入隊
「おねーちゃん、ありがとう」
「おねーちゃん、強いんだね」
「おねーちゃん、かっこいい」
「わたしも、おねーちゃんみたいになりたい」
笑顔で子供達が、返り血を浴びている結衣の周りに集まってくる。
しかし、大人たちは浮かない表情だ。
結衣は集落の人達に向かって
「ご迷惑でしたか……」
大人達は、下を向いたままである。すると、一人の老婆が
「あんたがやってくれなかったら、種いもを全部持って行かれたら、わしらは餓死するしかなかった。感謝しかない。」
若い男が気まずそうに
「ありがたいと思っている。しかし、奴らは仕返しに来る、あんたがいくら強くても、何倍もの兵士を連れてくるだろう……」
結衣は、浮かない顔で
「すいませんでした……」
「いや、謝らないでくれ、感謝している。ただ……」
「ただ?」
「あんたをこの集落で匿ってやることは、出来ない。」
老婆が物凄い剣幕で
「馬鹿なこと言うな、命の恩人を見捨てると言うのか」
他の村人は下を向いたままである。
結衣は、
「大丈夫ですよ。長居はしません」
「すまんのう……」
老婆は納得がいかないようで
「お前らは、どれだけ薄情なんだ!」
「お婆さん、本当に大丈夫ですから、気にしないで下さい。」
結衣は、逆に老婆をなだめる。
「私達は、お礼もすることができません……、本当に感謝してます。」
若い男が結衣に深々と頭を下げる。
老婆が心配そうに
「娘さん、これからどうするつもりじゃ?」
「はい、特に決めてないんですけど……」
「そうか、じゃこれを持って、国王軍へ立ち寄るといい。国王軍は林道を抜けたところに駐屯しておる」
と、農民解放軍の旗に包まれた、髭の大男と指揮官の首を結衣に渡した。
「これを持って行くんですか?」
「ああ、金貨一枚位は出してくれるはずじゃ」
――結衣は指揮官が乗っていた馬に乗り、来た林道を戻っていった。
「コンサは、空から見てたから、集落に行けば、こうなること解ってたんじゃないの?」
(…………………)
「逆に、王国軍の駐屯地があるって知ってたよね?」
(…………………)
「聞こえないフリしてるの?」
(…………………)
「何とか言いなさいよ!」
(じゃ言うが、戦う覚悟が無いまま、軍に近づいてユイはどうするつもりだったんだ?)
「そ、それは……」
(軍の売女になってたんじゃないのか? 今のユイは戦わないなら、生きる為には、体を売るしか出来ないんだぞ)
「……」
(忠告しておく、戦いになったら躊躇するな! 元の世界の常識は捨てろ、ここは弱肉強食の世界だ」
「う、うん……」
林道を進み、尾根を越えると、大きな川が見えた。その川の畔にいくつものテントが張っているのが見える。
「あれが駐屯地のようね。」
駐屯地に近づくと、門番のような兵士に止められた。
「何者だ! 伝令か?」
結衣は馬を降り、農民解放軍の旗に包まれた首を掲げ
「農民解放軍の兵士の首を持って来ました。お金を貰えると聞いたので……」
「農民解放軍? 反乱軍のことだな。入って右側の天幕で査定して貰える。雑兵一人や二人なんて銀貨一枚にもならんぞ」
門番は馬鹿にしたような言い方で、結衣を通した。
門をくぐり右側の天幕に着くと
「すいませーん。反乱軍の首持って来ましたー」
と、大声を出すと、中から鋭い目をした老人が面倒臭そうに出て来た。
「見てやるから、そこへ広げなさい。」
結衣は血糊で黒くなっている地面に、反乱軍の旗を広げ、その首を晒した。
「おっ! これは……、狂人ブルートと無能将校のアラートじゃないか! お前が仕留めたのか? どこで仕留めたんだ!」
結衣は、集落での出来事を丁寧に説明した。
「そうか……、反乱軍も兵士が増えて、兵站に困っているようだの」
「あ、あのー」
「なんじゃ?」
「お・か・ねは……」
「すまん。すまん。忘れておった。狂人ブルートは金貨六枚、無能なアラートはそのまま敵に居て欲しかったので、金貨マイナス一枚だ」
「マイナス……」
「冗談じゃよ、二人合わせて金貨五枚じゃ」
結衣は金貨を受け取った。
「あ、あのー」
「まだ、何かあるのか?」
「ここで雇って貰えませんか?」
「おお、志願兵か、今は人手不足じゃし、女戦士もたくさんおる。狂人ブルートを討って馬持参なら大歓迎だ。」
「じょ、じょ条件とかは……」
「一兵卒だから、平時は一日銀貨二枚、合戦一回に付金貨一枚だ。もちろん、大物の首をとれば褒美はでるぞ」
「ご飯は付いてますよね?」
「当然じゃ」
「わーい、ユイです。よろしくお願いしまーす。」
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ちなみに、相場こんな設定です。
金貨=万円
銀貨=千円
銅貨=百円
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早速、騎兵隊へ編入されたユイは、ちょうど食事の時間だったので、挨拶もそこそこに一日ぶりの食事にありついた。
「ん、うん、んん、うぅぅ」
ちょっと変なにおいがあって、昨日までなら絶対に食べないであろう、馬の骨で出汁を取った芋しか入っていないスープを、行列のラーメン屋の極上スープを飲み干すように、器まで舐め回していた。
「食ったー」
食事を済ませると、一人の男が近寄って来た。
「お前が、今日から入隊したユイか?」
「は、はい」
「私は、十人長のヨリックだ、とりあず馬と装備を見せろ」
ユイは与えられた天幕から薙刀を持って、馬留めへと向かった。
「いい馬だな、どこで手に入れたんだ?」
「反乱軍の指揮官らしき奴……たしか……アラートとか言ってましたが、そいつが乗っていた馬です。」
「そうか、その変な槍はなんだ?」
「これは薙刀です。槍ではありません。」
「ん? どうやって使うんだ、やってみろ」
ユイは薙刀を軽々と頭上でくるくる回し、細い木をすぱっと斬って見せた。
「その長い柄で、突かずに斬るのか……」
「そうです。長い分、剣より遠くから斬れます。」
「しかしだな……振り回す形で使ったら。密集した隊列を組んで行う戦じゃ邪魔だぞ! 味方を斬ってしまうだろ」
「……味方を斬ったりはしませんよ……」
「まぁいい気を付けろよ。もし味方を斬ったら責任を取って貰う。それと、戦場で俺には近寄るな!」
「は、はぁ……」
「鎧は持ってないのか?」
「これが鎧ですよ」
「あっ? ただの布だろ、弓で射られて死んじまうぞ」
「大丈夫です。弓矢は通しません。試しに撃って下さい。」
十人長のヨリックは、促されるままに至近距離で弓を放った。
ドスッ! と鈍い音をさせ弓矢は、道衣に突き刺さることなく、地面へと落ちた。
「ほう、魔道具か?」
「そんなもんですね。」
「装備だけは一人前だな。それで狂人ブルートを討ち取る事が出来たんだな。」
「そうですね。」
「荷物は、それで全部か?」
「はい」
「じゃ部隊の天幕に移るぞ」
ユイは、十人長のヨリックに連れられリュックサックを背負い部隊の天幕へと向かった。
「お前ら、新入りだ。虐めるんじゃないぞ、こいつは狂人ブルートを討ち取ったらしいんだ。」
天幕の中には、女が三人、男が四人ハンモックに横になっていた。。
「初めまして、ユイです。」 と、深々と頭を下げた。
十人長のヨリックが
「こっちから、サナ、リナ、ヨナの三姉妹だ。」
「よろしく……」と三姉妹は、軽い目配りだけすると、背を向けて横になった。
「野郎の方は、手前からフィク、ティホ、トウンだ。」
男たちは、ユイを舐め回すように見て
「えへへへ、いい女じゃねーか。娼館から逃げて来たくちか?」
「違います!」
と、ユイはぷいっと頬を膨らませ、一番奥のヨナの隣にリュックサックを置き座った。
「お前ら部隊で喧嘩するなよ。明日は、早速、隊列の訓練で少し遠出するから、ゆっくり休んでおけ」
と言い十人長のヨリックは、天幕から出て行った。
ユイは年も近そうな隣の
ヨナに、小声で話し掛けた。
「ヨナちゃんだっけ? 年も近そうだから、仲良くしてね」
ヨナは、面倒臭そうに
「あんたいくつ?」
「十七だよ」
「私は十四だよ。もう話し掛けないで貰える?」
「ご、ごめん……」
「悪気はないんだけど、仲良くすると、死んだ時、悲しいじゃない。新兵は、いつも真っ先に死んじゃうから……ごめんね。」
「う、うん……」