再び集落へ
翌日、ヨリック十人長指揮下の騎兵隊で、隊列訓練の為、完全武装で全員が集められた。
「二列になり全力疾走を行う。隣同士位置を合わせ、前との距離も一定に保つんだ。新入りは俺の隣、他の者はいつも通りだ」
ヨリックの部隊は、綺麗な二列隊形で、昨日結衣が通ってきた林道を駆け抜ける。その上空をシマフクロウのコンサが見守るように飛んでいた。
林道を跨ぐように流れる小川で、ヨリック十人長が馬を止めた。
「馬がバテてきたから、ここで休憩だ。馬には水をたっぷり飲ませてやれ!」
結衣以外の者達は、鉄の鎧を脱ぎ捨て、頭に撒いている手拭を取り水に浸して体を拭いていた。
「あ~あ、気持ちいいわ~」
ヨナが小川に素足を入れ、無邪気に手拭で顔を洗っている。
「こんな小さい子が、戦場に出てるのね……」
(この世界の女は、戦うか体を売るしか生きて行けんのじゃ、結婚だって、体を売ってるようなもんじゃからの)
「もう解ったよ。そのくだり、聞き飽きた」
――林道の向こうに、一筋の煙が上がっていた。
「集落の方向で、煙が上がっているな」
ヨリックが陽射しが目に入らないように、手で影を作り目を凝らす。
「お前ら、早く準備しろ、確認に行くぞ」
(ユイ、これは罠だ。集落へ行ってはならぬ!)
「罠でもなんでも私は行くわ」
(お前一人じゃないんだぞ、ここにいる全員死ぬことになるかもしれん)
「この人達も危険に……」
ヨリックが馬上から
「全員用意はいいか? 全速力で向かうぞ」
「十人長! これは反乱軍の罠です。わざと火を上げて誘っているんです。」
結衣が声を張り上げて行った。
「そうだとしても、何もしない訳にはいかん。我々は国王軍なんだぞ!」
「それでは、私一人で確認しに行きます。皆さんは遠くから見ていて下さい。」
「そうもいかんだろ」
「集落が襲われたなら、私の責任なんです。昨日、反乱軍を討ちましたから……お願いします。先に行かせて下さい。」
「そこまで言うなら、先に行け! 我々も慎重に近づく」
「ありがとうございます。」
結衣は、礼を言うと、直ぐに馬を走らせた。
(無茶するな、死ぬぞ)
「そんな心配より、敵には何人いるの?」
(東西の林に潜んでおるが、人数はわからんが、歩兵も騎兵もお前たちより多いのは確実だ)
「ありがとう。コンサ、上から見てて教えてちょうだい」
(ああ、解った。ユイ死ぬなよ)
――結衣は全速力で馬を走らせ、集落に着いた。
結衣は馬を降り、生存者を探す。
しかし、家の中には、首が無い胴体、座ったまま、目、鼻、口から、血の流れている死体、台所には、赤ん坊の死体が、うき袋のように浮いている。
路上には、死体が転がり、一軒の家が燃やされていた。子供は馬に踏みつぶされたのか、顔が陥没しており、女は全裸で股を割かれていた。
結衣を最後まで庇っていた老婆は、血糊をべっとりと付けて大きな岩に張り付いていた。
結衣は全ての遺体を確認したが、生存者は、一人もいなかった。
「なんて、酷いことを……」
(ユイ、両側の林からくるぞ)
――左右の森が揺れ始めた。そのたびに葉がこすれ合うような音を立てる。まるで巨大な動物が足踏みをして、体毛を震わせるかのようだった。
結衣が身構えるていると、羽付き帽子を被った騎兵が森から顔を出した。
「おおおぅ~、随分と上玉の女じゃないか? 武器を捨て降参するなら、俺が囲ってやってもいいぞ」
「昨日の馬鹿と同じことを言うな!」
「じゃ貴様が、ブルートとアラートをやったのか」
「だったらどうだって言うのよ」
「ほう大した腕だな、まぁどうせ、欲情したブルートの股間でも蹴り上げたんだろう」
すると、男は下がり、鍬や鎌を持った農兵達が結衣の前に出て来た。
「生け捕りにした者は、金貨十枚やるぞ。腕の一本や二本斬ってもかまわん!」
馬上から羽付き帽子を被った男が檄を飛ばすと、農兵たちが奇声を挙げながら結衣へ向かってきた。
「貴方達は、同じ農民なのに、何故こんな酷いことを!」
と、薙刀を一振りすると、先頭三人の農兵の首が次々と落ちて転がった。
(ユイ後ろ!)
後ろから、チェーンのような物を首に巻いた大男が、結衣を押さえつけようとするが
結衣は、振り向きもせず、薙刀を後ろへ突き出すと、大男の腹に突き刺さり、大男は口から血を吐きだしながら正面から倒れた。
農兵達が怯むと、羽付き帽子を被った男が
「相手は、女一人だ。取り囲んで一斉にやってしまえ!」
農兵達は、結衣を囲むが、縦横無尽に振り回される薙刀に近寄ることが出来ずに、勇んで近づいた者が、ひとり、またひとりと斬られていった。
「一斉にいけと言ってるだろ!」と羽付き帽子を被った男が再三叫ぶと
農兵達が意を決し、一斉に結衣へ……と、その時
「うおおおおおおおおお」と六騎の騎兵が農兵達を蹴散らした。
「新入り、随分と頑張ったじゃねーか、後は、国王軍重装騎兵のヨリック様に任せておけ、ヨナが援軍呼びに行ってるから、少しの間の辛抱だ」
結衣が一人で十人以上の農兵を倒していたが、農兵はまだ三十人以上おり、反乱軍の騎兵十騎は無傷であり、圧倒的な不利は変わっていない。
しかし、突然現れた援軍に農兵達の士気は落ち、持っていた鍬や鎌を投げ捨て散り散りなって逃げて行った。
「十対六か、だいぶ楽になったな」
ヨリックを先頭にして、反乱軍騎兵と対峙した。
――暫くにらみ合いが続き
「このまま、援軍が来るまで睨み合いが続けば……」
ヨリックが呟くが、反乱軍は羽付き帽子を被った男を先頭に突っ込んで来た。
敵騎兵 敵騎兵 敵騎兵 敵騎兵
敵騎兵 敵騎兵 敵騎兵 敵騎兵 敵騎兵
羽付き
VS
ヨリック
フィク ティホ 結衣 サナ リナ
トウン
右翼は、サナ、リナ、結衣の三人で五騎の騎兵と渡り合い
左翼は、フィク、ティホ、トウンが四騎の騎兵とぶつかっていた。
中央では、ヨリックと羽付き帽子を被った男が一騎打ちとなった。
「サーベルじゃ、重装騎兵の俺様に、かすり傷も作れんぞ!」
と、ヨリックがすれ違いざまに、剣を振ると……
ヨリックが地面に落ち、馬は、そのまま駆け抜けていった。
「十人長!」
ヨリックの頭部と顔面を覆うヘルムを避け、サーベルで正確に眼球を突かれ即死であった。
左翼へ向かった羽付き帽子を被った男は、胸当てとヘルムだけのフィクの喉元を正確に突き、フィクも力なく落馬した。
「サナ、リナ、ここはお願い。あいつは私が倒す!」
結衣は、右翼を二人に任せ、羽付き帽子を被った男へ真っ直ぐ馬を走らせた。
「そんなに死にたいのか? 最初に囲ってやるって言ったのにね~」
「だまれっ!」
結衣と羽付き帽子を被った男の馬が交差する。
羽付き帽子を被った男は、結衣が大きく振った薙刀を、寸でかわし正確に心臓をサーベルで突いた。
「なにっ!」
サーベルは結衣の道衣を貫くことはなかった。
すれ違いざまに、馬から降りた結衣は、信じられない跳躍力で、宙に舞い、両手で真っ直ぐ薙刀を振り下ろした。
「しね!」
薙刀は、肩から反対側のわき腹まで、綺麗に男の体を貫き、男の下半身だけ乗せた馬は、あらぬ方向に駆け抜けていった。
すると、他の騎兵たちは、退却していった。
「はぁはぁはぁ……」
結衣は、へなへなと座り込んでしまった。
サナとリナがヨリックを抱き起すが、首を振って駄目と伝えた。フィクも同じである。
サナが結衣の隣に座り
「あんた凄く強いんだね。びっくりしたよ」
「……」
サナは結衣に手を差し出し
「これからも、よろしくね。頼りにさせて貰うわ」
結衣も笑顔で
「こちらこそよろしくね。」
と、固い握手をした。
暫くすると、援軍が到着し、村人と農兵とヨリック、フィクの遺体を一箇所に集め、焼却してから駐屯地へと戻った。