいいんだが、こういうところは生身の体というのは不便だな」


メルシュ博士は、誰に言うでもなくそうこぼしていた。


ちなみに、生身の体を得たことで彼女が人間として生き返ったかと言えば、それは微妙なところだろう。何しろこの体自体では思考も記憶も完全ではないし、本体はあくまで<アリスマリアの閃き号>の中にある人工頭脳であることは変わりない。現在の法律ではこのような事態を想定していない為に法的にどういう扱いになるのかも定かではないが、体は生身でも頭の中にあるのは生体部品を用いて人工的に作られた機械の脳なので、解釈としてはやはり人間とは言えないと判断される可能性の方が高いだろう。


要は、動き回っているが頭の中にあるのは人間の脳ではない為に人間とは見做されないCLS患者と同じ扱いになるということである。


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