チャナの処遇
反乱軍が去った後、アルマサン城塞都市では兵士と市民が力を合わせ復旧作業に追われている。
遺体は集められ火葬し、建物は瓦礫の撤去と応急処置を施していた。
そんな慌ただしいなか、結衣は公爵邸に呼び出されていた。
「結衣百人長参りました。」
「入れ」
「失礼します。」
結衣がクラシックな造りと家具調度品が王宮の一室のような執務室へ入ると、カールハインツ公爵、テイス将軍、ジェイ万人長が椅子を並べて腰掛けていた。
結衣が直立不動で入り口に立っていると、
「ユイ、楽にしなさい。」と、カールハインツ公爵が言うと
従者が椅子を引き結衣に座るように促した。
結衣が椅子に座ると、最初にテイス将軍が話し始めた。
「このたびの戦の功績により、お主を千人長とすることにした。しかし、敵将の首を持って入隊して来てから、あっと言う間に千人長まで上り詰めたな」
「私なんて千人長になるのに二十年掛かりましたよ。はーはっはっはっはー」
と、ジェイ万人長が軽口を叩いた。
すると、カールハインツ公爵が笑顔を浮かべながら
「儂からも褒美がある。」
と、言いながら窓の外を指さし
「あの邸宅をお前にやる。」
「えっ! あんな大きなお屋敷……いいんですか?」
結衣は驚きの表情を浮かべた。
「ああ、構わん受け取ってくれ、元の主は、反乱軍に殺され、屋敷も略奪にあい荒れておるが、お前の従者を使って直して使ってくれ、儂も隣にお主がおると安心じゃ」
「あ、ありがとうございます。」
結衣は立ち上がり、深々と頭を下げた。
テイス将軍が口ひげを触りながら
「なぁユイ、お前の活躍なら、褒美はこんなもんじゃすまないもんだぞ、普通なら最高勲章ものじゃ」
ジェイ万人長は大きく頷く
「しかしじゃ、国王にそのまま報告しても、凄すぎて信じて貰えぬ……今回はこれくらいで我慢してくれ、お前から何か望みはないか?」
結衣は、待ってましたとばかりに真っ直ぐにテイス将軍を見つめ
「あります!」と力強く言い放った。
「ほう、珍しく自分から……欲しい物があるのか?」
「物ではありません。大事なお願いです……」
結衣は、従者に耳打ちすると、従者が部屋の外へ出て行った。
暫くすると、コンコンコンと扉が叩かれると、結衣が自ら扉を開け、
「さぁ、入って入って」
入って来たのは、三人娘に連れられ来たチャナであった。
テイス将軍は、チャナの顔を見て
「そいつは、反乱軍の士官じゃな、見覚えがあるぞ」
チャナは表情を変えることなく、真っ直ぐ前を見ているが、結衣は慌ててしまい。
「そ、そ、そうなんですけど、わ、わ、わたしは、彼に何度も助けられましたし、非常に誠実な兵士でしたので、私の従者として迎え入れたいと思いますが……」
ジェイ万人長が厳しい口調で
「反乱軍の士官は、元々国王軍だったはずだが、お前もそうかのか?」
チャナは表情を変えずに
「その通りでございます。国王軍から反乱軍へ寝返り、この城塞都市まで攻め込みました。」
カールハインツ公爵が困った顔で
「流石に寝返った兵士を再び迎え入れるのは、問題じゃな……」
チャナは曇りのない瞳で言い放った。
「死罪も覚悟しております。」
執務室は、居心地の悪い沈黙の空気に覆われてしまった。
テイス将軍が何かひらめいたような顔をしたあと
「ユイ、お前が彼を調略して、城塞都市に導いて貰ったと言うことかな?」
「はぁ?」結衣はポカーンとした表情を浮かべる。
「もう一回言うぞ、結衣千人長が、反乱軍の士官を調略し、城塞都市に忍び込んだんだな?」
ようやく意図を理解した結衣は
「そ、そうなんです。チャナのお陰て城塞都市に入れたのです!」
テイス将軍は満足気な顔で
「それじゃ、彼にも褒美が必要だな」
チャナが会話を遮るように
「ちょっと待って下さい。私はなにも」
「おい!お前、ユイ千人長が将軍の前で嘘を付いていると言うのか?」
ジェイ万人長が凄みを掛けて行った。
上官への虚偽報告は大罪である。
チャナは諦め顔で
「チャナ十人長はユイ千人長の依頼で、国王軍に便宜を図りました。」
「うむ、それで良い。ジェイ万人長、チャナの元軍籍からユイの部隊への編入処理をしておけ」
テイス将軍は、ほっとした表情でジェイ万人長へ指示を出す
「承知いたしました。」
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数日後、アルマサン城塞都市攻略の為、バルデス将軍率いる国王直轄部隊十万がアルマサン城塞都市に到着した。
カールハインツ公爵邸の執務室で、テイス将軍が事の顛末を説明していた。
「…………と、言う事じゃ」
テイス将軍から説明を受けた、バルデス将軍は目を丸くして
「住民が蜂起するとは、カールハインツ公爵の統治が素晴らしいと言うことであるな、国王へもその旨、報告させて頂く」
カールハインツ公爵は
「儂など何もしておらん。今説明したように、少数の兵を率いて潜入し住民を蜂起させた英雄を、いや女神を紹介する」
すると、従者が扉を開け結衣を執務室へ招き入れる。結衣は部屋へ入ると跪き
「結衣千人長です。」
「ほ、ほう、このような娘が……、いや美しい娘であったため、旗印になれたと言う事か……テイス将軍も策士ですな。」
バルデス将軍は結衣を驚嘆の眼差しで見つめたが、目の奥には疑いの念が宿っていた。
その疑念に気が付いたテイス将軍が
「ユイは美しいからではなく、その実力で住民を蜂起に導いたのじゃ、まぁ実際に目にしない事には信じられないとは思うが……」
「疑ってなどおらぬ、ただ戦場では小さな出来事に尾ひれが付いて伝説になるものじゃ、王国としてもその伝説を上手く利用させた貰う。」
バルデス将軍は達観した表情で言ったあと、
結衣の手を握り「これからも頼むぞ、ユイ千人長」
結衣は強く握り返し「ご期待に添えますよう、精進いたします。」
「ユイ千人長下がって良いぞ」
「はい、失礼します。」と、結衣は執務室から出て行った。
結衣が出て行ったあと、バルデス将軍は
「あの娘は化け物か?」
「どうかしたのか?」
バルデス将軍は掌をテイス将軍に差し出し
「ほれ! 手が真っ赤だろ、ヒリヒリするわ、大男の握力だったぞ」
テイス将軍とカールハインツ公爵は、目を合わせニンマリとした。
バルデス将軍は真っ赤なになった手を振りながら
「今日はゆっくり休ませて貰う。明日、直轄軍だけで、アビラ砦攻略に向かう」
「我々の援軍は不要か?」
「戦が終わったばかりであろう、ここでゆっくりしておいてくれ」
「うむ、兵士達は疲れておるので助かる」
翌日、バルデス将軍率いる国王直轄部隊十万がアビラ砦攻略へと、進軍を始めた。物資は十日分のみ持って行くので、長引くようであれば、物資運搬をテイス将軍へと頼んでいた。




