撤退
部隊が駐屯地へ戻ると、そこは信じられない光景が広がっていた。簡易柵には、残された護衛兵が串刺しにされており、食料庫は空で、天幕も全て焼き払われていた。
まるで気まぐれなドラゴンが、炎を吐きながら通り過ぎていった村のようであった。
「してやられた……」
テイス将軍は小さく呟くと、人払いし近くの林で六人の万人長と軍議を始めた。
「内通者が多すぎて、我々の動きは筒抜けじゃ……、こちらから仕掛けると全て裏目に出てしまう。」
「将軍、脱走兵もかなり出ており、帰る途中、無傷の兵が一割ほど消えてしまいました。」
「うむ。民の心は王国から離れてしまったのか……我々は何の為に戦っているのじゃ……」
「…………」
軍議に気まずい雰囲気が流れ、誰も言葉を発しなくなってしまうが、ジェイ万人長が、
「将軍、直ぐに伝令を出して、兵站の補給をいたしましょう。」
「それはいらん、撤退する。」
「それでは、この肥沃なイルン平原が反乱軍の手に落ちてしまうではありませんか」
「アルマサン城塞都市まで伝令を出し、兵站の補給がくるまで、四、五日かかる。その間に、敵襲があれば、寝床も無く腹を空かした兵隊で、勝てる戦などないぞ」
「承知いたしました。一旦、アルマサン城塞都市まで下がり、反撃の準備を整えましょう。」
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農民解放軍 アビラ砦
農民解放軍の拠点では、どこかしこで高笑いが聞こえ、将校達はワインを片手に談笑していた。
「流石は、帝国一の軍師ジークベルトであるな、国王軍の裏をかき、あっさりとイルン平原を手中に収めることが出来ました。」
「エンゲルベルト閣下、お褒めのお言葉、ありがたき幸せでございますが……」
ジークベルトは、何か引っかかる表情で語尾が弱い。
「ん? どうした? 浮かない顔であるな」
「はい、一番の目的は、あの強力な騎兵隊の壊滅でありましたので、それが失敗してしまい……」
「おのれは、贅沢な奴よの~ イルン平原が手に入っただけ十分な成果であるぞ」
一人の将校が立ち上がり
「騎兵隊の件ですが、報告があります。よろしいのでしょうか?」
「言ってみろ」
「国王軍騎兵隊、約六千を炎で取り囲み追い詰めたのですが、たった一人の女に突破口を開かれてしまったとのことです」
「ほう」と、エンゲルベルトは興味深く頷く
「甲冑無しの軽装備で、槍の先に曲刀を付けたような武器を振り回し、燃えたぎる木々をなぎ倒ながら突進し、槍隊と弓隊に一人で壊滅的な打撃を与えたと報告があがっております。」
「その女は誰なんだ?」
「はい、元国王軍の者もいましたが、見た事がない女だと言うことですが、上下白の着物姿であったため、兵は口々に国王軍の白い悪魔だと言っております。」
「国王軍の白い悪魔とな、面白いではないか、その者の首は金貨二十枚だと、兵士共に伝えておけ」
「はっ! 承知いたしました。」
ジークベルトがエンゲルベルトの前にひざまずき
「閣下、進言してよろしいのでしょうか?」
「言って見ろ」
「敗走する国王軍を追撃し、せめてテイス将軍の首をとろうと思います。」
「追いつかないのでは?」
「帝国の黒騎兵だけで追撃すれば、間に合うかと」
「ほう、虎の子の黒騎兵を出してくれるのか、わしは反対などせん。好きにするがいい」
「ありがとうございます。では、早速準備させて頂きます。」
と、ジークベルトは、軍議から出て行った。
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テイス将軍の判断で、アルマサン城塞都市へと五万の部隊が戻っていた。反乱軍には、まとまった数の騎兵隊がない為、追撃の可能性が低いことから、途中にある小さな村で一泊することになった。
百人ほどの小さな村には、五万の兵の腹を満たす食料はなく、テイスにより略奪厳禁と通達され、兵士達は、腹を空かせたまま仮眠するしかなかった。
(ユイ、ユイ、起きろ!)
「ん? パンケーキは美味しいけど、空気食べてるみたいで……」
(ユイ、寝ぼけるな! 起きろ!)
「……全然、お腹いっぱいにならない……ん? なに?コンサ」
(何か来たぞ!)
「敵襲?」
(そうじゃ)
「数は?」
(騎兵、十騎ほどじゃな)
「十騎? そんな数で何が出来るの? 伝令じゃないの?」
(いや、凄い殺気じゃ、伝令ではない)
暫くすると、国王軍の見張りが、鐘を鳴らし、敵襲! と叫ぶ声が響いた。
漆黒の闇の中、十騎の騎兵がランスで兵士を突き刺しながら、真っ直ぐテイス将軍がいる村長の家に向かっていた。
(騎兵をテイス将軍の元へ導いているものがおる)
「まだ、内通者がいるね……」
と、結衣は薙刀を手に取り、立ち上がった。
寝込みを襲われた国王軍も、一騎また一騎と黒騎兵を倒していったが、先頭の三騎は鬼神のような強さで、テイス将軍の前まで迫った。
「帝国の黒騎兵か……」
テイス将軍は、自らに真っ直ぐ向かって来る騎兵を、死を覚悟し仁王立ちで見据えた。
(馬の足を狙うんじゃ)
村長の家の屋根から、飛び降りた結衣は、黒騎兵へと突進し、ランスの突きを掻い潜り、低い位置で薙刀を振り回し、三騎の馬の脚を斬りおとした。
――薙刀を地面に突き立て、どこか誇らしげに結衣が振り向き、言い放った。
「馬も甲冑も真っ黒とか? 不気味でキモくない?」
馬から振り落とされ倒れている黒騎兵に、結衣が薙刀を一振りするが、ランスに阻まれる。
薙刀から伝わる黒騎兵の力は、この世界に来てから初めて感じる力強さであった。
横から別の黒騎兵が結衣に襲い掛かってきた。
カキン! コキン! カキン! コキン!
ランスと薙刀ぶつけあい、結衣が更に力を込めると黒騎兵がじりじりと下がり始めるが、結衣にも余裕はない。
「ん? つ、つよいじゃない……」
「この首もらった!」
と、ジェイ万人長が結衣と対峙している黒騎兵を、背中から突き刺すと、黒騎兵は悲鳴を挙げることもなく、その場に正面から倒れた。
辺りを見ると、全ての黒騎兵が倒されていたが、十騎の黒騎士に対し国王軍の被害は百名を超えていた。
「ふぅ……ジェイ万人長、助かりました。」
「ユイの事だから、横取りとか言うのかと思ったよ。あっはははは」
「戦場で、そんなこと言いませんよ」
黒騎兵の屍の前で、談笑する二人の元へテイス将軍が近寄って来た。
「ユイ、助かったぞ、お前が馬を止めてくれなかったら、この命なかったであろう。感謝する」
と、テイス将軍は、結衣に頭を下げた。
「将軍、止めて下さい。それより、こいつらは何なんですか? 凄く力が強かったです。」
「帝国の黒騎兵だ……仮面に塗ってある薬で、疲労、恐怖、痛みを感じなくなっておるんじゃ」
その意味がピンときていない結衣が
「ん? それなら私も戦の時、その薬塗って欲しいな~ 痛くないなんていいじゃない」
テイス将軍は顔を真っ赤にして
「馬鹿なことは言うな! 人間の体は、痛みや疲労があるから保たれておるんじゃ。痛みや疲労がなければ、知らないうちに体中の骨が砕け、筋肉が破壊され、突然死んでしまうんじゃぞ」
「ご、ごめんなさい……冗談ですよ。冗談」
テイス将軍の叱咤に結衣はシュンとなってしまった。
「つい怒鳴ってしまいすまん、正直お前の身のこなしを見ていると、帝国の薬でも使ってるんじゃないかと思っての……」
「そんな訳ないですよ~ もう失礼なっ!」
今度は結衣が頬を膨らませ怒ってしまった。
「すまん。すまん。ただ、ユイの身のこなしは、人間業とは思えんのじゃ」
「修練のたまものですよ」